未来を視る少女と今日を変える男
世界はとても簡単で、とてもつまらない。
真面目に生きるのは馬鹿らしくて、努力するなんて以ての外だ。
いつからだろう。そんな考え方になったのは。いつから退屈な毎日を過ごすようになったのだろうか。
「一着は六番人気のディーリアです! 最後の直線で上手く抜け出しました!」
レース結果を告げる実況の声を背に、換金所へと向かう。見慣れたお姉さんに声をかけてお金を用意してもらう。
「70000ベルになります。これだけ当てれば、今日はプラスですか?」
「ん? ああ、今日"も"プラスだよ」
袋に入れられた金を鞄へと仕舞う。流石に大きいのを当てすぎたか。鞄がかなり重くなったな。
「今日はでしょ? いつもは小さいのを偶にしか当ててないじゃないですか」
「はは。良く見てますね。なかなか当たらないものですよ」
「君みたいな普通の人がほぼ毎日来てたら覚えるわよ。のめり込んで破産しないようにね」
お姉さんからの有難い忠告に苦笑いで返して、その場を後にする。
普通にやったら本当に全然当たらないんだよな。ギャンブルで一攫千金なんて夢のまた夢の話だ。
でも、俺の能力なら気取られなければ負けることはない。だから、毎日細かく小さな勝ちで金を稼いで、時間を潰してるんだよね。
帰り道。いつもならこのまま真っ直ぐ家に帰るが、今日は帰らない。どうせ、家に帰っても俺の分の食事なんかは用意してくれていないだろうから、どっかで食って帰るか。
……このまま、いつもの道で帰れば、面倒なことに巻き込まれるからな。
窓から差し込む光に眼が覚める。いつも通りの朝。ベッドの位置からして日が差し込んで眼が覚めるということは、もう時間的には朝とは言えないくらいだ。
やることも無いからこんな時間に起きても焦る必要すらない。文句を言ってくるとすれば、同じ家に住む両親くらいだろう。
流石に、23歳にもなって仕事もせずに、昼前に起きてギャンブルをしに行くだけの息子に文句の一つも言わないとすれば、それはもう諦めきっているということだろう。
殆ど諦められているが。
とりあえず、このまま二度寝を楽しんでもいいが、疲れも溜まってないのに二度寝をするのも勿体無い気がするし、二度寝なんてこの十年以上のグータラ生活で何回やったか数えられないくらいだ。今更、二度寝をするのもな。
クローゼットから着替えを取り出して、もさもさと着替えを始める。脱いだ寝巻きを洗濯籠の中に放り込んでリビングへと向かえば、何やら良い匂いがする。
「おはよう、リグレス。お昼は食べる?」
母さんが丁度昼食を作っていたようで、ついでに頂くことにする。
こうして何も言わずに食事を用意してくれたり、洗濯や掃除をしてくれていることには本当に感謝している。貯まっているお金で何か買ってあげようかななんて柄にも無く考えることもあるが、それを実行したことはない。
昨日70000ベルも当てたんだから、今日くらいは帰りに何か買って帰るか。
「今日はどこか行くの?」
食事を終えた母さんが食器を洗いながら聞いてくる。手元には洗剤も何もないが、みるみるうちに食器が綺麗になっていく。
母さんの能力は洗浄。一日に五回までしか使えないみたいだけど、家事にはかなり役に立つ能力だ。
「今日もいつもの所かな。何か用事でもあった?」
「ううん。ただ聞いただけ。気をつけてね」
少し寂しそうで辛そうな表情は、今日もまた仕事も探さずにギャンブルに耽る息子を思ってのことだろう。
「じゃあ、行ってくる」
家を出ていつも通り歩き出す。
どれだけ真面目に生きてと思われても、こんな世界で真面目に生きてはいけないよ。
一人に一つ与えられる能力。こんなものが蔓延る世界で真面目に努力したって、能力の優劣だけで結果が変わるんだぜ?
