ホワイトリドルの街
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タークリー領【ホワイトリドル】。人口3万人からなる、タークリー領随一の都市だ。1万メートル級の巨大な山、|世界新山|≪ワールドニュー≫が見下ろすヤキルマ広陵の一角に出来たこの街は、もともと迫害され逃げてきたヒューマンがこの地に定住して作ったものだ。周囲を危険度ランク4の森や山に囲まれているため辺境の地とされているが近年世界新山の入山制限が解かれたこともあり、ある特殊な交通手段を使ってしか来れないにもかかわらず人口は増え続けている。
いわゆるプチ冒険者ラッシュが発生している、今この国で最も熱いと言われている場所だ。
特産物は、広大な草原地帯で採れる羊毛を使った毛糸。それに世界新山のふもとから産出される岩塩。さらに近年ではそれに加えて周囲で採れる質の良いモンスターの素材が良く出回るようになったらしい。
街に入る間の行列は検閲だったらしく、その検査を受ける間にガドリがこれらのことを教えてくれた。
「それにしてもすごい人だねー。こんなにたくさんの人を見るのは初めてだよ。おっとと」
「今は特に人の出入りが激しい時期だがんな。雨期になるとここへ来るための地底湖が氾濫しちまって通れなくなるがらその前に一稼ぎしようってやつらと、今一番熱いっていわれてるこの街で冒険者登録したいっていう学校出の坊ちゃん冒険者たちであふれがえってるんど」
「へー……おっと、ごめんなさい」
辺りを見回しながら歩いていると、前から歩いてきた少女にぶつかりかけてしまった。
滞りなく入場の手続きを終えたギン達は今、早速ギルドへとつながる大通りを歩いている。
どうやら町は綺麗に蜘蛛の巣状に道が整備されており、区画が分かれているらしい。この大通りをまっすぐ抜けると城にたどり着けると教えてくれた。
綺麗に敷かれた石畳の道には様々な人や虫車がごった返しており、気を抜くとガドリとはぐれてしまいそうだ。
メインストリートであるこの道の脇には、様々な露店が立ち並んでおり好奇心旺盛なギンの興味を引き付けてくる。
雑貨や食べ物の屋台をはじめとして、巨大な卵が大量に並んでいる屋台や、武器、皮の鎧などが置いてある店もある。
紫色の怪しい屋台には大量のツボが並んでおり、中を何か得体のしれないものがうごめいているように見える。
「メルモマークの骨剣がなんと10000ミクラム!」
「うまいようまいよー! ネカシ棒ができたてでうまいよー!」
「おいおい、おっちゃんそれは高いんじゃないのか?」
さまざまな呼び込みの声や値切りをする人たちの声が飛び交い、横を歩くガドリの声すらろくに届かない。
ついつい目に留まったカラフルな露店の前で足が止まってしまった。
「おじさん、それは何を売ってるの?」
「おう! これは今王都で話題沸騰のヤキルマ羊のニットさ! 貴族連中にも人気で、今これを身に着けていれば注目の的だぜ!? ぼっちゃんもお一つどうだい? なんと今なら3000ミクラムだ! 」
「安い! 買った!!」
「おい! 俺が先だ!!」
「わ、わわ……お……オレも……」
いきなり通行人の中から横入りしてきた人たちが競うように露店のニットを買いあさっていく。
飛ぶように売れていく勢いに負けてギンも思わず財布を取りだした。
「……おい、ギン。典型的な手にひっかかってんじゃないど。そりゃサクラだ。いくど」
「あ、ちょ!」
騒ぎに気付いたガドリが、人だかりの中から強引にギンを連れ出していく。
露店から離れていく瞬間、後ろから「っち」といういくつかの舌打ちが聞こえた。
「おめ、ありゃ王都がら今話題のホワイトリドルに観光に来たやつ用のぼったくりだ。今この街は沸きに沸いているだけあっていろんな奴が入り込んでるんだど。ああいったぼったくり、スリ、恐喝、暴行なんでもありだ。正直憲兵も手が回らなくなってきてるど」
「あ、あぶなかった……一斉にみんなが買いだしたからついついオレも買わなきゃって気に……」
