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第一章 3、ファングルと香草のスープ

「へえ、にぎわってるんだな。」


「まあこの辺じゃ一番大きい町だからね。私たちのギルドを構えるのにはふさわしいでしょ?」


 半日ほどかけてたどり着いたのは活気にあふれる円形の町、「エルーン」だった。

 さまざまなギルドホームや商店が立ち並び、中心部には美しい洋風の白い城が建っている。この城は王都から王がやってきたときの滞在場所なんだそうだ。


「で、ギルドってのはどうやったら作れるんだ?」


「ん? えっとね、あの中心にある城の近くにマスターギルドがあるから、そこでギルド設立申請用紙をもらって記入すればいいんじゃないかな?」


「かなって……知らないのかよ。」


「だって生まれてから一度もギルドなんて設立したことないんだもん。」


 アイルが頬を膨らませる。


「まあいいか……じゃ、ちゃっちゃと終わらせちゃおうぜ。」


「あー今日はもう多分無理、日が沈むまでしかマスターギルドはやってないから。」


 そういってアイルは上を指さす。

 確かに日が沈む前兆として、空が赤く染まっている。


「夕焼け……か。」


 こんな風に空を見上げるのは何年振りだろうか。


「不思議よね。どこにいても同じ空が見えるのって……いつか、果てを探しに行ってみたい。」


「果て?」


「どこまでも続くものなんてありえないもの。この空も、大地も、人との関係も。」


 そういってアイルはどこか寂しそうな顔をする。

 その空を見上げる瞳には何か別のものが映っていそうで。

 俺はその瞳の中に割り込みたくなった。


「俺との関係もかよ。」


「えっ?」


「そっちから誘ってきたのにも関わらずいつかその時が来たらポイなのか?」


「イサル……。」


「ギルドってのがどんなものなのかはまだちゃんとわからない。でも同じ仲間としてやっていく以上、そんな風にどうせいつか終わるみたいな感じでいられるのは不快だ。」


「っ……ごめ……。」


「俺はお前から離れて行かない。お前は俺の料理から離れて行かない。それでいいじゃねえか。な?」


「え、あ……。」


 少ししてからアイルが顔を赤らめる。そしてそれを隠すようにうつむいてしまった。


「ほんっとに……へんなやつ。」


 そうつぶやくアイルの声色にはもう寂しさは感じられない。


「悪かったな。」


「へへっ……もうっ! 今晩泊まる場所早く探そ!」


 そう言うとアイルは俺の手を引いて駆けだす。


「ちょっ、走るなって!」


「ほらほら! 早くしないとめぼしい宿が埋まっちゃうよ!」


「ったく……わかりましたよアイル姫。」


 こうして俺たちのエルーンでの生活が始まった。




「なかなかいい部屋じゃないか。でも高いんじゃないかこんないい宿だと。」


 俺たちが滞在場所に選んだのはマスターギルドにほど近い、割と高級そうな宿だった。

 案内された部屋も、フカフカそうなベッドに身体が沈み込みそうなソファー。

 そして大理石のような削り出しの石でできた机など、前の世界だったらとてもじゃないが泊まれそうにない。


「いいのいいの。こう見えてもあたしお金持ちだから。盗賊に身ぐるみはがされたひ弱な男一人くらいなら全然養えるよ。」


「ひ弱……養う……。」


 いざ宿を探す段階になって、困ったのは金だった。

 もちろん俺はこの世界の通貨など持っているわけもなく仕方なくアイルと別れて野宿かなあと思っていたらなんとアイルさんが宿代をポンと払ってくれたのだ。


「ヒモにだけはならないようにしないと……。」


「なにぶつぶつ言ってんのー? あ、そうだ、イサルこの宿の目玉知ってる?」


「目玉? なんかあるのか?」


 この世界にもその宿ごとのウリみたいなのはあるようだ。


「ふっふっふ……聞いて驚きなさい! なんとこの宿にはそれぞれの部屋に浴槽があるのよ!!」


「ふーん。」


 風呂か。まあ確かに汗もかいたしひとっ風呂浴びたい気分ではあるな。


「んじゃ、アイル先入っていいぞ。」


「え、なにそのうっすい反応……。」


 ローブを脱いだアイルが信じられないような顔で俺を見る。


「なにって……風呂だろ? ただの。」


「ただのって……。」


 アイルが心底あきれたように俺を見る。え、なんか俺間違えた?


