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10 部屋とレバニラと私

 私が貧血で倒れて、足の治療をしてもらってから一週間がたった。

 先生に毎日見てもらいながら薬も処方してもらっているので順調に回復してきている。

 今までは部屋に来てもらっていたけれど、昨日からは城内の先生宅まで行って治療してもらうようになった。

 先生の仕事は本来は兵士たちの健康管理等なので部外者の私の治療が迷惑をかかけていると言われることはよくわかっている。

 が、それは私の知ったことではない。

 デッドオアアライブに勝利するには時には人に迷惑をかける時だってあるのだ。

 無事結婚できて生き延びられたあかつきにはなにか、こう、恩返し的なことはするので今は協力していただきたい。

 とにかく、動き出さないといけない。

 ここ一週間全くジン・フロストには会っていないのだ。

 避けられているのか、怒っているのかわからないけれど、そろそろ存在を忘れられているかもしれないから顔を出しておかなければ。

 先生宅についてきてくれた兵士に別れを告げて、私は滞在している客室の扉を開けて中に入った。

「あ、おかえりなさい、レモーネさん。どうでしたか?先生はなんて言われてました?」

 ポムピンは駆け寄ってきて私が持っていたかごを受け取った。

 彼女はなかなか優しい女性だ。

 倒れてからはかいがいしく世話をしてくれる。

「けがは順調に回復しているから、引き続き激しい運動はしないで栄養のあるものを食べるように、ですって。」

「そうですか、良かったですね!」

 そう言って、ポムピンはテーブルの上の散乱している本や紙をわきに押しやってかごを置いた。

 彼女は一度研究にはまると寝食を忘れて作業をする癖があるらしく、美しくしつらえられていた室内には大量の本や道具が所狭しと置かれ、床や壁には魔法陣のようなものや走り書きがびっしりと書かれている。

「ところで、先生からシビレマンドラゴラの粉末はもらってきてもらえましたか?」

「ええ。はい、これ。」

 私は預かってきた袋を手渡した。

「やったああああーーーー!!!ありがとうございます!まさか本当にシビレマンドラゴラが手に入るなんて!これはすごいんですよ、百年前の魔法書に書かれて以来存在を忘れられていたものなので、実在が疑問視されていたんですけれど、まさかクグロフの医者が使用していたなんて!これは魔薬の歴史が変わるかもしれませんよ!毒リンゴの可能性も広がってうんたらかんたら……。」

 説明が始まるととても長い。

 適当に合づちを打ちながら、私はかごの中から紙に包まれたものを取り出した。

「ん?なんですかそれ?いいにおいがしますけど。」

「先生の奥さんに料理を習ってきて、一切れもらってきたものよ。先生の大好物なんですって。」

 私は紙をはがした。

「うわああああああああーーーーーー!!!これ、ほとんどチーズ!うわああーーーーーーー!!!!!!分厚い!!」

「うるさい。」

「でもこれなんなんですか!こんな料理見たことないですよ!ってゆーか食べ物なんですかこれ!見てるだけで胸やけがする!うっぷ。」

「ディープ・ディッシュ・ピザっていう名前らしいわよ。粉と水を混ぜてこねたものをフライパンに叩きつけてのばしたら、モツァレラチーズ、カマンベールチーズ、ゴルゴンゾーラチーズ、チェダーチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノをあるだけ敷き詰めて、そこらへんに売ってる瓶づめのトマトソースを三瓶入れてオーブンで焼いたら、できあがり!ですって。まあ、習ったといっても私は横で見ていただけなんだけど。食べる?」

「いえ、全力で遠慮します。これを何事もなく食べるようすすめてくるレモーネさんに殺意さえ芽生えます。」

 そこへ兵士がやってきて、私をジン・フロストが呼んでいると告げてきた。

「じゃあ、せっかくだから、これを持っていってみましょうか。胃袋がつかめるかも。」

「いや、これはやめた方がいいと思いますよー。ってゆーか、レモーネさんはこれを持ってこられたら食べますか?」

「カロリーが高いから食べない。」

「カロリーの問題だけじゃないと思いますけど……。あのですね、なんかレモーネさんはそのへんの知識が抜けてるみたいなんで言わせてもらいますけど、男の人が作ってもらって嬉しい料理は、オムレツ、ハンバーグ、からあげ、ロールキャベツ、コロッケ、レバニラ炒めとかっていわれてるんですよ。これはちょっと……。」

「ふーん、そう。そういえばあの人が何が好きかとかそういう周辺情報をまったく入手していなかったわね。それとなく聞いてみるか。まあ、答えてくれるかはわからないけれど。なぜか私に対して怒っているみたいだし。」

「なぜかって……。今までの行動を振り返ってみてください。」

「この前の倒れたときも怒ってたのよね。普通は気分が悪くてぐったりしてる女性に怒鳴りあげないわよね?たしか命を軽視するようなことはするな、とか言ってたかしら?こっちは命がけでやってるって反論してやったけど。」

「それって、もしかしてレモーネさんのこと心配して言ったんじゃあ……。まさかね!辺境伯は気に入らないことがあったら無表情で剣をふるってきそうな顔してますもんね!私、怖くてなるべく存在を思い出さないようにしてるんです!」