「ったく。おめはこれからもっといろんなことを学ばなきゃいかんど。いいが? こういうやつはスリだ」
そういうと、ガドリはギンに軽くぶつかった少年の腕を捕まえた。
手の中で暴れ回っているのは、ボロボロの洋服を着た、10歳にも満たないようなハーフエルフの少年だ。金髪で凛々しい顔をしているが、しばらく風呂にも入っていないのだろうか。顔はすすけて体臭もひどい。
「おい! 離せよ! 俺はなんもしてないだろ!!」
「その手はなんど?」
「げっ! ガドリにーちゃん……」
少年はガドリの顔を見た途端暴れるのをやめ、しおらしくなった。
「こいつはおらの客人ど。仕事はしっかり相手を見てがらやれっていつもいってるでねが。ほれ、ギン!」
「え? あ!?」
ガドリは少年から無理やり財布を取り戻すと、ギンに投げてよこした。
わけのわからないままあわてて投げられた財布を受け取ったギンは、飛んできたのが自分の財布だとようやく気付く。
「あぁ! オレの財布!!」
「俺の財布だ!」
「まだいうがこのアホ!」
懲りない少年に向かってガドリのげんこつが落ちた。
「いってぇ!!」
慌てて財布を仕舞い込むギンをよそに、ガドリは少年の尻を数回たたいて解放した。
彼はこの街の孤児で、ガドリ達と疑家と呼ばれるコミュニティを築いて暮らしている弟分らしい。
なんでもこういった手合いの子どもは大勢いて、街の人は黙認しているようだ。基本的に彼らは街の人ではなく王都からやってきた物見遊山気分の人たちを相手にしているそうで、露店のサクラに引っかかっていたところを見られていたため、観光客だと思われたんだろうということだった。
貴族相手に盗みを働いたら大事になるが、それ以外の遊び気分の裕福な奴らは気が緩んでる方が悪いということで事件にすらならないそうだ。というより、憲兵の手が回らないというのが実情なのだろう。
「これからおめはこの街を拠点にするんだど。通いとはいえ毎日のようにこの街にくるならこの街のことはしっかり覚えておがないと痛い目にあうがら気を付けるんだな」
「ちょ、ちょっと油断してただけだよ! さっきの店で財布を出しっぱなしにしてたからさ。ほら、こんな風にしっかり紐に結び付けとけば大丈夫!」
「財布だけのことじゃねぇんだけどな。まぁ気をつけろ?」
「おい! 貴様何をやっている!!」
道の壁際に寄り、必死に財布をひもでくくりつけていると突然道の向こう側から一際大きな怒声が聞こえた。
街の雑踏を乗り越えて響き渡った声に、周囲の人も驚き何が起こってるのかと人垣があっという間にできている。
「なになに? なんかもめごとかな?」
「おい、ギン。もめごとに顔突っ込んでろくなことはねど。ががわるんでね」
「ちょっとだけ! ちょっと見るだけだから!」
「おい! っち! あのばが!」
制止を振り切り人垣の中へと潜り込んでいくギン。
ガドリもぶつぶつと文句を言いながらギンを追って人垣へと飛び込んでいった。
「おい! 離せよ!!」
「おいおい、貴族様の財布を狙っといて何にもなしに離してもらえると思ってんのか? おら!」
「ガハッ!!」
「あ……あの子さっきの……」
やっとのことで人垣を抜けて一番前に出てみると、先ほどのハーフエルフの少年がやたらとゴツイスキンヘッドの男に捕まっている。
どうやら後ろに控えている何やらキザな顔をした金髪ヒューマンの財布を狙ったようだ。
立派なローブの上にマントを羽織っており、結構金持ちそうだ。
少年はスキンヘッドの男に顔を殴られ口から血を流している。
「おい、デルゲン。靴が汚れたぞ?」
「はっ! 申し訳ありません。おら! 貴様の血でオーマン様の華麗なおみ足が汚れちまったぞ! 舐めて綺麗にしろや!!」
「っぐ!! や、やめてくれよ!」
男が少年の頭をキザ男の足もとへとこすり付ける。
キザ男はまるでそれが当然のことのように少年の前へ足を差し出した。
「ごめんなさい、許してくれよぉ。もうやらないから!!」
少年は顔を地面に押し付けられたまま、口から血を流しながら泣いて懇願している。
