敬礼ボウイ(sa)
「準備できたよ、しんぢさん」
約束の朝、朝は苦手なはずの恋人は俺の荷物をまとめてくれていた。
ここ数日でまともに寝てこなかったのだろう、目元には濃い隈ができており、それに加え赤く腫れている。
五日前に届いた赤紙、それは兵士を戦場へ向かわせることを催促する召集命令だった。
「ありがとう」
言って、荷物を手に取り軍靴を履き、傍らにいた明希に目を向ける。
それに気づいた彼は俯いていた顔を上げて、今すぐにでも泣き出しそうな表情を浮かべて俺と目線を合わせた。
「そんな心配しなくても、大丈夫だってば」
俺がそう言うと、明希は静かに泣き出してしまった。
「なんでそんな、平気でいられるの」
いつもならそれに戸惑い慌てて慰めようとする俺も、なぜか今だけは、そうしなければとは思わなかった。
黙って見つめているだけの俺を前にして、明希は続ける。
こんなの、死ににいくようなものじゃないか、と。
こんな時代に生まれてさえいなければ、と。
そうだ、そりゃそうだ。そんなの誰だって思ってるんだ。俺だって。
これからの戦争で敵国の人間の殺戮を強要され、それから逃げようとすれば自害を命じられ、結果、死ぬ他に未来はない。
数多くの兵士を育て戦わせる指揮を執る我が国の頭領から見れば、そんなシンプルな流れが一番都合がいいのかもしれない。
でも、抗議はできない。所詮兵士なんて、戦争で使われる道具である。逆らうべきではなく、抗うべきではないのだ。下手をすれば、戦場に向かう前に死ぬことになる。
だからこそ、今頃悲しんでははいけない。戦を嘆いてはいけない。国のためにと敬礼し、国のためにと心臓を捧げなければいけない。
感想よろしくお願いします。