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第6話 吸血姫、リカリス=フェリス

 ……駄目だ。今はまだ……。


 俺にはまだなんにも無い。力も知識も、全然足りてない。だから、こんな最低最悪の奴に仕える覚悟をしたんだろ!!


「ニューラウド様、打ち首……良いですね。ぞくぞくしますよ」


 アイル?

 驚きを隠せず、彼女を振り返る。


「ですが少し、待っていただけますか? 私達の打ち首を延長し、彼に私達と同じ南森の管理の責務を任せて下さい。そうすれば、必ず《ドロウドロップ》を手に入れて差し上げましょう」


 笑顔で雄弁に語るアイルだが、その拳はきつく握られ微かに震えていた。


「ドロウドロップ! っふ、良いだろう。ただし手に入れられ無ければ、お前ら三人だけでなく誰を他に殺してしまうか分からんがな」


 ◇◇◇


「アイル! どうして、あんな事……無茶だよ!」


 城を出てすぐ、カイルが悲愴な表情で叫ぶ。


「もー、しょうがないじゃん。あれが最善手だったよ」


 アイルは――城下町に出回る店で買ったのだろう――果物を片手にカイルの背中を励ますように叩いている。


 そんな二人を横目に俺は『転生の書』を(めく)っていた。


ドロウドロップ。


 アイルの一言で何故、ニューラウドは納得したのか。魔王を納得させるほどの貴重な何か?


「あった」


 ――――――――――

 ドロウドロップ:吸血鬼の一部しか生成する事の出来ない魔族の力を最大限に引き出すと噂される、レアアイテム。

 ――――――――――


 なるほど。簡単に言えば強くなれる、って事か。


 くだらないな、と思い本を閉じる。


「……ってば! シャルはどっちの味方!?」


 いきなり振られるものだから、話に付いていけない。見るからにアイルは立腹した様子でカイルと目を合わせようとしない。


「なにが?」

「だからね、今日のご飯!」


 いきなり飯の話かよ。


「打ち首の件があったのにポジティブ極まりないな」

「腹が減っては何とやら! ここでうじうじ考えても意味ないわけだよ。だからね、そういうのは美味しいもの食べながらゆっくりと」

「まぁ、言われてみればそうかもしれないけど。で、今日の飯がどうした?」

「そうそう! シャルも、スライムのシチュー食べたいよね!?」


 魔族はこんなものを食べるのか?


 魔族の食事に多少、頭を回しながら、俺はカイルに助けを求める。


「カイルは何食べたいんだよ」


 クールで冷静なカイルの事だ、きっとまともな――、


「え、ゴブリンの骨付き肉だけど」


 俺への病用食はパンやスープといった人間界で食べられるまともな食事だったのに、この有様だ。

 

「お、美味しい方で」

「美味しいのはスライムのシチューだよ! ということで今すぐスライム狩りだっ」

「はぁ。もう、スライムのシチューで良いよ」


 結局アイルの強引さに折れ、そのまま森へスライム狩りに向かった。


 南森へ入ると光が閉ざされ魔物の(うごめ)きを身近に感じる。小さいものから大きいものまで存在しているが今のところ、俺達を襲おうというものはいない様だ。


「スライムって、攻撃すれば一撃なんだけど以外とすばしっこいんだよね」

「一人最低一体は欲しい、かな」

「楽勝だよ〜! シャルも頑張ってね」

「そ、そうだな」


 閑談しながら森の深くへ進み、生い茂る木々の隙間から時折感じる魔物の気配にも慣れてき時だった。


「あ、スライム!」


 暗闇を指差しアイルが走り出す。


「話してるうちにスライムの生息地帯に入り込んでたみたいだね」

「スライムってどうやって仕留めるんだ?」


 言ってしまってから、しまった、と思った。魔物と戦いなれてるはずの魔族がこの問い掛けをするのはあまりにも不自然だ。


「あ、そうか、ターバントでは魔物を自分達で狩らないのか……」


 一つ間を置いてから自己解釈したカイルが呟いた。


「じゃあ、僕が最初に一体捕ってみるから、見てると良いよ」


 その提案に「宜しく」と頷き、カイルの後を追う。


「お、早速! シャルはそこにいて!」


 俺は言葉通り、そこで立ち止まり目前のスライムとカイルを見守る。


 素早い動きで木に登ってみせ、木の葉を手に取るとそれに息を吹きかけた。すると、そこから彼の体を包むように幾千もの粒子が舞い踊る。勢いよく前に出されたカイルの手の内からは魔法陣が出現し、彼の爽やかな笑みと共にスライムが燃え始めた。


 暫くして腕を下ろす。すると、そいつを覆っていた炎は消え、カイルの周りを舞っていた粒子も空気中に発散された。


 そして軽やかに木から降りると、倒したスライムを抱え、


「はい、終わり」

「やっぱ、早いな」

「慣れだよ、慣れ」


 慣れ、とは簡単な事を言うが、きっとあれは魔力と向き合った奴の力だと思う。自分でも、こんな事をどうして思ったのか分からないが、カイルが魔力を発動させた時の空気が、舞い踊る粒子が――その繊細さを伝えた。


 それに、俺が勇者を目指し魔族を倒していた生前では、魔力を慈しんでいる魔族など見た事が無かった。それどころか、利己的に、私欲の為だけに力を振るっていたやつがほとんどだったと思う。


「待ってよー、スライム! 逃げないで!!」


 どうやら、先にスライムを追いかけていったアイルの方はまだ追いかけっこをしているらしい。


 その可笑しさに俺は笑い混じりに息をつく。


「ったく、何やってんだか」

「多分近くにいるから行ってみようか」

「だな」


 カイルに同意し、声のした方へ足を進める。数分も立たないうちにアイルがスライムを追いかけている現場に遭遇した。


「カイル、シャル! ねぇ、聞いて! このスライム、じっとしててくれないの」


 そりゃ、殺されると分かってて逃げない馬鹿はいないだろう。


「って、あぁあ!」


 今度は何だ、とアイルの叫びに呆れ顔をしていると、スライムがもう一体現れた。


「そっちはシャルに任せたよ」


 調子の良い笑顔で、アイルは親指を立てる。


「俺!?」

「だって僕はもう、任務完了してますから。まぁ、頑張れ!」


 と言われたものの、まだまともに魔力なんて使った事無いし。見様見真似で乗り切ろうと先程のカイルを思い出す。


 確か葉っぱに息を、それで……いきなりカイルを光の粒が包んで、って分かんないだろ!


