第二章 4
グリムは山賊の少女、シータについていく。
中層、商店街の路地裏で助けを求めたグリムは、シータに連れられて賑わい溢れた場所から逸れていく。
そこは区画整備に失敗したのか、ほぼ人が寄りつかない廃墟同然の街区だった。
シータは振り向きもせず、縫うように進む。長年放置されていたのか、薄暗く、見放された事を良いことに、違法の店がちらほらと見受けられた。おそらくグリムが人の姿なら……もとい聖騎士だったことを知れば、シータはこの場所に連れてくることはなかっただろう。いや、そもそも助けにも応じないか。
「ここは?」
「見ればわかるだろ。ただのろくでなしの吹きだまりだよ。だが……」
シータは立ち止まる。そして、周りを見渡した後、先ほど述べた通りの店に足を踏み入れた。
そこは内装にこだわらず、商品だけを並べていた店だった。だが、どれもこれも曰く付きの物ばかり。明らかに非正規の品物だった。
「いらっしゃい。何をお探しで」
店主は顔を隠すように布を覆い被さり俯いている。店内は異臭を隠すために甘い香りを漂わせている。スライムに鼻があるかどうかわからないが、鼻につく匂いだった。
「そうだな。これなんか可愛くて良いんじゃないか」
「おい、こんなことをしている暇は」
「いいから、いいから」
そう言うとシータは、手頃な仮面のついた飾りを手に取った。それをグリムに押し付けながら、人差し指で飾りに付いていた鈴を鳴らした。
チリン。一回。チリン。二回。
途端に、店主がぴくっと肩を揺らした。それを見届けてからシータは口を開く。
「店主。他に在庫はないか」
「……奥にございます」
店主はゆっくりと立ち上がった。そこでグリムも気付く。
この先に何か隠されているものがある。先ほどの鈴は相手を確認するための合図だろう。店主は建物の奥に入り、シータも後を追う。グリムは息を呑んでついていった。
建物の奥には木箱が積み重ねられていた。おそらく倉庫なのだろう……だが、木箱はただ置かれているわけではないようだ。店主は木箱に囲まれた一角に誘導し、一歩下がった。
「……お気をつけください。ここ近辺が騒がしくなっております。詳しくはお仲間から」
「わかった」
その後、店主はシータに耳打ちをして、静かに店頭に去っていく。それを確認してから、シータはコンコンと地面をノックした。すると、床板が浮き上がり、グリムは床下を覗いた。
そこには狭いながらもしっかりとした石造りの隠し階段があった。そして、
「副長、お待ちしておりました!」
階段に身を乗り出して立っていた男性がいた。昨日、上層……貴族街の噴水公園で襲ってきた山賊の一人だった。
とその時、山賊の一人がシータに飛びつく。
「ふくちょー!! ご無事なにより、一人で行ってしまわれたと聞いて、心底心配で心配で」
「子供扱いするな」
それをシータは軽やかにいなしてみせる。飛びついた手を掴んでくるりと反転し、背中に回して押し倒す。見事な体術だった。そして、取り押さえられた男性は何故だか頬が緩んでいるが見なかったことにする。
「副長の小さい手が背中に……ぐへへ」
聞かなかったことにもする。
――だが、こいつもローブを着けていないな。
確か噴水公園ではローブを被っていたはずだ。だが、はずしているところをみると、シータの話は真実なのだろう。
「山賊を騙して、あいつらは何をしようとしているんだ?」
国と人を守るのが聖騎士の役目……何より他ならぬ聖騎士の一人として悪事を働いたとは思いたくはない。だが、真実をねじ曲げたいわけでもない。
瞬間、山賊の男性が頬を引き締めなおした。おそらくグリムが言葉を発したせいだろう……急に警戒心を増してにらみつける。
「このスライムは昨日の!? どういうことですか、いくら副長でも得体の知れない者を隠れ蓑に入れるわけには……ぐぎぎぎ」
けれどシータがさらに締め上げることによって、今にも襲いかかりそうな男性を制止させられた。
「落ち着け。そいつは新たな依頼人だ。依頼を受けた以上、手出し無用」
「ですが、裏取りできない相手は危険です」
「その裏取りを昨日できなかったおまえが言うのか……安心しろ、大体の見当はついている」
「はっ!?」
グリムは初めて聞く事実に目を丸くする。シータは「ん?」と小首を傾げて頷いた。
「ああ、言ってなかったか……あんた、グリム・グロッケンだろ? グロッケン家の長男にして最年少、天才と称された聖騎士。それがまさかこんなことになっているとはな」
言った後で「ぷぷぷ」と笑うシータにはイラッとしたが、動揺のせいで頭に血は上らなかった。
「どうしてだ……」
シータは目を白黒させる。だが現在、山賊にとって聖騎士は騙した敵以外の何物でもない。いや、そもそも、
「……いつから気づいていた?」
シータは噴水公園の時から、自分がただのスライムではないと見抜いていた。
どうやって見抜いたのか、グリム・グロッケンだとわかったのか……スフィアや、ウェルスのような当事者ならともかく、普通は人間がスライムにされているとは思いも寄らないはずだ。
だが、シータはいとも簡単に答える。
「そんなの『最初から』に決まっているだろう」
「はっ……?」
その言葉を聞いた途端、急にグリムの背筋に悪寒が走った……スライムに背筋があるかどうかは置いといて、だ。そんなグリムに、シータは「はぁ」と長いため息をついて、ゆっくりと掌を向ける。
