第三章 2
――やっぱり罠か!?
茂みから現れたのはキノコの形を模ったモンスターだった。
グリムは両足に魔力を込める。ちょっとだけでもいい……先に先制攻撃ができればいい。すぐさま込めた魔力を発動させる。
その威力はいつもの倍長く跳べるぐらいだったが、それでもスフィアの前に出ることはできた。そのまま飛び出してきたモンスターに当たって跳ね返る。
スフィアが「スライムさん!!」と奇声を上げる。グリムはそれを押しのけ体を起こした。
目の前を向けば、モンスターは跳ね返り仰け反っている。スライムと同じつぶらな目、小柄な体形、キノコの傘は愛らしさを醸し出す。
だけど、グリムは知っていた……この世界にスライムより弱いモンスターはいない、と。
つまりは、
「スライムさん、気を付けてください!! そのモンスターは魔力で体重を重くするんです!!」
スフィアの言葉が放たれた途端に、キノコ型のモンスターが跳びあがった。そして、押しつぶすように傘を向けて、こちらに落ちて来る。
くっ……グリムはいっそのこと前に転がった。直後、グリムが元いた場所に穴ができる。文字通り地面が抉られたのだ……さながら大砲のように。そんなものがまともに身体に当たってたら、ひとたまりもない。潰されるか、粉々にされるかのどちらかだ。
そんな本物のキノコみたいなモンスターはぐるんとひっくり返ると何事もなかったかのように小首を傾げた。かわいい顔して凶悪だ。
すると、スフィアも同じことを感じたのか、ポシェットからとんでけぇー爆弾を取り出す。
「駄目だ!!」
だけど、グリムはそれを制止させる。今、爆弾を使えばグリムの後方で咲いている堆積草は吹き飛んでしまう。
それにおそらく攻撃してしまえば、モンスターの標的がスフィアに入れ替わる。
モンスターはもともと、人間以外の物や生き物に魔力が宿って生まれる存在だ。つまりは魔力の才能を持つ人間とほぼ変わりないのである。
それなら、なぜ化け物と呼ばれているのか? それは彼らには知恵や知能がついていないからだった。知能が発達していないために本能の赴くままに、はたまた、知恵がないから魔力が導くままに行動している。
ゆえに、攻撃は単純。注意を引くこともできるが、魔力自体は魔力の才能よりも発達している。ただの錬金術士であるスフィアでは彼らの相手は役割不足だ。
その時、キノコ型のモンスターがひょっこり飛び出してきた。そのまま押しつぶす体制をとる。
とっさにグリムは前面に魔力を集中させた。それによって、大砲のような押しつぶしへの対抗策とした。落下してきたモンスターは真正面からグリムの魔力にぶつかり、ぎりぎりのところでせめぎあいをみせる。火花が散る中、何とかそのせめぎあいに勝てたグリムはキノコ型のモンスターを跳ねのける。
だけど、すぐさま起き上がったモンスターはまた押しつぶしを放った。何度跳ね返しても、何度こけても、表情を何一つ変えず攻撃してくる。
――だからモンスターは恐いんだ。
痛みがあるはずなのに、それを感じることができない。目の前の敵がいなくなるまで、もしくは見えなくなるまで追いかけて潰そうとする……まるで捨て駒のような扱いだ。
その一方で人間は痛みを感じる……つまりは怖気づく。良い意味でも悪い意味でも覚悟が違うのだ。
その間にもキノコ型のモンスターは押しつぶそうと必死だ。それを必死に防ぐグリムは考える。これからどう動けば勝てるのか?
いや、勝てると思い込んでいる方が間違っている。手が使えないスライムであるグリムが勝てる見込みは零に近い。実際、たった一体でここまで追い詰められれば、一旦逃げるしかない。ここは堆積草は諦めるべきだ。
そう結論付けたグリムはスフィアに合図をしようとした。だが、その時だった……スフィアの悲鳴が聞こえた。
「な、なんなんですか!? は、離してください!!」
目線を向ければ、スフィアがたくさんのキノコ型のモンスターに囲まれている。そのままキノコの傘を上手に使ってスフィアの足を払うと、クッションのように大勢のモンスターが列をなして、倒れたスフィアの身体を抱えた。
スフィアはすぐさまとんでけぇー爆弾を取り出した。だが、その前にキノコの傘は動き出し、先頭を筆頭にぴょんぴょん飛び跳ねる。
「え? あ!? きゃぁ!!」
そのはずみで爆弾が手から零れ落ちる。続けてスフィアも弾む。姿勢制御さえままならないほど揺れながら、けれどもキノコ型のモンスターは獲物を落とさず運んでいく。
「スフィア!! くそっ、これも罠なのか!?」
グリムは急いでスフィアの元へ跳びあがろうとした。だが、目の前で押しつぶしが降ってくる。まるで塞いでいるようだった
そうか……グリムは目の前のモンスターを睨み返す。本当に彼は捨て駒にされたのだ……久しぶりに舞い込んできた食べ物を捕まえるために、仲間から見捨てられた個体だった。
――さならが落ちこぼれってわけか……。
おそらくキノコ型のモンスターの中では一番弱いのだろう。それでも生贄にされた個体は最後の悪あがきのように押しつぶしを続ける。何が何でも先にはいかせてくれないらしい。
だが、こちらもそれに付き合う場合ではなくなった。スフィアが連れていかれたことで逃げることは不可能になった。ならば、倒すしかない。
――だが、どうやって?
