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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
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第一章 2


 そう、すべて思い出した。

 青年の名はグリム・グロッケン。《ステラ》で一番の大国《聖王都フィルガルド》に属する騎士――『聖騎士』である。

 グリムはその中でも魔力の才能を見込まれ、最年少の聖騎士として騎士学校に入り、寄宿舎で日々鍛錬を積み重ねた。そして、王都で一、二を争う天才聖騎士になった。

 その実力は折紙つき。剣を振るえば大気は裂け、地面は鼓動を成すように震えるほどだ。その容姿も美形で、腰に括りつけられた剣を携え、軽装を鳴らし、規律よく歩く姿は王都の女性を虜にした。

 そんな彼がついに遠征を命じられた。他にも聖騎士の中から三名が選ばれ、フィルガルドの地から離れた。

 遠征を完遂すべく、グリムを含めた四名はそれぞれ《聖王都フィルガルド》を旅立った。

 そうして、フィルガルドから旅立ったグリムが訪れたのが、フィルガルドより西の辺境《聖鐘の町リンド》だった。

 山のふもとに存在するそこは文字通り炭鉱から銅を取って鐘を作るのを生業としている街である。その街並みは白と黒の配色が色鮮やかで見る者の心を浮足立たせた。

 今にして思えば、グリムもその一人だったのだろう。

 朝早くに到着し、気持ちのいい爽やかな風を頬に感じながら、その身を心地よく響く鐘の音にまかせていた。

 そのせいか、街はずれというべき高台からその街を眺めるグリムは、まさに意気揚々と何かが始める予感を携えていたのだ。そして、そのまま坂を降りていけばよかった。

 だが、そこでグリムは足を止めてしまう。


「ああ、どうしよう……」


 鐘の音にまぎれて慌てた声が聞こえたのだ。

 それは少女の助けを求める声だった。


「あ、あれ? お、おかしいな……釜が何か紫っぽい色になりだしたよ?」


 そして、聖騎士であるグリムはそれを放っておくことはできなかった。困っている者がいるなら助ける……騎士道を果たすために。


「おい!? どうした、なにがあった!!!!」

「―――――ひゃっ!!!!」


 そうして威勢よく坂の中域にある一軒の平たい家に飛び込んだのが運の尽きだった。

 次の瞬間聞こえたのは少女の悲鳴と、玄関扉の向こうから唐突に現れた光だった。


「熱い……熱い、熱い熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!」


 そして、グリムは悲鳴を上げる。様々な想いが錯綜する中、血が沸騰するかのような出来事を体験したグリムを待っていたのは――――。


「……す、スライム……さん?」


 悲鳴に気づいてアトリエから出てきた少女の、唐突な言葉だった。


「はい……?」


 ――今何て言った? スライム……あの最弱のモンスターの?


 グリムは唖然とする。と同時にグリムは視線を下げた……自分の姿を眺めるために。すると、水をよりどころにすることで徘徊ができるようになった最弱のモンスター――そこにあったのは二足歩行の生き物ではなく、滑りながら移動するスライムだった。

 そうしてやっとグリムは事態を把握する……自分は今とんでもないことに巻き込まれたのだと。そしてとっさにその現場である家の中から駆け寄ってきた少女に視線を向けた。彼女なら何か知っているのではないか、と思って。

