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第一章 2、ファングルの木の実焼き

「ねえ……。」


「ん?」


「なにやってんのあんた……?」


「なにって……臭み消し?」


 俺は森の入口で拾った柔らかい木の実をつぶして切り分けた肉に塗っていた。

 こういう獣臭さが残るであろう肉などはこうして木の実をつぶしたものなどに付け込んだり塗ったりすることで臭みが取れるのだ。


「臭み……? 何言ってるのかはよくわからないけど、あんたが変な奴だってことはわかったわ……。」


 誰かさんは心底嫌そうな顔で俺の作業を見ている。

 確かに見た目は悪いかもしれないけどそんな顔しなくても……。


「あ、塩とか持ってたりする?」


「塩? 持ってるけど何に使うの?」

 

 そういって誰かさんは俺の方に一つの小さな袋を差し出してきた。


「何って、味付けだけど……おお、岩塩。」


 袋の中には小さな岩塩のかけらがたくさん入っていた。


「食べるものがないときの非常食よ。ファングルの肉があるのにわざわざそんなもの食べなくても……ってなにしてるの?!」


「まあ見ててくれよ。」


 岩塩を平たい石とこすり合わせて削り、ファングルとやらの肉にかけていく。


「よし、こんなもんかな。火つけてもらってもいい?」


「え、ええ……。」


 誰かさんは落ち葉と枝でくみ上げた山に指を向けた。

 するとそれだけであっという間に焚き火が燃え上がった。

 色々と突っ込みたいところはあるのだがとりあえず今はお腹を空かせている誰かさんに肉を食べさせてあげよう。

 あらかじめ太めの枝に突き刺しておいた肉を焚き火の周りにさしていく。


「あんた……やっぱりなんか変よね。」


「いや、俺からすると君とかこのファングルの方が変なんだけど。」


 魔法みたいなことをしたりね。


「んなっ……失礼ね!! 私が誰だかわかってるの?」


「私が誰だかって……ジャグラーとか、マジシャンとかそんなん?」


「じゃぐ……まじ……?」


「……。」


 やっぱり通じない。話しているのは確かに俺の知っている言語なのに、常識がそもそも根本から違ってるみたいな……。


「まあいいわ。知らないなら教えてあげる。私こそ、伝説の流れの四属魔法使いことアイルよ!!」


 ローブの上からでもわかるくらいには大きな胸を張って、誰かさんはローブのフードを取った。


「っ……!!」


 ありていに言えば、めちゃくちゃ美人だった。

 恐らく染めたのではない栗色の髪がふわっと舞う。よく手入れされているのだろう、腰の上あたりまであるように見えるのにどこも傷んでいない。

 綺麗というよりは可愛い寄りの顔は目が大きく、濃紺の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。全体的にスッとした顔立ちなのに少し幼さの残っていて年下のようにも思える。

