悪童
遅くなりました。
「やぁ、……えーっと、誰だっけ? ずんぐり君?」
男はわざとらしく顎をつまみながら考えるポーズをとる。
「ガドリだ。オーマン……さま。おめ、王都の学校にいってたんでねがったん……ですが」
「あー、そうそう。ガドリ君だガドリ君。いやー、汚らしいハーフドワーフの名前なんて僕の高貴な耳には残らなくてね。相変わらず汚い喋り方をしているんだねぇ。女神様もこんな汚い言葉を翻訳させられて大変だ」
やれやれといった風にキザ男がキザなポーズで肩をすくめた。
「学校は今年無事に卒業させてもらったよ。もちろん主席でね。というわけで晴れて自分の家に帰ってきたわけだけど、三男である僕は実家に居場所がない。当然実家の手伝いをすることだって選択肢にはあったんだけど、どうもあの兄の元で働くのは僕の気に障ってね。父上も好きにしたらいいと言っていることだし、今年から僕はここで冒険者をすることにしたのさ。せっかく王都で魔法を学んできたんだ、ダブルである僕が冒険者になれば父上も僕の評価を改めざるをえないだろうね!」
キザ男もとい、オーマンは聞いてもいないことをペラペラとしゃべりだした。どうやらこの嫌味な奴も今年冒険者登録をするつもりらしい。
「そう……ですが。いや、そんなことはどうでもいい! ミキュルを離して……離すだ!!! 」
一瞬驚いた顔をした後、男の口角が吊り上った。
「へぇ……僕にそんな口聞くんだ?」
「お……おめが冒険者になるなら貴族でもがんけいね! おらと同じ立場になるど!! ミキュルを離すだ!」
「おや、ガドリ君も冒険者なんだ。しかも先輩……になるのかな?」
オーマンはクスクスと笑いながらデルゲンの足もとに寝転がるミキュルへと近づいていく。
「それで? なんでこのゴミを僕は何の見返りもなしに君にあげなきゃいけないわ・け!?」
「ぐぼっ!!」
オーマンがミキュルの頭を蹴り上げる。
周囲の野次馬から悲鳴や、煽る声が上がった。
「おめ!!! 何してんだ!!」
「なにって……ゴミ掃除?」
オーマンがきょとんとした顔で答えた。
フードの中から覗く顔が、みるみる赤くなっていく。
「ギン! やるど!!」
「ふぁ!?」
キレたガドリが拳を構えながら、ギンの名前を呼んだ。
完全に油断していたギンの口から間抜けな声が漏れる。
(なななな何言ってんのこの人!? オレこんな狂人にかかわりたくない!! ノーサンキューだよ! オレの思い出にこんな狂人を入り込ませないで!)
「ん? なんだ、ガドリ君もお友達が一緒だったのかい? ははは! そうか、だからそんなに強気なんだね? 昔あんなに調教してあげたのに、よっぽど大した助っ人なんだろうねぇ?」
オーマンがデルゲンに向かって目配せをする。
「紹介しよう、僕の従者でパーティメンバーにもなる予定のデルゲンだ。彼は比較的大きな肉体型の魂口を持っていてね、頭はちょっと悪いけど、実力は折り紙つきだ」
「へへへ……頭が悪いはちょっとひどくないですかい?」
デルゲンがオーマンのそばに控えて、剣を構えて見せた。
「ギン! ギンどした! はやくでてこい!」
(いや!! 辞めて呼ばないで!! あぁぁぁ引っ張らないで!! オレの冒険者デビュー記念日がボコボコの記念日になっちゃうぅぅ!!!)
