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9 もしかして、お医者様はドSでいらっしゃいますか?

引き続きフロスト候視点です。

 女のかかとの傷はとにかくひどい状態だった。

 普段人がけがをしているところを目にしないナハシュは顔を真っ青にしてしまっている。

 俺はこれよりもひどい状態の兵士たちを何度も見てきたからけが人には慣れてはいるが、それでも弱った女の大けがには眉をひそめてしまう。

 博士は傷口を観察しながら言った。

「これは一体どういう状態でできた傷なんでしょうなあ。刃物傷なのは間違いないですが、まるで素人がなんとか切り落とそうとしてナイフで何度も押し引きしたような、そんな傷口ですよ。軍人、医師、料理人なんかに切られたわけではないことは確かですな。それにしてもこれはひどい。もしや自分で?いや、まさか……。」

「あの、そんなにひどい状態なんでしょうか。」

 ナハシュがおそるおそる聞いた。

「そうですな、このまま放っておいたらいずれ腐って足を切断しなくてはいかんでしょう。運が悪ければ、生死に関わるかもしれませんな。」

「なんてことだ!」

 ナハシュは驚いて珍しく大声を出した。

 それに対して博士は首をひねって答えた。

「しかしわからんのです。わしはだいたい患者を診ればその人物がどんな生活を送っていて、けがをしたのはどんな原因だったのかもわかるもんなんですが、このお嬢さんに至っては全くわかりません。」

「もしかして、王都からクグロフへやってくる途中でけがをされたのではないですか?ここへは山と森を越えてこなくてはいけませんので、女性の足では大変だったでしょうし、危険な場所もあったでしょうから。」

 そういえば山と森を越えるのに女二人だけというのは不自然だ。

 ここまで連れてきた王都の者は俺のところには来ずに二人を置いて帰ったのかもしれない。だとしたら王都の奴らはずいぶんとひどい扱いをするものだ。

「いやあ、そうだとしても旅の途中でこんな傷ができる場面がはたしてあるかどうか、わかりませんなあ。」

「どちらにせよこちらが体調が悪いことには気付かずにヴェネルディさんには悪いことをしてしましたね。なんせとてもお元気、というかとてもアグレッシブでいらっしゃったので。貧血できついうえに足にけがまでされていたなんて。我々には言いずらかったのでしょう。」

「とにかく、この傷を放っておくわけにはいきませんから治療を施しておきますな。」

 俺は黙って見ておくことにした。

 博士がドクターズバッグを取りに立つと、その気配に気付いたのか女が目を覚ました。

 ライム色の鮮やかな緑の瞳が、こちらをぼんやりと見ている。

 俺と目があっているのに、どこか別のものを見ているかのようだ。 

 しかしその瞳はいつものあの意志の強い光を宿している。

 これだ。

 これに見られると俺は動けなくなってしまうのだ。

「おや、気が付かれましたかな。」

 博士が声をかけると、女は俺から目を外した。

「はい、お医者様ですか?」

 女は意外にもはっきりとした口調で答えた。

「そうです。倒れたと聞きまして少しばかり診せてもらってますよ。ご気分はどうですかな?」

「大丈夫です。お手間をお掛けいたしました。」

「ああ、無理に起き上がらなくていいですよ。しばらくは横になっておられた方がいいですからね。」

「はい、では、すみませんが。」

 女は起き上がろうとしたがまた元のように体を横たえた。

「ところで、お嬢さんは痛いのは好きですかな?」

 その質問に驚いて目を見開いた後、ぶんぶんと頭を横に振っている。

「あ、あの、博士、何を聞いてらっしゃるんですか?」

 ナハシュが狼狽している。

「いやあ、お嬢さんの足の治療をしようと思うんですが、死ぬほど痛いけど全部縫合してしまうか、両はじの簡単に縫えるところだけ縫合してあとはじっくり治すか、どっちがいいかなあと思いましてな。」

「……はじのほうの縫合だけでお願いします。」

 女は固い声で答えた。

「おや、そうですか。」

「死ぬほど痛い方がいいって人がいるんですか……?」

「いやあ、これがたまにいるんですよ。ははははは。」

 博士はそう言いながらさっそく治療の準備を始めた。

 ドクターズバッグからは色々な道具が出されている。

「はい、じゃあこれ噛んどいてね。」

 博士が、ずぼお、と口に白い布を突っ込んで噛ませたら、女は一体何が起きたのかわからないのか目を瞬かせていた。

「じゃあ、ちょおっとしみて痛いけどがまんしておいてねー。」

 博士は消毒液を素早くかけると、傷口の汚れをピンセットと医療用ハサミで取っている。

 それだけでも痛いのか女は目を見開いている。

「よし、きれいになったんで縫っていこうかな。少し足の感覚を無くすからね。かかとのところだけだから心配しなくていいよ。シビレマンドラゴラを医療用にしてある薬だけど、一時間ぐらいで効き目は切れるから。」

