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15 仕事を捨てよ、城を出よう

 レモーネ・ヴァンドルディが子供になったことによって聞き分けが良くなったのは非常にありがたいのだが、レバーを嫌がってなかなか食べなくなったので困る。

 今日も食べさせるために膝にのせて口にレバーを持っていくが頑として口にしようとしない。

「こら、レバーを食べなさい!」

「いやああああーーー!!!」

「じっとしてろ!」

 せっかく栄養のあるものを食べさせて健康優良児に育ててやろうとしているというのに。

 ……当初はケガと貧血を治してさっさと王都に追い返す目的でレバーを食べさせていて、いつのまにかその目的が子育てに変わってしまっているのだが、まあいい。

「閣下、嫌がってらっしゃるのでそのように無理に食べさせなくても。子供にはレバーはきついですよ。」

「だめだ。好き嫌いができたら困るのは本人なんだぞ。」

 ナハシュは子供に甘いのでいけない。

「ああ、そうだ。レモさん、これを一口でも食べたら閣下がお外に遊びに連れて行ってくれますよ。」

「おい、何を勝手なことを。」

 冗談じゃない。

 そんな暇はないというのに。

「おそと……。」

 子供は目を輝かせてじっと俺を見上げてきた。

 やめろ、期待に満ちた目で見るな。

 俺が純朴な子供の目にたじろいでいるうちに、子供はレバーを口に入れて我慢しながら噛んだ後ごくりと飲み込んだ。

「お、レモさん。えらいですね。」

 ナハシュが頭を撫でてやっている。

「俺は外に連れて行ってやるとは言っていないぞ!」

「まあまあ、いいではないですか。閣下もたまには気分転換でもされてきてはいかがですか?適度な休息を取ったほうが仕事もはかどりますよ。」

「俺が率先して休みを取るわけには。」

「では、現地視察ということにしておきますので。」

「物は言いようだな。」

 この部下は俺を操るのが本当にうまい。





 というわけで、森の入り口近くに現地視察に来た。

 城を出て馬で半刻ほどの牧草地を抜けた、川べりの静かな場所だ。

 この辺りは最近巡回をさせていなかったので見ておきたかった。

 実は特にこれといって特徴がある場所ではないので放っておいたので少し気になっていたのだ。

 子供はさっそく走り回っている。

 まるで初めて外で遊ぶかのようなはしゃぎようだ、呆れてしまう。

「あまり遠くへ行くなよ。」

「うん!」

 危険はなさそうなのでしばらくは自由にさせていても大丈夫だろう。

 俺は木陰に腰を下ろして持ってきた水筒から水を飲んだ。

 遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、さらりと涼やかな風が顔を撫でる。

 平和だ……。

 こんなに穏やかな時を過ごすのはいつぶりだろうか。

「ねえねえ、じぃじん。これみて。」

「なんだ?」

 いつの間にかそばに子供がやってきて、得意げに首にかけた白いものを見せてきた。

「ねっくれすをひろったよ。」

「うわっなんだそれ……。蛇の脱皮したやつじゃねえか。」

「えへへへへへへ。にあう?」

「お前なあ、ネックレスっていうのはもっと可愛らしいもんだろ。」

「これきらきらしててきれい。」

「そうかよ。」

 子供の感性はわからん。

 いや、でも俺も子供のころはセミの抜け殻とかコレクションしてたな。

 ふと懐かしさを覚えて、足元に咲いているシロツメクサを摘んで花輪を作った。

 よく従妹に作らされていたので、まだ手が覚えている。

 すぐに出来てしまったそれを、子供の首に投げてかけてやった。

「わあっすごーい!」

 目をくりくりとさせて驚いている。

「じぃじんはすごい!はなでわっかがつくれる!てんさい!」

 飛びあがるほど喜ぶという予想外の反応になぜか恥ずかしくなる。

「げんだいのめいこう!」

「なんだそれ、褒めすぎだ。」

「もっとつくって!」

 仕方がない、作ってやるか。

 せっせと花輪を作っているうちにいつの間にか自分自身が夢中になってしまっていた。

