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5 牢獄(お・も・て・な・し)

 弟のロバートからの軍会議報告書に一通り目を通したら、思わずため息がでた。

 なぜ高級将校という輩たちはこうも馬鹿ばかりなのだろうか。

 軍事というものはもっと、感情を排して冷静に物事だけを観察し、本来の目的を完遂することで成功を収めることができるものなのだ。

 それを自分たちの出世や権力や虚栄心を満たす道具に使いだすから始末に負えない。

 これでは我々を小馬鹿にして税金を食いつぶす、寄生虫のような貴族たちと同じではないか?

「この作戦は、だめだな。」

 俺はそう言って、机の隣に立っている家令のナハシュへ書類を投げやった。

 ナハシュは報告書を受け取ると、それを何ページかパラパラとめくっている。

 この男はもともと下級役人だったのだが、優秀なので引き抜いた。

 以前のクグロフでは役人も世襲制だったので、俺が就任したときには汚職が蔓延し行政が機能停止状態だった。

 それを立て直すには身分がどうこうなどとは言っていられない。

 使えるものは親でも使え、というありがたい先人の教えもあるではないか。

「なぜ経済専門の私でもわかるような机上の空論作戦ばかりなんでしょうねえ。」

 ナハシュはその優し気な顔をゆがませて言った。

「まったくだ。この作戦を考えたトラム少将は実に美しい作戦だと言ったと書いてあるが、軍事作戦に美しさなんて求めてどうするんだ?死にたいのか?死ぬなら勝手に一人で死んでくれよ。」

 能無しどもめ、と吐き捨てる。

 まったく頭が痛い話だ。

 ふう、と髪をかき上げまたため息をつく。

 それを見て、机の前に立っているロバートが言った。

「この作戦の弱点を指摘した方がいたんですが、トラム少将は、その時は潔く美しく散るのみ、とも言われてましたよ。」

「死ぬのに美しいもクソもあるか!頭ん中虫でもわいてんのか?軍人は死んだら終わりなんだよ。これだから前線の地獄を見たことがない役立たずは嫌いなんだ。なんなら俺が地獄を経験させてやろうか?」

 それを聞いてロバートは嬉しそうに言った。

「わあ、それは楽しそうですね。ぜひ僕も混ぜてください。」

「いや、お前はだめだ。それにいいか、これは冗談だぞ。」

「非常に残念です。」

 本当に残念そうにしている。

 弟は本当にやりかねん。

 一応もう一度くぎを刺しておこう。

「冗談だからな。」

「わかっていますよ。僕の頭の中でのシュミレーションに留めておきます。」

 俺は苦笑いしてしまった。

「まあ、もし今他国と戦争になった場合本気でこんな作戦を立てるのならば、俺は敵国に寝返るぞ。」

「でたー!過激発言。私は何も聞いていないー。」

 ナハシュは耳を両手でふさいであーあー言っている。

「部下や領民を死なせない責任があるんだ。こんな他人の命を軽く見てる奴らの下になんかつかん。それに人一人をまともな兵士に育てるのにどれだけの時間と金と労力がかかってるのかわかってない奴らに、使い捨てられてたまるか。」

「僕はいつでも兄上の決定に従います。」

「ああ、そうしてくれ。それにしても、今回の会議は奴らは相変わらずバカだとわかっただけでももうけもんだと思わないと、忙しいのにわざわざお前を出席させた甲斐がないな。」

「そうですね。それでは僕はこれにて。」

「ああ。」

 ロバートが俺に敬礼して執務室を出て行こうとすると、一人の兵士が部屋に入ってきた。

「報告いたします!女性二人の古城の牢獄への収容が終了いたしました!」

「わかった。」

「失礼いたします!」

 報告だけするとその兵士は急いで部屋を出ていった。

 まるでここには一秒でも居たくないとでもいうかのように。

「閣下!王都からの客人を牢獄に収容させたんですか!」

 ナハシュが詰め寄ってきた。

「そうだ。何か問題でもあるのか?」

「おおありですよ!ちゃんとした客間にお通ししようと思ってましたのに!だいたい閣下は彼女の滞在を許可したではありませんか!」

「ちゃんと滞在させてるじゃないか、牢獄に。」

「牢獄に入れることは滞在させてるとは言いませんよ!これでは怒って帰ってしまわれます!」

「それが狙いだが?」

「狙いだが?じゃありませんよ。せっかく閣下と結婚してもいいという方が現れたというのに。ああ、帰られた後に王都で何と言われることか。」

 ナハシュは、あーあ、と肩を落としている。

 お前は他人事だからそんなことが言えるんだ!

 なんだあの女!怖すぎるだろ!

 いきなり現れて二言めには「結婚してください」だぞ!

 あまりにも驚いて頭が真っ白になって、あれから何を会話したのかほとんど覚えてないし、どんな人物だったかもわからない。妙に黄色いのと白かった気がする。

 たしか、手の付けられない暴れん坊だとかなんとか言っていたと思うがそれ以外はよく思い出せない。

 とにかく怖かった。

 こんなに怖かったのは子供の時に熊のねぐらに入り込んでしまったとき以来だ。

「初対面にもかかわらず兄上におびえることもない、なかなか強い性根をお持ちの女性でしたね。兄上とお似合いなのではないのですか?」

 やめろおおおおおおおおーーーーーーっ!!

 お似合いとか言うなよ!

 お前は本当に俺の弟なのか?

 あの時のことを思い出して足ががくがく震えだしてしまったじゃないか!

