ハーフドワーフの案内人
準備を終え石造りの建物から外へ出ると、とっくに周囲は日が高く昇っており早朝というには遅すぎる時間になってしまっていた。
先ほどまで出ていた雲はとっくに遠くに流れてしまったようで、太陽と、巨大な青い月が浮かんだ澄み渡った空が広がっている。
「えーっと……あの人かな?」
詳しい話は案内人に聞いてくれと言われたが、それらしき人物は一人しか正門に立っていない。この孤児院は敷地を高い石壁に覆われているため正門からしか出入りができないようになっている。おそらく彼が案内人だろう。
「あの……案内人……の人……?」
石造りの門柱にもたれ掛るようにして立っていたのは、ギンより背丈が小さくずんぐりとした印象の男だった。
一瞬子どもかと思ったがそうではなさそうだ。
茶色の薄汚いローブを纏っており、頭からすっぽりとかぶったフードの隙間からは無精ひげが覗いている。
思っていたのと全然違う容姿のため正直本当に案内人なのか判断がつかないが、いつまでも遠巻きに見つめるわけもいかず思い切って声をかけてみた。
戸惑いすぎてかなりの挙動不審になってしまったが、しょうがないだろう。
男はもたれ掛った門柱から背中を離すと、ギンの方へ向き直った。表情はフードに隠れてわからない。
手を差し出してきたので、握手をしようとギンも手を差し伸べる。
「どうも、よろし――ぐっ!?」
途端、男が放った正拳突きがギンの腹部をとらえた。
一瞬息がとまるほどの衝撃が体を突き抜ける。
「な……何すんだ……よ!!」
殴られた! そう理解して、カッと頭に血が上る。
ギンはお腹を押さえながらうずくまりながらも、男を睨みつけるように見上げた。
彼は胸を張りながらギンを見下ろすようにしているが、胸を張るというよりは腹が張っている。
「おめ、今、小っこい奴だなと思ったろ? おらはばがにされるのがだいっきらい――!?」
そのお腹めがけて、ギンが飛びかかった。
話の途中で食らったギンのタックルにより、男は地面に転がる。
「なにすんだおめ! ぶっとばすど!!」
「もう殴ったじゃないか! しかもそれはこっちのセリフだ!」
やられっぱなしでたまるか!
ギンが男に馬乗りになりながら、負けじと言い返す。
だが、男は下に転がったままギンをキッと睨みつけた。
「上等だ! おめこそ後で後悔すんじゃねぇど!!」
「このやろーー!!」
「うりゃーーー!!」
互いに名前すら知らない二人は雄たけびを上げながら無様な取っ組み合いの喧嘩を始めた。
数分後。
傷だらけの二人は、ボロボロのまま正門の前で睨み合っていた。
「はぁ、はぁ、どどどどうだ、これで懲りたが? 反省したならてててうちにしてやってもいいど?」
「はぁ……はぁ……何が懲りたのか知らないけど、そっちが辞めたいっていうなら辞めてあげても……いいけど? えっと……」
そう言えば、目の前で生まれたての小鹿のように足が震えてるこの男の名前すら知らない。
「……ガドリだ」
「ガドリか。オレはギン」
自己紹介を終えても、暫くにらみ合ったまま沈黙が続いた。
ギンは相手から目を離さずに睨みつけていると、ガドリはふっと握りこぶしをほどいて全身の力を抜いた。
「あー、やめだやめだ。あほらし。さっきの無礼はながたことにしてやる」
彼はそういうと、その場に倒れるようにして座り込んだ。
その姿を見たギンも構えを解き、その場に座り込む。
しばしの沈黙。火照った体に風が気持ちいい。
ギンは地面の草をプチプチとちぎりながら無言に耐えていた。
「あー、いででで。しこたま殴りやがて……」
沈黙を破ったのはガドリだった。
顔の傷を確かめるようにしてペタペタと触っている。
一方ギンは何で突然殴られたのかをしばらく考えていたが、いまいち釈然としない。
そういえば、馬鹿にするとかなんとか言っていたが何か誤解をされてしまったのだろうか。
「……あのさ」
「ん? なんだ?」
「オレ、なんで殴られたの?」
「……おめがばがにしたような目でみたがらだ」
「えぇ! オレがぁ? そんなこと……あーいや、まぁ……ほら……ガドリって……」
「小さいが?」
「……うん」
「そうが……」
