17 ウエディングドレスは普段着に入りますか?
フロスト侯攻略のためにはまずは男性というものについて理解を深めなくてはいけないということに気付いた私は、ポムピンに色々と教えてもらった。
彼女も王子様に夢を持っている少女であるので、参考にならないところも多々あったが、ためになる話もまたたくさんあった。
そして彼女の師匠である「魔法使いのおばあさん」というものがとんでもなく男性心理というものに精通しているかということがわかった。
その能力がいかんなく発揮されているのが、我が義妹シンデレラと王子をくっつけたときのことだ。
王子は今まで私を含めてぎらぎらとした積極的な女性からのアプローチに飽き飽きしていたところを、一度も社交界にでたことのなかった義妹を投入したことにより、押しの強くない女性という新鮮な感動を呼び起こさせた。
そこから畳みかけるように、清楚で控えめな女性でありながら胸はEカップという夢のコラボレーション、服装は慎ましやかなドレスでありながら二割肌見せという絶妙なエロスを繰り出し、王子の男心を鷲掴みにした。
それだけではない、魔法は十二時になると解けてしまうという時間の制約をもうけることにより、王子が「この娘いいな」と思ったところで強制的に退場させ、もっと会って話したいという気持ちを募らせてしまうという熟練のテクニック。
しかもちゃんとガラスの靴というまた出会うための手がかりまでご丁寧に残しておくという気の配りよう。
まるで歴戦の軍師のような緻密な戦略である。
こうして仲人のプロフェッショナルにより、二人のロマンスは完ぺきに演出されていたのだ。
私は完全なる敗北を受け入れた。
王子と結婚するには、王妃となるべき人物が身につけているべき知識と教養、それから貴族たちの弱みを握る前に、男心というものを理解していなくてはいけなかったのだ。
私に足りないのは、恋愛力だったのだということに気がついた。
それはポムピンいわく、女子力というものらしい。
そう、私は今盛大に落ち込んでいるのだ。
私のあの厳しい鍛錬の日々は一体何だったのかと。
完全にやる気が空回りしていたではないか。
哀しき道化師だよ私は。
そしてよりにもよって、今日は城内では何かの晩餐会が行われているらしく、古城の方からは人々の楽しげな声やダンスのための音楽が聞こえてくる。
今の私にとっては王城の舞踏会を思い起こさせるものは苦痛でしかない。
苦い思い出が後悔とともに押し寄せてくるのだ。
だからなるべく他のことに集中してそのことを考えなくていいように、月明かりの元、中庭のはずれにあるシロツメクサをむしっては、フロスト侯が作ってくれたあの芸術的花輪を再現しようと悪戦苦闘しているところなのだ。
それにしても、今ではシンデレラといわれている義妹シエラにはこの白い花の冠なんかは本当に似合いそうだ。
誰にでも優しく接する清らかな箱入り娘、そんな彼女には無垢な白い花はぴったりだ。
とはいえ、そんな彼女が魑魅魍魎が跋扈する社交界を生き抜くことができるだろうか。
王子の妃になったとはいえ、貴族や社交界に出入りできる人間というものは、血吸いヒルみたいなものだ。
隙あらば骨の髄までしゃぶりつくそうとしてくる。
急に義妹のことが心配になってきた。
まあ、その辺は王子が守ってくれるだろうし。
でもあの王子、のほほんとしているところがあるからなあ。
魔法使いのおばさんもぎっくり腰になんかなってないでそこらへんのアフターフォローはちゃんとやってほしい。
しかしおとなしい性格の義妹とはいえ私のイビリには一度も屈したことがない、以外に芯の強い人物だから案外大丈夫かもしれない。
とはいえ新しい環境でなかなか大変なのでは。
「おい、こんなところで何をしている。」
もやもやと悩んでいると、背後からフロスト侯が声をかけてきた。
どことなく声質が堅く感じられる。
まだ、怒ってるんだろうか。
「っ!」
詫び状どうでしたーーーー?と突撃しようとして、いかんいかん、と踏みとどまった。
ポムピンにも言われたのだ、そーいうとこ、レモーネさんのそーゆーとこが男を引かせてるんですからね!と。