 机に隠れているから二人には見えていないのは幸いだ。

 なんとかこらえようと顔をしかめてしまう。

「そうですねえ、昔恋人に捨てられたことで心を閉じてしまわれている閣下にはあれくらい押しの強い女性のほうが......って、閣下!冗談ですよ!そんな殺人視線でにらまないでください!」

 違う、これは足の震えをがまんしているんだ。

「しかし兄上、僕は今回のことでまたさらに兄上のことを尊敬いたしました。あのようなちょっと変わった女性の突然の求婚という非常事態にも慌てることなく、非常に冷静に対処されておられましたね。さすがは我が兄上。」

 勝手に尊敬するな。絶対怖かったことがばれないようにしなくては。

「私もあんな風に突然必死に求婚をしてこられたら少し怖いと思いますけど、閣下は歯牙にもかけない態度で堂々とされてましたものね。」

 やめろ!そんなに敬意を持った目で見るな!

 ますます怖かったことがばれるわけにはいかなくなったじゃないか!

 それよりも、ちょっと変わったとか、少し怖いとか、なんでお前たちは割と平然としてるんだよ!

 お前たちのほうがよっぽどすごいぞ。

 くそっ!静まれ!俺の足よ!

 足はさらに上下に大きく動き出し、かかとが床につくたびにガツガツと音を立てだしてしまった。

「ひいっ!閣下が怒りのあまり震えだしてしまわれた!」

 ナハシュが勝手にいいように勘違いしてくれた。

 これに乗じてしまうか。

「これ以上無駄口を叩いてる暇はあるのか?さっさと仕事に戻れ。」

 できるだけ怒っているように言うと、二人は顔を見合わせて部屋を出て行った。

 くそっ、誰か俺を助けてくれ!

 俺にできることといえば、あの女が牢獄に恐れをなしてさっさと王都に帰ることを祈ることだけだった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 私は古城の塔の三階にある重厚な雰囲気の一室に案内された。

 クグロフには千年ほどの歴史があるが、この古城はおそらく五百年前頃に建てられているはずだ。

 歴史書で読んだことがある。

 石造りであることがよくわかるむき出しの灰色の壁からは歴史が感じられる。

 私は今、歴史の上に立っている!

 こういう感動はやはり本場でしか味わえないものだ。

 私はすっかり上機嫌になってしまった。

「王都から来た私をこの歴史が感じられるこの客間に通すなんて、田舎者のくせになかなか粋なおもてなしをするじゃない。クグロフにも風情を理解する者がいるのね。」

 うんうん、と部屋の真ん中でうなずいていると、ソファの上でうずくまっていたポムピンがバッと顔を上げた。

「客間じゃありませんよ!ここは牢獄です!」

 ポムピンは泣きながら反論してきた。

「バカね、牢獄なわけないでしょ。寝室と居間と浴室まで完備されていてどうして牢獄なのよ。」

「どれも最低限の使用しかできなくなってるし、カーペットもないし、寒いし、窓には鉄格子がはめられているし、入り口は分厚い扉に鍵が外からかけられていて、兵士が外で見張ってるじゃないですか!」

「違うわね。できるだけここが実際に使用されていた当時の設備を再現されているのよ。そして、窓の鉄格子は外を覗き込んだ人が落ちないように取り付けられているからで、入り口の警備が厳重なのは、私たちを守ってくれているからよ。」

「逆にすごい。どうしてそんなに現状を自分に都合よく解釈できるんですか?ポジティブすぎ。」

「ポジティブ?私はこれがどうして牢獄だと思うのかがわからないわよ。牢獄っていうのは、地下にあって人が一人寝れるくらいの狭さの鉄格子で区切られているようなものでしょ。もちろんベッドなんかなくてあるのはワラだけだし。水ももらえないから、のどが乾いたら壁についた水滴をなめる、そういうところでしょ。」

「そういえばこの人もともと牢獄に入ってた人だった!しかも死刑を宣告された人が入る一番やばい牢獄に!」

「水滴をなめるところはくぼんでいるのよ。今までの罪人たちが同じところでのどの渇きを潤していたから、石の壁が削れていったみたいなの。」

「そーいう怖い説明はいりませんから!」

「おなかがすいたらワラをかむの。」

「私ぜったい悪いことしません!」

 人がせっかく本当の牢獄の説明をしていたのに、ポムピンはぷいっと顔をそむけてぷうっとほほをふくらませている。

「何してるのよ。フグのまね?」

「違いますよ!怒ってるんです!ってゆーかなんですかフグって!」

「フグを知らないの?強い毒を持った魚よ。危険がせまるとそんな風にぶっくり体をふくらませて相手を威嚇するんだけど。ああ、この国は海に面してないから魚はあんまりいなかったわね。」

 私は海洋国家のハカティア出身だから魚はよく食べていたからついたとえに使ったけど、ポムピンにはわからなかったか。

「フグの何がすごいかっていうと......。」

「もうフグの話はいいですよ!私は怒ってるって言ってるんです!」

「どうして?」

 私は目をしばたたかせた。

「私のこと忘れて置いてったじゃないですか!後で兵士に追いかけられて怖かったんですからね!」

「後であなたがいたことを思い出してもう一人連れがいると言ったから、探してくれたのよ。」

「ひどいですよ!こんなところに閉じ込められるならさっさと自分だけ逃げてればよかった!どうせレモーネさんの求婚がうまくいくはずないってわかってたのに!」

「とりあえず、疲れたから寝るわね。」

「びっくりするほど自由人!もうちょっと私の愚痴を聞いてくださいよ!」

「おやすみなさいー。」

 私はまだ何かきゃんきゃんわめいているポムピンを置いて寝ることにした。

 久しぶりのベッドでの睡眠がとれるんだ。嬉しい。

 体が石のように重いし、右足のかかとの傷もずきずきと痛みだした。

 私は倒れ込むようにベッドに突っ伏した。





















ありがとうございました。

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