「湯あみって言ったら、王族とか貴族の習慣じゃない! それを体験できるのよ??」


「あ、あー、そういうことね。」


 要するにこの世界では風呂に入る習慣がないってことか。


「……なんか釈然としないけどまあいいわ。」


 そういうとアイルは荷をほどき始める。


「あれ、そういえば。」


「ん、なに?」


「ここって水道きてるのか?」


 そうなのだ。この宿に来る途中でも、たくさんの水汲みの桶を持った人々とすれ違った。


「すいどう……あ、お湯のこと?」


「あ、水道って概念もないのか。」


 勉強になるなあ。

 何の役にも立たないが。


「ふっふっふ……。」


「なんだよ。」


 昼間に俺に招待を明かした時のようなドヤ顔でソファーに沈み込んで座る俺を見下ろしてくる。


「普通湯あみをしようと思ったら、湯職人を呼んで湯を張ってもらわないといけないわ……でもあたしには必要ないのよ。」


 そういうとアイルは浴槽のあるであろう部屋に向かっていった。


「……。」


「……。」


「なんでついてこないのよ!!!」


「え、ああ、そういうこと?」


 顔を真っ赤にして怒られてしまった。


「まったくもう……。」


 なんか最初より感情の起伏が激しくなってないこの子。


「おお……。」


 湯あみが貴族王族の趣味だというのもうなずけた。

 それというのも浴槽というのは先ほどの机と同じく石を削り出したものだったからだ。


「ふふっ、やっと驚いたみたいね。」


「まあな、で、どうするんだ?」


「少しは感動に浸りなさいよ……。」


 そういうとアイルは浴槽に両手を向けた。


「よっと。」


 ザアアアアアアアアッ


「うおっ?!」


 突然浴槽の上がかすんだと思ったら、次の瞬間浴槽に雨が降り注いだ。


「な、なんだこれ……。」


 雨は浴槽から水が少し溢れそうなところでやんだ。


「はいっ。」


 続けてアイルが手をほんの少し動かすと、今度は浴槽の水がふつふつと沸騰し始めた。


「こんなもんかな。」


 アイルが額の汗をぬぐう。

 一瞬で風呂ができてしまった……。


「どうよ? こんなことこの四属魔法使いアイル様にしかできないでしょ?」


 最後に物凄いドヤ顔をかましてきた。


「いや、なんつーか……すげえな。」


 本当に凄い。これが魔法の力なのか。


「イサルは魔法についてあんまり知らなそうだし、少し説明するわね。」


 あんまりどころか全く知らないです。


「魔法っていうのは主に四つに分けられるの。火蜥蜴サラマンデル水女ウンディーネ風馬シルフ土鬼ドルク、このそれぞれの加護をうけて初めて私たちは魔法を使えるのね。」


 火、水、風、土の四属性があるってことか。


「生き物みんなは生まれるときに必ず四精霊のうちの一人の加護を受けて生まれてくるわ。これはモンスターも例外じゃない。」


「へえ、モンスターもそうなのか。」


「わかりやすい例を挙げると、ドラゴンはサラマンデルの加護を受けているし、人魚はウンディーネの加護を受けているわ。」


「あー、なるほどね。」


 確かにわかりやすい。


「で、魔法っていうのはその加護を受けている精霊の力をほんの一部借りるという行為なの。」


「ふむふむ。」


「シルフの加護を受けていれば風を司る魔法を使うことができるし、ドルクの加護を受けていれば土、生命を司る魔法を使うことができるわ。」


「ほーん。」


 土属性つよそう。


「でもたまに例外もあるの。」


「例外?」


「例えば二人の精霊の加護を受けて生まれてくるとか。」


「おおっ。」


 そんなこともあるのか。


「でも大抵はどちらかの魔法しか使えないわ。身体が持たないのよ。」


「身体が?」


「本来魔法っていうのは体の中の血液などに含まれる、気を利用して精霊の力を顕現させるものなの。だから、二人の精霊の力を同時に借りたりなんかしたら一般人だったら気が尽きて死んでしまうわ。」


「おおう……。」


 貧血のすごいバージョンみたいな感じか。


「もちろんそれにも例外はあるわ。羽竜ウィンバーンなんかはサラマンデルとシルフ、どちらの加護も受けて300年以上生きるし、人でも元々の気の量が物凄かったりね。でもそんな人はこの世界に数人しかいないし、みんな若くして死んでしまうわ。」


