第一章5、メールンミルクのホワイトシチュー
深夜に書いてるとお腹空いてきてつらいです。セルフ飯テロです。ブーメラン飯テロです。
「目標のウィンバーンは雄、急に人里に下りてきて家畜とかを殺して連れて行っちゃうんだってさ。人への被害はまだなし。」
アイルが調査報告紙を見ながら読み上げる。
「羽竜ってのは羽生えて空を飛び火を噴く、サラマンデルとシルフの加護を受けるモンスター……でいいんだよな?」
「うん。めちゃくちゃ強いけど、めったなことじゃ人里には近づいてこないから討伐のクエストなんてめったにないんだけどね。」
アイルと二人でエルーンからそのウィンバーンが出たという村に向けて歩く道で、改めてクエストの内容を確認していく。
「確か、期間は無制限で報酬は、ギルド設立権と500万アルンだっけ……?」
「大体、ギルドホームが二つ買えるくらいね。」
「ギルドホーム……家が二つも買えんの?! ちょっと多すぎねえ?」
「何言ってるの。失敗したら死ぬのよ? 命を懸けるのに安いなんてことはないわよ。」
アイルが諭すように言う。
――俺、一回死んでるからなのか知らんけど、あんまり死に対する恐怖がないんだよなあ。
「アイルは怖い?」
「怖いって……怖くはないけれど、でも……。」
「だよな! よかった俺だけかと思ったよ!」
どうせアイルがぱぱっと魔法で沈めて終わりなのだ。怖がる理由がない。
「よっしゃ! そうと決まれば夢のマイギルドホームのために急ごうぜ!!」
「ちょっ、走らないでよ……もう。」
アイルは仕方ないという風に苦笑する。
イサルは不思議な男だ。
私の知らないことを知っている。それなのに一般常識は激しく欠落している。
彼の作る料理……はとてもおいしい。優しくて、暖かい。
それは彼の人間性もそうだ。基本的に優しい、時々意地悪だけれど。
でも、見ていると危なっかしい。多分イサルの方が歳は上なのだ。それなのに何故だか、危険に自ら突っ込んでいきそうな……。
そう、ものを知らぬ赤ん坊が好奇心旺盛に何にでも向かって行ってしまうように。
――私が守らなきゃ。
イサルは一緒にいるとなぜかあたたかい気持ちになる。
昨日の夜だって、寝ぼけて一緒に寝たいなどと言ってしまったのだ。
――こんな気持ちは初めてなんだもの。
今までは私の力を利用しようとしたり、マスコット扱いしようとしたり、そんな人しか出会ってこなかった。
でも彼は違う。何も知らずに出会ったのに、いや、私が四属魔法使い(テセラー)だと知ってからも、表裏のない変わらない笑顔を向けてくれる。
もし彼が料理でお金を稼ごうとしたら、あっという間に億万長者になれるだろう。それくらい、今の世の中で料理というのは革新的なことなのだ。そんなすごいことなのに私なんかに次々とおいしいものを振る舞ってくれる。それでいて料理で私を利用しようという意図も全く感じない。
まるで、おいしいものを食べて私が喜ぶのを喜んでいるかのように。
――そんな都合のいい想像……ありえないのに。信じたいと思っちゃう。
いつか彼に聞いてみたい、どうして私によくしてくれるのか。私なんかとギルドを組むことを了承してくれたのか。
――だからやっぱり、今は私が彼を……イサルを守る。
いつか腹を割って話せるように。アイルが隠していることも話せるようになるまで。
「おーい、早く来いよ! 置いてくぞー。」
「置いてくぞって道知らないでしょう……。」
仕方なくイサルのところまで小走りで行く。彼の隣を歩むために。
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「うーわ。なんだありゃ……。」
「あれが私たちの目的地、テボール山よ。」
目の前に広がった景色にイサルが目を見開く。
イサルが驚くのも無理はない、何度か見たことのあるアイルでさえ、やはり圧倒されるのだ。