人ごみの中に隠れようとしたギンの手を、ガドリが引っ張り込んだ。
「ギンだ! こいつはすげやつど!!」
「インザバイオレンス……」
無理やり連れ出されたギンの顔が、半分白目をむいている。
「ぷ……はははは!」
「ぎゃはははは!」
白目をむくギンの姿を見たオーマンとデルゲンが突然腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしいだ!」
「ただのガキじゃねーか! 俺の息で吹き飛んじまうんじゃねーのか!?」
「何の冗談? 君が助っ人? はははは! これは傑作だ。混ざり物なんかとつるんでるヒューマンがいたなんてね! しかもすでに顔がボロボロのひ弱そうな平民だって!?」
オーマンの笑い声が突然止んだ。
それに合わせてピッタリとデルゲンの笑いも止まる。
「ガドリ君、君はこんなしょうもない助っ人を見つけただけで僕の愛の調教を忘れてしまったのかい?? どうやらまだまだ愛が足りなかったようだねぇ」
顔を上げたオーマンの目は、いたぶる獲物を見つけたネコ科の動物のような鋭い視線に変わっている。
「っ!!」
その顔を見た瞬間、それまで怒りで赤くなっていたガドリの顔に恐怖が宿った。一瞬何かが光ったような気もするが、あの光はなんだったのだろうか。
「ふふ、そうだ。その顔だよ。どうやら僕の愛の記憶はまだ残っているようだね?」
ゆっくりとガドリに向かってオーマンの足が進んでいく。
「が……ガドリ?」
ようやく正気に戻ったギンが、ガドリの様子に気づいて声をかけるがガドリは小刻みに震えるだけで反応しない。
やがてオーマンが目の前までやってきた。
「いい子だ。おや? もう何年もたつのにこの顔のあざは消えてないんだねぇ。あの時もこんなシチュエーションだったっけ? おもいだすなぁガドリ君?」
ゆっくりとオーマンの手がガドリの顔を滑っていく。
あれだけ威勢の良かったガドリが、まるで蛇に睨まれたカエルのように動けない。
「おい! 喋ってないで早くやれ!」
「そうだそうだ! 止まってたらつまんねーぞ!」
「誰今の? 死にたいの?」
動きが止まった二人を煽るように野次馬から声が上がったが、オーマンの冷たい声が一瞬でガヤを黙らせた。
「ふん」
静かになった野次馬を一瞥した後、再びガドリの顔を撫でる手が動き始めた。
「妹が呪いにかかったとかで、大金が必要になった君が僕の虫車を襲撃したあの日だよ。忘れられないよねぇ……」
いつまでもガドリの顔を撫でまわしながらクスクスとオーマンが笑っている。
「な……何があったのガドリ……?」
「おや、君はガドリ君の友達なのに何も知らないのかい? ギン君……だったっけ?」
「おおおおお前には聞いてないやい!」
突然声をかけられ、妙な言葉づかいになってしまった。
「おやおや、ツれないねぇ。ガドリ君は今喋れないみたいだから僕が代わりに教えてあげるよ。彼は、昔僕のことを襲ったのさ。そしてその結果、彼らは憲兵に逮捕された」
「た……逮捕」
「腹立つよねー。混ざりものの癖に貴族様を襲撃だよ? 僕たちはこんなにも領民のことを愛してるっていうのにそれが行き届いてないだなんて! これは彼らに直接愛を注ぎ込むべきだよね!」
ギンに向かって突然陽気な声でしゃべりだした。
「だからさ……思い知らせてやったのさ。僕がどれだけ領民を愛しているのか。呪いにかかった妹もろともね!」
「……やめ……」
ガドリが小さくつぶやくが、まるで聞こえてないかのようにオーマンが続ける。
「憲兵から引き取った後、手足すべての爪を剥いで、鼻の穴を一つにしてあげたっけ? あはは、あの顔は傑作だったなぁ! 彼らに傷が一つ増えていくたびに、僕の愛が伝わってると思うとゾクゾクしてたまらなかったよ!」
恍惚とした表情でオーマンが過去の拷問にも近い所業を次々と自慢する。
聞いているだけで吐き気がしてくるほどの行為だ。
それまで戸惑いの表情を浮かべていたギンの顔色が変わる。
「次に、仲間に妹の居場所を吐かせて――」
「もうやめてけろ!!! おら……おらは……」
ガドリが突然ヒステリックな声を上げて頭を抱え込んだ。
