4 それでは問題です。初対面の女がウェディングドレス姿で結婚を迫ってきました。あなたならどうする?
1 とりあえず話だけでも聞く
2 逃げる
3 お巡りさんを呼ぶ
4 喜んで結婚する
ジン・フロストさん、はりきってお答えください。
その男が現れただけで、あたりの温度が二十度くらい下がった気がした。
がっちりとした広い肩をいからせ、太くて長い足には黒いズボンに黒い膝までのブーツで、仁王立ちしている無骨な姿は十分すぎるほど威圧感がある。
眉間に刻まれた二本のしわは鉛筆がはまりそうなほど深く、ぎろりとにらむ視線はそれだけで人を殺せそうなほど鋭い。
無造作に後ろに撫でつけられた髪の色は寒々しい銀灰色で、男の雰囲気を一層近づきがたいものにしている。
「城内で騒ぎを起こしているのはお前たちか。」
怒りをあらわにしたその声は、まるで地響きのように低く、びりびりとあたりの空気が震えた気がした。
恐れをなした女性たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
何人かは逃げ遅れたり腰を抜かしたりしており、恐怖よりも恋心が勝ったらしい何人かはその場に踏みとどまっている。
ポムピンはといえばがちがちと歯を鳴らして震えている。
そして、男はロバートの腰から剣を抜き取ると、残っている女性たちに向けて剣先を向けた。
「城内への不法侵入、及び騒乱の罪で捕らえられたくなければ、即刻この場を立ち去れ!」
獅子の咆哮のような叫び声に、残っていた女性たち全員怯えながら走り去っていった。
「兄上、申し訳ございません。人々に見つからないようにこっそりと帰ってくるはずが、なぜか帰ってくる道順や時間が知られていたようでして。しかし、領民の女性たちに罪はありません。どうかご容赦下さい。」
「次回は気を付けろ。最近は落ち着いてきたとはいえ前の城主の復権を画策する者たちが未だ領内に潜んでいると聞く。領民の騒ぎに乗じて事件を起こそうとする者たちが紛れている可能性がある。」
「重々承知しております。」
「気を抜くな。執務室で会議の報告を聞こう。ついて来い。」
「はい。」
男が剣を投げやると、ロバートは器用にそれを受け取り、カチン、と腰の鞘におさめた。
二人が館の中に入っていこうとすると、中からまた一人男が出てきた。
長い黒髪は後ろでまとめられ、浅黒い肌に濃い眉、大きな黒い瞳、くっきりとした鼻筋をした顔立ちの、この国では珍しい南方の国の人間によくある風貌をした、真面目そうな男だ。
そして上下が黒いシンプルな服装をしている。
彼は扉の壊れた部分を見つけると驚いた声を上げた。
「ああっ!扉が壊れてるじゃないですか!すごい形にへこんでしまってますよ。誰のしわざですか?」
ロバートが穏やかな微笑みを浮かべながら答えた。
「兄上が拳で叩いておられましたよ。中央軍を退役したとはいえ、軍隊時代の怪力は衰えていらっしゃらないようですね。」
たしかフロスト家は下級貴族だったはずだ。
軍役についていたことがあるのなら、いわゆる軍人貴族と呼ばれる人たちなんだろう。
領地の収入だけでは生活できない貴族が、国のために血と汗を流すという名目のもと軍隊に入って生活費を稼ぐのだ。
フロスト兄弟もそうだったのだろう。
中央軍での活躍を見込まれ、混乱したクグロフの統治に抜擢され大出世したというわけだ。
「またですか、閣下!まったく、修理するこっちの身にもなってくださいよ。館の修理にまわせるような予算はないんですからね。」
「板でも打ち付けておけばいい。俺はこんな実用性のない貴族趣味の館は早くなくなってしまったほうがいいと思っている。これを建てたやつは一体どれだけの無駄な税をつぎ込んだのか。前辺境伯が倒れたのは領民にとっては幸いだったな。」
「それはそうですが、せっかくの美しい装飾を壊れたままにしていては、それこそ閣下の威厳が地に落ちてしまいますよ。」
「俺の威厳がどうなろうと領民は困らん。やつらは俺の威厳で飯を食ってるわけじゃない。」
「また屁理屈をおっしゃって。やれやれ、我らがジン・フロスト辺境伯は家令泣かせですよ。」
やっぱりあの異様に不機嫌そうな銀灰色の髪をした男が、ジン・フロスト辺境伯なのか。
ここであったが百年目、いざ!
私はすっくと立ち上がり、垣根をよけて男のもとへ向かった。
「あああああーーーーっ!レモーネさん!勝手に出て行かないでください!やばいですよ!やっぱりそのままの格好はやばいですよ!辺境伯に殺されちゃいます!」
ポムピンが何か叫んでいるけれど、無視して小走りで庭園を抜け、館の階段を駆け上った。
「ジン・フロスト辺境伯!」
手をあげて声をかけると、三人の男たちがこちらを振り向き、そして驚愕に目を見開いた。
その視線には慣れている。
初めて会った人は、私のこの人工的な派手派手しいレモン色の髪にまず驚くのだ。
三人はそれから私の頭から足の先までじろじろと眺めて、それから口をぽかんと開けたまま固まっている。
ウェディングドレスにも驚いているんだろうか?
