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これからオレはこの異世界で生きていく  作者: 竜胆
序章:長い長い一日は、始まりの第一歩
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ギン

3/1 誤字修正しました。

イオさん報告ありがとうございました。

 真っ白な光の世界で、ただ一人立っている夢を見ていた。

 なぜ自分がココにいるのかわからない。

 だんだんと周囲の光が強くなっていく――



 石造りの薄暗い部屋に、カーテンの隙間から差し込む一条の光。

 空中を漂う埃が照らされ、綺麗に光の筋を描いている。

 やがて太陽の動きに合わせてじわじわと伸びていく光が、とうとうベッドで眠る男の顔に到達した。


「う……んぅ……」


 頭がとろけそうになるほどの心地よいまどろみの中で、突如として襲ってきた日の光に顔を顰める。

 本来なら清々しい朝を迎えたことを知らせるはずのその光は、至福の時を過ごしていた男にとって不快なもの以外の何物でもない。


 彼は自分の幸せを奪おうとする光から逃れるために、丸くなった体のまま頭から布団をかぶり直した。

 黄ばんだ布団のかび臭い匂いが鼻をくすぐるが、それも筆舌に尽くしがたいほどのまどろみの中ではすぐに気にならなくなり、再び幸せな眠りの中へと落ちていく――

 あぁ、この幸せな時間がいつまでも続けばいいのに。心の底からそう思う。


「ギンちゃんおはよー!」

「はおー!!」


 だが、残念ながらそのかすかな願いは無残にも打ち砕かれる。

 突如、バタンというけたたましい扉の音と共に甲高い二つの声が部屋の中に響き渡った。


「うぐっ!」


 バタバタという床を駆ける音と共に、二つの重みがギンと呼ばれた男へとのしかかる。

 一瞬何が起こったのかわからずパニックになりかけるが、その苦しみで一気に目が覚め、すぐに状況を理解した。

 ――あぁもうっ! またか!


「うがー!」

 

 ギンは勢いよく布団ごとその重みを跳ね除けると、ギシギシとに悲鳴を上げるベッドへ立ち上がり両手を上げたそのままの体勢で、重みの正体を見下ろす。


「きゃはははは!」


 薄暗い足元では、重みの正体――ベッドから転げ落ちた幼子が二人、ケラケラと笑い転げている。

 ……いつもの朝の光景がそこには広がっていた。


 

 

 まるで倉庫のように古い家具がこれでもかと押し込められた部屋の中、カーテンの隙間から洩れた光に照らされた男の名はギン。

 苗字はない。ただのギンだ。


 年のころは我々の知る13~4歳ほどだろうか。ぼろぼろで明らかにサイズの合っていない綿の服から覗く手足はほっそりとしており、その上には漆黒の髪をした幼さの残る顔が乗っている。一見平凡な少年。

 両手を上げたままのポーズでこの手をどうしようかと固まっている彼が、この物語の主人公だ。


 少年には記憶がない。

 彼は記憶を失って彷徨っていたところを一年前、この孤児院に保護された。

 名前すら覚えておらず、偶然銀色の糸が洋服から解れていることを指摘されたときにギンという言葉に反応したため『ギン』と呼ばれている。


 後悔することと負けることが、ネカシイモの次に嫌い。記憶がないために、思い出を作ることが好き。

 面倒見がよく情に厚いため孤児院の子どもたちからはよく慕われているが、同じ年齢の友達がいないのが悩みだ。

 

「……おはよう。ミル、エル」


 一気に立ち上がったは良いものの、その後の行動を何も考えていなかったギンはゆっくりと両腕を降ろしながら足元でケラケラと笑っている少年たちに朝の挨拶を交わした。


「おはよー!」

「はおー!」


 二人は元気いっぱいに手を上げながら挨拶を返してくる。

 ミルとエルは兄弟で、この孤児院に数年前から暮らしているギンの先輩だ。ただし、先輩とは言っても兄のミルは5歳、その後ろをいつもついて回っているエルは2歳くらいの幼児である。


 彼らは何が楽しいのか、毎朝日の出とともに皆の部屋へとやってきて寝起きドッキリよろしく、突然起こしにかかる。

 毎朝のことのため、今ではいきなり二人を弾き返してやるのが恒例になっていた。

 

 ギンは無理やり至福の時を邪魔されたという怒りと、幼子を怒れないという胸にたまったもやもや感を無理やり吐き出すようにしてため息を吐くと、ケラケラと床を転げまわっている二人を改めて見つめ直した。


 幼い二人は転げまわりながら、綺麗な金髪を分けるようにして生えた三角の耳をピコピコと動かしている。

 短い毛がびっしりと生えたそれは、いわゆる獣耳というやつだ。さらにお尻にはふさふさの尻尾まで生えている。

 まるで人形のようなかわいさを振りまきながら転がる二人を、思わずギュッと抱きしめたくなる。

 

