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14 ジン・フロスト氏の初めての子守り 

「おい!ロバート、お前は何をやってるんだ!」

 俺は慌てて怒鳴りながら弟のもとへ走っていった。

「これは兄上。ただ今新兵のクソ役立たずどもをクソ絞り上げていたところです。」

 ロバートはそう言ってさっと敬礼をした。

 それを見た黄色い髪の子供は俺に向かって直立不動で敬礼をした。

「そういうことじゃなくて、子供になんてことをやらせてるんだよ。」

「はい、こちらのリトルレディがぜひとも訓練に加わりたいと言われましたので手伝っていただいたところです。彼女は百年に一度の逸材ですよ!将来我が隊において優れた鬼教官となられることを私が保証します。」

「保証するな!」

 この子供が鬼教官へと成長した姿を想像して背筋が凍った。

「軍人志望でもないのにこういった軍事訓練と汚い言葉使いは子供の教育に良くないだろうが。」

「しかし、子供とはいえ女性の頼みを断るわけにはいけませんから。」

「お前の女に甘くて男にはとことん厳しいのは何なんだよ。極端すぎるぞ。」

「父上がよく言われていたではありませんか、女性には騎士のようにひざまずき、野郎には死を!と。」

 ロバートは右の拳を握りしめ天高く振り上げた。

「違う!女性に優しく男に厳しく、だろうが。」

 俺は思わずため息をついた。

「まあいい。とにかく、この子供はあの王都から来た変な女なんだよ。魔法で子供の姿になってるがな。」

「なんと、兄上の婚約者どのでしたか。」

「違う!婚約者ではない!お前はなんで変な勘違いをしてるんだよ!」

 ロバート、お前もか。

 お前も俺をハゲさせたいのか?

 ロバートは子供にひざまずいた。

「レディ、王都からの客人と気づかずに申し訳ありません。」

 子供はロバートの肩に手を置いて

「かまわぬ。」

 と言った。

 なんでお前が偉そうなんだよ。

「あのなあ、ロバート。城内に子供がいる時点でおかしいと思え。それからなんで魔法で子供になったことをそんなに平然と受け入れてるんだよ。」

「兄上が間違ったことをおっしゃるわけがありません。兄上が魔法といわれるのなら、そうなのでしょう。」

「お前のその絶対的な信頼が重い。」

 兄は少し疲れたぞ。

「とにかく、こいつは回収する。」

 俺は子供を小脇に抱えた。

 子供はしばらく犬かきのように手足をばたつかせていたが、すぐにあきらめてされるがままになった。

「じゃあな、新兵のしごきもほどほどにしとけよ。」

「はい、兄上。」

 ロバートはにこやかに答えると、またすぐに罵声を飛ばし始めた。

 それを背後に聞きながら自分の部屋に戻っていった。

 俺はこの子供が城内で何をしでかすかわからないし、子供の教育に良くないことだらけなので連れて歩くことにした。



 それからは、たいてい兄弟が多いので子供の扱いになれているというナハシュがなにかと子供の面倒を見たりうまくあしらってくれていたが、どうしても城外に出ないといけないときなどは俺が一人で面倒を見ることもあるようになった。

 そういう時は部屋には子供と二人きりなのだが、面倒なのでその存在は無視している。

 無視しているのだが、子供がぐるぐると机の周りをまわって覗き込んでくるので気が散って仕方がない。

「おい、仕事の邪魔をするな。むこうで絵でも描いてろ。」

「うぃ。」

 子供は謎の声を発して来客用のソファに座って絵を描き始めた。

 やれやれとため息をついて仕事を再開する。

 しかし子供の興味というものは二十分も続かないものだ。

 すぐにあきてまた俺のところにやってきて、机の上にぐちゃぐちゃに丸めた紙を置いて行った。

 そしてまたぐちゃぐちゃに丸めた紙を持って来ると、それを机の上に置いた。

「おい、ゴミを俺のところに持って来るな。」

「ごみじゃない。これはおそなえ。くさったじゃがいもとだんごむし。」

「はあ?どう見たってゴミだろ。なんだよお供えって。それに供えるならもっとマシなもんにしろ。」

「じぃじんはさあ、しごとばっかりしてるよね。むかしれものれきしのせんせいがいってたよ。あそびのないじんせいは、しんだもどうぜんだって。だからおそなえしたの。」

「ちょっとまて、いろいろ突っ込みたいことがありすぎてなにから突っ込んだらいいのかわからないが、とりあえずそのじぃじんって呼ぶのはやめろ。俺はジィジじゃない、ジン、だ。」