それなら、自分の能力に合った生き方をするのが賢いってものじゃないか。
もう何度も考えたその内容だ。頭の中ですぐに自分の答えが出る。
俺はこの生き方でいいやと。
気分を切り替えてこの後のレースのことを考える。
そろそろ普通に一発当ててみたいな。まだ、一回も自分の勘で大きな当たりを引いたことがないんだよな。十年も通ってるって言うのに。
「また外れですね。今日はまだ一回も当ててないじゃないですか。無理に大きいのを狙うからそうなるんですよ」
テーブルの上に投げ捨てた賭け券を見て、昨日の換金所のお姉さんが呆れたように言う。
「そうは言っても、これ以上の倍率じゃないと今日の損分は取り返せないじゃん」
もう七連敗だ。一回1000ベル賭けていたので、もう昨日の勝ち分の一割を失っていることになる。
「一回勝ったからって、また勝てるとは限らないんですから、いつも通り賭けている方が良いですよ」
平日で人が少なく暇だからか話に乗ってくれるお姉さんに、軽く説教されながらも次のレースもまた七番人気に賭ける。呆れたように溜息を吐くお姉さんには申し訳ないが、今回は負けても良いのだ。
だから、思いっきり浪漫に任せた賭け方をさせてもらう。
「あー……結局全敗かー」
十五回全て外して肩を落とす。スロットとか他にも遊ぶことはできるが、流石に全敗した後に楽しめる程、気持ちの切り替えは出来ないので帰るとするか。
外に出て大きく息を吐き出す。もう暗くなっている空を見上げて、少し壁にもたれかかる。
あのお姉さんとはこの一日で仲良くなれた気がするけど、それもまた終わりか。
「どうも、そこのお方」
俺に話しかける聞き覚えのある声に視線を下へと向ければ、綺麗な金色の髪が視界に映る。
可愛らしいその笑顔に、またこいつかと心の中で溜息を吐く。
「また、お前か……」
「初めまして。私はサラと申しまーー今、"また"と仰いました?」
小さく呟いた声も、暗くなって静かな今の状況ではサラとかいう少女にしっかりと聞き取られてしまったようだ。
「何かの聞き間違いでは? 私は今日は負けたなとカジノで負けた額を思い返していただけです」
「いえ、やはり貴方のようです」
人の話を聞こうともせずに詰め寄ってくる。いや、これ、いつにも増して強引だな。
このままグダグダしてると面倒なことになりそうだ。
「用があるので帰らせてもらいますね」
横を通り抜けようとすれば腕を掴まれる。
「用があるなら歩きながらで良いので聞いてください」
俺の腕を掴んで離さそうとせずに、むしろそのまま歩き出そうとする。
「まず、どこから話せばいいのでしょうか?」
本当に腕を掴まれた……いや、もう抱きしめられている感じのまま歩き出す。
周囲の視線が痛い。そんなことを気にせずに話し始めるので、どうすれば良いのか分からず仕方なく歩く。
「私の能力は未来視なんです。視れる未来は、私がその未来を知らずに進んだ未来になるので、未来視を発動して考え方を変えたりすると未来は変わります」
それは仕方ないデメリットだな。知らないまま過ごすのと、知った上で過ごすのでは未来が変わるのは仕方ない。ほんの少しの表情の変化、ほんの少しの戸惑い、そんな小さな何かが変わるだけで、人は相手への態度や認識を変えてしまう。
例えば、俺が何も知らずにサラに話しかけられれば、どこかの貴族に声をかけられたと思い、緊張して粗相がないようち取り繕いながら話すだろう。だが、俺はサラを知っている。だからこそ、緊張せずに、逆に逃げ出そうとしたのだ。そして、"また"と呟いてしまったせいで、サラに俺がサラを知っていることを気取られた。
そんな僅かな違いが人と人との距離を変える。何度目か分からないサラとの遭遇も、俺が今回対応を間違えたからこそ、こうやって今までに無かった状況に陥っている。
「初めて能力を意識的に使ったのは三年前でした。自分の未来を視たら、辛そうな生活をしていました」
そんな未来を視たら変えようと思うのは仕方のないことだろう。
能力なんて自分のために使えば良いのだ。望んで与えられたものじゃないなら、せめて自分のために使うくらい許されたって良い。
「次に未来を視たら、貴方と楽しそうな家庭を築いていました」
「なっ!?」
だからか!だからこいつはこんなにも俺に会いにくるのか……
通りで、名前も何もかも知らないはずなのに、毎回声をかけられると思ったわけだ。
「その次に視た未来では、また辛い生活に戻っていました」
辛い未来を知って変えようと動けば、俺と楽しい生活を築いていた。だが、俺の存在を知って動けば、今度は俺と一緒になれずに、また辛い生活に逆戻りと。
「それで、思ったのです。この人も未来を変える力を持っていると。だからこそ、私のことを分かってくれて楽しい生活ができるのだと」
未来を視れる。それは、何も知らない人からすれば、相当羨ましい能力だろう。その羨ましいと思う気持ちが、妬みや執着に変わってしまう可能性は大いにある。
嫌な未来を視たとしても、視れたということは変えるために動けるということだ。視れない人からすれば、手遅れになる前に動けるだけましだと思うだろう。
でも、未来を知ってしまったら、その未来が楽しい未来でも、それを本当に楽しむことができなくなることだってある。
サラの場合、発動は自分の意思で可能だからマシかもしれないが、それでも辛いと思ったことは少なからずあっただろう。
「サラ……今までーー!?」
俺の腕に抱きついているサラを、腕ごと俺の前へと来させたところで正気に戻る。
今、何をしようとした?
