スープ
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「まだ一部の者にしか話してないことじゃ……」
「これは……タークリー家の……?」
「え?」
机の上に置かれた手紙に押されている紋章を見て、マーベラが反応した。
「うむ、この孤児院が教会の運営費だけで賄われているわけではないことは知っておろう? その一番のパトロンがこのタークリー領の領主、タークリー家なんじゃがな……。二人とも読んでみなさい」
「――あっ!」
手紙に手を伸ばそうとした瞬間、マーベラが素早く手紙を掠め取った。
がさがさと乱暴に手紙を開き、しばらく無言で目を通していたマーベラだったが、だんだんとその表情が青ざめていく。
「院長……これは……なんでっ!!」
「すまん……なんとかしようと奔走したのじゃが……」
マーベラが落とした手紙を拾い、ギンも手紙に目を通す。
そこには、孤児院への援助の打ち切りの旨が端的に書いてあった。
「以前から少しずつそういう話が出てきておっての……一部の職員以外には……運営が厳しいとだけ匂わせるに留まっておったんじゃが、とうとう先日その手紙を寄越してきおった。何度も何度も頭を下げに行ったんじゃがな……。亜人の子どもを育てる場所なんて必要ないと……援助を受け続けたいならヒューマンの子どもだけを保護しろの一点張りじゃった……。そんなことわしにはむりじゃ! ここがなくなったらあの子たちはどうなる!? 親に捨てられ、世間からも見放され、さらには孤児院からも捨てられるなんてあんまりじゃろう!?」
机をドンと叩きつけながら、己の無力に憤る院長にかける言葉が見つからなかった。
恐らくマーベラは孤児院の運営が厳しいという話だけを聞いていたのだろう。そこでギンを追い出すことで少しでも経費の削減をと打診したようだ。
だが、この話を聞く限りそんなことをするくらいでは焼け石に水だ。
「援助打ち切りの期限は1年後ですか……。他の貴族への援助申立ては……」
「もちろん各方面に頭を擦りつけて頼んだんじゃが、やはり亜人を毛嫌いする貴族ばかりでの……建国以前のわだかまりが残っておるものばかりじゃ。全く持って愚かな者たちじゃ……差別に差別で返そうなどと、不毛な争いを生むだけじゃというのに……」
このは国は、建国されて間もない新しい国だと聞いている。
亜人に差別されたヒューマンたちがようやく手に入れた自分たちの国であり、それ故に特に建国にかかわった貴族たちの亜人に対する思いは良い物ではないようだ。
「そこで……じゃ」
院長は俯いた顔をパッとあげると、ギンをまっすぐと見つめた。
「わしは、あの子たちを見捨てるつもりは毛頭ない。もちろんわしはわしで何とか運営費をかき集めるつもりじゃ。じゃが……それでも、万が一。万が一に備えておぬしの助力が必要なのじゃ。冒険者は、さっきも申した通り危険が多い代わりに実入りはでかい。それも、一発当ててしまえば一攫千金所ではないほどの大金を得ることも可能じゃ」
「でも……」
まさかこんな話になるなんて想定もしていなかった。
というか、自分なんかにこんな大仕事を申し出ていいんだろうか。もちろん院長は院長で運営費をかき集めるとは言っているものの、それすら危うい状況だからこういうお願いをしているということなんだろうか。
(……もしかして、藁にもすがるような状況?)
