ダブル
どこまでも広がる大草原。目の前には、見える限りどこまでも続く舗装もされていない土がむき出しの道。小鳥が囀りながら空を飛び、吹き抜けていく風が気持ちいい。
遠くに見えるのは羊の群れだろうか。まるでピクニックに来ているかのようなのどかな雰囲気の中、ギンはへとへとになりながら歩いていた。
「おめ、体力ねぇな? 冒険者は体力勝負ど。しっがり鍛えねとすぐおっちんじまうど」
「はぁ……どっかの誰かさんのせいで無駄に体力消費しちゃったんだよ……。それにこの一年は体を鍛えてる余裕なんてなかったからなぁ……。冒険者になるって決まったのも今日の今日なんだよ?」
「んなもん言い訳だ。冒険者になって強くなれるいっても、ゼロに何足してもゼロだっておじきがいってたど」
「……掛けても、ね。足したら普通に増えるでしょ」
「あげあしとるでね。学者がおめは」
孤児院を出発して30分。二人はこの調子でひたすら道を歩き続けていた。
孤児院は、ギルドのある街からしばらく離れた場所にあるため孤児院からあまり出かけたことのないギンにとっては案内人が付くことはとてもありがたい。
ありがたい事なのだが、さすがに30分以上ぎすぎすとした返事をされてはたまったものではない。
今歩いているのは、孤児院と街の間に広がる【ヤキルマ広陵】に走る一本道だ。車輪のわだちで荒れたでこぼこ道がどこまでも続いている。
孤児院がある村は、孤児院出身の子どもがそのまま住みついて作った村であり、もともとは世間から隠れるようにして孤児院一軒だけがあった場所だ。
孤児院も街も【ヤキルマ広陵】内に存在するのだが、街と孤児院は少し離れている。そのため道中では時々小動物やゴブリンのような弱いモンスターも出現することがあるが、今のところはそれらしき生き物を見かけない。
「ねぇ、まだ最後の一発のこと怒ってんの?」
「あん? ありゃおらが最初に始めたことだ。べつに怒ってねぇよ」
どうやらギスギスしていたのではなく、ただの素の喋りだったようだ。
そうとわかると、ギンは並んで歩きながら会話を続けることにした。こうして並んでみると、やはりガドリの身長は低くギンが見下ろす形になる。
「ねぇ、ガドリは冒険者なの?」
「あぁ、おらは半年前の一斉登録日に登録したおめの先輩だ。……まだ一回しが魔物退治にはさんがしてねけどな」
「へー、先輩なんだ。って、なんで? 冒険者ってモンスターを倒して素材を手に入れたり、街道に出てくる迷惑なやつ等を駆除するのが仕事なんじゃないの?」
「……おらとパーティ組みたい奴なんていねがらだ。基本的に冒険者ってのは5人一組でパーティを組むんだ。ヒューマンのやつらはおらみたいなハーフをパーティにいれたがらね。残ったハーフや亜人同士でパーティを組むのが普通だが、おらは単純にあぶれちまった」
「そっか。ねぇ、パーティを組まないとどうなるの?」
「おめ……ほんとなんもしらねんだな? そいえば院長のやつがおめは記憶喪失だっていってたっけが」
ギンの顔をまじまじと見ながらガドリは続ける。
「冒険者って言っても、なり立ては一般人とがわらね。すげぇ力を手に入れられるのはモンスターを倒してアウラを吸い込んでがらだ。だからそれまでは大人数でモンスターとたたがわねとあっという間におっちんじまう。ほがにも擬家と同じで違う属性同士が集まって補助しあわねと、ろくに野営なんかもできねってのも理由にあるんだけどもな。詳しい話はどうせギルドについたら説明があるからしっがりきいとけ?」
「へー……冒険者って一匹狼ってイメージだったけど違うんだ。あ、それで何で俺は今日登録しなきゃいけないの? なんかじーちゃ……院長先生についさっき冒険者になれって言われたうえに今日登録に行けっていわれたんだけど」
「あー、そだった。おめに説明してやれっていわれたんだったど。それはだな……」
頭をがりがりとかきむしりながらガドリが説明してくれた理由は、以下のとおりだった。
なんでも冒険者登録を行うには、手続きがいろいろとややこしいらしい。その手間を省くために行っているのが年に2回の一斉登録だそうだ。その日に登録を行えば登録料が半分で済むらしい。