俺はこの少女に何を思った?
ああ、そうか。
そういうことか。
俺の予想が正しければ、俺がサラに惚れたんだ。もともとの未来が変わり、俺と一緒になる未来では。
多分、未来を知ってどうすれば良いか悩み苦しんでいるところで出会い、そして俺がサラに惚れて未来を変えようとしたのだろう。
サラの容姿は俺の好みだ。ちょっと年齢が低いが、このくらいの年の差の結婚はよくあることだし、問題にはならない。度合いが違うとはいえ、同じような悩みを持ったことがあるからこそ、さらに惹かれてしまったのだろうな。
良かった。これはまだ、今日の一回目だ。まだやり直せる。
「どうしました?」
ポカンと俺を見つめるサラの腕を掴み、無理やり引き離す。
「悪い。時間がもう無いから帰らせてもらう」
サラを置いて全力で家まで駆ける。何も考えないように、気持ちを切り替えるために。
家に入ってもそのままの勢いで部屋まで駆け込む。母さんと、仕事から帰ってきていた父さんが何かを言っていた気もするが、今はそんなこと気にしていられなかった。
「早くこの世界を終わらせよう。起きたら何もないとこから始められる」
布団に包まり気持ちを落ち着かせる。
ここまでくれば、もう大丈夫。手っ取り早く終わらせる方法もあるが、それはやりたくない。
サラ……か。
今まで、何度もサラに会ってきたが、サラのことを聞いたのは初めてだった。いつもは互いに自己紹介みたいなことをして、そこで俺が逃げて終わりだった。逃げると言っても、普通に立ち去っていただけで今日みたいに本当に逃げ出したわけではないけれど。
そういえば、どっかの記憶で勇者のことも聞いたな。勇者、未来視。そこから考えられるとすれば、公爵家のお嬢様か!
どこかの貴族かとは思っていたが、まさかあんな有名人だったとは。姿は公爵家のガードによって隠されてはいたが、魔王の誕生を言い当てたことで有名な公爵家の令嬢。そこから能力は未来を占う系統の能力だと噂だったが、未来視という能力だったのか。
貴族に目をつけられているというのは怖いが、サラが勝手に追いかけているだけだし、今日のこの記憶も彼女には残らない。
これからも逃げ続ければいいだけだ。こんなことに能力を使うのは嫌だが、どうせ止めれやしない能力だ。
窓から差し込む光に眼が覚める。いつも通りの朝。ベッドの位置からして日が差し込んで眼が覚めるということは、もう時間的には朝とは言えないくらいだ。
二回目の今日が訪れた。
とりあえず、着替えを取り出し、重たく感じる体を動かして着替え始める。洗濯籠に寝間着を放り込みリビングへと向かえば、良い匂いがする。
「おはよう、リグレス。お昼は食べる?」
同じように昼食の準備をしている母さんを見て、今日も能力が発動したことを確信する。
良かった。これであれはもう無かったことになった。
「今日も食べるよ」
「今日もって、昨日は食べなかったでしょ」
「あれ? そうだったかな?」
呆れたように笑いながらも、食事を出してくれた。同じ内容の料理だが、それが落ち着く。
「今日はどこか行くの?」
食事を終えて食器を洗う母さんが聞いてくる。今日はもう出たくないな。時間をずらせば大丈夫かもしれないけど、サラのことだ。自分の許される時間のギリギリまで待っていそうだからやめておこう。
「今日は家でゆっくりするよ」
「そう。今日は行かないのね」
そういえば、昨日は70000ベル当てたんだったな。たまには何か買ってあげようかと思ってたが、家を出るのも面倒だから貯金に回すか。
部屋に戻り二度寝を楽しむ。
これで、今日はまた何もなく終わる。
平穏な毎日。
あれ以来、一ヶ月近く経つがサラとは一度も会っていない。
俺の能力によって戻った世界では、サラとのあの出来事も起きていない。
「賞金の2000ベルになります」
受付嬢とも70000ベル勝った時に少し話したが、翌日のあの会話は無かったことになっているため、こうやって賞金を受け取っても話したりはしない。
俺の能力"今日は二度来る"は止められない。
能力は人によって違う。それも、手に入る能力は血統や環境などが影響すると言われているが、俺のように普通の血統から超希少な能力を持った者が現れることもある。
だが、希少な能力にはそれ相応のデメリットもあり、自分の能力に悩む者も多い。