孤児院出身の冒険者全員に同じような頼みをしているのかもしれない。
「頼む!! 少しでも可能性をあげたいのじゃよ! 今の孤児院の子どもたちはまだ幼い……冒険者になれる年齢には達しておらん。一番年上のエッジですらまだ18じゃ……その点、素性は知れないが、その分年齢も偽りやすいお主なら30の制限を超えることが出来る! どうか……どうかこの孤児院に力を貸してくれないじゃろうか!? 当然その間ずっとこの孤児院で生活してくれてかまわん! きっといずれ旅に出ようと考えていたお主のためにもなるはずじゃ! 少しでもこの孤児院に恩義を感じているのならどうか力を貸してくれんか!」
ギンの手を握り締め、院長は机に頭を擦りつけながら頼んできた。ギンがいずれ自分の記憶を探す旅に出ようと考えていたことまで院長は気づいていたようだ。
「は……は――」
「反対だよ!! こんな子供に何ができるってんだい!? こんな子追い出しちまって浮いたお金を運営費につぎ込むべきなんじゃないかい? この役立たずに大金を稼ぐことなんてできっこありゃしないよ!」
院長の勢いに押されて返事をしそうになったギンの言葉を押しつぶすかのように、マーベラがヒステリックな声で叫びだした。
「こんな重大な問題を隠していた院長も院長さね! さっさとに神父様と相談して教会に助けを求めるべきだよ! なぁに、大丈夫。こんな奴に頼らなくていくらでも打てる手はあるはずさ! 奉仕作業の量を増やして一般からの寄付も集うのがいいんじゃないかい!? そうだ! ギンをヤーザックの奴に――」
そこまで口にした瞬間、マーベラはあわてて自分の口をふさいだ。
「シスターマーベラ、お主はどうしてもギンをこの孤児院から追い出したいように見えるのぉ……最近になってやたらとギンを孤児院から自立させる方向で話を持ってきておったが……なにか彼に居られると都合の悪い事でもあるのかの?」
彼女の最後の一言を聞いてから、院長の声のトーンが一段階下がったような気がした。
ふさふさの眉毛に隠れた眼光が、鋭くマーベラをとらえている。
「そ……そんなことありませんわ。た……ただギンが立派に自分で生きていけるようにと思って……」
よく言う。ただたんに自分の仕事を押し付けていただけじゃないか。そう思ってギンはマーベラの顔を見つめた。
「……確かにギンにはいずれ自分で生きてもらわねばならん。お主がしっかりといろいろなことを教え込んでくれたおかげで、ギンもなかなか厨房で活躍しておるようじゃしの。他のシスターたちが大助かりだと話しておったわい」
「え、えぇ。ギンが自分で手伝いをしたいと申し出て来ましたので、しっかり将来役に立つことを教えてきましたわ」
院長の鋭い声にしどろもどろになりながら答えるマーベラの額には、汗でべったりと前髪が張り付いている。
ギンはこのやり取りがどういう意味を持っているのかさっぱりわからず黙って聞いていた。
とにかく、今は自分に追い風が吹いているらしい。どうする? ここがマーベラの本性を暴露する場所なんだろうか。それともここは黙って流れに身を任せるべきなんだろうか。視線を机に戻し考える。
「そうそうギンの活躍と言えば、彼の作ったスープは旨いらしいのぉ? わしも食べてみたいもんじゃ」
「え?」
突然自分が作ったスープの話を出されて、思わず伏せていた目線を戻した。
視線に入ったマーベラの顔は、明らかに狼狽して目が泳いでいる。
「そ……そうなんですか? わわ私は食べたことないのでわかりませんわ」
「っほ? おかしいの――」
「あらやだ、もうこんな時間! 畑仕事にでなくちゃならないので私はこれで失礼します!」
いきなりそう言い放つと、マーベラはキッとギンを睨みつけながらドスドスと床を鳴らし、乱暴にドアを開け部屋から出て行った。
ひどく慌てていたようだったが、一体どうしたというのだろうか。
確かについ最近、ギンは珍しく早起きした日にたまには喜んでもらいたいと思って一人でスープを作っていたが、なんで今その話が出たのだろう。
それに、マーベラはギンのスープを一番最初に勝手に食べたはずだ。
