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第一章 4、霧雨草(サラーフ)

 バッギャリイイイイン!!!


「ぐふっ!!」


 身体がくの字に折れ曲がり、十メートル近く吹き飛ばされる。


「イサルっ!!」


 アイルが悲鳴のような声を上げる。


 羽竜ウィンバーンのしっぽによる一撃をまともに食らってしまった。着込んできた鉄製の鎧がひしゃげたのがわかる。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」


 ウィンバーンが勝ち誇ったように俺の真上へ飛んでくる、そしてその強靭な牙の生えた口から紅蓮のブレスを俺に向かい吐き出した。


「イサル―――――っ!!!」


 アイルがこちらに手を伸ばすのが見える。


――ああ……こんなところで死んじまうのかよ。せっかく新しい世界に生を受けたってのに……。


 衝撃により遠のく意識の中で真っ白に染まりゆく視界を俺はただただ見ていた。


実戦力示じっせんりきじ試験?」


「そ、証明書とかの書類の審査じゃなくて、実際にクエストを受けて実力を示すことができればギルドの設立ができる、ちょっとグレーな試験。」


 アイルが俺の入れたハーブティーを飲みながら説明してくれる。


「当然、生半可な実力じゃクリアできないクエストが振られるみたい。大体A~S級の。」


「級?」


「クエストって言っても色々なものがあるの。モンスターの討伐依頼からもの探しまで。その位付けかな。FからSSまであって、級が上がればもちろん報酬も増えていく。」


「なるほど……その中のSってことはかなり難しいんじゃ?」


「うん、そうだと思う。でもイサルが証明書を作らずにギルドを設立するにはそれくらいしか手段がないの。」


 アイルはカップを両手で包み込みながら真剣な表情で話す。


「背に腹は代えられない……か。」


 自分のカップにもハーブティーを注ぎながら答える。


「ちょうど実戦力示にふさわしいクエストがあるかどうかは明日マスターギルドに行ってみないとわからないんだけどね。」


 不確定な部分は多いがそれをクリアすればギルドを設立できるんだとすれば。


「やるしかねえよな。」


「そうこなくっちゃ。まあどんなクエストがきてもあたしが何とかするから。」


 そういってアイルはにやりと笑う。


「このチート娘が……。」


 確かにアイルならばどんなクエストが来ても四属魔法で何とかしてしまうだろう。


「ん――それにしてもこれおいしいね。いい香りがしてすごい好き。」


「お気に召したようで何よりだ。」


 さっき摘んだこの葉は元の世界のラベンダーに近い香りがする。


「この葉っぱはなんて名前なんだ?」


「ん? それは霧雨草サラーフね。」


「サラーフ?」


「魔力に触れると霧を出すっていう面白い植物なのよ。」


「へえ?」


 いまいち想像つかないな。


「見てみるのが早いかもね。」


 そういうとアイルは摘んできた机の上の残りのサラーフに手を向ける。


「ほっ。」


 アイルが少し眉を寄せると、アイルの手から静かな風が吹く。その風が優しくサラーフをゆらsy


 ブッシュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


「どわあああああああああああああああああああああああ?!」


 物凄い勢いで部屋の中が白く染まっていく。


「待て待て待て!! こんなとんでもないもんだとは思わんかった!! 加湿器くらいに考えてたよ!!」


 あっという間に何も見えなくなった。でもいい香り。


「いや、香りなんてどうでもいいから!! 早く風とかで吹き飛ばしてこの霧どうにかしてくれ!! びしょびしょになっちまったよちくしょう。」


「あー……無理。」


「へ?」


 白く染まった視界の向こうからアイルの声が聞こえてくる。


「この霧は魔力を吸って霧散させてしまうの。だから私の魔法は効かない。」


「じゃあやんなよ?!」


 結局何度も転びながら窓を探り当てて霧を外に逃がすまでの間に部屋の中のものは全てびしょびしょになってしまった。

 アイルは何かが解せない様子で首を捻っていたがそんなことより魔法で部屋乾かしてくれねえかな。


「ふいー……とんでもない目にあったぜ。」


 アイルがサラマンデルの力を借りて部屋の中と自分たちを乾かしてくれて、やっと人心地ついた。


「なんでこんな量の霧が出たんだろ……普通だったらふわって感じに出るだけなのに……。」


「ん? どした。」


「んーん。なんでもない。」


「よし、じゃあ明日に備えてそろそろ寝るか。」


「そうね……ふわ……あ。」


 アイルが大きなあくびをして少し涙目になる。

 可愛い。


「アイルはベッド使えよ。俺はソファーでいいから。」


 そう言って俺は受付でもらってきた毛布だけ持ってベッドに向かう。


「え? なんで。」


「え?」


「一緒に寝ればいいじゃない。」


 そう言ってアイルはベッドに座り隣をポンポンと叩く。


「いや、それはまずいだろ。いくらなんでも。」


 俺だって男の子だ。


「いいじゃなーい。どうせ同じギルドメンバーになるんだからあ。」


「どういう理屈?!」


 あれだ。この子眠すぎて頭回ってないんだ。


 あれ?! チャンスじゃね?!