 レバー食べたりしたら気が回復したりして。


「でも世界にたった一人、四人の精霊全ての加護を受けてなおかつ、精霊から直接気をもらうことができる人物がいるの。」


「っ……まさか。」


 え、うそでしょ。


「そう、私こそが世界にたった一人の四属魔法使いなのよ!!」


「おおお……。」


 思わずぱちぱちと拍手をしてしまった。

 アイルは拍手を受けて、これ以上ないくらいに胸を張ってふんぞり返っている。


 目の前にいるのは超凄い魔法使いだったってことなのか。


「すげえな……そんな力があったら何でもできそうだ。」


「まあね、でもそんなにいいものでもないわよ。」


 アイルの顔が少し曇る。


「? アイル?」


「っ! 何でもないわ。それに何でもできるって言ってもどうせ使い道はお風呂を沸かすくらいだし。」


「あれ。」


 なんか途端にしょぼく感じてきた。


「それに気が無限にあって四人の精霊の力を借りることができても、私個人の技量がまだまだ足りないのよ。」


「そうなのか。」


 加護を受けて気がありゃいいってもんでもないらしい。


「イサルはどの精霊の加護を受けてるのかしら。」


「俺? 確かに気になるな。そんな簡単にわかるもんなのか?」


 ひょっとしたら俺も魔法使いデビューできちゃう?


「両手を前に出して、お腹に力をためてみて。」


「両手を前に……お腹にちからを。」


「そうそう。それで踏ん張ってみて。」


「ふんっ……。」


 果たして今魔法が出てるんだろうか。全然わからん。


「っはあ……もういいか? アイル。」


 結果を教えてもらおうとしたのだが。


「アイル?」


 何故かアイルは青い顔をして俺の顔を凝視していた。


「な……どうしたんだよ。」


「なんでイサル、生きているの?」


「え?」


「さっきの話の中で生き物はみんな四大精霊の加護を受けて生まれてくるって言ったわよね?」


「あ、ああ……。」


 なんだ?


「でもそれにも例外があるの。」


「例外? 加護を受けないで生まれてくるってことか?」


「生まれて来れないのよ……。」


「え?」


「精霊の加護を受けることができなかった赤子はみんな流れてしまうの。だから精霊の加護を受けずに生きているなんてことはありえないのよ……。」


「つまり……。」


「イサル、あなたはどの精霊の加護も受けていないわ。」




 アイルが風呂に入っている間ソファーに沈み込み、一人考える。


――まあ、もし加護を受けてないんだとしたら転生したからなんだろうなあ……。


 それなのだ。

 俺が元々住んでいた世界には魔法など存在していなかった。

 恐らくそこから転生したため、加護を受けないで生きるゾンビみたいな存在になってしまったのだろう。


「はあ、まいったねえ……。」


 ギルドを設立するには自分の証明書が必要だ、それ自体の発行は簡単なのだが項目の一つに自分の属性の欄があるらしい。

 証明書というのはそれさえあれば色々なことができる、王都公式のものなので無加護なんて怪しい人間が登録できるわけもない。


「本当に……まいった。」


 せっかくここまで来たのに一気に目標がなくなってしまった。

 アイルとの約束も守れなくなってしまったのだ。

向こうで言う保険証とか免許みたいなもんだろうから偽造なんてもっての外だ。お金を積めばどうにかできるかもしれないが、そんなところまでアイルに迷惑をかけるわけにもいかない。


「万事……休すかね。」


「イサル!! 思い出したわ証明書がなくてもギルドを設立する方法を!!」


「え? ってうわあっ!!!」


 アイルが大事なことを思い出したらしく、風呂から飛び出てきた。


「? どうしたのよ。」


「身体っ!! かくせよ!!!」

 

 両手で目を覆う。


「え? きゃあっ!!!」


 アイルが慌てて自分の体を隠す。

 うっすらと上気したしっとりとした肌はアイルの色気を引き立てていた。

 豊かな急斜面やその先に息づく小さなつぼみ。細くくびれた腰に肉付きがよくも引き締まっている足腰。さっきまでしっかりと守られていたものがすべてさらけ出されている。

 まあありていに言えば裸だった。

 

「お、おおお俺はなにも見てないから! 大丈夫大丈夫お嫁には行けるよばっちり!! 大体そんな抜群の素晴らしいスタイルをもったアイルさんなら貰い手なんていくらでも……。」


「イサル……?」


「ハイ……。」


 あっれーおかしいなあ……部屋の中に吹雪が吹き荒れているような……。


「死んで償ええええええええ!!!!」


「いや、確認もせずに出てきたのはそっちだろおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺はこの時、四属魔法使いの本当の恐ろしさを知ったのだった……。

 この怒りは俺がさっきのファングルの肉の残りと道中で摘んだ香草とで作ったスープを振る舞うまで収まりませんでしたとさ。


 なんか納得いかねえ。


アイル「なんか大事なことを伝えようとしてたような......?」


イサル「その前に俺の身体を溶かしてくれ。死ぬ。」

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