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1 渡る世間は理不尽ばかり

シンデレラのパロディです。

もはや別物です。

 とある人形劇屋と子供たち




 こうしてやさしい魔法使いのおばあさんの助けによって、シンデレラは王子様と結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。

 はい、これでこの話はおしめえだ。

 さあ水あめ買ったらとっとと帰えんな。

 あ?なんだって?

 そのあとどうなったかが気になる?

 だから末永く幸せに暮らしたんだっていっただろ?

 え?シンデレラのことじゃない?

 ほかのやつらがどうなったか知りたいだと?

 いいやつは幸せだし、わるいやつはやっつけられるのさ。

 シンデレラのまま姉がどうなったかって?

 そりゃあ悪いことしたんだから、捕まってこらしめられたのさ。

 だから、たしか呪われた靴をはかされて死ぬまで踊らされたり、王宮でこきつかわれたのさ。

 シンデレラが本当にやさしいならそんな命令はしないだと?

 まあたしかにそうだが、女ってえのは意外に残酷なもんなんじゃねえのか?

 おっと、じょうちゃん、そうにらむなよ。

 それにかかとを切り落とすほどの執念があるなら、まま姉もそう簡単にやられはしないって?

 最近のガキはずいぶんとひねくれてるな。

 しかもしつこい。

 ああ、わかったわかった。

 続きの話をしてやるよ。

 言っとくが、今から考えるからつまんねえしめちゃくちゃな話だぞ。

 それともう一つ話をするんだから帰りにもう1個水あめを買っていくんだぞ。いいな。

 それじゃあ、はじめるとするか。

 むかしむかし、あるところに......。





 






朝が来た、たぶん。

 牢屋の中はほの暗く窓もないから、今が朝なのか夜なのかは明るさで知ることはできない。

 でも朝鳴き鳥が、コケーコッコッコッコッコと鳴き出したから朝なんだろう。

 朝からまったくご苦労なものだ。

 コケーコッコッコッコッコッコッコッコッゴホッゴホッゴホッ。

 あ、むせた。

 声の張り上げすぎだ。

 この方法で日にちを数えているが、今日で牢屋に入れられてちょうど7日目になる。

 罪状は王太子妃シエラ、今は愛称でシンデレラと言われているらしいけれど、をいじめていた不敬罪、で刑は死刑を言い渡されている。

「さてと。」

 私は毎日の日課をするべく、しゃきん、と立ち上がり体についた寝床のワラをはたき落とした。

 まずは拳を握りしめ、胸の前に持ってくる。

 腰を少し落とし、足を肩はばに開き体の重心を一直線にするように立つ。

「そしてやや内角を削り込むように、えぐるべし!えぐるべし!」

 世の理不尽が目の前にいると思い、その空中に向かって拳をすばやく、かつ力強く打ち込んでいく。

「私だって子供のころから王子様と結婚できるように睡眠時間を削ってあらゆる教養を身に着け、頑張ってきたのに!これはその睡眠時間の分!」

 さらにもう一度拳を打ち込む。

「少しでも美しく見えるように1日2食、間食なし、筋肉トレーニング、そして美容に神経をすり減らしてきたのに!これは私のそぎ落とされた脂肪と我慢の気持ちの分!」

 おりゃおりゃおりゃおりゃーーーーー!!!

「そりゃあ義妹いびりはいけないとは思うけど、ライバルは早いうちにつぶしておくべきでしょ!それくらいで死刑ってそりゃないわ!こっちはガラスの靴を履くためにかかとまで切ったっていうのになんで報われないの!こんな世の中間違ってる!」

 最後に思い切り打ち込んだ拳で、世の理不尽は倒された。

「ふう、すっきりした。良い汗をかいたわ。」

 私は額の汗をぐいっとぬぐった。

「実に爽やかな朝ね。」

 晴れ晴れとした気持ちで振り返ると、牢屋の柵越しに、何とも言えない表情をした美しい少女が立っていた。

「あら、おはようございます、アンバー姫。」

 私は王子の妹姫であるアンバー姫にちょんと優雅にお辞儀をした。

「あら、おはようございます、じゃないわよ!あなた自分が恥ずかしいことをしている姿を見られてよくそんなに平然としていられるわね!」

「はあ、どこが恥ずかしい姿なのでしょうか?」

 まあたしかに人毛とは思えないほどの鮮やかなレモン色の自慢の髪は長いことクシでとかしていないからぼさぼさだし、身に着けているものは薄汚れた麻のドレスではあるけれど。

「それを本気で言っているの?」

 アンバー姫は信じられない、と目を見開いている。

「そういう神経が図太いというか、ズレているところがお兄様に選ばれなかった原因なのだけれど。でも、だからこそ今回のことには適任であると言えるわね。」

 そしてなぜかうなずきながら納得している。

 聞き捨てならないことを言われたので反論しておくことにした。

「私は神経がか細いうら若き乙女ですし、いたって常識人であり、ズレてなどいませんが。」

「そう自分のことを言いきれる押しの強さがまさに適材適所。あなたにしか頼めないと確信したわ。」

 アンバー姫はびしいっと人差し指を私に向けて言った。

「レモーネ・マクファーレン、要塞都市クグロフを治める辺境伯であるジン・フロスト侯を口説き落として、結婚してきなさい!」

「……はい?」

 死刑囚に何を言いだすんだろうか、このお姫様は。

 要塞都市クグロフといえば、王都から西の果て、モンブラン山とシキの森を越えた、隣国トトロシュとは川越しに国境を接している本物の辺境の地。

 その辺境伯は5年前に相続で争いが起こり、北方の下級貴族が代わりに辺境伯になったと聞いている。

 その貴族がフロスト家で、辺境伯になったのが長男のジン・フロスト。

 辺境伯につくや否や強引で冷徹な方法で、乱れた領内をすぐに治めたらしい。

 一度も社交界には姿を見せたことがないから私もどんな人物かは知らないが、熊のように大きく、竜のように恐ろしい容姿をしているとも言われているし、とても人目にさらせるような醜い顔をしているので、いつも顔をローブで深く隠しているとも聞いたことがある。