彼女が部屋から出ていくのを見届けると、院長が大きくため息を吐いた。
「ふぅ……彼女もあれはあれで有能なんじゃよ……。彼女が居ることで回らないものが回ることも多い……」
「すっごく強引だけどね」
肩をすくめながら答える。
「そういうことも組織には大事なんじゃよ。まぁ良いわ、どうじゃ? ギン、この老いぼれの願いを聞いてもらえないじゃろうか? わしはお主はどこか普通じゃないと思っておる。なに、無理をしてでも稼いでくれというわけではない。自らの安全を最優先したうえで、大金を得られた時にこの孤児院を救ってくれると約束してくれれば、あとは自分で好きなように冒険者をやってくれてかまわん。ただ、頭の片隅に期限が1年しかないということだけを置いておいてくれればいいだけなんじゃ」
正直それは、1年以内に大金を稼いで来いということなんじゃないだろうかと頭の中で突っ込んだ。
だが――
「……オレ、やってみるよ!」
「おぉ! おぉ! そうか! やってくれるか!!」
「オレ、この孤児院を追い出されるって聞いてここに来たからさ、居させてもらえるならこんなにありがたい話はないよね」
「そうか……そう言われておったか。わしはただ呼んで来いとだけ言ったはずじゃったんじゃがなぁ」
「いつか仕事をするって考えたら記憶の無い俺だと、冒険者とかそういう仕事をすることになるのかなってのは考えてたし、それに……」
「それに?」
「ここは俺の家だもん! 家族が困ってたら助けるのは当たり前じゃん!」
ギンがそういうと、院長は一瞬驚いたような表情をした。
「オレ、変なこと言ったかな……?」
「いやいや……。そうかそうか……そう言ってくれるか。うれしいのぉ」
院長はすぐに表情をにこやかなものに変え、何度も頷く。
彼はそのままうれしそうにしながら、懐を漁りだした。
「では早速、これがお主の身分証明書じゃ! お主は森で両親を魔物に殺され、ショックで記憶を失った孤児ということにしておる。まぁあながち嘘の情報でもないじゃろうしな。これで街の出入りが可能じゃ」
「へー。準備がいいねじーちゃん先生。ありがと!」
手渡されたのは、一枚の書簡。筒状になっており、穴をのぞいてみるが中に何が書いてあるのかわからない。
「あと必要なのは、これじゃな」
懐の中からどんどん物が出てくる。
院長はそういうと、テーブルの上に金属音のするものが入った皮の袋を置いた。
「多額の登録料がかかってしまうが、これで足りるはずじゃ。新たな門出への御祝い金じゃ……と言いたいところなんじゃが、財政が厳しい今、このお金すら惜しい。申し訳ないがこれは貸しということにしといてもらえるかの。これくらいの金額ならすぐに冒険者として討伐依頼でもこなしておれば稼げる金額のはずじゃ。あとは街への案内人を頼んである。準備ができ次第すぐに正門へ行っておくれ」
「えっ!? 今から?? ちょっとまって。てっきり一週間後くらいの話かと……」
やってみようという覚悟は決めたものの、まさか今日の今日で出発するなんて思ってもみなかった。どうやらサクサクと物が出てくるのも最初から準備が完了していたらしい。
「うむ、少々事情もあっての。登録に行くのは今日が都合がいいんじゃよ。詳しい話は案内人に聞いとくれ。さぁ、時間がないので急いで準備してくるんじゃ!」
「え、あ、う……うん」
「ほれ、なにをぼーっとしておる。案内人が待っとるぞ?」
「わ、わかったよ。それじゃ……失礼します」
申し訳なさそうに手渡された皮袋と、身分証を受け取ったギンは戸惑いながらも院長に挨拶をすると、準備のためにせかされるようにして部屋からでていった。
首をひねりながら出ていく姿を確認した院長は、懐から出した無火葉巻をくわえながら窓際へと移動する。
「少し強引じゃったがなんとかうまくいったかの……さてはて……」
部屋の窓を開け外の様子を眺めながら煙と共につぶやいた院長の言葉は、中庭で元気に走り回る亜人の子どもたちの声にかき消されていった。
孤児院経営難らしい
GGIとBBA揉めた結果BBA逃走
GGI用意周到、身分証と登録料GET