 まあ、たしかにいつも不機嫌そうにはしている。

「とにかく行ってくるわね。私のインテリジェンス力も発揮して情報収集もしなくてはいけないし!」

「あ、待ってください。ちゃんとこの前の介抱のお礼は言っといたほうがいいですよ!」

「任せときなさい!私を誰だと思っているの!」

「なんか不安だなあ、その返事。それと、帰れっていう言葉以外の辺境伯の言葉にはなるべく従ったほうがいいですからね。男の人は慎ましく従順な女の人を好む傾向にありますから。」

 社交界のことを思い出してみれば、言われてみればそうかも、とも思う。

 それに彼も貴族とはいえ元々は軍人なのだから、従われた方が気分がいいかもしれない。

「でも、私そういう黙って従うの性に合わない。」

「今は我慢です。結婚してしまえばこっちのもんです。」

「なるほど。それもそうね。」

 なかなかポムピンも頼りになってきた気がする。

「じゃあ、戻ってきたばかりだけど行ってくるわね。」

「健闘を祈ります。」

 私は階段を下りてすぐの所にある呼ばれた執務室に向かった。

 この前倒れていた場所だから覚えている。

 豪奢な扉の前につくと、兵士が扉を開けてくれた。

「レモーネ・ヴァンドルディ様がいらっしゃいました!」

「入れ。」

 部屋に入ると、ジン・フロストは机の横の窓際に立ち、後ろ手に手を組んで外をじっと眺めていた。

 たそがれているのかしら?

 何か用かと言いかけて、口をつぐんだ。

 そうそう、まずはお礼を言わなくては。

「先日は倒れていたところを助けていただき、また治療のための滞在をお許しいただきありがとうございます。この御恩は一生忘れません。」

 少し大げさだけど、感謝の気持ちは伝えた。

 返事がない。

 かたくなに窓の外を見つめている。

 何かあるのかと、外を見てみたけれど、何も変わったところはない。

 普段の私ならばここで胸ぐらでもつかみに行ってやろうかとも思うところだけど、ポムピンに言われたようにとにかく彼が話始めるのを待ってみる。

 それにしても、彼の机の横に置かれている銀色の大きな盾はなんのためのものだろうか?

 以前はなかった気がするけれど。

 不思議な文様がかかれているそれを眺めていると、やっと声がかかった。

「そこのテーブルの上にある銀の皿に料理が入っている。食べろ。」

 彼からは離れた場所にある来客用のソファの前にあるテーブルには、銀色の釣り鐘型のクロッシュがかぶせられた皿があった。

 まさか毒が入ってるんじゃあないでしょうね……。

 唐突になぞの料理の提供がされたので、警戒しながらもテーブルに向かうが、ソファとテーブルの間が狭かったのでつまづいてしまった。

「きゃあっ!」

 ソファに体が倒れ込んだけれど、うまく両手でソファをつかんだので大丈夫だった。

 と同時に、どん、と音がしたのでその方向を見ると、ジン・フロストがこちらに両手を広げて足を一歩踏み出していた。

 こちらの視線に気付くと、彼は咳ばらいをしてまた元のように外を眺めだした。

 一体さっきの行動はなんだったんだろう。

 とにかく言われた通りにしよう。

 居住まいを正してから、クロッシュを取ると、銀の皿には似合わない何かの肉と細長い緑色の野菜の炒めものが入っていた。

 かいだ事のない甘辛いにおいが、なかなかおいしそうだ。

「なに、これ?」

 独り言でつぶやいた言葉には意外にも返事が返ってきた。

「それはレバニラ炒めだ。知らんのか?」

「はあ……。これがレバニラ……。」

 さっきポムピンが言っていた男の胃袋をつかむあれか。

 何のことだろうと思っていたけれど、この料理のことだったのか。

「高たんぱくで低カロリー、材料は安いし最高の栄養食だ。肝が入っているから貧血にもいい。さっさと栄養を付けて帰ってもらわないといかんからな。食え。」

「肝!」

 肝なんて食べたことも見たこともない。

 見た目もつるつるしていて気持ちが悪い。

 食べたくなくてなんとかならないかと頭を巡らせていると、ジン・フロストが見かねたのか、

「食べなければこの部屋からは出さんぞ。」

 と言ってきた。

 まさかこの私が脅されるとは!

 食べればいいんでしょう、食べれば!

 しかたなくフォークで一つ取って少しかじってみた。

「なにこれ生臭い!ドロッとしててこりこりしてて気持ち悪い!」

 あわてて水差しからグラスに水をついで飲みほした。

「当たり前だ、肝だから血なまぐさいほうがいい。そこに栄養がつまってるんだからな。さっさと食べろ。せっかく作ったものが冷めるだろうが。」

「作ったの?もしかしてあなたが!?」

「そうだが?」

 まさか、これから料理を振る舞ってやろうと思っていた相手から先制攻撃を受けるとは!

 くやしい!

 私もレバニラ炒めをいずれ攻略しておみまいしてくれる!

 そう思いながらちびちびと食べすすめた。

 うう、まずい……。


お読みいただきありがとうございます。

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