7 毒リンゴ、ボッシュ―ト!
一等の客室にて。
「わあ、すごくきれいな部屋ですねえー!お姫様の部屋みたいです!いいなあー、ロマンティック!ああっこの出窓最高じゃないですか!レースのカーテンが風になびいて乙女心をくすぐります!聞いてますか、レモーネさん?」
「効いてるー。」
「この窓から外を眺めると、白馬に乗った王子様が私に気付いて、優しく微笑みながら手を振ってくれたりなんかしてっ。はああっ!いいなあー。聞いてますか、レモーネさん?」
「効いてる効いてる。すっごく効いてる。」
「この天蓋付きのベッドも夢に見たんですよ!まさか本当に使える日が来るなんて!それからこの無駄に可愛い白い家具たちがやばい!この子もこの子もこの子も!ぜーんぶ可愛いーーーーーーーーーー!!!クローゼットも見てください!こんなに可愛いドレスがたくさん!かーわーいーいー!ってレモーネさん、ほんとに聞いてますか!!」
「あー効くぅぅーー、そこそこー!」
「ってゆーかレモーネさん床に寝転んで何してるんですか!!全然私の話を聞いてないじゃないですか!」
「毒リンゴの丸みと固さが肩甲骨のコリにゴリゴリ効いて気持ちいいー。」
「毒リンゴをコリほぐしに使わないでくださいよ!由緒正しき魔法の道具なのに!」
「これをちょうど胃の後ろあたりにあてても、あー、いいっ!食欲不振ぎみの胃にも効くぅ!」
「もう!そんな使い方するなら返してください!食べ物で遊ばないの!」
ポムピンは無情にも私の背中から毒リンゴ二つを取り上げた。
「毒リンゴが食べ物なのかはともかく、私は毒リンゴでジン・フロストと結婚できる方法を、肩甲骨のコリをほぐしながら思いついたわよ。」
私は重い体をなんとか起き上がらせ、近くの椅子に座った。
「どーせやばい方法なんでしょうけど、一応聞いてみます。」
「まず毒リンゴを食べさせて仮死状態にさせるでしょう?」
ポムピンが出す毒リンゴを食べた者は仮死状態になるらしい。
なんでも彼女の遠い祖先があの白雪姫を毒リンゴで殺そうとした魔女だそうだ。
ポムピンもその毒リンゴを作りだす能力を受け継いでいるらしいのだが、子孫に継承されていくうちに毒の濃度が低下し、人を死に至らしめるほどのものではなくなっていったと言っていた。
「まあ、毒リンゴはそーいう使い方しかないですよね。それが正しい使い方です。コリをほぐすものじゃないです!」
「仮死状態になっている間にお手を拝借して結婚証明書にジン・フロストの拇印を押す。」
私は親指を立てて、ぐっと拇印を押すジャスチャーをして見せた。
「辺境伯が目覚めた後が怖いですね。」
「それじゃあ、拇印後はそのまま仮死状態で安らかにお眠りいただくとしましょうか。」
「しましょうか、じゃないですよ。いやですよそんなほぼ殺人の片棒を担がされるようなことは。レモーネさんの毒リンゴの使用は今後禁止します。」
ポムピンはぽん、と毒リンゴを消してしまった。
ああ、私のコリほぐし機が。
「もう、なにかこう、手っ取り早く決められるような魔法はないの?私と結婚したくてたまらなくなるような魔法をあの人にかけてちょうだいよ!」
「あー、すみません。うち、そーいうのやってないんです。」
「なんで!」
「人間の心に直接作用するような魔法の使用は魔法使い連合会によって禁止されているんです。このルールを破ると、厳しーい罰が下るんですよ。あっ!レモーネさんがお前がどうなろうと知ったことか、いいからやれって言ってもやりませんからね!ってゆーかそもそもそんな魔法使えませんけど!」
「言わないわよ、私のこと何だと思ってるの?」
ポムピンは何かボソボソ言っているけど、何といっているのかは聞こえなかった。
どうせろくなことは言ってないんだろうけど。
「じゃあ魔法はもういいから、なにかいい知恵を貸してくれないかしら?」
私はもうすでにアイディアを出し尽してしまった。
ポムピンは私とは思考回路が違うようだから、私にはないようなアイディアを持っているかもしれない。
「わかりましたレモーネさん。それじゃあ、女の武器を使うっていうのはどうですか?」
「女の武器?……はっ!わかった、なるほど!」
私はぱん、と両手を叩いた。
そして天蓋付きベッドのそばに置いておいた紙袋を持ってきて中身を取り出した。
「女の武器、ハイヒール!」
「なんでドヤ顔なんですか、違いますよ!ってゆーかハイヒールのどこが女の武器なんですか!」
「踏んだり蹴ったり鼻の穴に突っ込んだり?」
「逃げて!辺境伯今すぐ逃げてー!いや、辺境伯が変態だったらあるいは……いやいやいやないないない!やっぱ逃げてーーーー!!!」
「うん、これならうまくいくかもしれないわね。」
ハイヒールを撫でていると、ポムピンが私を椅子に座らせて子供に言い聞かせるように言ってきた。
「いいですか、世間一般的には女の武器っていうのは色気や涙っていうレモーネさんとは正反対の位置にあるものなんです。決して女の武器(物理的に)ではないんですよ。まあ、レモーネさんにはないものを提案してしまった私も悪かったです。ごめんなさい。」
なぜか謝られた。
「私だって色気と涙くらい気合で出せるわよ。」
「はいはい、そーですね。」
ポムピンは椅子に座りなおすと、顎に手をあてて考え込み始めた。
「女の武器(物理的に)は却下されたようだけど、あなたに意見を聞いてよかった。私では思いつかない方法が出てくるんだもの。」
「そ、そうですか?」
ポムピンは驚いて顔を上げた。
そしてなぜか赤面してもじもじしている。
照れているの?
