第五十三話:怒りに囚われた王子
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
様々な負の感情を乗せた叫びから生まれた、強大な殺意と怒り。
それが今の…バルマウストに取りつかれた衝動だった。その叫びを上げた瞬間、その声で周りの空気は響き、不幸中の幸いというべきか…その叫びで背負っていたロムエシスは気絶した。それを確認したバルマウストはまず、ロムエシスを抱えながら拳を襲撃者に向けた。
が、そこは易々と襲撃者は回避…出来なかった。本来なら子供なはずのバルマウストが、叫んだ瞬間、まるで世界が遅く感じたのだ。だが、怒りと殺意に囚われたバルマウストはそんなものに気にする余裕はなく、そのまま襲撃者を吹き飛ばした。
そう、大の大人を、6歳児であるバルマウストが吹き飛ばしたのだ。あまりに非常識な行動で流石の襲撃者の二人も対応できず…。
「らあああああああああ!!!!!」
「っ!」
また一人、拳を当てられ、吹き飛んだ。最後に残った「ひひひ」笑いの男は魔術師だったらしく、呪文を詠唱しようとしていた。が、バルマウストはそれすらも察知し、素早くそのまま蹴り飛ばした。腹に蹴りを当てたのでくの字に曲がり、そのまま途中の壁に激突した。
そして、次にバルマウストが目を向けたのは…。
―――ゾンビ。
だがバルマウストの怒りは止まらなかった。それでも完全に暴走しなかったのはロムエシスを後ろに担いでいるからだろう。だからバルマウストはゾンビがいるのとは反対…王城の方へと走り出した。本来の6歳児とは思えない…むしろBランク冒険者かそれ以上の素早い動きで。
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王城に辿り着いたバルマウストはそのまま王宮内に入り込んだ。入り込んだのは王宮の庭だったらしく、そこには多くの騎士たちが手当てを受けていた。バルマウストはそのまま王族専用居住区画に直行、ロムエシスをベッドに寝かせた。するとその場所へ国王夫妻が護衛と共に急いでやって来た。
「バル…!?」
まずは母であるセーラが声をかける。
だが、王女として人を見ることに長けていることで、バルマウストが纏っている空気が異常だという事にすぐ気づいた。
「バルマウストよ…そなた…一体……」
これは父である国王も同じだった。纏っている空気が…ピリピリっていう物ではなかった。一発即発。そのような空気が周りに纏わり付いていた。
だが、この静寂を破ったのも…息子であるバルマウストであった。
「父上…母上………この王都をここまでの惨劇に陥れたのは…誰ですか」
たった一言。至極当然の疑問だ。
だが、バルマウストから放たれた言葉はどの言葉よりも軽く……無機質に感じられた。本来の6歳児…いくら天才王子と言われようとも所詮は子供。幼児。取るに足らないと周りの人たちは…そう思っていた。
だが、今の一言で認識を変えざるをえなかった。バルマウストは…明らかに変わってしまったような気がした。以前の笑顔も、茶目っ気も、聡明っぷりも……それが無機質で無表情な態度になり、理性はあるがそれだけみたいな操り人形に近い状態となり、まるで一種の危険な動物か魔物になっているような様子だった。
―――おかしい。いや、その前に、何があった。
それが、バルマウスト以外のこの場にいた者の共通の疑問だった。
「誰ですか……数は………敵は……」
人が変わったとはまさにこの事なのだろう。国王夫妻及びその護衛達はそう思った。
だが、国王夫妻はその質問に答えることは出来ない。今このままバルマウストを戦場に送りだせば…彼は何をしでかすか分からない。それくらい、彼の言葉や言動、行動はとても共有出来ないものだった。
だが、このまま沈黙していても何の解決にもならないのも事実。国王はそれを計算し、息子に答えた。
「…それは教えることは不可能だ。敵の数、力は不明だ」
これは事実でもあった。敵が攻め込んできたというのは分かるが、敵勢力が把握されていないのだ。
「…そうですか…」
だが、これは同時に逆効果だった。今のバルマウストには正常な思考が出来ない状態なのだ。彼の中で、その言葉を聞いた結論は…
―――なんなら自分が出てそのまま殺し尽くせばいい。
という殺人鬼に等しい考えの至り方だった。理由も単純明快。
―――この怒りを、殺意を、とにかく何かにぶつけたい!!!
まるで破壊したいから破壊するくらいの恐ろしいほど単純であり、国王夫妻のような冷静な人から見れば自殺にも等しい理由のつけ方だった。
とにもかくにも、敵勢力が分からないと判断したのか、そのまま窓に向かった。
「バル!?」
セーラはバルマウストがやろうとしていることを瞬時に察し、彼を抑えようとするが…
―――パリィィィィィィン!!