何度も言うようだが、スライムには手がない。こうしてみると手は作業の大半を担ってきたと実感させられずにはいられなかった。
――くそっ、早くスフィアを助けないといけないのに。
このままいけば、スフィアはモンスターの腹の中に納まってしまう……グリムは焦った。とっさに横に転がって避けようとするが、避けた先でまたキノコ型のモンスターによる押しつぶしが炸裂する。
結局、グリムは守るしかなかった。隙を狙おうにも魔力を前面に集中させていては、他に魔力を供給させることができない。集中は一か所に集めてこそ効果が発揮されるのだ。かといって魔力の補強なしに、スライムという体躯で……いや、人間の身体さえもモンスターの攻撃に耐えられはしないだろう。
つまりは万事休すだった。
――こんな敵、元の自分ならば何てことはなかったのに。
もし、現時点でグリムが元の聖騎士であれば、剣で牽制しながら足に魔力を集中できた。そうして、一瞬の隙に懐へ踏み込んで、魔力の宿った剣で一刀両断にしていただろう。
だが、スライムである今のグリムには歯が立たない。傷つくのを覚悟で真正面に体当たりを仕掛けても、ぴょんぴょんと跳ねたモンスターは容易にその攻撃をかわしてしまう。
グリムは悶々とした……単純に弱い事が、攻撃を決められなかった事が悔しかった。こんな気持ちは騎士学校に入ってから以来だった。
一方で自分はいかに魔力の才能に頼っていたか、思い知らされた。怠けた覚えはないが、『才能』というのはそれだけで優劣をつけてしまう……ひょっとしたら『才能』自体を恨んでいる者もこの世の中にはいるかもしれない。
だが、ないものをぐちぐち考えていても仕方がない。せめてスライムにあるものを思い浮かべよう……グリムは張り裂けんばかりに頭を働かせる。
――スライムにあるもの……自己再生か?
そんな時だった。いきなり、何度も跳ねて押しつぶそうとするモンスターがすっ転んだ。スフィアが落とした爆弾に足を取られたのだ。
その瞬間、ころころと転がった爆弾がグリムの目の前にやってくる。
「ばく、だん……?」
何かが閃きそうだった。
だが、邪魔するかのようにモンスターの押しつぶしが再開される。グリムは尚も守りながらも何とも言えない憤りを覚えた。何かを思いつきそうだったのに、それは喉仏の前で止まる。まだ何かが足りない。
スライムにあって、目の前の邪魔なモンスターを倒せる方法。爆弾じゃない……グリムは必死に頭を切り替える。爆弾から連想される物……火薬、球体、道具、アイテム……錬成。
「錬、成……?」
刹那、グリムは思いつく……そうだ、こういう時こそ錬成は必要なのではないか、と。できないことをできるようにする。不自由な人を自由に、戦えない人でも旅ができるように、アイテムを通じて人々の暮らしを楽にする……スフィアが言っていた通りなら、今こそアイテムが必要なのではないか、と。
だったらスライムという不自由を背負っている自分にも何かいいアイテムがあるはずではないか?
だが、ここにスフィアはいない。錬金術士がいなければアイテムは作れない。やはり八方ふさがりだ。
――いや、待て……錬金術士はいなくても、錬金術士の魔力はここにある。
グリムは自分の身体を眺めた。スフィアは言った……『スライムさんの中に錬金術士の魔力が入り込んだ』と。
――だったら、自分もそれを使って錬成ができるのではないか?
刹那、グリムの身体に一気に高揚が奔った。グリムは自らの力で、喉仏まで上ってきた閃きを掴み取ったのだ。
理論上は不可能ではない。丁度、『水』を媒介にしたスライムの身体が聖水の代わりになる。素材はスライムの身体の一部を使えばいいだろう……まさかここでスライムの唯一の特技である『自己再生』が役に立つとは思わなかった。
スライムの身体の中であれば、錬成も聖騎士が体の中で魔力を高める感覚に近いだろう。そうなると錬成で行う分解は聖騎士で言うと全部位に淀みなく魔力を行きわたらせることなのかもしれない。
あとは再構築……自分の夢を形にする、というあやふやな工程だが、これはもうやってみるしかないだろう。グリムは必死に魔力を練った。完全なアイテムとはいかないまでも、この状況を打破できる何かがおきればそれでいい。
グリムは息を止める。聖水を作るために血流を早めて魔力をすばやく馴染ませる。その後、覚悟を決めて自分の体の一部を噛み千切った。瞬間、右足に激痛が奔る。スライムにあるかは置いておいて、感覚的には右足が剣で貫かれたみたいだった。
必然としてグリムは横たわる。前面に張っていた聖騎士の魔力も解けて、無防備になった。
直後、キノコ型のモンスターは好機と見て、今までで一番大きく空へと跳ぶ。次の押しつぶしで決めて来るつもりだろう。次第に跳躍は自由落下に変わり、グリムの目にも映るほど赤くなった空気抵抗が迫ってくる。きっと今度の攻撃は大砲以上の……さながら隕石並みの威力になるだろう。
急がなければ……グリムは怖気づく前に瞼を閉じた。もう後には引けない。グリムは暗闇の中で必死に自分自身に問いかける。
聖水も、素材、も用意した。残るはそれを使って何を起こしたいか?