 だけど、


「いやぁぁぁ――――――!!!!」

「逃げた!?」


 少女はグリムを見た途端、真っ先に家の中へ逃げかえっていた。そして、家の中から辞書のように厚い本をたくさん持ってくるとそれらを投げつける。

 ポンポン、ポンポン……どこから持ってくるのかと思うほどそれらは雨のように、または嵐のようにグリムを襲った。


「あ、あっちいって! このアトリエは渡さないんですぅ!!」

「いや、待て! 落ち着け……って今アトリエって言ったか!? ――ぐわっ」


 刹那、一冊の本の角がおでこに当たってグリムは一瞬立ちくらみを起こす……もっともスライムに頭があるのか怪しい所だが、今は追求しないことにしよう。

 それよりも今、少女は『アトリエ』と口にした。アトリエといえば、錬金術士が構える拠点だと聞いたことがある。


「き、君はその……錬金術士なのか……って、えぇ!?」


 そうして飛び交う本の嵐からひりひりするおでこをかばいつつ立ち上がると、グリムは呆気にとられる。

 なんと本の嵐が止んだと思ったその時、かわいい少女の掌には不釣り合いな小型の爆弾があったからだ

 小さいながらも丸い形状のそれは、見るからにドクロマークとバツ印が刻印されていた……立派な爆弾だ。それも微妙にドクロが涙ぐんでいる。そのミスマッチなマークがさらに少女と掛け合わされることによってさらに悲壮感を……、


 ――って、そんなこと言っている場合ではない!!


「おばあちゃん特製の爆弾ですぅー!! とんでけぇぇぇぇぇ!!」


 途端にスフィアと名乗る少女はその爆弾を投げてくる。それも一つではなく何個も……それこそ雨あられのように。

 その常識外の行動にグリムは目を見開く。そして、そのうちの一つが目の前の地面に落ち、グリムは奇声を上げた。なぜなら地面に炸裂した瞬間、ものすごい爆風がグリムを襲ってきたからだ。


 ――あ、ありえない。掌に乗るサイズだぞ!? いくら火薬を詰めたってこうはならない。


 そう、ありえない物理現象だった。それこそ威力は大したことないが、下手をすれば大人さえも吹き飛ばせるほどの突風が巻き起こっていた。

 つまりは、


 ――間違いない!! 錬金術士の作る『アイテム』だ!!


 錬金術士の作るアイテムは物理現象を越える効果を生み出す。その効果は『魔力』によって作り出されている。

 だから、グリムも必死に地面にへばりついて爆風を耐えきった……いや、グリムも魔力を使った、と言うべきかもしれない。

 グリムと少女は等しくこの世界ステラに流れる星の生命力……魔力を持って生まれてきた人間なのだ。

 すると、グリムの身体が仄かに光りだした。爆弾が投げ出された時、とっさにその身を守るよう魔力を正面に集中させる。

 つまりはそれがグリムの――いや、聖騎士の使う魔力だった。魔力を集中させ(、、、、)、高めて、身体能力をあげる。

 そうして、爆風が当たるとグリムが集中させた魔力が砕けた。衝撃に応じてその身から淡い光があふれ出る。役目を果たした魔力が身体から抜け出たのだ。

 グリムは息をのんだ。きらきらとしたそれはガラスの破片のようだが、ガラスよりも白く濁っていて透けていなかった。なのに手には掴めない不思議な素体。グリムを含めた人類はそれを『魔力』と呼んだ。

 けれど、これ以上は考えられない……爆発は止まらないのだ。少女は次から次に爆弾を投げつけた……おそらく目の前のスライムを遠ざけることに精一杯なのだろう。


 ――これでは仕方ない……一度落ち着かせるしかない。


 それを察したグリムは今度は魔力を足に集中させた……もっともスライムに足が存在するかは謎だったが、それでも今はやるしかなかった。

 そして、魔力が溜まったのを確認すると、同時に身体の中で爆発させた……それは人間の出せる速度を超えて、一歩踏み出したグリムを跳躍させる。

 その力はスライムの……いや、普通の人間でさえ出せないほどに加速してグリムを少女の一歩手前まで移動させた。


「――――っ!?」


 途端に少女は驚いた表情で見た。当たり前だ……彼女から見たらグリムはスライム――最弱のモンスターなのだから。

 それが攻撃をかいくぐった……それも素早いとなれば話が違いすぎるというものだろう。できればもう少し穏やかに話し合いたかった。

 だが、そうもいっていられない……グリムも意識していないだけで、いきなりスライムにされて冷静ではいられなかった。


「すまない!!!! 一旦、気絶してくれ!!!!」


 そうしてグリムは両手に魔力を集中させた……あくまで気絶する程度の微弱な魔力だが、グリムは日々鍛錬している聖騎士の技を出そうとしていたのだ。

 けれど、そこで気づく。


 ――……あれ、『手』?


