23 慣れって怖い
レモーネお義兄様は女の子のことしか考えてないので、またしばらくフロスト侯視点でお送りします。
執務室には早朝の打ち合わせのために、ナハシュとバーンが来ている。
二人はソファで何やら話をしているが、俺はロバートが新兵達の朝の訓練を終えてから来るまで机に座って待っていた。
それにしても昨日はひどい目に合った。
やはりあいつに声なんかかけるべきじゃなかった。
避けていたのはこっちだったが、あんな手紙、じゃなくてあいつ曰く詫び状、を受け取ったのだが、一言言ってやらなければ気が済まなかったのだ。
キスについてもだが、あんな内容の手紙を男に送ったら勘違いするだろうから止めろと言わなくてはいけないと思ったのだ。
まあ、昨日はそれを言い忘れてしまっていたんだが……。
だいたいなんだ、これからキスの勉強をするって!
男女のあれこれについてご教授ください?
なんだそれ!
男なんて単純なんだぞ、こいつ俺に気があるんだとか思うだろうが!
まあ俺はそんなことは思わないし、勘違いもしないがな!
だいたいあいつが書いたもんだとわかった時点でそんなつもりで書いてないことぐらいわかってるからな!
でも万が一ほかの男にあんなことを言ったりしたら勘違いされて危ないだろうが!
それに真夜中ではないとはいえ、夜に一人でうろうろして何してるんだあいつは!
一応女だろうが気を付けろ!
そういえばあいつに間違えて花の指輪なんて渡してしまったが、予想外に喜んだので驚いた。
あいつも女らしいところがあるじゃないか。
まあ、貴金属を武器にする発想は相変わらずぶっ飛んでいたが。
そういえば王都で何度も襲われたことがあるとか言っていたな。
............。
いや、心配なんかしていないぞ!
俺は両手の指を組んだ上に額を乗せて、ため息をついた。
「あのー、閣下、大丈夫ですか?」
いつの間にかナハシュがそばに来て声をかけてきた。
「ん?ああ、すまん。なんだ?」
頭を振ってから重たいまぶたを上げてナハシュを見た。
「えーっと、昨日なにかあったんですか?どうでした?あの後。」
恐る恐るといった感じでナハシュが聞いてきた。
「一睡もできなかった。」
絶対部屋には来ないようには言ったものの、あいつの夜襲があるんじゃないかと思って眠れなかったのだ。
剣と盾を構えたままベッドに寝るなんて、戦争中か。
いや、ある意味戦時よりひどい。
「ええっ!!」
ナハシュはなぜか持っていた書類をばさばさっと落とすと、顔を真っ赤にしてうろたえだした。
「そ、そうですか……。それは、その……おめでとうございます?」
「はあ?なんだ?」
なんでいきなり祝福されてるんだ俺は。
「お館、ナイスナイトフィーバー!」
バーンはそう言うと、右手の親指をぐっと上げてウインクをしてきた。
やめろ気持ち悪い。
「いや、だからなにが?」
いやあーよかったよかった、となぜか二人は浮足立っている。
なんだこいつら。
不審に思っていると、朝の訓練を終えたロバートが部屋に入って来た。
そして俺のそばまでやって来て敬礼をした。
「おはようございます、兄上。」
「ああ。」
「ところで、昨夜は婚約者殿と素晴らしい夜を過ごされたらしいですね。」
「……はあああ?」
髪が千本くらい抜けた。
「さすがは我が兄上!即決断、即実行!狙った獲物は逃がさない!その獅子のごとき雄々しさに、やはりこのクグロフを治めるのは兄上しかいないと兵士の間でも評判になっておりました。式はいつになされるのですか?兄上の素晴らしさを国中に、いえ、世界中に轟かせるためにもぜひ盛大なものにしたいと思っているのですが。」
「いやお前何言ってんだよ!ちょっと待て、誰が何をしたって?」
俺は椅子から立ち上がって三人を見渡した。
三人は顔を見合わせると、
「レディ・レモーネと。」
「閣下が。」
「ナイトフィーバー!」
と口々に言ってきた。
「なんだそれ!ナイトフィーバーってなんだ!あいつとは何もないぞ!仕事をしようと思って早めに晩餐会を切り上げたら、夜なのにあいつが中庭をふらふら出歩いてたから部屋まで送っただけだ!」
ドンッと机を拳で叩くと、机にひびが入った。
「え?なにもしなかったんですか?」
ナハシュが驚いている。
「そうだ!なにかあってたまるか!」
「ヒュ~、お館は相変わらずお堅いねぇ~。」
「うるさいぞ。」
視線でバーンを射殺していると、ロバートが胸に右手をあてて目を輝かせながら俺に言ってきた。