それを見たオーマンの顔が再び冷酷なものへと変化する。
「ふん、ようやく思い出せたようだね、自分の立場ってやつを。いいかい、君らゴミ屑はどうあがいたって僕たちと対等になんてなれないんだよ。それは貴族云々なんて話ではないんだよ? 僕はダブルだ。ダブルってのは神に愛された証拠なんだよ。つまり、世界が僕を求めているのさ。それをあの父上と言ったら……長男だからと言ってあんなぼんくらを……」
一瞬どこを見ているのかわからないうつろな目をした気がしたが、すぐに表情が戻った。
「おっと、余計な話をしちゃったね。ダブルっていうのはね、尊ばれる物なのさ。それを、何を勘違いしたか同じ冒険者だからって対等? 笑わせないでくれるかな! たかが土属性の混ざりものが、頭が高いんだよ! ひれ伏せよ!! 無能なくせに僕の前に立つなよ!!」
「っぐ!!」
突然激昂したオーマンがガドリを蹴り上げた。
ガドリが転がり倒れ込む。
「お前!! 何してるんだ!!」
オーマンの拷問自慢の途中からだろうか、全然ギンに関係ないはずのその罵声の声が、無性に癇に障りだしていた。
飛びかかろうとするギンの前に、デルゲンが立ちふさがる。
だが、ギンは臆さずその後ろにいるオーマンに向かって怒鳴りつけた。
「貴族だかダブルだかしらないけど、むちゃくちゃだよ! 頭おかしいんじゃないの!? なんでこんなひどいことが出来るんだよ!」
「あれ? 何か気に障ったかな?」
「ぎ……ギン、やめろ。頭に血が上って巻き込んだのはわるがったけんど、こいつにががわっちゃだめど」
「そうだそうだ、君もこんな混ざりものとじゃなくて、人を選んだほうが良いよ? なんだったら特別に僕が友達になってあげよう! これはすごい事だよ! ダブルの僕がヒューマンとはいえシングルの友達を作るなんて! 領民を愛する気持ちの賜物だね!」
喋り続けるオーマンを無視してガドリに駆け寄ると、屈みこんだまま小声で話しかけてきた。
「今ならおらだけで済む。おめはおらを――がはっ!」
「きゃー!」
「ガドリ!!」
小声でしゃべるガドリを、オーマンの合図でデルゲンが蹴り上げた。
ガドリが転がり込んだ人ごみから悲鳴が上がる。
「小声でこそこそ喋るのやめてくれない? 僕がギン君と喋ってるんだよ? なんだっけ? なんでこんなひどいことが出来るのかだっけ?」
「そうだよ!!」
我慢の限界だ。
返答次第では、貴族なんて関係なくブッ飛ばす。
「全く、何を聞いていたの君? 混ざりものなんかとつるんでるから頭が悪くなってるんじゃない?」
やれやれと大げさなポーズをとりながら近づいてくる。
「いいかい、ゴブリンでもわかるようにおしえてあげよう。福音526番だ。古の獣を封じた後、力を使い果たした神と女神は自らの分身に世界を管理させた。せっかく作った世界を二度と壊されないようにね。だが、それではか弱い人間たちは生きていけない。原始的な生活を続けられるほど人間たちはタフではなかったんだろうね。だから神の分身たちは考えたのさ。自らが気に入った人間に力を分け与えようと。そうして生まれたのが七曜天性。君だってこれくらいならっただろ?」
「それがどうしたってんだよ!」
説明を続けながら近づいてきたオーマンが、とうとうギンの目の前までやってきた。
確かにこの話は、教会のミサで聞いたことがある。
聖書の有名な一文だ。
「これでもわからない? つまり、ダブルとはシングルよりも世界に深くかかわれる権限を与えられたもの。世界を一つの国として、神が国王とするなら僕たちダブルは権力を与えられた貴族なのさ! すなわち!!」
目の前までやってきたオーマンが歩みを止め、語気を強めた。
「僕たちダブルは! 誰に唾を吐きかけたって! 許される!」
ドン! という効果音が聞こえてきそうなほど、オーマンの髪を掻き上げながら指さすポージングが決まった。
貴族とガドリはなにやら因縁があるらしい。
ガドリとオーマンの喧嘩にギンが巻き込まれるが、ガドリの様子が豹変。
オーマンとギンのやり取りのなか、オーマンがダブルであることが判明した。