 彼らはヒューマンと犬型獣人のハーフだ。両親のどちらが獣人だったのかは定かではないが、この孤児院の近くに捨てられていたそうだ。


「ふぁぁ……。朝はもうちょっと優しく起こしてよ。内臓が飛び出るかと思ったよ」

「だってもう朝だよー? 早く起きないとまたシスターに叱られちゃうぞギンちゃん!」

「ちゃうおー!」


 その言葉を聞いたギンはハッとなり急いで部屋のカーテンを開けた。

 一気に大量の光が部屋の中へと降り注ぎ、一瞬目がくらむ。


 ゆっくりと慣れさせながら目を開けると、窓の外には家庭菜園のある中庭が広がっており、太陽が顔を出したばかりなのだろうか、少しだけ白く霞がかった青空が見えた。


「やっば。二人ともありがと! 着替えるから早く出てって! 朝飯つくらないとシスターに殺されちゃう」

「またかー? おとこどーしなのにギンちゃんは恥ずかしがり屋だなー」

「だなー!」

「うるさいなー、年頃の男の子はデリケートなの! ほら、出てった出てった!」


 ベッドの下を覗き込んで、「おはよーはりちゃん」などと声をかけていた二人は、ギンに追い出されるようにして扉へと向かう。

 そして、不満げに言いながらも二人は素直に部屋から出て行くと、石造りの廊下を走って行った。


「次だー! いくぞエル!」

「おー!!」


 元気よく次の女子部屋へと特攻を決めようとする二人を見送り、扉を閉める。


 「ふぅ……、よし!」


 二人が出て行ったのを確認すると、ギンは慌てて着替えを始めた。

 ぼろぼろの上着を脱いだその体は、やはり手足同様ほっそりとしている。

 異様なのは胸。露わになったその胸には、巨大な赤い宝石がぴったりはまったような気味の悪い傷跡がある。

 周囲の皮膚が突っ張り、まるで太陽の絵が描いてあるようにも見える。

 胸のほぼ全体を覆うほどの巨大な傷は、いつどこで付いたものなのかギンにもわからない。


 ギンはこの胸の傷を見られるのが嫌で着替えを人前で行ったことがなかった。

 名前も何もわからない記憶喪失というだけで不審な男なのに、こんな奇妙な傷があるということで一層不気味がられるのを嫌ったのだ。


「……痛むわけじゃないから洋服で隠せてるけど、これなんなんだろ……どう見ても異様だよね。オレって一体誰なんだ? ……この傷のせいで記憶をなくしちゃったとか?」


 傷口をプニプニと押さえながら考え込む。表面は柔らかいが、中に硬い蓋がハマっているような感触だ。


 何分記憶がないため、何がタブーで何が良い事なのかなどの常識的なことすらわからず、これまでの生活も苦労した。

 体が覚えているようなことは自然とできているのだが、何故かそれらはみんなの生活とはかけ離れたようなことも多い。

 ここに来たばかりのころは何度も不審な目で見られてしまったものだ。


 たとえば年齢。ミルとエルの年齢を先ほど5歳と2歳ほどと言ったが、それはギンの認識上のことであり、彼らの実年齢は11歳と4歳だ。さらにギンのことも周囲の人からすると30歳前後の年齢にみえるらしい。つまり、ギンの認識より世間の認識は成長が2倍遅く、さらに聞いた話によると平均寿命も150歳~300歳と、ギンの認識よりも2~3倍程長い。

 

 こういった具合に、ギンの中に無意識にある常識というものが世間とかけ離れているらしい。


「こらー! 乙女の部屋に入ってくるなっていつもいってるでしょうがー!」

「きゃははははは!」


 着替えをしている間も、他の部屋から二人の被害にあった声が鳴り響いている。

 いつも通り二人は全員の部屋を駆け回っているようだ。


「っと、やばいやばい急がなきゃ」


 そんな朝の喧騒を聞き我に返ったギンは、緑の毛皮が所々に縫い付けられたフードつきの洋服に着替え終わると自分の姿を一瞥した。この一風変わった洋服は、保護された当初に着ていたものだ。過去の自分を知る数少ない手掛かりの一つでもある上に、フードつきの洋服を着ないとなんだか落ち着かないためいつもこれを着るようにしている。


「よし、行ってくるよ!」


 ギンは自分の身だしなみをチェックし終えると、いまだベッドの下で眠り続けているニードルラットに一声かけてから急いで厨房へと向かっていった。

 


 

ギンが犬ショタに起こされた

着替えた

部屋を出た

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