「兄上、僕は感動いたしました。やはりそのような神聖なことは二人が夫婦の契りを結んだ後にすべきと、そういうことなんですね!古式ゆかしく格調高く、人の上に立つものはそうあるべきと!さすがは我が兄上!」
「おい、お前はちょっと黙ってろ。」
ロバートは言われた通り、口をぎゅっとつぐんだ。
「はあー、なにもなかったんですね。残念です。」
ナハシュはしょんぼりしながら落とした書類を拾い出した。
「んだよ思わせぶりなことして~。よーし、今日はもう解散~。」
バーンがあくびをしながらソファから腰を上げた。
「何を帰ろうとしている、ブラッド・バーン!」
「いやあ~つまらん朝会議はもうやる気がなくなりましたわ。他になんか面白い話ないっすか?」
「ない。それよりも打ち合わせを始めるぞ。お前たちはさっさと席につけ。」
これ以上あいつの話題を出されたらたまらん。
髪の毛が何本あっても足りない。
それぞれがソファに座ると同時に、執務室の扉がバアアアーーーーンッと大きな音を立てて開かれた。
「すすすすすみませええーーーーーーんんんんんっ!!!!レモーネさんを捕まえて下さああーーーーいいっ!!!!!」
黒い大きなゴミが入ってきたかと思ったら、ポムピンが転ぶようにして入ってきた。
「おいっ!突然入ってくるな!警備兵は何をしている!」
「ひぇええええええーーーーーっ!!!殺されるううううっ!!!」
ポムピンをつまみ出そうとして近づくと、腰を抜かしてぶるぶると震えだした。
「閣下!一般人を無駄に怖がらせないで下さいよ。」
ナハシュが駆け寄って来た。
「ポムピンさん、どうしたんですか?ヴァンドルディさんがどうされたんです?」
「レモーネさんが男になって、脱走しました!しかも夜のハッスル大魔王の息子で女の敵なんです!クグロフの女の人が危ないです、早く捕まえないと!」
部屋が静まり返った。
何を言っているのかさっぱりわからなかった。
いや、わかりたくない、と言ったほうがいいか。
また何かやらかしてくれたようだが、俺もいい加減だんだん慣れて来た。
今までよりは落ち着いて対応できる気がする。
「男になったのか?あの女が?お前らまた魔法を使ったのか!」
「ははははいいいいいいっ!」
「……ふうん。いいんじゃないのか、別に。」
逆に考えればこれは俺にとっては良いことだ。
これであの女に結婚を迫られたり、襲う宣言をされて眠れぬ夜を過ごすことも無くなる。
「なにもそんなに慌てることもなかろう。男になったのか、いいじゃないか。もうあいつのことは放っておけ。お前も王都に帰るがいい。」
「いやいやいやいや何言ってるんですか!クグロフの女の人が狙われてるんですよ!今のレモーネさんは女の子と遊ぶために何でもしますよ指定有害生命体です!」
「ええ!!副隊長みたいになっちゃったんですか?」
ナハシュが聞いた。
「そんなの比じゃないですよ!もう何人か被害にあっててもおかしくありません!」
それからポムピンは、男になったあいつがいかに危険かについて説明しだした。
つまるところ、とにかく手の付けられようのない女好きになっている可能性が高いので何かを起こす前に捕獲する必要があるということだった。
「今のレモーネさんは、もしレモーネさんが男に生まれていたらっていう姿になってるんです。レモーネさんの実のお父さんは無責任なクズ男なんですけど、どうやらそれをそのまま受け継いでいるみたいなんです!お願いです、クグロフの女の人を守るためにレモーネさんを捕まえてください!」
クグロフに甚大な被害を及ぼす可能性があるが、俺に被害がないだろうとわかったのでほっとしたというのが正直な感想だった。
「お前は今後魔法は禁止だ!今度このようなことがあれば命はないと思えわかったか!」
「ひゃあああっ!!命だけはお助けを何でもしますから!いやらしいことと犯罪以外は!あ、痛いのときついのも嫌です!肉体労働も嫌ですよ、私は魔法使いですから!」
ははああああーーーーーっと平伏しているポムピンを無視して、俺はロバートに命じた。
「ロバート、お前が街に行け。」
「承知いたしました。」
「待ってください閣下!それはあまりにも危険です!隊長が街に出れば女性たちが押し寄せてきて大変なことに!」
ナハシュが青ざめながら言ってきた。
「さっきの話を聞いたことが本当なら、女がいるところにあいつも来るだろう。手早く捕まえるならそれしかない。」
男ならばなにも恐れることはない。
身の危険もない。
ロバートが部屋を出て行くのを見ながら一人ほくそ笑んだ。
運は俺に味方したな!
お読みいただき、ありがとうございます。