このテボール山は特別標高が高いわけではない。いや、むしろ低い。それなのに人々を驚かせる理由、それはこの山の形。
山の中腹から切り取ったように上がないのだ。つまりは台形。
遠目から見ると人工物を疑わせるようにすっぱりとまったいらなのだ。
「なんであんなふうになってんだ?」
「さすがに私でもわからないわよ。でもここの村の人たちはあれを神の仕業として崇拝してるみたいね。」
「え、そんな山に立ち入って討伐クエストとかやっちゃっていいの?」
宗教上のあれこれで粛清されたりしないだろうか。
「大丈夫に決まってるでしょ。依頼してきたのはここの人たちなんだから。」
「あ、そっか。」
「とりあえず、村長さんのところへ行きましょう。」
「おう! って牛いるじゃん!」
牛のような生き物を見つけてテンションが上がる。
「うし……? あれはメールンっていう乳を取るための家畜よ。」
アイルが説明してくれたがまあ要するに牛だろう。白黒だし。
「よっしゃ、はやいとこ村長のとこ行こうぜ! あ、すみませーん。」
近くの村人に聞き、村長のいる家に向かう。
「にしても……なんか暗いな。」
「そうね……なんか空気が重いわね。」
村全体がどんよりとした雰囲気に包まれている。
村人も皆、何かにおびえるように活動しているようだ。
「これがウィンバーンの影響か……確かに何とかしないとな。」
「うん。」
そんなことを話しているうちに村長の住む家に着いた。
「ごめんくださーい。ウィンバーン討伐依頼を受けたクエスターですけども……。」
「おお……来てくださいましたか。」
白いひげをたくわえ腰の曲がった、優しそうなおじいさんがでてきた。
額に三角の赤い印をつけている。
「ささ、どうぞこちらへ。お疲れでしょう、今飲むものをお出ししますゆえ……。」
家の中に招き入れてもらいフカフカとした座布団に二人並んで座る。
「あ、どうぞお構いなく。」
「いやいや、そういうわけにもいきませぬ。せっかく私たちの依頼を受けてくださった方々です。その方たちをおもてなしもせずに送り出したとなれば龍神様に顔向けできませぬ。」
村長が慌てたように首を振る。
「龍神様?」
「ええ、私たちに天啓を授けてくださるありがたいお方です。」
ゆっくりとした動作で村長は奥から、カップと大きなビンを持ってきた。
そして正面に座るとカップにビンから乳白色の液体を注いでこちらに差し出してくる。
「わが村唯一の交易品の魔殺しという乳酒でございます。どうぞお召し上がりください。」
「あ、俺は未成年なのでお酒は……。」
「ありがとうございます。いただきます。」
アイルが差し出された酒に躊躇なく口をつける。
「ええっ?!」
飲んじゃったよこの子。え、この世界では未成年飲酒はいいの?
「どうです? ちょっとしたものでしょう。」
「ええ、とてもおいしいです。ありがとうございます。」
あっという間にカップ一杯を飲み干してしまった。つよ。
ひと段落ついたところで村長が話し始める。
「今回お二人にやっていただきたいのはテボール山に住み着いている羽竜の討伐です。私たちの村に降り立っては家畜たちを連れ去ってしまい、ほとほと困り果てているのです。」
村長が話し出すと少しも酔っていないアイルが質問を始める。
「それはいつごろからですか?」
「そうですね……大体半年ほど前からでしょうか?」
「それは……大変でしたね。」
その後も次々とアイルが質問をし、それに村長が答えるやり取りが続いた。
しかし、
アイルちゃんが村長と真剣にお話してるから暇である。
「ちょっと舐めるくらいなら……いいよね?」
村長が注いでくれた酒に少し顔を近づける。
「っうあ……香りつよっ……無理だこれは。」
あっさりと断念。
こんな情けない俺を笑わないで!!