全裸に葉っぱのみよりはましだろう。
それにこれから求婚します、という宣戦布告、じゃなかったお知らせをわかりやすく伝えてるんだから感謝してもらってもいいくらいだ。
私は三人の中でも頭一つ分背の高いジン・フロストの前に立った。
私も背が低い方ではないが、こうやって立つと私の頭は彼の胸元ぐらいまでしか届かない。
だから自然と彼を仰ぎ見る姿勢になって、首が痛い。
「ジン・フロスト辺境伯、私と結婚してください。」
彼はまだ茫然としたままだった。
「あ、あのう、どちらさまですか?」
意外にも最初に口を開いたのは自分のことを家令だと言っていた男だった。
「私は王都の商家の娘、レモーネ・ヴァンドルディです。どうぞよろしく。」
私は優雅に腰を落として、貴族に会った時にする挨拶をした。
「は、はあ......。」
家令の反応が薄い。
「あ、これはアンバー姫からの紹介状です。お納めください。私は決して怪しいものではありませんし、アンバー姫のお墨付きの娘です。結婚しておいて、損はありません。」
私は、はい、と紹介状をジン・フロストの胸元につき出した。
するとジン・フロストはあろうことかその紹介状を受け取るやいなや、それをびりびりと引き裂いて、ぽいと捨ててしまった。
「あああああああーーーーーーっ!」
私を含め、残りの二人の男たちも同時に声をあげた。
「これ以上下らんことを言うならこの場で切り捨てるぞ。怪しい奴だが今すぐに立ち去るのならばその命は助けてやろう。」
そう言ってさっさと館の中に入っていこうとした。
「ちょっと!待ちなさいよ!怪しいものではないと言ったじゃない!」
私はあわててジン・フロストの腕をつかんだ。
「離せ。」
いいや、逃がさん。
「あなたは王都で今何と言われているかご存じですか?」
「なんだ、反逆の噂でも立っているのか?」
「小さな女の子が大好きな男色家で、夜な夜な全裸で城下町を馬に乗って駆け回っている、とても手の付けられないその道の暴れん坊だと言われてるんですよ。」
「はああっ?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
当然だ、そんな噂はたっていないし、私が今作った嘘だ。
「アンバー姫はそれはそれはその根も葉もない噂に心を痛めておられまして。それで、その噂を払拭するためには、私のような適齢期の女性と結婚すべきとお考えになられました。私はその命を受けてここに参った次第なのです。」
ジン・フロストは私がつかんでいた腕を無理やり引きはがすと、私をにらみながら言ってきた。
「どんな噂が立っていようと、王都から遠く離れたこのクグロフの地では関係ないことだ。帰れ。」
この男、とんでもない強い心臓の持ち主だ。
私だったらそんな噂が立ってると聞いたら、泣いてから仕返しに行くのに。
私が言い返そうとすると、ばらばらになっていた紹介状を拾い集めた家令の男が先にジン・フロストに物申した。
「閣下、これは本当にアンバー姫の書状ですよ。この印章は間違いなく本物です。」
「それがなんだというのだ?」
「本国の姫君から遣わされた客人を即座に追い返すのはいかがかと思いますが。」
「知らん、そんなこと。」
「やめてくださいよ。本国からのクレームに対応するのは私なんですから。」
「それがお前の仕事だ。」
「ですからこれ以上私の仕事を増やさないでいただけませんか?クグロフの行政、財政、それに加えて城内の雑事まで私の仕事になっているんですから。」
「なんとかしろ。今までも何とかやってきただろう。」
「それでは、今回の件も何とかしたいので、彼女はとりあえず城内にしばらく滞在してもらってもいいですよね。」
「勝手にしろ。」
そう言うと、ジン・フロストは今度こそ館の中に入っていってしまった。
私の予定ではさっきの噂の脅しですぐに結婚できるはずだったんだけどうまくいかなかった。
仕方がない。なりゆきだけれど、どうやら館には滞在できるみたいだから長期戦をも視野に入れるとしよう。
「ようこそクグロフへ、本国からのお客様。歓迎いたしますよ。私はこの館の家令をしております、サディアス・ナハシュと申します。どうぞお見知りおきを。」
家令はうやうやしく腰を折った。
事の成り行きを見守っていたロバートも、にっこりととろけるような微笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「はじめまして、レディ。西方国境警備隊隊長のロバート・ロイ・フロストです。辺境伯の弟にあたります。どうぞよろしく。」
そして私は二人にうながされて館の中に入った。
何かを忘れているような気がするけれど、まあいいとしよう。
レモーネ「答え、どれを選んでも私と結婚することになる。」
ポムピン「全男が泣いた。」
サブタイトルはいつも悩みます。
ありがとうございました。