俺の場合、デメリットは自動発動と三度目がないこと。三度目がないのはどうだっていいが、自動発動は本当に辛い。
起きてから意識を失うまでを二度繰り返す。厳密には違うところもあるが、細かい所なんてどうでもいい。
仲良くなった友達と、また他人から始まる。先を知っているから、二度目は楽しめない。
毎日を二回ずつ過ごす俺にとっては、人との出会いが辛い。一度目で仲良くなっても、二回目はまた最初から。だが、仲良くなった記憶があるからこそ、馴れ馴れしく話してしまったりして印象を悪くすることもある。
全く同じように二回目を演じきれれば良いのだが、そうやって得たものを大切にできる気もしなかった。
次第に関わりを避け、一人閉じこもっていった俺の気持ちを分かる奴なんていない。
二度も頑張るなんて俺には耐えられなかった。
だからこそ、仕事にも付かず、人との関わりを避け、ギャンブルへと走った。
ギャンブルなら、先を知っている俺が負けることはない。相手に気取られないように少しずつ勝ちさえすれば、一生勝ち続けられるのだ。
一度目の世界では適当に賭けて楽しみ、二度目の世界では細かく稼ぐ。大穴狙いをし過ぎれば胴元に八百長される可能性があるのと、少しずつ勝たないと本当にやることがなくなってしまうので、細かく稼ぐのだ。
珍しく一度目の世界で収支がプラスで終わった。少し機嫌よく家へと帰りながら、二度目の今日をどうするか考える。
自分の能力は嫌いだが、好きでもある。
こうやって、毎日努力もせずに遊んで暮らせるのだから。
「お久しぶりですね」
突如後ろからかけられた声に慌てて振り返る。
「さ、サラ……」
この一ヶ月程見ていなかった姿がそこにはあった。ゆっくりと歩いて近づいて来るサラ。逃げようとするが、突然のことに思考が追いつかず体が動かない。
「やはり、貴方の能力も先を知れる系統か。と、すれば。これもまた逃げられるのかな」
今までよりも俺のことを分析してきている。流石に未来視が何度も外れれば、対策なりなんなり考えて来るか。
「それで? ここからどうするつもりだ?」
はっきり言って、能力を抜きにしたら俺は何もできないからな。一度目の俺が他の人とは違うことは、死んでも自動で能力が発動するから無謀にもなれるってだけだ。
「私の説明はしなくて良さそうだな。私は貴方のことを知らないが、貴方は私のことを知っている。完全に改変力は私の能力よりも上ということか」
改変力と言っても、一日で変えれる範囲しか能力は及ばないが。サラが視た魔王なんて一日戻ったところで対応できやしない。
「その落ち着きようからして、どうせ改変されるのだ。今回は何もしないよ」
そのまま俺の横を通り過ぎて去っていくサラの背中を見つめる。
この今日が無くなったとして、サラから逃げきれるのだろうか。
二度目の朝。同じように家を出ようとして足を止める。
サラと会ったのは帰りの途中。カジノから家までの丁度真ん中くらいだった。帰りはどこかで食事でもして遠回りして帰るか。
家を出てカジノへと行く。どうせ勝つことは分かっている賭けをぼーっと見る。
今日もサラは一人待ちぼうけて一日を終えるのだろうか。それとも、従者の数人は連れていて、会話程度の暇つぶしはしているのだろうか。
レースの終わりを告げる音が鳴り響き、はっと我に帰る。慌てて、換金所へと向かいお金を受け取る。
最近、サラのことを考えることが多くなってきた。あれだけ何度も来られたら仕方ないのかもしれないが、どこかでサラのことを気になってしまっている。
「今日はもう帰るか」
まだ数レースしかしていないが、何かと考えてしまって駄目だ。酒でも飲みながらゆっくりと時間を潰そう。
カジノを後にして、サラと出会うはずの道とは違う道を歩く。
これで今日も変わった。
「今日は逃がしませんわ」
後ろからかけられた声に心臓が飛び跳ねる。
「なっ……どうして?」
いるはずがない。今日はお前はあそこにいるはずだろう。
今日を間違えた? でも、レースは勝ったじゃないか。すぐにやめたが、確かに勝ったのは間違い無い。
だったら、どうして。
「その反応。やはり、貴方も未来を知れる能力の持ち主でしたか」
ゆっくりと近づいて来るサラ。逃げ出そうと思えば逃げきれるはずだが、逃げようとは思えなかった。
「私の未来視を変えるだけの力。どんな能力か予想しても答えは出ませんでしたが、これで分かりました」
俺の能力まで分かった?