さらに、今期の登録日は王都にある学園を卒業したばかりの人間が冒険者登録に訪れるため、一年でもっとも登録者数が多い日となる。その日に登録することで同期やライバルができ易いというメリットがあるそうだ。
「なるほど、それで院長は今日行けっていったわけかー。そんな理由があるならもっと早くから言ってくれればしっかり準備できたのになぁ」
「あのじーさんはむがしからよくわがんねことばっがりしてっがらな。ああいう奴はあんまり信用しねほうがいいど」
「じーちゃん先生はそんなことないよ! 記憶がない俺を置いててくれたし、俺を追い出す話が出てたのに俺をかばってくれたんだ。何も知らないのにそんな言い方するなよ!」
恩人だと思ってる人をそんな風に言われて少しカチンときた。
「ふん、おめがダブルだがらって特別あつがいしてただけなんじゃねぇのが? 利用されてもしらんど」
「え?」
今、ガドリはダブルといわなかっただろうか。
突然出てきたその言葉に、ギンが不思議そうな顔をする。
「あん? なんだ? あほそうながおして」
「いや……ダブルって、あのダブル?」
「そうだ? おめ、ダブルなんだろ? ヒューマンでダブルなんて聞いてたがらがんちがいしちまったんだよ。どうせ高慢ちきな鼻持ちならねー奴にきまってるってな」
「え? ええ?」
やばい、ガドリってばすっごい勘違いしてる。ギンはそう思った。
ダブルとは、七曜天性のうち、普通は一人一種類しか持っていない属性を二種類保持している者のことをそう呼ぶ。
つまり、特別属性の金と木を除いた5属性のうち火と土、雷と水等の属性を持っている者のことだ。一人でできることが大幅に増えるダブルの利用価値は計り知れない。
まさか自分がそんな大それた能力を持っているなんて、シスターマーベラは一言も属性チェックの時に言わなかった。
ということは、考えられることは院長がガドリに誤った情報を伝えてしまったということだろう。
「残念だけどオレは火属性しか持ってないよ。属性もちゃんと調べてもらったし。多分何かの聞き間違いじゃない?」
「ん? 確がに院長の奴は……あれ? そういえばほがにもなんがいってたな。まだちゃんとしらべてねとが……」
「え??」
「んー、ま、いっが。どうせギルドに着いたらわがることだろ」
いけねぇいけねぇと、頬をぽりぽりと掻きながらガドリが続ける。
「おめ、一人でスープ作ったんだって?」
「あ、うん?」
またスープの話だ。自分がなんとなく作った野菜スープの出来損ないが一体どうしたというのだろうか。
「いいが? 記憶喪失だがら知らながったのがもしれんが、料理ってのはおめが思ってる以上に高貴なもんだ。一人じゃ基本的に料理はできね。火属性のやつがせいぜい肉を焼くくらいのもんだ。それもしっがり属性レベルの上がった奴じゃねとうまく焼けね。孤児院みてえな、人がたくさんいる場所じゃ実感するようなことはながっただろけどな」
「ふーん……確かに調理場にはいつも何人もシスターが居たけど……」
腕を組みながら、何時もの調理場の風景を思い出す。確かにいつもせわしなくシスターたちが動き回っている印象だ。
「属性ってのは同じ属性もちが集まれば集まるほどある程度精霊が安定してくるがらな。だから一般家庭でも普段は料理人が大勢いる大衆食堂で食うもんだ。その他は主にネガシイモなんがの発酵食品が主食になる。おらみたいな孤児なんがは生野菜をがじってんだぞ」
「うえ、オレネカシイモ嫌いなんだよね」
「贅沢な奴だな。おめの孤児院は院長の意向でしっかり料理をだしてるみたいだけどな。ほんとおめらは幸せもんだ」
「そうだったんだ……」
どうやら孤児院のそこらへんも運営不振に関係しているのかもしれない。となると当然今後は料理が減ってくることにもなるだろう。
自分が冒険者になることで、せめて料理くらいは今まで通り食べさせてあげられるくらいには稼ぎたいものだ。
「それに、汁物ってのは結構料理の中でも難しいんだど。火属性の奴が一人で作ったら、普通はただのぬるい水に生の野菜を浮かべたものなんがになっちまう。下手したら一瞬で水分がなくなって爆発したりな」
