アバンとプロローグ
誰かが言った。この世界は『魔力』という祝福を受けていると。
誰かは言った。『魔力』は人間にも祝福を与えていると。
――「だから、今度は祝福を受けた君が全ての人を幸せにしてあげてほしい」
けれど、その言葉はもう長い年月を経て、風化した。
もうこの言葉は誰にも届かない。
それでもこの世界《ステラ》は回り続ける。
祝福を受けた星……人間、生物、この世界を構成する森羅万象全てが『魔力』によって作用する世界《ステラ》。
これはその世界が始まってから八百年先の出来事だ。
☆
それは《聖鐘の町リンド》から少し離れた街はずれの高台で起きた。
「熱い……熱い、熱い熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い――――――――――――!!!!」
青年は悲鳴を上げる。今、青年は唐突に光に包まれている。目の前に現れたそれは高台に存在する平たい家から発せられた。
ひゃっ、という少女の悲鳴が木霊し、直後、釜を掻きまわしていた少女を背景に、釜から爆散したそれはグリムに向かってきた。
そして、それはおもちゃで遊んでいるかのように青年の身体を錬成し始める。
そう、まるでたぎるように、沸騰するかのように熱く、熱く……全身の血が泣きわめく。
途端に少女も目が覚める……アトリエの外に誰かいることに気づいて立ち上がる。
けれど、すでに青年の視界は閉ざされていた。まるで電源が落ちたかのように神経が途切れ、暗いくらい暗闇の中でただ手足が切り落とされる感覚が体に刻み込まれる。
その中で思考だけは虫唾が走るほど回る……どうしてこうなったのだろう、なぜ自分はここに立ち寄ってしまったのだろう、と。
そう、あくまで青年はただ旅の途中で立ち寄っただけ……ここへ来たのはただの偶然なのだ。
けれど、気づいた時にはもう遅かった。青年が玄関の扉を叩いたその瞬間、青年の旅は急変した。青年を包み込み変革させる光はその旅の目的さえも変えていく。
そうして、青年は悲鳴という名の新たな誕生を迎えた。高らかに天にも昇るほどに。
そして痛みが引いて、長い長い一瞬の出来事が終わり、改めて青年の旅は始まりを迎える。
目を覚ませば、そこには平たい家……『アトリエ』から飛び出してきた少女がいた。少女はたいそう警戒した様子でこちらを見下ろしていた。
――というか、先ほどよりも随分と巨大化していないか?
その身長は先ほど見たときよりも倍以上伸びていた。見上げなければ顔が見えないほどだ。倒れているのか……いや、明らかにおかしい。青年は確かに立っていた。
「す……」
すると、少女は青年を眺めて呟く。その言葉はまるで鐘のごとく始まりを告げた。
「スライム……さん?」
これはそんな偶然から始める物語。
錬金術士の少女と聖騎士である青年の旅の始まりだった。