「あのう、なぜですか?」

 国境を守る要所ではあるので、政略結婚ということも考えられるけれど、死刑囚は使わないだろうし。

 政略結婚ならどこかの貴族の子女が行くはずだ。

「そ、それは、そのう。」

 アンバー姫は両手をほほにそえて顔を赤らめた。

 皆様おなじみの恥じらう乙女のポーズだ。

 いつまでもいじいじ、もじもじと体をくねらせているのでいらいらしてきた。

「はやく理由を言ってください!」

 我慢できずに大声を出すと、アンバー姫はやっと口を開いた。

「辺境伯には弟がいるのだけれど、その方がとっても素敵な殿方なの!黄金のような髪に、すらりとした長身で、そのお顔といったら、もうっ!神に愛されているとしか言いようがないのよ!そして、その美しい容姿を鼻にかけることもなく、優しくて聡明でいらっしゃるの!ああっ私のロバート様!」

 そう言うと、遠くを見ながら両手を開いたまま固まってしまっている。

 完全に恋する乙女、暴走バージョンだ。

 ちょっと前までの私によく似ている。

 この状態になると、自分の世界に入ってしまって、突拍子もないことをしてしまうものだ。

 そんなアンバー姫を見て、親近感とともに、同情心も沸いてきた。

 なぜだかわからないけれど。

「辺境伯の弟が美男子だということはわかりましたが、それが結婚と何の関係があるんですか?」

「それが、ロバート様は大変兄思いでいらっしゃって、兄が結婚するまでは自分も結婚できないといってどんな縁談も断ってらっしゃるの。ああ、そんなところも素敵!そして、その兄が鬼のように冷徹と言われる辺境伯だから、嫁に行きたいという人がいないみたいで困っているの。辺境伯が結婚しないと、私はロバート様と結婚できないのよ!」

「その弟とは結婚の約束でもされてるんですか?」

「いいえ!まだ話したこともないの!でも、きっと結婚できるようになったら私に求婚してくださるはずだわ!」

 それはどうでしょうか。

 姫君だから、命令で結婚できるかもしれないけれど、話したこともないのにいきなり求婚はしてこないと思うけど。

 まあ、他人事だし、その辺は面倒なので置いておくとしよう。

「誰に頼んでも、辺境は嫌だとか、恐ろしい男の妻になんかなりたくないって言うのよ。その点、意地が悪くて強引なことで定評のあるあなたなら、嫌われ者の辺境伯の妻に無理やりにでもなれると思ったの。」

「私はそんなことを思いつくアンバー姫こそ鬼のようだと思いますが。」

「何か言ったかしら?」

 姫の目がギラリと光った。

 生まれついての権力者はほんとうに厄介だ。

 人を何だと思ってるんだか。

「それで、私が辺境伯の妻になれなかった時はどうなるんです?」

「絶対結婚してきなさい。死んでもしてきなさい。どんなに汚い手を使っても妻の座におさまってきなさい。なれなかったら本来の予定通り死刑。」

「あああああーーーーーやっぱりいいいーーーーーー!!!」

 私は牢屋の柵にしがみついた。

 得体のしれない良い噂を聞いたこともない男の妻になるor死刑。

 やっぱり世の中は理不尽であふれている!

「あなただけでは不安だから、強力な助っ人を呼んでおいたわ。シンデレラをサポートした魔法使いのおばあさん。」

 おお、それは心強い。

 でもその魔法使いのせいで義妹が王子と結婚でき、私がこうして牢屋に入ることになったのだから、まず一発殴らせてほしい気持ちもある。

「-の、出来の悪い弟子よ。」

「出来が悪いんじゃあだめじゃないですか!なんでおばあさん本人が来ないんです!」

「ぎっくり腰で動けないらしいの。」

 ちくしょう!

「さあ、こちらへいらっしゃい。」

 うながされて姫の後ろからおどおどしながら出てきたのは、背が低く、真っ赤なボサボサ髪に分厚い丸眼鏡をかけた、黒いローブを引きずった少女だった。

「あ、あの、魔法使い見習いの、ポムピンです。その、よ、よろしく、です。」

 見るからに役に立ちそうにない。

 一応挨拶はしておく。

「レモーネよ。よろしく。ところで、あなたもドレスを出したり、馬車を出したりできるわけ?」

「いえいえいえっ!私は、そんな高度なことはできません!」

「じゃあ、何ならできるの?」

「毒リンゴが出せます。」

 ポムピンは弱弱しく笑った。

「……他には?」

「えっと、毒リンゴをたくさん出せます!」

「もしかして、毒リンゴしか出せないわけ!?」

「す、すみません!」

「あああああーーーーーっ役に立たないーーーーーーー!!!!」

「すみません!すみません!」

 私の命がかかってるのに、毒リンゴオンリー!

 絶望する私と、ひたすら平謝りするポムピンをよそに、アンバー姫は封筒を渡してきながら言った。

「これは私から辺境伯への紹介状よ。くれぐれも私のことはロバート様には良く言っておいてちょうだいね。そうそう、あなたがシンデレラの義姉の死刑囚だとばれるといけないから、あなたのお母様の旧姓のヴァンドルディを名乗っておきなさい。あなたのことは王都の商家の娘ってことにしてるから。それじゃあ、頼んだわね。」

 そして颯爽と去って行ってしまった。


ありがとうございました。

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