「ふーん……あれ?」
「気づいたが? その難しい料理を一人で作っちまった。ってことは、おめはほぼ確実に火と水の属性を持ってるってことになるど」
ようやく何度もスープのことを話題にされた意味が理解できた。
いつも大人数の中で生活しているものだから、スープ一つ作るのがそんなに難しい事だとは思っていなかった。
自然現象の中で、特に火の扱いは属性もちがいないと精霊の気性が激しいために結果もひどいことになると聞いたことはあったのだが……。
「ほ……ほんとにオレにそんなすごい能力が……?」
思わず声がうわずる。孤児院の子どもに読んであげた英雄の物語でも、やはりダブル持ちだった。
記憶喪失のギンでも、その貴重さは十分理解している。
生活面でも十分重宝されるのだが、ダブルということは二つの属性の魔法を扱えるということだ。
下手したら、ダブル持ちというだけで王宮に召し抱えられたという話だって存在する。
「ま、確実じゃねぇって院長は言ってたけど、ほぼ確定なんじゃないが? 確がに偶然成功しちまうこともあるがらがっかりってこともあるけどな。まぁ、ギルドで必ず属性チェックをおこなうがら確がめてみるといいど。民間の測定方法と違ってギルドの測定方法は正確だしな。シングルなら各属性に合った色、ダブルはオーブが金色に光るがら、金色が出たらおめはこれがらの人生勝ち組確定ってことだ」
「そ……そうなんだ。ダブル……」
「だがらって調子に乗るんでねど? 確がにダブルってのはすごい才能だけんど、才能におぼれて失敗する奴は一杯いるがんな」
「ちょちょちょ調子に乗ってなんかないよ! だだだれが調子に乗ってるって証拠だよ!?」
ニヤニヤと笑いながら全力で否定されても何の説得力もない。ガドリはため息を吐きながら無言で歩き出した。
「あ、ちょっと待ってよ! そうだ! オレがもし本当にダブルもちだったら、一緒にオレとパーティ組もうよ!」
「なにいってんだおめ? おらなんがとパーティ組むメリットなんてないど」
「いや、だってパーティを組むのが普通なんでしょ? ガドリもパーティメンバーが居ないし、オレも一人だから丁度いいじゃん!」
ギンが名案とばかりにガドリに駆け寄るが、ガドリは表情を曇らせ首を横に振った。
「……同情ならやめとくど」
「そういうんじゃないよ! オレ……友達あんまりいないし」
「……ま、どうせおめがダブルだってわがったらおらなんて相手にしてる暇がないほどパーティのお誘いがくるど」
「それでも! 俺はガドリを誘うからね!」
「ふん、変な奴だなおめは」
そう言いながらフードをかぶり直したガドリは、表情こそ隠れていたもののどこかうれしそうだった。
「すっげーー! あれがホワイトリドルの街!?」
「そうど。綺麗だべ?」
「すっげー……すっげーよ!!」
あれから1時間。
丘の向こう側にあったのは、巨大な街。今いる場所から、丁度丘の下に広がる街を一望できた。
中央に見えるのはお城だろうか。立派な建物の屋根の部分が顔をのぞかせており、その周りには円を描くように綺麗に石造りの家が立ち並んでいる。
白を基調とした壁にぐるりと覆われ、オレンジ色の三角屋根が立ち並ぶ綺麗な街がそこにはあった。
まるでデコレーションされたケーキが突然草原に落ちてきたかのようだ。
あまりの素晴らしさに「すっげー」としか感想が出てこないあたり自分の語彙力の無さが悔やまれる。
「綺麗だなー……オレ、ムキアの村以外で人が住んでるところ初めて見たよ!!」
「このタークリー領の主要都市だがらな。あれでもまだ人口は増え続けてて、街は広がってるんど?」
「へー……」
広大な緑の海に浮かんだ街。白の壁が太陽の光を反射して、キラキラと輝いて見える。
門のところに蟻の行列のようなものがみえるのは、人が並んでいるのだろうか。
ギンは少しでもよく見えないかと子どものように丘の上で飛び跳ねている。
「早く! 早く街にいこう!」
あの街で、新しい生活が始まる。
そう思うと、わくわくが止まらなかった。
ガドリに冒険者の説明を受けた。
もしかしたらギンは二属性もちの通称ダブルと呼ばれる存在かもしれない。
ホワイトリドルの街が見えた。