「いやなんのだよ!!!!!」


 必死に理性を保つ。


「まあいいや……私はもう寝るから、イサルも勝手にきて寝ていいからね。」


 そう言ってアイルは布団にくるまってしまった。

 そしてすぐに静かな寝息が聞こえてくる。


「そうとう疲れてたんだな。」


 魔法ってのはそんなに疲れるものなのだろうか。


「う――ん……俺も寝よ。」


 そう言って寝っ転がる。


 ……。


 いや、もちろんソファーにだよ?!


「あふ……ふぁ。」


 ぐっすり眠れそうだ。


「意気地なし……。」


 アイルが何かつぶやいた気がしたがそんなはずはない。もう寝てるし。

 そして俺も眠りの底へと落ちて行った。


「わすれてえええええええええええええええええええ!!!!!!!!」


「うわあびっくりしたなもう?!!?」


 朝、ちゅんちゅんと鳥……多分鳥。が鳴く頃、絶叫に起こされた。


「うるさっ!! 耳がキーンとしたよ!!」


「わすれて!!! おねがい!!!」


「なにを?!」


 朝一番、寝ぼけた頭ではアイルの要求していることがいまいちわからない。


「だから……その……。」


 もともと赤かった顔をさらに赤くしてアイルは目を伏せる。


「一緒にねよ……とかいっちゃったこと……。」


「あ、あ――。」


 そのことか、そのことなら…….


「ばっちり俺の記憶フォルダーにしまいこんだぜっ!!」


「忘れろっ!!!!!」


 ビュオンと音を立てて、氷の塊が耳元をかすめていった。


「危ないなあ?!」


「別にあててないでしょ!!!!」


 頬を膨らませてぷいと横を向いてしまわれた。


「おーやっぱりにぎわってるなあ。」


 朝早くからでも、エルーンはにぎわっていた。

 人の喧騒が波となって押し寄せてくるようだ。


「まだ怒ってらっしゃいます……?」


「らっしゃいます。」


 先ほどと同じく、アイルは頬を膨らませて横を向いている。


「私眠くなるとああなっちゃうのよ……だから今まで誰とも……。」


「だあ―――っ。悪かった! 俺が全面的に悪かったから!」


 もう自分の非を認めるしかない。いまいち釈然としないが。

 これからS級クラスのクエストを受けに行くというのに仲たがいした状態というのは非常によろしくない。


「あとで、俺の一番の得意料理作ってあげるから! それで許してくれ、な?」


「……わかったわよ。私も悪かった、ごめんね。」


 俺が謝るとアイルも謝り返してきた。


「これから一緒にギルドを組もうっていう仲間なんだから、仲良くしようぜ。」


 そういって右手を差し出す。


「? なに?」


「あー握手って習慣ないのか。」


「あく……?」


「あくしゅ。手と手を握り合って。はい仲直り。」


 アイルの右手をとって握り合わせる。


「これが握手……。」


「アイル?」


「人の手のあったかさなんて忘れてた……。」


 手をほどいた後もアイルは大事そうに右手を左手で包んで胸の前に置いていた。


「……。」


 この子はどんな人生を歩んできたんだろう。

 世界に一人しかいないといわれる四属魔法使い。

 

 俺とあった時も一人だったし、これまでもそうだったようなことも言っていた。

 特別な者というのは孤独な存在なのかもしれない。


 望んで得たのではない力。今でこそ誇りに思っているようだが、これまでに四属を宿していることによってさまざまな苦難が訪れたのであろうことは想像にかたくない。


 隣にいよう。


 アイルがいくらたった一人の特異な存在だったとしても。

 俺だって転生者という十分特異な存在だ。


 特異なら特異同士、傷を舐めあい、助け合って生きていこう。


「これからも、よろしくな。」


「イサル……?」


 アイルが胸の前で組んだ手はそのままに、俺を不思議そうな目で見る。


 しかし、やがてやわらかく微笑み


「うんっ。」


 俺の手を取りマスターギルドへと歩き出した。


「まあ、手を握ってるからこれも握手なのかな……。」


 そんなことを思いながらアイルに手を引かれるのは、悪い気はしなかった。

「じっせんりきじい?」


 クエストカウンターの長い赤髪をポニーテールにした気の強そうな女の子がうさん臭そうな目で俺たちを見る。


「おう、書類審査がめんどくさいから実戦力示でぱぱっとおわらせてえんだ。」


 嘘は言ってないよな。うん。


「一応、マスターギルドとしても無駄な死者を出すつもりはないからそう簡単には受けさせないんだけど。」


 クエストの一覧表のようなものをぱらぱらとめくりながら受付嬢は言う。


「死ぬつもりはないわ。クリアできると確信したうえでの判断よ。」


「……? あなた、なんか加護が……?」


「うぇっ?!」


まずいまずいばれたらやばい!! 加護を受けてない受けてない生きてる人間なんてばれたら実験材料にされて解剖とかされちゃう!!