キザ男はニヤニヤとした顔のまま無言だ。
「おら! さっさと舐めるんだよ!」
「ぎゃー!! ごべんなざい!! いだいよぉぉ!!」
ごつい方の男が少年の耳を容赦なく捻りあげ、耳たぶが半分ほど裂けてしまった。
「うわっ……最低だな。胸糞悪い。見なきゃよかったよ」
嫌なものを見た。記念すべき旅立ちの日にこんな光景を入り込ませたくない。早々にこの場を去ったほうが良いだろう。
少年が痛みに耐えかね、男の革靴へと舌を伸ばす。
その少年の顔を、キザ男が思い切りつま先で蹴り上げた。
「ぶへっ!」
鼻から血が噴き出し、後頭部が背中にくっつくんじゃないかというくらい頭が仰け反る。
立ち去ろうとしていたギンの足が、思わず止まってしまった。
「何貴族様の足を舐めようとしてるの君? けがらわしいハーフの癖して、高貴な僕の靴をよごさないでくれないかな?」
「う……うぐ……」
ハーフエルフの少年は口からあふれ出る血で、言葉を発することができないようだ。石畳に出来た血だまりの中に白い物が混ざっている。おそらく歯だろう。
「お……おい、ありゃタークリー家の三男坊じゃねぇか。あのガキ、貴族様の財布に手出しやがったのか。あいつ殺されるぞ」
ざわざわとざわつく人ごみから、誰かがつぶやいた声が聞こえた。
「ぼうゆるぢで……」
「あぁん!? 何言ってんのかわかんねーよぼけっ! はっきり喋れや!!」
ゴツいほうのおとこが、少年が気絶しないように髪を掴み頭部を持ち上げる。
青たんと血、泥まみれの顔ははれ上がり元の形を保っていない。これでは喋れるはずがない。
「ははは、汚らわしいハーフは人間様の言葉もしゃべることができないらしい。女神様の祝福が届いてないようだね。ということは、君は亜人ですらない魔族なわけだ? おい、デルゲン! 魔族はどうするのが決まりだったかな?」
「へい、魔族は人族、はては神の宿敵。見つけたら斬首するのが決まりでございます」
「だそうだ。そんな野蛮なことを知識として納めることはしないからすっかりわすれていたよ。では、デルゲン後は頼んだよ? 僕は新しい靴を買いに行くことにしよう」
「わかりました。代わりの者をすぐに靴屋へと向かわせますんでお気をつけくだせぇ」
そう言い残し、キザな男は人垣の中へと向かって堂々と歩き出した。
彼が近づくにつれて人垣が割れていく。
(完全に頭がおかしいよこいつら……貴族ってあんな奴らなの……? うわ、本当にあの男刃物取り出したよ!? 誰か……誰か止めないの!? このままじゃオレの記念すべき冒険者登録の輝かしい思い出がインザバイオレンスになっちゃうよ!)
周囲を見渡してみるが、周りの人間はみな一様に「しょうがないよね」といった、どこかあきらめたような顔をしている。
ギンもできることならばこんな狂気の沙汰に首を突っ込みたくはないのだが、あの気絶してしまったハーフエルフの少年が気になって仕方ない。
財布を盗もうとした悪い子だが、ガドリの知り合いだしなにより命を奪われるようなことをしたわけではない……はずだ。
「ミキュル!! なにしてんだおめら!!」
キザ男が人垣の中を抜けようとしていた時だった。
ようやく人ごみの中を押しのけてやってきたガドリが事態に気づいたらしい。
(ガドリ! 来た! よかった。これであの子は助かる!!)
「おめら! それはちとやりすぎでねが!? ミキュルがやったことは悪がったけんどおめらに何の権利があってミキュルの命を……」
勢いよく出て行ったガドリの声が、途中で止まった。
どうやら人垣の外へ出ようとしていたキザ男の顔を見て凍りついたようだ。
「あぁん!? 突然出てきてなんだてめーは!?」
「いいんだよデルゲン、彼は僕に用事があるらしい」
飛び出してきたガドリにむかって、デルゲンが剣を向ける。
それを制すようにキザ男が割れた人垣の中で振り向いた。
ホワイトリドルの街に着いた。
ギン、いきなりサクラ商法、スリに合う。
ガドリの弟分のスリが、貴族に手をだしボコボコに。