 一瞬だけ二人を振り返り、怪しまれてない事を確認する。


 こういう時の『転生の書』なのだ。すかさず、ページを捲り魔力について書かれた部分を探す。


 どこだ?


「いや、どこだよ……『転生の書』!」


 つい今まで、手にしていたはずのそれがどこにも見当たらないのだ。


 慌てて手元や地面を確認する。しかし、そこには何も無い。


 再び、スライムに視線を戻すとスライムが『転生の書』を体に乗せ逃走を計っていた。


「ちょ、おい。待てよお前!」


 あれが無くなったら、希望なんてものは一瞬で消え失せる。


 この世界で生きるには情報がまだまだ必要なんだよ。


 俺は必死で追いかける。


「ふざけるなよ、返せ!」


 頭の中に「魔力」の文字が浮かぶ。


 使えるか分からない。でも、何もしないで『転生の書』を、貴重な情報源を失うなんて納得出来ないだろ。


 カイルがやっていた通りにやれば良いんだ。


 俺は適当な木の葉をつかみ取り、息を吹きかけ、すぐにスライムに向かって腕を伸ばした。集中力を手の内に集中させ、そこに魔法陣を出現させるイメージ。



「……っ!」



 魔法陣から一本の光の矢が飛び出しスライムを射抜いた。


 ゆっくりと腕を下ろす。


「っはぁ、はぁ……使えた、っ魔力……」


 予想以上に魔力の使用には体力を使うらしい。呼吸が浅くなる。少しふらつきながら、停止したスライムの元へ行き『転生の書』を回収する。


「なんだかんだ、一体仕留めちゃったし、こいつも持って帰るか」


 と、ついでにスライムも持ち上げた。


 さっさと二人の所へ戻ろうと来た方を振り返ったのだが、俺は気が付かなかったんだ。いつからいたのか分からない。けれど、そこには魔物――ゴブリンがいた。


「なんつー、タイミングだよ」


 自分の不運さを嘆く。


 思わず後ずさりするが、後ろの木にぶつかりそれ以上後ろへは下がれない。


 ゴブリンは段々と距離を縮めてくる。そして次の瞬間、俺に襲いかかった。


"やばい"


 そう思っても何も出来ない自分がいた。


 死んで、違うやつとして生きることになっても何一つ変わってないじゃないか。また、何も――出来ない。


 悔しさに唇を噛み締め俯く。


 ドサッ。


 何かが倒れた様な音に疑問を感じ、ゆっくりと顔を上げる。


「な、んで……」


 見ると、俺に襲いかかろうとしていたゴブリンが静寂化し地に伏せっていた。


 ゴブリンの背中に刺さる矢。誰かが、俺を助けた?


「誰だ!」


 木の影に気配を感じ、鋭く目を光らせる。


 しかし、そこから出てきたのは空色の髪の少女だった。吸血姫――リカリス=フェリスだ。


「別に助けたわけじゃないので」

「……あ、いや、助けて貰った事に変わりは無い。ありがとう」


 立ち上がりそう言い切ると、彼女はその瞳に驚嘆を映した。


「や、めて……下さい」


 薄らと涙を瞳に浮かべ、首を左右に振る。


 突然の事にこっちまで動揺してしまう。


 一体、何だと言うのだ。

 

「シャルー!!」


 アイルとカイルだ。


「ここだ!」

「いたー! もう、突然居なくなったら心配するでしょ?」


 二人の存在に気づくや否や、リカリス=フェリスは身を翻し、逃げるようにこの場を後にした。


「って、あれ? 今の、リカリス=フェリスだよね」


 逃げて行った彼女の後ろ姿を見つめ、カイルが不思議そうに俺を見る。


「えー、嘘っ! どうせならお話したかったよ」

「俺はあんまり好きじゃないな、ああいう奴は」


 ――自分を見てるみたいだった。


 人との距離感に戸惑って、必要以上に突き放してきたストリアと出会う前の俺。


「なんでぇ? お姫様なのに〜」


 アイルには好印象らしい。


 でも、言われてみると、姫であるはずの彼女は姫らしくない。城下町でぶつかった時も、そして助けてもらった今も、どうして一人きりだったんだろう。


「……ん? これって」


 地面に落ちていた黒い紐リボンを拾い上げる。良くは見えなかったけど、リカリス=フェリスも同じものを付けていた様な。


「え、シャル! ゴブリンも倒してくれたの? やるねぇ」


 カイルの声ではっ、と我に返った。咄嗟に、リボンを服のポケットにしまう。


「あ、いや、そのゴブリンは……」

「おぉー! これで、二人の食べたいものが食べれるよっ」


 俺の弁解をアイルが遮る。


 人の話を聞けよ、おい。


 でも、こういう少し騒がしいのも何だか悪く無いのかもしれない。


 ゴブリンを持ち上げようとしている二人を横目に俺は笑みを零した。


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