「そうよ。他にはなにかないかしら?」
「そ、それじゃあ、今考えてたんですけど……。き、既成事実を作る、ていうのは、ど、どうでしょうか……。」
さらにもじもじして、ぼそぼそ蚊の鳴くような声で言っている。
「子供を作って責任を取れと迫るのね。」
「レモーネさんが言うと身も蓋もないなあー。まあ、そーいうことですけど、そこから愛が生まれるかもしれないじゃないですか。そーいうのも、アリじゃないですか?」
「却下。」
「ですよねー。まかり間違ってもレモーネさんとなにかをどーこーしようって気が起こるわけないですもんねー。」
「すべての男性が子供ができたことの責任を取るとは限らないもの。その作戦はリスクが高すぎるわ。」
「ぐうっ、そんな悲しいこと言わないでくださいよ。ってゆーかそんな無責任な男の人いるんですか?」
「私の実父がそうだったわ。」
「うわあ。なんていうか……。うわあ。」
「私の母国のハカティアの男性は無類の女好きで有名でしょう?実父はその中でも飛びぬけて女好きだったの。あだ名が夜のハッスル大魔王だったもの。だからしょっちゅう家に怒った女性が乗り込んでくることがあったわね。懐かしい。」
「ひどいですよ!そんなの女の敵じゃないですか!それに子供にそんなところを見せるなんて!子供のころのレモーネさん、きっと嫌な思いをしてたんじゃないですか?」
「いや、男の人ってこういうものなんだと思ってたから特に何とも思わなかったわね。実父も男はこういう生き物なんだよレモーネって言ってて、私もあ、そうかーっと思っていたし。」
「レモーネさんがねじくれてるのって絶対お父さんの影響があると思う……。」
「というわけで、実父はあちこちで女性を身ごもらせては責任を取らなかったから、私には兄弟たちが一体何人いるのかもわからないのよね。」
「げえっ!レモーネさんみたいなのがうじゃうじゃいるんですか!」
「いや、私の性格はお母様似よ。」
「よかったー。いや、良くない!レモーネさんを生み育てたレモーネさんみたいなお母さんがいるってこと!こわっ!」
「お母様は確かに厳しい人よ。子供のころから、父親のような男とは結婚するな、より条件のいい男と結婚できるように努力しろと言われてたから、勉強ばかりさせられて遊んだことがないのよね、私。お母様がこの国の大地主のマクファーレン氏と再婚したのも、私を社交界に出すためだったようなところもあるし。」
ポムピンはなぜか困ったような顔をしている。
「レモーネさんってただの変な勘違い女じゃないんですね。結構大変な境遇で育ったんだ。」
「変な勘違い女で悪かったわね。」
そう言うと、ポムピンは自分の失言に気付いて、あわわわわわと顔を青ざめている。
「まあ、とにかく既成事実作戦は一旦保留にしましょう。機会があれば見直す余地ありということで。」
「そ、そうですね、手段は選んでいられませんもんね。」
「あなたもわかってきたじゃない。」
「レモーネさんに染まりつつある私……。」
ポムピンは遠くをぼんやりと見ている。
「それにしてもなかなかあなたの意見は参考になるわ。他には、そうねえ、たとえばあなたが結婚したいと思ったらどうやって意中の男性を捕まえるのかしら?」
私は気になったのでポムピンに聞いてみた。
「え?私ですか?え、ええっと……胃袋をつかむとか?」
私はやや内角をえぐり込むように胃袋をつかむイメージで右の拳をうならせた。
「やると思った!違いますよ。だから物理的に、じゃないですからね。レモーネさん流に言うと胃袋をつかむというのは、手料理で味をしめさせて、その後相手の衣食住から体調管理までを支配して私なしでは生きていけない、と思わせることですよ。」
「なにそれ、執事かなにかの真似事なの?とにかく依存させればいいのよね。うーん、でもそれならできるかも。」
「できるかもと思うところが、レモーネさんのすごいところですよね。」
「いやねえ、ほめてもなにも出ないわよ。」
「ほめてませんからね!」
とにかく今後の方針が決まった。
とりあえず私は形から入るタイプなので、クローゼットにあった黒い簡素なドレスに着替えた。女料理人がよくこういった服を着ているからだ。さらに白いコック帽が欲しいところだ。
ただ最大にして唯一の問題は、私は全く料理ができないということだった。
ありがとうございました。