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錬金術士の私とスライムの聖騎士  作者: 暇したい猫(桜)
第一幕 錬金術士の私とスライムの聖騎士
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第一章 1 スフィアは錬金術士


 《ステラ》……そこは星の生命力である魔力が存在する世界。魔力は森羅万物……つまりはすべてのものに息吹を与え、生物を創造した。そのあふれ出る魔力はたまに人や生物、無機物にまで宿って力を与える。

 人に宿れば六種類の力へと変わり、そして、生物に宿ればモンスターになる。

 つまり、その……だな。最初にスライムとは、この世界ステラにおいて最弱のモンスターということを伝えておかなければならないのだ。

 丸くて少し前傾姿勢の彼らは豆のようなつぶらな目を持ち、口は少しふくらみがある。しかし実際のところ、どこが口だか足だかわからないモンスターなのだ。

 短絡的に言うなら、ぷにぷにして、ぽよぽよと水を媒介に動く……それがスライムだった。

 その特性上、少し傷を受けてもすぐに復元・再生してしまうのだが、復元中は動けないため、元通りになる前に粉々にしたり、焼け切られてしまうとすぐに死んでしまう。よってスライムは新米騎士の練習相手として扱われるほど最弱なのだ。

 そして、どうやら青年はそんなスライムになるという悪夢を見ているらしい。どこぞと知れない丘の花畑にスライムが一匹、ぽつんと添えられていた。周りに青年の身体はない。

 だからあえて言おう。一部では『かわいい』と称されるそのスライムの感触は、気持ち悪かった、と。

 どう気持ち悪いかというと、まず手がないのである。まるで両手を後ろで縛られているかのように動かない。だというのに、身体は三百六十度捻られるから、さらに気持ちが悪い。

 加えて視野が狭いことも難点と言えた。何を隠そう背が低すぎるのである。大抵は草花に隠れて下手をすれば前も見れない状況だ。これでは誰が周りにいるのかも察知しにくかった。

 だが、一番のダメなところは歩くのに時間がかかることだった。なにせスライムは二足歩行ではないのだ。歩幅というものはなく、できることは転がるのみ。もちろん視界はぐるぐる回るし、目も回る。

 あえて言うなら人より跳躍があることだけが救いだったが、これでは『歩く』というより『跳ぶ』だろう。もちろん空中で維持なんてできるはずもない。

 けれど、まだ青年は耐えられた。なにせ、青年は騎士(、、)だった。日ごろから鍛錬をし、手足の一本か二本縛られていても状況を打破する訓練を受けている。この身体の不自由さもそう思えばつらくはなかった。

 だが、青年はスライムであるという事実を許せずにいる。

 それはつまり、


「この容姿がけしから――――ん!!!!」


 個人的にかわいらしいものが一番許せなかったのだった。

 人を腑抜けにしてしまうもの全般を嫌う青年には、スライムの姿になる、ということが大きな怒りを生む要因になった。

 青年は一人いきり立つ……いや実際には背伸びをしているだけに見えるが、どうにもそういう動作が曖昧になる。そして、その曖昧さがまた青年の騎士道精神に火をつける。


「大体これのどこがいいんだ!! ぷにぷにしているだけで何の役にも立たない! かわいいだけじゃ何の意味もないだろう!!」


 髪の毛を逆立てたい気持ちになって手を動かす……だけど、スライムには手がなくその動作もできずじまい。そもそも髪もない。スライムは人と大きくかけ離れた存在なのだ。

 そんな中、スライムにできたのはただ一つ、叫び声をあげることだけだった。


「ぁぁぁあ!!! もう、どうでもいいからいい加減にこの悪夢から目を覚ましてくれぇぇぇ!!!!」


 そして、その悪夢から目覚めたいという祈りが通じたのか、実際に鐘の音が頭に響いた。まるで始まりを告げるかのごとく。



     ☆



「はっ!!」


 瞬間、青年は飛び起きた。

 リンリン……鐘が鳴り響く中、青年が黒くすすけた天井を見上げる。どうやら大部屋の中で眠っていたらしい。青年は瞼を開けると安堵の息つく。


 ――嫌な夢を見た……。


 自分がスライムになる……なんと不吉な知らせなのだろう。あまりに不吉すぎて大量の冷や汗を掻いた。体中濡らして、すぐさま汗を拭きたいぐらいだ。

 だが、その前に青年は立ち上がり、周りを見渡した。

 ここはどこだろう。あたり一面本ばかり……まるで塔を建設しているかのように本があちこち積みあがっていた。

 そのくせに本棚はどこにもない。壁一面が本であり、全てが本で構成された館に来たのではないかと思うほど。

 されど、ちらほらと生活雑貨も見て取れる。なにより家の中央には大きな釜があった。誰かの家であることは間違いなかった。

 そんな本ばかりの館を飛び跳ねる(、、、、、)ように移動し、青年は呟く。


「しかし、すごい本の量だな」


 下手をすれば足の踏み場もない。けれど器用な青年は日ごろの訓練の賜物を発揮するかの如く本の塔を軽々とジャンプした。そして、そこが大きな平屋である事、その家の中央には大きな釜があることを把握した。