「山賊はな。『波』が見えるんだ」
「波?」
「もちろん実際に見えているわけではない。山賊の魔力特性は『共鳴』……相手の魔力に引き寄せられる。引き寄せられる、ということは揺れる。その振動で山賊は全てがわかる」
相手がどんな特性か、それほどの魔力を持っているか。魔力についての全てが透けて見えるのだと言う。本当は魔力の流れを感じ取っているというべきか。
「最初に門前で会った時から、姉ちゃんとは別の何かがいたこと、そいつが聖騎士並みの魔力を持っていた事は知っていた」
その後、念のために今取り押さえられている男性をつけさせて、昨日の出来事に繋がったらしい。
「聖騎士並みの魔力とグロッケン家に関わりがある事。あとはまぁ、持っている情報とすりあわせたら答えは出る」
「情報?」
「グリム・グロッケンは行方不明になっている」
グリムは息を呑む。考えなかったわけではない……リンドの町でスライムにさせられてから、定期報告は控えていた。
定期報告をすれば、騎士団から次に何をするべき指令が届く。そもそもリンドの町では視察をする予定だったのだ……それが成しえていない時点でごまかしは無理だと判断した。
結果、行方不明扱いになることで、父やグロッケン家に仕える使用人に妙な追求がかからずに済むと考えていたのだが、
「カイエン・グロッケンはさぞ心配したんだろうな。グリム・グロッケンの足取りを調べていたぞ」
「……」
余談だが、その過程でカイエンはアシュラ家に協力を求めたらしい。なるほど、リンドの町で都合良くアシュラ家当主が現れたのは、そのせいだったのか。
――『グリムどこだ――!! 父さんは会えなくて寂しいぞ――――――!!!!』
グロッケン邸で聞いた言葉は、親バカだけではなかったのかもしれない……その事を意識した途端、グリムの頭の中は急に冷えていった。深呼吸して仕切り直す。
「事の次第はわかった。だが、自分が聖騎士の一人だと知っていて、なぜ自分の依頼を受けてくれたんだ」
「あぁ?」
「聖騎士は君たちを騙したんだろう……自分もその一人だとは思わなかったのか?」
あー……シータは得心がいったかのように頷いた。
「そうですよ! いつ裏切るか……ぐへっ」
そして、取り押さえている男性の顔を踏んづけた。なぜか朗らかな雰囲気を放つ男性の上でシータは言い放つ。
「まぁ、それに関しては別に理由はないな」
「なに?」
「助けたかったから依頼を受けた。ただそれだけだ」
「……」
グリムはただただ口を開けた。悪びれもせず素直に告げたシータは清々しいほど純粋だった。けれど、それだけではない。
「それにうちらを騙した聖騎士の仲間ってのもないだろう」
「なぜだ?」
「そりゃ、スライムだからな。見たところ、魔力はあるようだが、戦力が落ちたのは明確。偵察にしたって街中でその姿は目立って使い物にならない。うちだったら絶対に使わない」
だから依頼を受けようと思った……その説得力のある言葉に、グリムを含め、反対していた男性も口をつぐんだ。きっと子供のような純粋さと副長としての自覚を併せ持つのがシータという少女なのだろう。
その証拠にシータは追い打ちをかけるように問う。
「加えて、当然ながら聖騎士側の報酬はほぼ零だ。どこかで補填はしなきゃならねぇ。その点、スライムの兄ちゃんは弾んでくれるんだろう?」
「出世払いでよければ」
「というわけだ。これ以上の言及は無用。いいな」
「……副長の意志のままに」
最終的に取り押さえられていた男性は、渋々と言わんばかりに了承したのであった。
☆
そうして、男性に誘われる形で階段を降りていくと、これまた石造りの頑丈な隠し通路が姿を見せる。所々にカンテラが置かれていて、魔女によって具現化された魔力の光りは、まるで道しるべのように隠し通路を照らしていた。
「いいか。副長は寛大な心をお持ちだが、俺はおまえの事を信用していないからな!」
「いいから先に進め」
途端に、男性はシータに尻を蹴られてとぼとぼと歩き出した。少しばかりシータの当たりが強すぎる気もするが、男性は頬を緩めていて、やぶさかではないらしい。
そういえば、まだ名前を聞いていなかったな……グリムは歩みながら質問する。すると、
「おまえに名乗る名は無い!」
「こいつはナユタ。族長の一人息子だよ」
「副長!?」
男性もといナユタは断ったが、すぐさまシータの合いの手があって名前がばれてしまう。途端にナユタは涙ぐんだ。面目も何もない。さすがに同情せざるを得ない。だが、
「族長の一人息子? なら、次期族長はこいつなのか」
「そんなわけあるか。バカか」
むっ……どうやらナユタはグリムを完全に敵視したらしい。ピクピクと眉を動かしながら袖をまくる……あくまで意気込みの問題でスライムに腕があるわけではない。
「おうおう、何が気にくわんか知らんが、やるのか!」
「いいだろう! 雌雄を決しようか」
「やめんか、バカ共」
とっさにシータが合いの手を入れて場は流れるが、今なおナユタは目をつり上げていた。そんな自分たちを見てシータは頭を抱えた。
「幼女に説教される気分はどうだ?」
「うっ……すまん」
確かに感情的過ぎたな……グリムは自身に喝を入れる。しかし、次期族長がナユタではないとはどういうことだろうか?