「はははっ、そちらの殿方には少し強すぎましたかな?」
「ふふ……おいしいのにこの乳酒。」
アイルと村長にまで馬鹿にされてしまった。
ある程度質問が終わったところで村長が話し出す。
「いやしかし、随分とお若いのですなお二人は。失礼ですがどのように羽竜を倒すおつもりで?」
「そりゃ、魔法でパーーンと派手にですよ!」
アイルがね。
「ほほう、お二人は魔法使い様でしたか……それはよいことです。」
心なしか村長の表情が緩んだ気がする。
ちょうど話もひと段落ついたようだし聞いてみるか。
「あ、そうだ。全然関係ないんですけど、この村ってぎゅうにゅ……乳ってあります?」
「乳でございますか? ええございますよ。ご入り用で?」
「ええ、あと他にもちょっと買わせていただきたいものがあるのですが……。」
「かまいませんとも。いや、この村の英雄となるお方です。無償で差し上げましょう。」
「おっまじですか!! おじいさん太っ腹あ!」
「イサル、何が欲しいの?」
アイルがこそこそっと聞いてくる。
「宿で約束しただろ? 一番の得意料理食べさせてやるって。その材料だよ。」
するとアイルが驚いたような表情をする。
「そんなこと覚えててくれたんだ……。」
「当然! 男は約束を違えないのさ!」
アイルに向かってサムズアップしながらにっと笑って見せる。
「なーんか、難しいこと考えてる顔してたし。で、多分その原因は俺だし。だからせめてあったかくておいしいもの食べてもらおうと思ってさ。」
「イサル……。」
「だから早いとこ材料だけ揃えて山登りに出発しようぜ!」
「うん!」
そんな二人を村長はただただ黙ってみていた。
○
○
○
「疲れた……もう歩きたくない……。」
「何言ってるのよ……大体荷物増やしすぎなのよ。これから山登りって言ってたのに。」
「うっ……それはそのとおりなんだけど……。」
現在俺らはテボール山の頂上手前まで来ていた。遠くから見ると低いように見えたのにいざ登ってみるとかなりきつい。
「もうやだ!! 僕もうここで暮らす!!」
「はいはい休憩ね……。ま、日も暮れてきたしちょうどいいか。」
俺が腰を下ろした横に当然のようにアイルも座る。これさ、
「向かい合うんでもいいんでない?」
「だめ、ほっとくと転がり落ちそうなんだもんイサル。」
「俺ってアイルの中でどんな評価受けてんの?!」
なんか立場が逆のような。
「まあいいか……よし、夕食にしようぜ。」
そう言って背中の荷をほどく。
「いやー必要なもんが大体手に入って安心したよ。」
「その材料で何を作るのか全く想像つかないんだけど……。」
村で牛乳のようなもの、ジャガイモのようなもの、玉ねぎのようなもの、にんじんのようなもの、小麦粉のようなもの、バターのようなものを分けてもらい、後は水、ファングルの肉、そして鍋をもってきた。
よし、それじゃあまずは……。
「かまどを作ろう。」
「かまど?」
「あー、石を組み合わせて作るコンロというか……。」
「こん……?」
まあ、見てもらうのが早いだろう。
「まあいいや、とりあえず俺はかまどを組むからアイルは焚き木拾ってきてくれ。」
「うん、わかった。」
俺が頼むとすぐに焚き木を拾いに行ってくれる。さて、じゃあ俺はそのへんの手ごろな石を積もう。
「うっしょ……。結構重いな。」
腰を痛めないように慎重に運ぶ。
「しかし、不思議なことになんでもそろうな。」
料理は発達していないのに材料はたくさんある。
小麦粉はかろうじてパンのようなものに加工する技術があるようだが。
「なんで料理をするっていう発想が存在しないのかね。」
別に文明レベルだって低くない、酒などを造ることはできるのに。
「まあ、考えても仕方ないか。」
結局ここは異世界なのだ。何があっても不思議ではない。
「よし、こんなもんかな。」
石をつんで上と横一面が開いた簡易かまどが完成した。
「材料切っとくかね。」
エルーンの市場で買った木の板の上で村で手に入れた野菜、そしてファングルの肉を切り分ける。
「なんだかんだでこいつとも長い付き合いだよなあ。」
肉片となって今や見る影もないファングルを見る。
「味は悪くないし、柔らかい。ほんとに食用に適してるよなあ。」
ファングルの肉はアイルが凍らせて保存しているのでまだまだ残っている。
「イサル―、焚き木とってきたよー。」
「おお、さんきゅ。」
そこにタイミングよくアイルが帰ってきた。
「おおー。これがかまど? ここに焚き木を置けばいいのかな。」
そう言ってアイルが焚き木を組んでくれる。理解が早い。
「組み終わったらもう火つけちゃってくれるか?」
「じゃあ、火つけるね。」
そしてアイルは焚き木を指さし、火をつける。
「おし、じゃあ始めるか。」
興味津々といった感じで眺めるアイルを横目に、調理を始める。
まずは鍋を火にかけ少しあたためる。
そしてあたたまったところでバターのようなもの……もうめんどくさいからバターでいいや。を投入する。
「これってヌカーだよね? 初めて見た……。」
アイルが溶けていくバターを覗き込む。
「ヌカーっていうのか。初めて見たって?」