 そうして大きな釜へと跳び、中を覗くと青年は驚いた。その釜を何のために使うのか知っていたのだ。


「これ錬金術士の錬成釜じゃないか!?」


 騎士学校で習った。錬金術士は大きな釜を使ってアイテムの作成『錬成』をすると。


「ということはここはアトリエなのか……?」


 青年はもう一度周りを観察して推察する。

 すると、本に隠れて見えなかったのか、確かに薬瓶や干した薬草が見え隠れしていた……間違いない、ここは魔力の宿った素材から特殊な効果も持つ『アイテム』を作り出すという錬金術士の作業場――アトリエだ。


「しかし、なぜ自分はここに……」


 青年は首を傾げた。

 少なくともアトリエは錬金術士にとって金庫と言ってもいい場所だ。青年の記憶上、その中でぐっすり眠らせてくれるほど仲のいい錬金術士はいない。

 そんな時だった。外から水をくむ音が聞こえた。

 振り向けば、穴が開いた玄関と思しき扉の先に井戸が見える……なぜ穴が開いているかは青年にもさっぱりだから聞かないでほしい。そして、その先では少女と思しき人影が壺に井戸水を汲んでいる。


「アトリエの主……いや、それにしては若すぎる気が」


 歳は青年より四つ下……十六ぐらいか。

 妖精をイメージしたのか、白と緑を基調にしたレース入りの服を着ていた。頭には白い花をモチーフにした髪飾りをしていてかわいらしい。


 ――だが、とりあえず事情を伺わなければ。


 そう思って、青年は軽々と足を進めた……上へ、下へと。視界が異常なまでに移り変わる中、青年は違和感を感じつつも玄関に空いた穴をくぐる。

 そうして外に出ると陽の光が差し込んだ。

 もう昼間だったのか。真上に来た太陽の光はギラギラと青年を熱く照らした。本当に汗がにじみ出るほど熱い。太陽の光がまるで青年を溶かそうとしているかのようだ。額には汗が流れ、ぽちゃんぽちゃん、と滴り落ちる。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 すると、こちらに気づいたらしく少女が手を止め挨拶を求めた……求めたからには返礼しなければ騎士の名折れ。

 きちんと礼儀正しく、


「おはようございます……ではなくて!!」


 と、つい少女のおっとりとした喋りに呑み込まれそうになり、青年はとっさに頭を振った。


「そうではない、そうではなくてだな……」

「わかりました! ご飯ですね!!」

「違う!!!!」


 そうして必死に言葉を紡ごうとした青年は、言葉を挟まれ激怒する。

 つまるところ、青年はそういう性格だった。律儀に忠実であり、邪魔されたら機嫌を悪くする……騎士道を胸に秘めた人間だった。

 そんな青年に言葉を挟み込んだ少女は、怒られ、嬉しそう合わせたその両手を力なく降ろした。残念そうに、悲しそうに肩を落とす。


「あ、いや、すまなかった」


 途端に、みっともないことをした、と青年は痛感する。あくまで励まそうとしてくれた少女に対して無礼であると。

 青年はそんな自分を改めるかの如く、ゴホン、とせき込む。


「そうではなくて……え、えっとだな。恥ずかしいことだが、自分は今なぜここにいるのかわからないんだ……だから知っていたら教えてほしい、なぜ自分がここにいるのか、を」


 そうして、やっと青年は本題に入る……そう、確かに自分は《聖鐘の町リンド》にやってきたはずなのだ、と。

 だが、そこで青年は街はずれというべき高台にやってきて……そのあとは――。


「なぜってまた忘れたんですか? スライム(、、、、)さん」


 ――……は?


 だけど、青年は突如として襲い掛かったその言葉に対し、顔を上げ、耳を疑った。

 すると、肩を落としていた少女はもう日課になったかのように水を汲んだ壺を持ち上げて一歩近づいた。

 続いて二歩、三歩……近づくにつれ足は大きく、少女の身長は高くなる。


 ――いや、違う……これは自分が小さくなっているのか?


 小刻みに揺れるスカートと、ぴしゃぴしゃ、と音を立てる壺……次の瞬間、目の前に置かれた壺は青年の身長をはるかに超えていた。もうそれはそびえたつ壁と同じだった。


「よいしょっと」


 そうして驚く青年を少女は軽々と抱えて持ち上げる。そこでいつもの青年ならば「何をする!? さすがの町民とはいえ騎士に対して無礼であるぞ!!」と喚きあげるところだったのだろう。

 だが、それはあくまでも余裕がある時だけだった。

 つまりは、そびえたつ壁の頂上に抱えられて着いた青年に喚き声をあげる余裕はなかったのである。


「あ、あ、あぁ……」


 こうして、やっと理解する。

 目の前に映し出される容姿は悪夢と同じく、ぷにぷにとして、ぽよぽよと動く身体……水を媒介とし、手はなくころころと転がるだけのモンスターの姿。

 刹那、青年は全てを思い出して力なくうなだれた……いっそのこと笑い転げたいほどに。

 そう、青年はこのやり取りをもう三回も繰り返した。認められなくて、許せなくて、現実を逃避していた。

 だが、さすがにもう逃げられない……逃げても現実は同じ。

 つまりはそびえたつ壁……壺に滴る水面に映ったのは他でもない――スライム(、、、、)だったのだ。



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