「あ! でも、それを馬鹿にしたとかじゃないよ!? 案内人って聞いてたからてっきり大人の人が来るかと思って!……あ、いや、別にガドリが子どもっていってるわけじゃ……」
だいたいこの人は歳はいくつなんだろうか。髭だけ見たらおっさん顔のくせに、身長のせいでいまいち判断がつかない。
いきなり殴られた手前、突然怒り出しそうでうかつなことが言えない。
「……ふん」
ギンの言葉を聞き暫く考えたガドリは、喧嘩の最中でも脱がなかったフードを突然脱いだ。
フードの下から現れたのは、目までかかったボサボサ髪に団子鼻のどこかやぼったい雰囲気のある顔。顔についたあざは、今の喧嘩ではなく以前からあったもののようだ。
(まさかガドリって……)
「ドワーフ?」
「んにゃ、おらはハーフだ。半分ドワーフの血がはいってるだけだ。こんななりしてるが、おらはまだ32だ」
おっさんじゃんか。と、一瞬ギンは思ったが、よく考えたらギンの感覚での32は、世間でいう64だ。ガドリが差す年齢はギンの感覚で換算したら……
「16ぅ!? うそだー!」
「32っていうてるでねが」
「あ、ごめ」
ボサボサの髪の毛の隙間からギロリと睨みつけられ、肩をすくめながら謝った。
思わず頭の中で計算した年齢を口に出してしまった。おっさん顔をしているのに、ほとんどギンと歳の差はないらしい。
なるほど、ドワーフか。そう思ってガドリを改めてみてみると、ずんぐりとした体形に無精ひげと言ったドワーフらしい特徴がよく出ている。
「オレ、ドワーフって初めて見たよ」
「ハーフだ」
「あ、そだったね」
ムスッと返事をされて、思わずシュンとなる。
孤児院にドワーフのハーフは居なかったので、結構感動だ。
「おめは、おらがハーフだと知っても態度変えないんだな?」
「え?」
「ヒューマンのほとんどはおらがドワーフのハーフだって知ると嫌な顔する」
「あー……」
「院長におめはすごい奴だって聞いてたがら、なめられねよにがつんとやってやろうがとおもて、おもわず手だしちまた」
「この国はハーフとか亜人に厳しいもんね。オレは孤児院でくらしてるからガドリみたいなハーフはいっぱい知ってるし、人種で差別するなんてあほらしいよ」
「おめ……」
「良い奴は良い奴だし、悪い奴は悪い奴。それはヒューマンも亜人も変わらない! でしょ?」
そういうことか。と、ギンは納得した。この国でハーフは風当たりが強い。きっと彼も色々ひどい目に合ってきたのだろう。舐められないようにするっていうのも、ある種の自己防衛なのかもしれない。
ギンの言葉を噛みしめるようにして、ガドリが俯く。
「気に入った!!」
「えっ?」
しばしの沈黙の後、ガドリが突然立ち上がり両手に拳を作りながらギンの顔を覗き込んだ。
「おらは生まれてすぐ捨てられたがらこんな喋り方しかできねけど、それでもおめは馬鹿にせずに普通に話してくれた。院長の奴が悪いんだ。あいつがギンはすごい奴になるがら頼むとが言うもんでおらてっきり勘違いしちまったよ。おめは良い奴だ。おらがしっがり街まで連れてってやる!」
「う……うん!」
出会いは最悪だったが、どうやらガドリは悪い奴ではないらしい。
少し喧嘩っ早いだけで、それもどうやら色々事情があるようだ。
――しかし。
ガドリは立ち上がると、ギンに手を差し伸べた。
「ほら、立て? そうと決まったら出発する――ど!?」
その手を握って立ち上がった瞬間、ギンがガドリのお腹に一発入れる。
「一発多く殴られてたからこれでチャラ! よろしくガドリ!」
お腹を押さえてしゃがみ込むガドリに向かって、ニシシと笑って見せた。
ぐ……ぐぅ……おめ……案外根に持つ奴だな。でも気合が入っててええど。ますます気に入った!
多分こんな返しがきてしっかり仲直りできるはず――
「おめ、ぶざけんな! おめのほうが一発多かったのをおらが見逃してやってただろが!!」
「あ……あれ? ちょ! まっ!」
結局二人が出発したのは、それから十分後。さらに顔をぼこぼこに腫らした後だった。
外に出たら案内人と喧嘩になった
決着つかずに仲直り。彼の名前はガドリというハーフドワーフだった。
いらんことしたらまた喧嘩になった。