第5話 魔王城
「どう、どう? 初めての城下町は!」
様々な店や建物が立ち並び、魔族で賑わう町の中心。
ここが城を取り囲む、城下町。
いや、ここにいるのは魔族だけじゃない。獣人にサキュバス、吸血鬼――本当に目まぐるしい数だ。
「ま、城下町と言っても広いからね。シャルが疲れるといけないし、ほどほどにな、アイル」
まだまだ活気溢れる彼女にカイルが釘を刺す。
「大丈夫、大丈夫! どんどん行こーう」
カイルの言葉など気にも留めず、アイルは人込みを掻き分けて行く。
「ちょ、待てよ」
慌てて追いかけ、小走りになった事がいけなかった。
「っ、すいません」
目の前を歩いてきた彼女に衝突してしまったのだ。
振り向き際に靡く、空色の如く透き通った長い髪。氷の様な表情とは裏腹に燃えるような赤い瞳。まるで、彼女の周りの空気だけが澄んでいるかのように錯覚させる程の透明感だ。
俺はその涙を浮かべた瞳から目が逸らせなかった。
「こ、こちらこそ……すいません」
それだけ言った彼女は目も合わせずに、すぐその場から立ち去ってしまった。
それを見た後ろのカイルが口を開く。
「吸血鬼の姫――リカリス=フェリスだよね。噂通りの美しさだったね」
吸血鬼、か。いやいや、分かってる。彼女は魔族だ。
でも、どうして俺は彼女の顔を見たあの時、ストリアを思い出したんだろう。
「おーい、大丈夫? お二人さん」
遠くからアイルの声が響く。
「今行くよー! 行こうか、シャル」
「あ、ああ」
頭を左右に振り、邪念を振り切る。
今は魔王に会う事だけを考えろ。
「やっと追いついた……、アイル早すぎ」
「二人が遅いんだよー。ほら、シャル、見える? 目の前に見えるのがいわゆる魔王城ってやつ」
「あれが魔王城か」
でかい……!
まだ少し距離のあるここからでも、その威圧感は圧倒的だ。
「あのさぁ、シャルはどうしてわざわざ国を出てニューラウド様に仕えようと思ったの?」
魔王城へ向かいながら、唐突にアイルが問う。
しかし、彼女の疑問はあまりにも的を射すぎている。
なんて、答えたものか。
「……アイルとカイルは?」
「んー、僕たちは色々あったからね。成行きかな」
「で、シャルは?」
「お、俺は、そうだな。ある人との約束を果たす為、ってところだ」
間違ったことは言っていない。
けれど、どうしてだろうか。二人に対して嘘をついている罪悪感らしいものを感じてしまった。それが不可能だと分かってはいても、その未来を俺は無意識に望んでいるのかもしれない。アイルとカイルにストリアの事を理解してもらえて、魔王を倒す事に協力してもらえるような、そんな未来を。
とんだエゴだな。
「どうした、大丈夫?」
「魔王城を前にして緊張してきちゃったんだよ、きっと」
「悪い。大丈夫だ、行こう」
違う。今考えるべきは、二人がどうこうじゃないだろ。しっかりしろ。
「止まれ!」
城門前に待機していた二人の魔族が槍をクロスさせ、行く手を阻む。
「身分証を見せてもらう」
「はいはい、面倒くさいなぁー」
明らかに疑いの目を向けてくる彼らにアイルは不満を零しつつ、首元の紐を引っ張り服に隠れていたそれを取り出した。
「石?」
「うん、これがここに仕えてる証なの」
紫色に輝く、ダイヤ型の証をカイルも彼らの前に見せる。
「用件は?」
「この子の宮廷入り試験!」
アイルに背中を押され、前に突き出される。
「了承した、行け!」
意外にあっさりなんだな。
城門を潜りながら、ちらり、と彼らを振り返った。
「本当は優しい者達なはずなんだけどね。ニューラウド様の監視内じゃ、神経張り詰めないと、やってられないんだよ。あまり、悪く思わないでやってね」
隣でカイルは困ったように肩をすくめた。
まぁ、魔王じゃ当然の支配力という所か。
少し進むと、ついに俺達は城へと辿りついた。目の前には分厚い壁の様な扉。
深く息を吐き、覚悟を決める。
力強く扉を押すと、大きく耳障りな音を立て扉が少しづつ開く。
広々とした空間。両端にずらりと並ぶ魔族は、魔王の護衛といった所だろうか。
そして奥に目をやると玉座に腰掛ける周りの奴らとは明らかに違う空気を纏う男。
俺は直ぐに分かった。
あいつが、魔王、ニューラウド……ストリアを殺した男。
ストリアを思い浮かべ、ゆっくりと瞬く。
「お客人かな」
傍にいた艶めいた雰囲気の女達を遮り、後ろにいた側近を思わせる魔族の男に顔を向ける。
「はて、どうでしょう」
俺は二人の前に立ち、魔王の側へと足を進めた。
「ノエズ=シャル。あなたにお仕えしたく、ここへ参りました」
跪き仰々しくお辞儀する。
騙せ、騙しきれ……!
従順な、こいつを守りたい魔族を演じろ!
そう、自分に言い聞かせながらニューラウドの言葉を待つ。
「ほう。……では、奥の二人の用件も聞こうか」
顔を上げ、後ろの二人を振り返る。暴虐武人な魔王はいつ何をするか分からない。
一瞬の気の緩みも許されない切羽詰った状況に冷や汗が顔を伝った。
「私達は、彼をここまで送り届けただけですのでニューラウド様はお気になさらず」
すると、すぐさま側近の男がニューラウドに耳打ちする。
刹那、何を聞かされたのかニューラウドの表情が一変した。
「カイル、アイル、お前ら双子には南森の管理、という重要な責務を任せていたはず。何故、森を離れた!!」
「で、ですから、彼をここまで――」
カイルが弁解を図るが、そんなものは簡単に弾き返された。
「どんな理由があろうとも任務放棄に変わりない!! お前ら二人は打ち首とする!」
ニューラウドの口から言い放たれた、耳を疑う発言に空気が凍る。
「そんな!! 打ち首、って待ってください!」
流石のアイルも、焦りを隠せないでいる。
そうだった。
魔王は、そういう最低な事を平気でする……そういう男だ。だから、理不尽に残酷にストリアは殺された。
心臓が握りつぶされたみたいに苦しい。
魔王は優しさなんてものをまるで持ち合わせていないんだ。自分の思い通りにならない事は全てが許せない。
それにニューラウド、アイルとカイルは仲間じゃないのかよ。いくら、任務に少し背いたからって、殺していいのかよ。
ストリアを殺して、この二人も無残に切り捨てようとして――、俺は必ずお前を殺すぞ。
どのくらいの時間をかけても、お前だけは地獄に叩き落としてやる。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……、
この手で必ず、殺してやる。
これ以上無いほど、魔王が憎い。俺は今すぐ殴り掛かってしまいそうな右手を必死に抑えつけた。