「しごとばかりしておんなにもてないかなしいじんふろしゅと、ろくじゅうごさい。」

 子供は悲し気な目で俺を見てきた。

「人の話を聞けよ!誰が六十五歳だ!」

 頭の血管が何本か切れた気がする。

「れももいままであそんだことがなかったけど、いまはあそんでしかいない。いきかえった。」

「そうかよよかったな。言っとくが、俺はモテないんじゃなくて忙しすぎてそれ以外のことをする暇がないんだよ。女より睡眠時間が欲しい。」

「ふーん。」

 本当に切実に睡眠時間が欲しい。

「お前だってモテないだろうが。人のことばかり言うな。」

「れもはもてる。おいもわかきもれもをちやほやしてくる。」

「それは今お前が子供だからだろ。子供には誰でもが構いたがる。」

 そういうと、子供は何かを考えるように黙り込んでしまった。

 俺はその手を引いてまたソファのところに子供を連れて行った。

「ほら、ここでおとなしくまた絵を描いてろ。」

 無理やり座らせると、言われるがまままた絵を描き始めた。

 あまりにも夢中になって描いているので思わずその様子を見てしまう。

 それにしても夢中になった子供というのはどうしてこう鼻息が荒いんだろうか。

「なんだその絵は?」

 いろんな色で紙いっぱいにぐちゃぐちゃに描かれた絵は何なのかさっぱりわからなかった。

「これがおうじさまで、これがしぇらで、これがおばさん。」

「そうか。」

 王子様しか何を言っているのかわからなかった。

 しかし、好きだよな、子供は王子様とかお姫様とか。

「このまがまがしい黒と赤の塊はなんだ?」

「これは、あんばーひめ……。」

 子供は遠い目をして言った。

「このよでいちばんおそろしいひと。」

 お前より恐ろしいものがこの世にあるのかよ。

 アンバー姫は可憐な美しい姫君だと伝え聞くので、姫が恐ろしいというのはこの子供の空想なんだろう、きっと。

「れもはこのおうじさまにころされちゃうの。」

 空想が一気に残酷な展開になった。

「だかられもはじぃじんとけっこんする。」

「そこで俺を登場させるな。」

 子供のいうことはさっぱりわけがわからない。

 それから、子供は絵本を読んでいる時もある。

 教育上良くない本をバーンとポムピンから借りてくるので、慌てて街から絵本を取り寄せたのだ。

 日に日に執務室には絵本が積み上げられていく。

 絵本はいい。

 かなり長い時間子供を静かにさせておくことができる。

「ねえねえ、じぃじん。なあしゅはどこ?」

「だからそのジジイみたいな呼び方はやめろ。」

「なあしゅに、ほんをよんでもらいたい。」

「あいつは今いない。たまにはあいつに読んでもらわないで自分で読め。」

「やだーーーー!なあしゅによんでもらいたい!」

「わがままばかり言うな。」

 面倒見がいいナハシュにすっかりなついてしまっているのはいいんだが、あいつがいない時はますます面倒なことになるようになってしまった。

「じゃあ、じぃじんがよんで!」

「絶対嫌だ、誰が読んでやるか。」

「いじわる!よんでよおおおおおーーっ!」

「あー、うるせえな。」

 子供は絵本を俺に押し付けてくる。

 その題名は「うんちくんのぼうけん」。

 絶対声に出して読みたくない絵本第一位だ。

「うんちくんおもしろいよ!かわとかうみにながされて、とにかくだいすぺくたくる!」

 うっとおしいのでどうしようかと考えていると、部屋にナハシュが帰ってきた。

 それを見て子供はナハシュのところにかけて行った。

「なあしゅ、ほんよんで!」

「すみません、レモさん。私またすぐ出かけなくてはなりませんので、閣下に読んでもらってくださいませんか?」

「おい、俺も忙しいんだよ。ガキの相手をしている暇はない。」

 そう言うと、子供は俺を見て

「やだ!じぃじんはよんでくれないからきらい!」

 と言い放った。

 意外にも嫌いという言葉が心に突き刺さる。

「子供に嫌われるのはこたえますよね、閣下。」

 ナハシュが気づかわしげに言ってきた。

「仕方がない。特別に俺が読んでやろう。だが、読むのはその本じゃなくて、別のやつだ。」

 俺は積み上げられている絵本の中から亀の絵が描かれているものを選び取った。

 これならば安全そうだ。

「おい、ここに座れ。」

 俺はソファに座って、膝をポンポンと叩いて子供を呼んだ。

 すると、嫌そうにしぶしぶと膝に乗ってきた。

「老人とすっぽん。ってこれ亀じゃなくてすっぽんだったのか。」

 絵本を開いて読み始めた。

 この話は、齢八十を超える老人と、高齢のすっぽんの生死をかけた攻防と、和解、別れというなんともシブイ内容だった。

 大人の鑑賞にも耐えうる。

「くぷぅ。」

 読み始めてすぐに腕の中で変ないびきが聞こえた。

「おい、もう寝たのか!」

 子供は俺の腕に寄りかかってすっかり眠ってしまっていた。

「閣下の腕の中がよほど心地がよかったのでしょう。安心されているのですよ、きっと。」

 ナハシュがそう言ってきた。

 全然嬉しくない。


ありがとうございました。

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