 博士は薬をガーゼに染み込ませてからかかとにしばらく押し当てた後、ナハシュに声をかけた。

「あ、ナハシュさん、ちょっとここ、押さえといて。」

「は、はい!」

 ナハシュは言われた通り女の右足を動かないように押さえている。

 博士が針と糸を準備している間に、シビレマンドラゴラは効いてきたようだった。

「よし、そろそろ効いてきたかな。それじゃあちくっとするけど、すぐ終わるからね。ナハシュさん、しっかり押さえといて下さいよ。」

「はい!」

 博士はずぶずぶと皮膚を縫い始めた。

 女はさすがに涙目になっている。

 しかし、こういった治療は男でも泣き出したり失神したりするものがいるが、声一つあげずに耐えているとはたいしたものだ。

 俺は女のそばにひざまずいて、左手で背中をさすり、右手で震えている右手を握ってやった。

「はい、もうすぐだからね、これを結んでしまえば、よし。終わったよー。よく頑張りました。」

 博士は糸を切ると傷口にガーゼをあててから包帯で患部をおおっている。

 施術が終わったことを確認してから俺が離れると、女は肩で息をしてから口に入っていた布を取り出し、

「ありがとうございました……。」

 と力なく言って体を起こした。

「貧血もだけどね、こんな大きなけがを放っておいたらダメだよ。貧血が重症化してるのも、このけがをしたときにかなり出血してるからだからね。下手したら死ぬよ?」

「そうですね……。でもそれどころではなかったので。」

「それどころではなかったって言ったってねえ、お嬢さん。」

 博士はあきれたようにため息をつきながら道具を片付け始めた。

「こんな大きな傷を放っておくほど忙しいって、何があったんですか。」

 ナハシュが片付けを手伝いながら尋ねた。

「私もこのような傷を負えば足が使い物にならなくなる可能性も考えていました。でも、そうなってでもいいからやらなくてはいけないことがあったんです。」

 女はまるで自分の体のことなどどうでもいいかのように言った。

 俺はそれを聞いて今まで感じていた怒りを爆発させた。

「自分の管理ができていないものが何を偉そうなことを言っている!体を大事にもできないような者が、何かをきちんとやり遂げられるわけがないだろうが!」

「ちょっと、閣下!彼女は病人なんですからそんなに大声でどならなくても。」

 制止するナハシュをわきに追いやった。

 今まで何人もの兵士たちが志半ばにして死んでいったことが浮かんでくる。

 奴らの中には普通ならば死なないようなちょっとしたけがが原因で死んだ者もいる。

 ここは戦場ではないが、同じようなことにならないとは限らないのだ。

 死にたくはなかったはずのかつての仲間たちのことを思うと、まるで命を軽視するようなこの女の言動は許せなかった。

「私は命がけでやってたのよ!」

 俺にも負けないくらいの大声で言い返してきた。

「何が命がけだ!」

 女がじっと、あの緑の瞳で見つめてくるので、思わず怖気づいてしまった。

 まるで見るものを石に変えるメデューサのようだ。

 体が動かなくなってしまう。

 やはり、化け物だ。

「閣下!」

 ナハシュの声で我に返った。

「治療が終わったらさっさとここを出て行け。今回のような騒ぎをまた起こされては迷惑だ。」

 俺は逃げるように部屋を出るために歩き出した。

「閣下!せめてけがが治るまでは当館で治療を続けていただきましょうよ!」

 ナハシュが駆け寄ってきた。

「わしからもお願いいたします。医師として患者を治療途中で放り出したくありませんので。」

「勝手にしろ。」

 俺は吐き捨てた。

 なんで俺があの女を責め立てているような気分にならないといけないんだ?

 部屋を出る時にちらりと振り返って女を見たが、なぜかまだ中央軍にいたときに、瀕死の兵士が周りの制止を振り切りながらもまだ戦えると訴えていたことを思い出した。


お読みいただきありがとうございました。

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