バルマウストはそのまま部屋にあった窓に突っ込んで飛び出した。
あまりに衝撃的な行動の仕方だったが、辛うじて護衛達は一部をバルマウスト散策に急いで向かわせた。
だが、その報告はあまりに非情であった。
「殿下は…もう王城におりません!!すでに市街地の方へ赴いたもよう!情報部も市街地の方へ殿下らしき影を確認したとの事!!」
国王夫妻は、そのまま苦痛と絶望の表情を見せるのと同時に絶句してしまったのであった…。
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市街地に出たバルマウストはディオの害意の索敵も含めた広範囲かつ高性能レーダーで敵の殲滅に向かっていた。すると王城に来る前にバルマウストを襲ったやつらが生きていたのを確認し、すぐそこへ向かった。
そして到着すると、なんとか意識を取り戻し、戦線離脱しようとしていた奴らがいた。
「くそ…なん……だったんだよ……あのガキは…」
「俺に……聞くなぁ……」
「今は…とに……!?」
彼らはさっきの一方的な一撃で注意散漫になっていたのだろう。証拠に、明らかに近くにいると分かってようやく気付いたのだから。
「てめぇらは誰だ………後何人いるんだ」
無機質で、棘が付くほど凍てついた言葉が、彼らを襲った。だが、そこは高レベルの傭兵だ。クライアントの情報を流したり、戦況を不利に持っていくようなことはしない。相手が、普通の相手ならば…だ。
「そうか…教える気はない……か」
あまりにあっさり引き下がったので拍子抜けになった傭兵3人。だが、彼の次の詠唱でまた困惑し始めた。
「肉体に宿りし精神よ、自らの主が―――」
「詠唱!?奴を止めろ!」
その言葉を聞いて、即座に行動に移す傭兵たち。だが、それはあまりに遅かった。
「―――を奪いたまえ、洗脳」
その言葉を聞いた瞬間……傭兵三人は身動きを取らなくなった。
そして更なる詠唱を唱えた。
「己が心に潜む闇よ、今ひとたびその姿を宿りし肉体へと具現し、全てを支配する主となれ。そしてその力の恩恵を与えし真なる主へ絶対の忠節を誓う騎士へとなりたまえ。それが灼熱の業火であろうと、絶対零度の吹雪であろうと、全てを消し去る無であろうとも、その忠節を曲げぬ盾となり、刃となれ。その願望がなのりし時、その力は今までより強固となり、全てを撃ち払えるであろう。その忠義を、忠節を、我の為に尽くしたまえ。主の命」
これはあの時、反逆者が出来上がった時と同じ魔術ではあった。だが、今回の詠唱は、前回とは比にならないほど強い効果を持つ魔術となった。
現に、主の命を聞いた瞬間、襲撃者の3人は……バルマウストに、跪いた。
「「「何なりと、ご命令ください。我らが主よ」」」
「教えろ……てめぇらは誰だ。数は。目的は………なんだ」
「はっ。我らは〈バイラス戦闘集〉の者で、数は50と少ないですが、実力者のみを採用した傭兵団となります」
「それはいい……この王都に何人攻め込んでる」
「我ら3人を含めまして、40人ほどが攻め込んでおります。それぞれ、別の傭兵団の者もおります」
「……目的は…なんだ」
ここが、バルマウストにとって一番重要な質問であった。だが……その回答はバルマウストの怒りを限界にまで押し上げるのに十分な言葉であった。
「我らの目的は、軍事国家メルセデスの海確保のためのエーリュンゼの滅亡であり、可能であればエーリュンゼ王都をアンデッドのダンジョンへと変貌させよとの事」
カチッ……。
「その方法は…なんだ」
「エーリュンゼに住まう全ての市民をアンデッド化させ、その怨霊を集中的に集めることによりダンジョン化させるとの事であります。詳しい構造は残念ながら秘匿されております。そしてその市民を効率的にアンデッドへと変える魔術具が、これらにございます」
そうして差し出されたのは、ある種禍々しい光を放つ小石が付けられた武器と、杖の先端にその小石が拳くらいの大きさになった物だった。
ブチっ…
「そうかそうか……じゃぁてめぇらはそのまま王城行ってそいつらを手放して、この計画を裏切って俺たちにつけ。出来なかったらそのまま頭を握りつぶす」
「「「はっ!!!」」」
そう返事して、三人は大けがをしているのにも関わらず、すぐさま王城へと向かった。
そしてバルマウストは今まで無視していたゾンビたちに目を向けた。怨霊のような唸り声が聞こえる。そして彼らは……自分たちの民であった。その民を、あいつらは殺した。なら、その報いを……敵にぶつけてやる。
我ながらよくこの怒りを抑えながらやって来たものだ…とバルマウストは思った。そして……全ての敵を地獄へ送るために、本来の敵を探し始めた。
残りの……この王都を乱す襲撃者へと………。