「これ、けっこう高級なんだよ? 一部では薬になってるくらいだし。」
「へえ、知らなかった。」
バターが薬ねえ。
そこに小麦粉を投入。バターとあわせてよく混ぜる。
「アイル、乳とってくれるか?」
「これ?」
「あ、そっちじゃなくて銀色の方。」
「こっちね、はいどうぞ。」
アイルに二本ある水筒のうちの一本を手渡してもらう。
そしてその水筒から鍋の中に村でもらったメールンの乳を少し注ぎいれる。
ダマが無くなるように注意深く混ぜていく。
ダマが無くなり、滑らかになったところで残りのメールンの乳と登ってくるときに川で汲んでおいた水を入れ、ヘラで底をこするようにしながらかきまぜる。
少ししたら切り分けておいた材料を全て鍋に投入。焦げ付かないように時々かき混ぜながら様子を見る。
「あ、いいにおい…..。」
乳が煮えるいい匂いに具材の匂いが混じり始めた。
「アイル、塩もらっていい?」
「いいよ。あ、そこにいれるの??」
「そ、味付けな。」
「なんかわくわくしてきちゃうね。はいどうぞ。」
アイルが岩塩の入った袋を手渡してくれたので、沸騰してきた鍋の中に削りいれる。
「よし、まあこんなもんかね。」
少し味見をして味を調えて、とりあえずはひと段落。
「できた?!」
アイルがにこにこしながら子犬のような無邪気さで聞いてくる。もしアイルにしっぽが生えてたら、ぶんぶんと左右に振られていただろう。
「まだまだ。こっからしばらく煮込むからしばらくはおあずけ。」
そう伝えてやるとアイルは明らかに気落ちする。
でも……
「誰かのために料理をするのっていいな。」
「え?」
アイルが首をかしげる。
「今まではさ。一人だったんだよ。」
あの家には父と母がいた。
でも、彼らにとってイサルはただのストレス解消の道具。
家族などではなかった。
「だからこうして料理を作るのも自分だけのためだった。」
おいしいものを自分で作り食べる。
この行為だけがイサルにあの家での安らぎを与えてくれたのだ。
「でも今はこうして俺の作る料理を今か今かと待ってくれてる人がいる。」
「……うん。」
アイルに俺の言っていることがどれだけ伝わっているかはわからない。
でも静かに柔らかい表情で頷いてくれる彼女は、俺の孤独を理解してくれている気がする。
「誰かのために作る料理って、こんなにも楽しいんだなあ……。」
「そっか……。」
アイルも静かに微笑んで肯定してくれる。
その微笑みのためならいくらでも料理を作ってやれる気がする。
「で、まだ?」
「まだ。」
理解してくれてるんだよな……?
○
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○
「うん、悪くない。」
少しコクが足りない気もするが、鶏がらスープやコンソメなどを用意できないのでしょうがない。
「できたぞー。」
「ほんとっ?!」
だいぶ前からくうくうお腹を鳴らしてた腹ペコの子犬は、俺が呼んでやるとすぐに飛んできた。
「うわあ……!」
鍋の中を覗き込み、歓声を上げる。
「これが俺の一番の得意料理、シチューだ!」
ビシイっと効果音を頭の中で鳴らしながら、アイルにピースをして見せる。
「シチュー……!」
アイルが待ちきれないようにそわそわする。
「まあ、落ち着けって。」
大きめのスプーンでアイルのうつわになみなみとシチューを注いでやる。
「ほら、熱いから気をつけろよ?」
手渡してやるとアイルが目を輝かせる。
「いい匂い……おいしそう!」
「それはなによりだ。」
自分の分もよそい、大きめの岩に腰かけるとアイルも隣にやってきて座った。
「それじゃあ……。」
「いただきます!」
「おおう……。」
アイルにセリフを取られたが俺も小さく手を合わせていただきます。
「あちっ!」
「ははっそりゃそうだ。冷まして食べないと。」
「ふ――っふ――っ……。」
俺に指摘されると一生懸命冷まし始めた。そして
「ふわあ……おいし……。」
満面の笑顔になった。
それは花が咲いたようで、見ていてとても気持ちのいい笑顔だった。
「すごい……あつくて、とろとろで……。」
「お気に召したようでよかった。」
横で一生懸命自分の作ったシチューを食べてくれているのを見ると、こちらまで幸せになってくる。
「じゃあ俺も……はむ……。」
うまくできたんじゃないだろうか。
味付けは塩のみだがそれがかえって素材の味を引きだし、素朴だが奥の深い味わいとなっている。
野菜もしっかり火が通って味がしみ込み、特にこのジャガイモなんかは崩れかける一歩手前という素晴らしい煮込み加減だ。
ファングルの肉は煮込むことによってトロトロになり、シチューにいい深みを与えてくれるとともに噛むとじゅわっと味が染み出し、少し感動してしまう。
途中からは会話もなく、二人して夢中でシチューを食べ続けた。
これを食べ終わり、寝て起きたらいよいよウィンバーン討伐だ。
無言の不安を押しはらうように、俺たちはただひたすら暖かいシチューを食べ続けた。
アイル「へへ......おやすみ。」
イサル「こんな近くで寝る必要ある?」