「いや違うんだこれは!」


「……そうよ。私は四族魔法使い(テセラー)よ。」


「え?」


「っ!! やはり……ご無礼をお許しください。テセラー様ならクエスター証明をお取りになられないのも頷けます。」


「あ、そっち?」


 なんだよ……傷物にされちゃうかと思ったじゃない。


「それでしたらこちらのクエストはいかがでしょうか。」


 急に丁寧になった受付嬢は一つの紙を差し出してきた。


「ふむ、どれどれ? ふむふむなるほどね。」


 字が読めない。


羽竜ウィンバーン討伐……。」


「こちらは普通のS級クエスターでも中々手を出しづらいものとなっておりますが、その難易度ゆえに実戦力示には最適です。更に報酬も莫大になっておりますのでギルドホーム購入の資金も作れて一石二鳥なのではないでしょうか。」


「ことわざ?!」


「この調査不足印の理由は?」


 紙に押してある赤いハンコのようなものを指さしてアイルが尋ねる。


「ウィンバーンはS……下手をすればSSクラスのモンスターです。当然調査にも多大な危険があるため、生息地の正確な調査が進んでいないのです。」


 若干申し訳なさそうに受付嬢が目を伏せる。


「調査不足か……さすがにウィンバーン相手にこれは……。」


「いいじゃん! やろうぜ!!」


「イサル?」


「アイルの魔法があればどんな敵が来ても大丈夫だって!! 俺は邪魔にならないように隅っこにいるから!!」


「いっそ清々しいまでの他力本願ね……。」


 アイルと受付嬢に白い目で見られる。

 やだ!! あらたな扉開いちゃう!


「まあ……イサルがしっかり防具を着込んで隅っこでじっとしててくれるなら……。」


「どんだけ戦力外?!」


 いや、その通りだけどね。


「それじゃあ、ウィンバーンの討伐任務を実戦力示試験として登録させていただきます。」


 そういうと受付嬢の手が光り、クエスト依頼紙が丸まりどこかへと飛んで行く。


「こちらが本クエストの調査報告紙となります。大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいね。」


 受付嬢がカウンターの下から調査報告紙とやらをアイルに差し出す。


「うん、ありがとう。それじゃいこ、イサル。」


「おう! どんな山でも谷でもかかってこいや!」


 どんなところでもついて行ってやるぜ!!!


 ついてくだけだけどな。


「いや……丸腰で行くつもり? まずは買い出しに決まってるでしょ。」


「大丈夫なんですかこいつ……? 邪魔にしかならなそう……。」


「お嬢ちゃんほんと俺に対して容赦ないね?!」


誰か優しくして。

「うご……おも……。」


「こちらは耐熱性にも優れ、強度も申し分ない我が店自慢の一品となっております。」


「へえ、いいじゃない。どう? イサル。」


「みりゃわかんだろ!!! 一歩もうごけねえよ!!!」


 あのマンガやあのアニメの登場人物達はこんなもんを着てあんな動きをしていたのか……。


 俺たちは今、俺が着込む防具を買いに来ていた。


「イサルいくらなんでもひ弱すぎない……?」


「お前らが異常なんだよ……。」


「ではこちらなどいかがでしょう?」


 そういうと店主は胸だけを覆うチェストプレートのようなものを持ってきた。


「こちらは覆う部分こそ少ないですが、そこそこの耐久性と何より魔法耐性に優れています。」


「おおっ、これなら俺でも着て動けそうだ。」


 ちょっとかぶってみてくるくると動いてみる。


「どう思うアイル?」


 アイルに意見を伺おうとアイルの方にちかdy


「えいっ。」


「どわあ?!!」


 アイルが可愛らしく俺に手を差し出し火の玉を放ってきた。


 火の玉は俺のチェストプレートに当たるとふわっと煙になって消えてしまった。


「まあいいんじゃない?」


「もっと他に方法なかったの?!」


「お買い上げありがとうございます。こちらは魔法耐性には優れますが、おおわれていない部分には当然魔法の効果が及びますし、裏に魔法陣をしいて効果を発揮しているタイプですので、曲げたり裏面を傷つけると普通のチェストプレートになってしまいますのでご注意を。」


 そんな店主の不安になる後押しにおされ、チェストプレートを購入して店を出る。


「あ、そうだ。おれもちょっと欲しいものがあるんだけど、少し金かりてもいいか?」


「欲しいもの? 別にかまわないけど……。」


「さんきゅ。じゃあちょっと付き合ってくれ。」


 そうしてこれから出る冒険の準備を着々と進めていく。


 俺はこの時、この世界のクエストをちょっと危険な山登り遠足程度に考えていたのだ。


 命がけの殺し合いだということを理解していたら。あんなことにはならなかったのかもしれない。


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