今日のサラもそこまでは分かっていないはずだ。同じ未来を変えられる能力であるとしか。
「それだけ顔に出ていれば分かります。本当なら私はここにはいなかった。それが分かる能力としては、未来視どころではなく、完全にその時間を体験、もしくはやり直せる能力」
一息ついて、サラが俺の腕を取る。
「能力の制限的に考えれば、一日が限界でしょう。ようやく捕まえました」
万能な能力なんてない。
それは、誰が言い出したかは分からないが、誰もが思っていること。能力にはデメリットが存在する。能力が強大であればあるほどデメリットも大きくなる。
万能な能力なんて、デメリットはその人の死しか考えられない。
「これはやり直しのきかない状況なんでしょう? 私の勝ちです……わ」
崩れるように倒れこむサラを慌てて受け止める。
辛そうな表情。額には汗が薄っすらと滲んでいる。
「大丈夫か?」
「ええ。これは能力のデメリット。私の未来視のデメリットは十日に一度しか使えないことと未来は私が変えてしまうかもしれないこと、そして使った後は強烈な疲労感に襲われること」
「じゃあ……」
「今日の朝に能力を使ったので。いつもは使った後は仮眠をとるのですが、時間が無かったので」
俺が早くカジノから帰ったせいか。未来視がどこまでの精度で未来を視せるのかは分からないが、やり直した後に未来を視れば変わった未来を視れるということか。
デメリット承知で、それでもなお俺に会うために……か。
一回目の今日のサラがあっさりしていたのも仮眠をとったとはいえ疲労が残っていたからだったのか。
「すいません。ご迷惑をおかけしました」
壁際の段差へと座らせる。流石に、ここまで来たら逃げはしない。話くらいは聞いてやろう。
「どこまで今までの私は話しましたか?」
「未来視のこと、辛い未来のことは聞いた」
「そうですか。だったら、私の言いたいことは分かりますよね」
「それには応えられない。その未来を視たのは一番初めだと聞いた。だから、まだ他の未来を視ていなかったはずだ」
俺が能力で苦しむように、サラの能力も強大で苦しみはある。
俺は逃げ出すことを選んだが、サラは能力を使うことを選んだ。魔王や勇者の存在を伝え、人の為に使うことを。
「未来がどうなるか視続けないと。君の告げた未来で未来は変わってしまっている」
サラの隣にいる人が変わったように。未来を知るということは、未来を変えてしまうかもしれないということだ。
「魔王は現れる。勇者も現れる。だが、勇者として最初から崇められた者が、慢心せずに努力を続けられるのか」
未来視で勇者と告げられた彼が、告げられずに付けた実力をその時までに付けられなければ、勇者としての責務を果たせないかもしれない。
能力を使うということは、それ相応のデメリットがある。
先を知った物語を、中身を変えずに進めることができるか。それもまた、能力を使ったデメリットと言えるかもしれない。
「視続ければ良いんですよ。貴方の能力は世界を巻き戻す能力でしょう?」
「そうだが」
「だったら、未来視を使って戻せば良いんですよ。そうすれば、私一人で視るよりもいっぱい視れます」
ああ、そういう方法もあるのか。
十日に一度しか使えない能力を、俺の能力と組み合わせれば毎日一回使うことはできる。
十倍先を視れるなら、軌道修正も難しくはないか。
「だから、私と一緒にいてください」
真っ直ぐと俺を見つめる瞳に、完全に逃げ場を失う。
どうせ、どこまで逃げても追いかけてきそうな女だ。二度目の俺を見つけられた時点で詰んでいたのだろう。
これだけ、熱心に俺を追いかけて、俺を見てくれるのならば。
もしかしたら、やり直した世界でも俺を楽しませてくれるかもしれない。
「仕方ないな。楽しませてくれるなら一緒にいてやるよ」