 気が付くと子供は少し離れたところで蝶を追いかけていた。

 飽きたな、あいつ。

 よく見ると、時々右足をかばうように歩いている。

 そういえばケガをしていたということを思い出して、何とも言えない気持ちが湧き上がるのを感じる。

 同情だろうか、憐憫だろうか。

 なんにせよ、子供がケガをしているのは気持ちのいいものではない。

 そのまま見ているのが嫌になり、また手元の花に視線を戻した。

 あのケガはどうして負ったんだろうか。

 まあ、俺には関係のないことだが。

 などとぼんやりと考えていると急に耳元がブンブンとうるさくなった。

「なんだ、ハエでもよって……。」

 音がだんだんと大きくなるので顔を上げると、子供が棒を持っていてその先にハチの巣をぶっ刺していた。

「じぃじん。これどうしよう。」

「おまっなにして……。」

「とれちゃった。」

「取ったんだろうがこのバカ!」

 ハチに刺されては大変だ。

 慌てて立ち上がって棒を取り上げようとすると、少し離れた小さな木の陰からガサっと何かが顔を出した。

 大人二人分くらいの背丈がある真っ黒な熊だった。

「きゃああああーーー!!!」

 バカが!大声を出すな!

 子供の口を急いで防いだ。

 一瞬びりっと体中に緊張が流れるが、すぐにそれは消え去っる。

 軍人として嫌というほど訓練をしている賜物だが、危険であればあるほど頭は冴え、冷静になる。

 熊はその巨体からは考えられないほど動きは俊敏であるし、顎の力も腕の力もとても人間がかなうものではない。

 その一噛みで致命傷を受けるだろうし、腕を一振りすれば人間の頭なんぞ簡単に吹っ飛ぶ。

 まともにやり合えば確実に死ぬ。

 逃げるしかない。

 一瞬で判断を下すと、すぐに震えている子供を小脇に抱えて持っていたハチの巣を熊の口めがけて投げた。

 コントロールには自信がある。

 うなり声をあげていた熊の口にハチの巣がすっぽりとはまった。

 そして子供の首から花輪を取って、それを熊の進行方向の少し前に投げた。

 熊は口に物が入れば退却するはずだが、もしこちらに向かって来たときに備えて熊が気を取られる物があった方がいい。

 そして大きな声を出して走って逃げれば追いかけられるので子供の口を押えたままじりじりと後退する。

 熊は頭を振ってハチの巣を吐き出すと、森の中へ消えていった。

 また戻ってくる可能性もあるので今のうちにこの場を立ち去るべきだろう。

 走って馬のところへ戻り、子供を抱えたまま飛び乗って馬の腹を蹴った。

 それにしてもこんなところまで熊が出てくるのは珍しいが、もしかしたらさっきのハチの巣が目的だったのかもしれない。

 全く、こいつはトラブルしか運んでこない。

 腕の中の子供を見下ろせば、今は必至に俺の胸にしがみついている。

「死ぬところだったんだぞ、わかってるのか!」

 なんとか子供を守れたことに安堵すると、今度は怒りが沸き起こってきてしまったので思わず怒鳴ってしまった。

 すると子供はその小さな目に涙をいっぱいにためて大声で泣き出してしまった。

「俺もお前から目を離したのもいけなかったが、そもそもお前が危険に近づかなければよかったんだ。今回のことでわかっただろうから、今度から気を付けろよ、いいな。」

 子供は小さくうなずいた。

 安心させるために背中をぽんぽんと叩いてやる。

 こいつはこんなに何でもが小さかっただろうか。

 とにかく守ってやることができてよかった。

「怒鳴って悪かったな。」

 そう言えばさらに強くしがみついてきた。

 俺はまた馬を早く走らせた。

 熊がまた現れて領民が襲われないとは限らないので、早く帰って念のため熊狩りの部隊を森に向かわせなくてはいけない。

 そのことで頭がいっぱいですっかり失念していたが、俺は子供を乗せて近道の人通りがある街道を通ってしまっていた。

 そのため、俺には隠し子がいるという不名誉な噂がたてられた。


ありがとうございました。

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