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第2話 魔族になって

「なるほど。こうなってんのか」



 『転生の書』を読みながら、俺は森を抜けようと歩き彷徨っていた。


 どうやらこの魔界は中央の王都を中心に成り立っていて、王都から東西南北に四つの国が隣接しているらしい。


 今の現在地は果たしてどこなのだろうか。


 まずはその把握が先決だ。



 しかし次の瞬間、ぐらり、と視界が揺れた。足の力が一気に抜け、そのまま地面に伏せってしまう。視界はどんどん狭くなるし、身体にも力が入らない。俺は起き上がる事も出来ないまま、


「やべぇ……腹、減った……」


 と最後に、思った事を口にした。



 ◇◇◇



 ――どこだ、ここ。


 白い天井。パチパチと音を立てる暖炉の灯りが部屋を照らしているのが分かる。


 明らかにここは先刻とは異なった場所だった。


 寝かされていた体をゆっくりと起こす。


「あ、起きたぁ!」


 すぐさま飛び込んできた活力溢れる声。声の主は俺の顔を覗き込み、長い橙色のポニーテールを揺らした。


「大丈夫?」

「っ魔族!?」


 この世界に来て、初めて魔族を見た俺は驚きのあまりそう叫んでしまった。


「何当たり前のこと言ってるの? それに君も魔族でしょ!」


 少女に言われて思い出す。


 俺はもう人間じゃない――。


 魔族の少女は近くにあった手鏡を取り、そのまま俺に手渡した。


 恐る恐る、自分の顔を映す。息を呑んだ。


「ほら魔族の象徴。長い耳に赤い瞳。私は比較的魔力が強い家系だから角があるけど、君は見るからに一般魔族ってかんじかなぁ」


 人間に近い容姿な事が幸いし、俺はまだ自分を保っていられた。


 それに、生前と変わらないのがこの黒髪だとは皮肉だ。


「貴族の人たちは、翼とかホント立派なんだけどね~」

「おい、お前はこの黒髪を見て何も思わないのか」


 少女の言葉を遮り、俺は勢いのままに聞いた。


 一瞬驚いた顔をしたがすぐに彼女は破顔する。


「ぷははっ。君は変わってるね~。そうだな、敢えて言うなら……珍しい髪色ではあるよね。でも、カッコイイと思うよ?」

「はっ、本気で言ってるのか?」


 というのも、自分で聞いといて何だがまさか、こんな回答が返ってくるとは思わなかったのだ。


 この魔を連想させる不吉な黒髪を恐れなかったのは知る限り、たった一人……ストリアだけだったのだから。


「あれ。行き倒れ君、起きたの?」


 彼女とそっくりな顔立ちの魔族の少年が奥から姿を現す。俺は彼を鋭く睨みつけ、


「誰が行き倒れだ」

「随分と威勢が良い子みたいだね、アイル」


 爽やかな笑みでこちらに向かってくるものだから思わず戦闘態勢をとる。

 

「な、なんだよ」

「お腹空いてるかと思って」


 少年は湯気の立つスープとパンを俺の前に差し出した。


 途端、奇妙な音が響く。空腹で腹の虫が鳴いたようだ。


「……もらってやる」


 魔族の癖になんなんだよ、こいつら。


 そう思いながら受け取った、パンとスープを口に運ぶ。


 予想以上の美味しさに、口に運ぶ手が止まらない。


「僕らの駆使する森に、誰か倒れてるんだもん。びっくりしたよ。そういうの僕たち放って置けないたちでね」


彼がそういうと、少女もにかっ、と無邪気に笑う。


「…………」


 倒れてたってことは、そうか俺はあのまま。


 耳だけを傾け記憶を巡らせる。


 となると、この二人の魔族は俺を助けたのか?


 卑劣な魔族どもを信用なんてするつもりは毛頭無いが、こいつらには礼ぐらいは言ってやってもいいか、という気にはなってくる。



「一応、礼を言っておく。そ、その……助かった」


「なんだよ、なんだよ。君、素直じゃないんだな〜」

「かっわいー! 私、気に入っちゃった。分からない事あったら何でも聞いて?」


 ニヤニヤと二人は俺への好意を示す。


 どうもこういうのは苦手だ。それに、魔族にこんなに馴れ馴れしく接されると調子が狂う。


「そうだ、ここらで自己紹介しておこうか。僕はカイル」

「私は双子の妹のアイル」


 双子、どうりで似ているわけだ。


「俺はクベ……ノエズ=シャルだ」


 誤って、転生前の名を口にしそうになって俺は内心冷や冷やした。

 下手なことはしない方が良い。


「シャルか、宜しく。ここらじゃ見ない顔だけど、シャルは四国から来たの?」

「四国?」


 『転生の書』が手元に無い今、この単語を調べることすら困難だ。


 何も言えずにいると魔族の少女が両手を合わせ、双眸を見開いた。


「ああ、そっか。王都でしか、この言い方しないもんね。東西南北のどの国から王都に来たの?」


 と、こいつが情報を垂れ流しにしてくれたお陰で何とか話が分かる。


 つまり、ここは王都であり、俺は何処か違う所から来たことになっているらしい。『転生の書』には俺の出身地も載っていた。出身地を答えればやり過ごせそうだ。


「……ターバントだ」

「ターバントか。南の国だね」


 そう言いながら、魔族の少年が食べ終わったパンとスープの皿を回収する。


 そして、食器を置いてきたと思うと何やら本を持ってきて俺に手渡した。


「シャルの物でしょ?」


 見るとそれは『転生の書』だった。


 無くしたと思っていたのに、こいつが拾っておいてくれたらしい。


「中身は?」

「大丈夫、大丈夫。私たち何も見てないから安心して良いよ」


 良かった。俺は安堵に息をつく。


 もし中を見られたら、どうなってたか分からないからな。



 にしても、これからどうすれば良い?


 『転生の書』も手元に戻った訳だし、これ以上魔族何かといるのも、気分が悪い。


「……じゃあ、世話になった」


 立ち上がり、扉のある方へ体を向けようとしたのだが、少女が俺の腕を掴む。


「ちょ、なんで? 行く当てあるの? しばらくここにいて良いんだよ?」


 は?


 意味が分からなかった。こいつは本当に魔族なのか、という気さえしてくる。これじゃあ、下手したら人間よりお人好しだ。


 しかし、いくらお人好しでも俺の意思に変わりは無い。


「っ離せ! 助けてくれた事の感謝はしてる。でも、あんたらとこれ以上、関わるつもりは無い」


 と冷たく突き放す。


 魔王の命令に従って、ストリアを、ストリアの町を魔族は滅ぼした。例えこの二人が直接手を出していないとしても、同罪だ――。


「まぁまぁ、落ち着いて。シャルはさぁ、助けてもらって仮も返さないつもりなんだ」

「あ。そ、そうだよ! まだ私達、お礼してもらってないもん」


 魔族を憎んではいるが、確かに助けてもらった事も事実。


 「優しくしてもらったら、優しくしなきゃですよっ」と言っていたストリアの顔が浮かび、やりきれず、深くため息をついた。

 ああ、くそ……。


「分かった。……助けてもらった仮だけはきっちり返してやる」


 それだけだ。

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