といっても何を想像すればいいかわからない。できれば物凄い物ができればいいが……その時点でもう想像力は破綻していた。
――ええーい!! こうなったら考えるな!!
グリムは頭を振って切り替える……想像できないなら、いっそのこと実際にある物を思い浮かべるしかない。水から連想できる物。水蒸気……熱湯……いろいろなものが候補に挙がるが、どれもモンスターに効果はなく消えていく。
だけどその時だった。ある物がグリムの脳裏をよぎった。
それは冷たくて、布にくるんで頬に当てれば涼しく、それでいて固い。そして、何よりも、『水』を凍らした特性を持つ物。
「氷……」
そうだ、いっそのこと。
「全部……凍れぇぇええええ――――――!」
こうしている合間にモンスターは一気に降下して、言葉通りグリムの目の前まで到達した。あと一秒遅かったらグリムは塵と化していただろう。
次の瞬間、合言葉のようにグリムの口から叫び声が発せられる。叫びは魔力に呼応して、グリムの身体を眩い光で覆った。そして、その中にモンスターの押しつぶしが降りかかる。
そうして、光が冷気となって周りに一気に拡散する。
「……」
少しの間、静寂がグリムの世界を支配した。鳥のさえずりさえせず、木の葉の揺れる音もしない。グリムはそっと瞼を上げた。
痛みはない……だが、それが余計に不安を煽る。自分はどうなったのか……モンスターに押しつぶされて粉々になったのだろうか? 目を開けたらそこは天国だった、なんて冗談じゃない。
けれど、そんな不安は一秒後には過ぎ去った。瞼を上げた途端、グリムは自分のした事に驚きを隠せなかったのだ。
「凍っ……てる?」
そう、グリムを含めた半径一メートルの空間がすべて凍っていた……草も木も地面でさえも。堆積草はギリギリの瀬戸際でその脅威から免れていた。
そんな中でグリムだけが無事でいた。いや、実際にはグリムも氷のように凍って固くなっていたのだが、それはまるで鎧を被ったかのようで心身に影響は全くない。刹那、卵のようにパリンと割れてグリムは茫然とした。
その直後、グリムはたじろいだ。音と共に真上から押しつぶしてきたモンスターがグリムの前に落ちてきたのだ。
相次ぐ変化に感応できず、グリムはびくっと肩を震わせる。だが、モンスターをつついても、声をかけても動かなかった。キノコ型のモンスターは心身共に凍っていたのだ。
まるで時間が止まったかのような感覚……絶対零度の世界。グリムは腰を落として苦笑するしかなかった。
「はは、倒せたってことだよな……?」
つまりはギリギリのところで錬成が成功したのだろう。仮説とはいえここまでうまく行くとは思わなかったグリムは、尻もちをついて降り注ぐ太陽の光と共に生き延びた実感を浴びた。
考えてみれば今までこんなにも苦戦させられたことがない。一方でモンスターは常日頃からこんな危機に追い込まれているのかと思うと少しやるせなくなった。
起き上がると全身凍らされたキノコ型のモンスターは青くなっている。少しやりすぎたか……いや、それは全霊をかけて戦ったキノコ型のモンスターに失礼というものだった。せめてグリムは敬意を払ってモンスターに敬礼した。
――しかし錬成というのは使い方次第では危ないものなのではないだろうか?
そうして、やっと冷静を保ったグリムは氷の世界を眺めて改めて感慨にふける。錬金術士、錬成、アイテム……確かに自分はこれらを甘く見ていた節があったのだと。娯楽……とまではいかなかったが、実質的な戦闘力、または威力は皆無だと思ってきた。
――だけど、本当はどの魔力特性よりも強いんじゃないだろうか?
スフィアもやろうとしなかっただけで、実は……。
「って、そうだ!! スフィアは!?」
振り返ればもう誰もいない。スフィアの影さえない。だけど予想はつく。スフィアはきっとモンスターのねぐら……スリーピングフォレストの最深部に連れていかれたはずだ。早く助けに行かないと。
だけど、跳ぼうとした直後、痛みが全身を襲う。振り返れば、錬成に使った片足が未だ回復していなかったのだ。
――そうか。スライムが自己再生中に動けないのはこういう事だったのか。
まず足をやられてしまう。だとしたら動けないのは頷ける。だが、今はそれがもどかしくて仕方なかった。
「スフィア、無事でいてくれよ……」
助けに行きたくても行けない……グリムは膝を折りながら、スフィアが連れ去られた先をじっと見つめた。
これ書いている途中で「あれ、これ某有名なゲームのキャラに設定似てないか?」と気づいた。だ、大丈夫……な、はず!!(汗