 あまりに唐突なことが起こりすぎて、グリムは混乱した。

 技が出ない。

 いや、手……今まで当たり前のように動かしてきたはずの身体の一部がどこにあるのかわからない。足の感覚はあったのに、手だけがわからない……まるで手のマニュアルが頭から抜け落ちたように動かせなかった。

 もちろん魔力も集められるはずがない……どうしてこんなことになっているのかも意味不明だ。

 刹那、少女は首を傾げた。襲い掛かろうとしたスライムが、急に時間が停止したように止まったせいだろう……少女の目にはスライムはただ放心していたように見えたはずだ。だからなのか、『今がチャンス』と判断した少女はありったけの爆弾をスライムにぶつけた。


「い、いなくなれぇぇぇぇ!!!!」


 しまった……その叫び声でグリムの意識は現実に戻ってくる。

 でも、気づいた時には爆弾はグリムに放たれていた。同時に少女は身近な物に掴まり、爆風があたり一面に吹き抜ける。

 結果、グリムはまっさきに爆風の餌食になって吹き飛ばされた。その向かう先は平たい家に併設された小さな井戸。その枠にぴったりはまるようにグリムのスライムの身体が落ちる。

 ぴっちり隙間もなくはめられた石造りの井戸は、鏡面加工され引っかかるところもない。そのままグリムは井戸へ真っ逆さま。

 そうして、グリムは水面に投げ出された。このままでは水路に流されるため、必死に水の中で足掻こうとするが、これまた手が動かせないため……いや、もうこれは『手がない』と表現した方がいいだろう。そのためグリムはうまく泳ぐこともできず、溺れかけた。

 だけど、怪我の功名というべきか、スライムの身体は軽く、浮力によって持ち上げられる。

 同時に、井戸の水面に浮かび上がったグリムは真っ先に息を吸った。


「し、死ぬかと思った……」


 息が吸える喜びを味わいながら、グリムは水面をぷかぷか漂う。その井戸の壁にはゆらゆら水面の影……そして、スライムの姿が反射され映し出されていた。


 ――……これは想像以上に不便だぞ。


 その時、スライムと化したグリムはいかに人間の姿に助けられていたのか思い知った……スライムというモンスターはこんなにも不便を強いられるというのか。

 その時、真上から声がかかる。


「い、いましたね、スライムさん!! 今度こそ倒します!!」


 見上げるとそこにはグリムを吹き飛ばした少女が井戸を覗きこんでいた……その掌にはあの爆弾が握られている。

 それを見た途端、グリムは身振り手振り……って手はないから足振りかな……とにかく、精一杯動き回って声を張り上げた。


「ちょっ、ちょっと待った!? 自分は人間だ!! だから、話を聞いてくれ!!」

「何をふざけたことを! どこをどう見てもスライムさん…………って、ほぇ?」


 すると、声は井戸の中で木霊し、少女の耳へと届く……それもこれも鏡面加工のおかげかもしれない。そして、


「す、スライムさんが……喋っている?」


 少女は至極当然な疑問を口にした。そうしてようやく自分がとんでもなく失礼なことをしたのではないかと気づき始める……話すなら今しかない。


「自分はグリム・クロッケン。王の勅命により《聖王都フィルガルド》からやってきた聖騎士だ!」

「ほぇ、聖騎士……? 聖騎士って、まさか聖王都聖騎士団スレイグの……」


 グリムは首を縦に振る。

 途端に少女は一、二回ほど瞬きをした。そして、


「ぇ、ぇぇぇえええええ―――――――――!!!!」


 少女は驚きを隠せない表情で率直な叫び声をあげたのだった。



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