すると、ナユタは簡単にだが、説明する。
「……山賊は良くも悪くも実力主義なんだよ」
「実力主義?」
「というよりも、才能主義だな」
唾を吐き捨てるかのように呟くナユタに、シータは頭を掻きながら、ばつの悪い表情を浮かべた。その様子にグリムは首を傾げる。
「ああ、さっきは全てがわかると言ったが、山賊の魔力特性は個人差が激しいんだよ。魔力の探知は誰にでもできるとしても、相手が誰かなどの微細な波を感じれるまでには鍛錬がいる」
シータに言われてグリムは考える。もしかして、
「副長をやっているのは、それが初めからできていたから?」
それが生まれた時からなのか、物心ついた時からなのかはわからない。だが、シータは山賊を才能主義だと言った。だとすれば、シータが山賊を率いているのもわかる。ただそれは、シータに人間関係を築く暇が無く、周りには誰も親しい者がいないことを……。
その時だった。グリムは殺気を感じて、顔を上げた。すると、ナユタが立ち止まって、得物であるナイフを向けていた。その目は極限までつり上がっていて嫌悪の声が漏れる。
気付けばシータはぴくりと肩を強ばらせていた。知られたくないことが……いや、触れられたくない事があったのかもしれない。
「副長、やはり邪魔です」
「待て、故意ではなさそうだ」
それでも平常心を捨てなかったのか、シータはナイフを向けられた途端に石のように固まったグリムを見て、ナイフを制止。片手で降ろさせた。だが、
「……スライムの兄ちゃんよ。さっきからいろいろと尋ねすぎじゃないか? うちじゃなくても、根掘り葉掘り聞かれたらいやがるだろう」
「それは……」
耳が痛い言葉だった。項垂れたせいか地面の石の冷たさが伝わってくる。もしかしてスフィアもいろいろと聞かれるのが嫌だったのだろうか?
すると、心までも読めるのか、シータは「ははーん」とにやついた。
「さてはその調子で問い詰めて、いつも隣にいる姉ちゃんにも嫌われたな」
うぐっ……グリムは急に背中に重りが乗ったような感覚に陥る。その様子を見て、ナユタが質問する。
「副長、いつも隣にいる姉ちゃんとは?」
「ああ、スフィアという名の錬金術士だよ。その子を探し出すことがスライムの兄ちゃんの依頼なんだ」
「ほほーう」
二人の視線が冷やかなものにすり替わっていくのがわかる。けれど、いつの間にか冷たい雰囲気も冗談めいた空気に変わっていた。
「いけすかない聖騎士は女心もわからない、と」
「残念聖騎士だな」
今度はグリムが縮こまる番だった。
悔しいが二人の言うことに否定できない……実際、スフィアが今何を考えているのかわからないのだから。だが、ここで素直に認めるのも癪だった。
「だ、だけど、スフィアもスフィアで自分に隠し事をしているみたいなんだ! 自分はそれが知りたいだけで」
「知ってどうするんだよ」
「え?」
グリムは慌てて飛び跳ねた。隠し事を知ってどうする……考えたこともなかった。そんなグリムを見て、シータは腹を据えて話を切り出す。
「なぁ、スライムの兄ちゃんの目的は何だ。スフィアって姉ちゃんを守ることか、それとも隠し事を知ることか?」
「そんなの守ることに決まっている!」
「だったら、隠し事なんか後回しでいいじゃねぇか」
そう言われて、グリムは言葉を詰まらせる。
確かにグリムはリンドの町で、スフィアの味方でいると誓いを立てた。今の行動はそれに添ったものかと聞かれれば、首を傾げるしかない。しかし、
「……我慢しろと」
グリムにだって欲はある。何か隠されていたら知りたいと思うのは当然だ。
なによりスフィアは守るべき相手だ。なのに、隠し事なんて水臭いではないか……口をへの字に曲げるグリムに、シータは「そうじゃねぇ」と口を挟んだ。
「目的と手段が入れ替わってんじゃねぇかって話をしてんだ」
そういうと、シータは塞ぎ込みながら、ふっ、とあざ笑う。
「ただでさえ人がわかり合うのは難しいんだ。ぽっと出の他人同士が簡単にできることではない……そうだろう?」
大切なのは目的であって、手段ではない……まるで自身のことのように語るシータに、グリムは視線を逸らすことでしか返事をすることができなかった。
2/2 誤字修正。