私は王都にいたときのように、なるべく優雅に立ち上がり、腰を落として挨拶をした。
「こんばんは、侯爵様。ごきげんうるわしゅう。」
「お前は誰だ。」
フロスト侯はいぶかしげに、少し離れたところからこちらを見ていた。
おかしい。反応が思っていたのと違う。
落ち着いた対応をすれば好感を持たれるはずだったのに、なぜか往年の敵でも見つけたかのように眉間にしわが寄っている。
ポムピンが探してきた「モテる本」という恋愛指南書によると、男性は最初は「ない」と思っていても、その後の女性の行動によっては「やっぱありかも」と思うこともあるという。
逆に女性は最初にこいつはダメだと思ったら、どうなろうと受け付けないものらしいが。
とにかく、おとなしく礼儀正しく態度を改めたというのに フロスト侯はよけいに機嫌が悪くなってしまった気がする。
失敗してしまった。
「こんな夜分に外で何をしている。」
「花輪で花の冠を作ってました。」
「はあ?それのどこが!花がぐちゃぐちゃにまとめられたなんか禍々しい塊にしか見えないが。」
「この前の花輪を思い出しながら見よう見まねで作りましたので。いずれは完璧な花輪を作ってごらんにいれます。」
「そうか......まあ適当にやってくれ。」
「必ずや花輪を極めてみせます!」
何事もやりはじめたら極めなくては気が済まないたちなのだが、道のりは遠いかも。
いやそれ以前に私は死刑をなんとしても回避しないといけないというのに、ほんとこんなところで何をしているんだか。
自嘲気味に笑ってしまった。
「それにしても、てっきり晩餐会に乱入してきて騒ぎを引き起こすものだと思っていたが。」
「招待状をいただいてもいないのに、行くわけがありません。」
招待状をもらっていたとしても出席していたかどうか。
「そういうマナーはあるんだな。」
失礼な。
私は常識人だというのに。
「しかし、ダンスだけでも踊りたいとは思わなかったのか?」
やけにこの話題にこだわってくる。
「いいえ、私はかかとの傷があるのでもう踊ることはできませんから。」
「そうか......。」
そうなんですよー!
以前は国一番の踊りが踊れたというのに今はもう一生踊ることができないんですよー!
血がにじむほどの努力がパァですよー!
もうこの話題やめません?
心がえぐれてしょうがない!
正直言って今は誰とも話したくはない気分だったので、いつものようにさっさといなくなってくれないかなあ、と思っているんだけれど、今日に限ってなかなかその場を動こうとしてくれない。
いなくなれーという気持ちで見ていると、薄暗いので気がつかなかったがフロスト侯は軍の正装をしていた。
いつもは簡易な士官服を着ているが正装をしているということは、今日はなにかの重要な会だったんだろう。
それにしても勲章やらモールのついた重厚な軍服に身を包んだ彼はいつもに増して厳めしい。
ふとフロスト侯は私の視線を避けるように顔をそむけると、
「お前はなんでまたウエディングドレスを着ているんだ。」
と言ってきた。
「これと黒いドレスしかありませんのでこの二着を着回しています。」
「普段着にウェディングドレスを着てるのか!?」
「別に着てもいいではありませんか。」
「いい悪いの問題ではない!普段着に着るな!それに客室には何着ものドレスがあっただろうが!あれを着たらいいだろう。」
「あれは胸の部分の布がかなり余ってしまって、ずり落ちて肩が出てしまうのです。唯一着れるのが首が詰まったあの黒いドレスだけなのです。ですが、侯爵様がそうおっしゃるならば私も肩出しルックに挑戦してみようかと思います。」
「すまん、今のは失言だった。忘れてくれ。明日服屋を呼ぶから気に入るものを買うといい。」
「いいえ、結構です。侯爵様にそこまでしていただくわけにはまいりません。今あるものを着れるようにどうにかいたします。」
慎ましく謙虚にお断りをした。
なのにフロスト侯は不機嫌だった。
なぜか冷気を発している。
しまった、また受け答えに失敗した!
お読みいただき、ありがとうございました。