 肌は透き通るように白く、しかし病的ではない健康的でみずみずしい輝きがある。

 ドヤ顔が物凄く似合っている。


「? どうしたのよ。」


「いっ?! い、いや、なんでもない。」


 顔を至近距離でのぞきこまれて焦った。ドキッとしちまったじゃねえか。


「ふうん? まあいいわ。でも本当に私を知らないみたいね。」


 俺が椅子代わりに持ってきていた丸太に並んで腰かけて、若干しょんぼりしてしまう。


「なんかごめん……。」


「んーん。いい。なんかあなた魔法とかも知らなそうだから知らなくても無理ないかも。」


 足をぴんと伸ばしてパタパタさせながら誰かさん改めアイルさんは言う。


「で、あんたの名前は?」


「え?」


「名前よ名前!! まさかそんなことまで知らないとか言わないわよね?」


「あ、ああ。俺の名前ね……俺はいさる。」


「イサル……ね。うん、覚えた。」


 胸に手を当てアイルさんは繰り返した。


「あ、ところでアイルさん。」


「普通にアイルでいいわよ。なに?」


「この世界には魔法とかモンスターがいるのが普通なんだよね?」


「この世界……? ま、まあそうね。」


 やっぱりそうなのか。てことはこれって……。


「転生……ってやつ?」


「え?」


 恐らく前の世界で殺されたときにこの世界に転生されたのだろう。

 そんな感じの小説とかは読んだことある。

 いざ当事者になってみると特に何も思わないな……。


「やっぱ、変なやつねイサルって……。」


 一人で納得してうなずいているとアイルにあきれられた。

 失礼な。




 くうっ


 肉が焼けるいい匂いと木の実の甘酸っぱい匂いが混じった香りが漂ってくると、相当お腹が空いているらしいアイルのお腹が鳴った。


「なんかいい匂いするわね……あんなことしてたわりには。」


 どうやらこの世界では料理をするという習慣がないようだ。

 塩だって調味料じゃなくて非常食扱いだったし。


「そろそろいいかなっと。」


 もともとある程度はアイルの魔法で火が通っているのだ。


「よいしょっと、はい。」


 地面から枝を抜いてアイルに渡す。

 恐る恐るといった感じで受け取られた。


「んじゃ、いただきます。」


「なにそれ?」


「えっと……食べ物に感謝するみたいな?」


「ファングルに感謝……?」


 やっぱり会話がかみ合わないな。まあ仕方ない。


「まあとりあえず召し上がれ。」


「うー……ま、まあないよりましか……。」


 しかし木の実が塗られている肉の見た目に抵抗があり、一口目が食べられないようだ。


「じゃあ俺が先に食べるな。はぐっ……んおお!」


 一口噛むと中から肉汁がじゅわっと溢れだしてきた。肉はとても柔らかく、ほろほろと舌の上で溶けていくようだ。多分あると思われる獣臭さも木の実の甘酸っぱい香りと味でほとんど感じない。この木の実は少し酸っぱいマンゴーみたいな味だな。

 塩加減もちょうどいい。やっぱり本当にいい肉っていうのは塩で食べるに限るよなあ。


 俺が夢中でかぶりついてるのを隣で見て、我慢できなくなったらしい。


「あ…….んむ……。」


 アイルも恐る恐る食べ始める。


「どう?」


「…………っ~~~~?!」


 目が落ちるんじゃないかってくらいに目を見開いて驚いている。

 そして機械のように肉と俺の顔を視線が行ったり来たりしている。


「おい……しい……。」


「だろ?」


「おいしいよこれっ!! なんで? どんな魔法使ったの?!」


「うおっ!」


 唇が触れそうな勢いでアイルが身を乗り出してきた。


「木の実をつぶして塩を削って……食べ物にそんなことをするなんて考えたこともなかったよ……。」


 アイルがリスみたいに肉を夢中で頬張る。

 なんかみてるこっちも嬉しくなっちゃうな。


「お気に召したようでよかった。これで四属魔法使いさんに守っていただいた分のお礼はできたかな?」


「うんっ!! お金なんかより全然価値が……。」


 急にアイルがフリーズした。


「え、どした?」


 そして油の切れたロボットのような動きでこっちを見つめると。


「……足りない。」


「え?」


「私は四属魔法使い、そんなに安い女じゃないの!!」


「えっ。」


 あれ?


「だから……。」


 アイルが言いづらそうにモジモジしている。


「ん?」


 そして思い切ったように顔を上げると、


「だからっイサルはこれから私のためにご飯を作って帰りを待ってること!!!」


 こう言い放った。


「……。」


 毎日ご飯を作って待っていること……。


 ……。


 ひょっとして今俺、プロポーズ的なサムシングを受けた?


 待て待て落着け深呼吸深呼吸。


「ほんとに……俺なんかでいいのか?」


「ううん……イサルじゃなきゃダメなの……お願い。」


 瞳を潤ませて横から上目づかいで見つめてくる。


 女の子にここまで言わせたんだ。俺も覚悟を決めよう。


「わかった。アイルの気持ち、受け入れるよ。」


 凄くいい笑顔でアイルに微笑みかける。


 お父さんお母さん、僕こんなかわいいお嫁さんをみつky


「よし、じゃあ早いとこ町に行ってギルド設立申請書書いちゃお!」


「え?」


「え?」


 え?


「ん? 待ってギルド?」


 何か重大なすれ違いが発生してるような?


「え、だから。」


 アイルが不思議そうに説明する。


「一緒にギルド組んで、ギルドホームで食事作って待っててって話でしょ?」


「……。」


 いや、わかるかそんなん。


「どうしたの急に地面に頭を打ち付け始めて……。」


 アイルが若干……いや、おもっきしひいてる。


「いやあ、青春っていいな(ガスガスガスガスガス)。」


 そんなこんなで見事美少女の胃袋をキャッチした俺はその美少女とギルドを組むことになったのだった……。


 いや、なんか違うだろ。


アイル「さっきは何を勘違いしてたの?」


イサル「なんでもない(ガスガスガスガスガス)」

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