六皿目
「扨、ティーブレイク中なら、ぶちょもぼくに付き合ってくれますか?」
陽茉が自分で立てた御茶を飲みながら笑う。
「え…うん」
先刻止まってしまってから進んでいない読書に頭を戻して頷いた。
そっと文献を閉じる。
折角美味しい抹茶を立ててくれたのだから、其位付き合ってあげるべきだろう。
わたしの返事に陽茉が目を輝かせる。本当に、如何して陽茉が此処までわたしに懐いて居るのか不思議だ。
「じゃあぼくも、もえさんと一緒で全員参加をお願いしますね。良いですか」
「もち」
「喜んで」
リベンジに燃える萌莉先輩と貴咲が勢い込んで頷いて、
「えー…まぁ、いーけどさー…」
あまり気乗りしなさそうに華が頷いた。
「じゃあ、はじまりはじまりー。あ、はなちゃは審判兼任ね」
「へーへー」
華がやる気無さ気に電子笛を手に取った。
何で古典文学研究部に電子笛が有るのかは永遠の謎だ。
「うん。えっと、ぼくには突然旅に出たくなる癖が在るんですけど、大抵は日帰りか長くても一泊で済ませるんですよね。まぁ、社会生活適応者としては其が常識的な範囲なので。でも、偶に癖をこじらせる事があって、此は初めて酷くこじらせた時の話なんですけど」
陽茉は唇に薄く笑みを乗せながら話し出した。
「ぼくの祖父は合気道の道場持って師範やってまして、凄く厳しい人なんですけど、何故かぼくだけ溺愛して居て、やたら優しいんですよね。自分で護身にって合気道叩き込んだくせに、まるでスプーンより重い物を持った事が無い御姫さまみたいに、蝶よ花よと箱入りに可愛がられて、思えば其のせいで旅に出たいなんて癖が付いたんじゃないかと思うんですけど」
陽茉の年功序列精神は、祖父の教えに因る所が大きいのかも知れないなと、ちょろっと思った。
「兎に角ぼくが初めて其の癖をこじらせたのは中2の夏休みの時で、夏休み初日からバックパック一つと宿題詰めたスクールバックだけ持って旅立って、丸一月帰らなかったんですよね」
「え、ちょ、其、一人でやったの?」
ぎょっとしてわたしは目を剥いた。陽茉があっさり頷く。
「はい。18きっぷを三枚程買って徒歩と電車で移動して。まだ其処迄ネカフェが普及してなかったので、ファミレスとか野宿とかで夜明かしして。未成年だと旅館とか補導されかねないんですよね。まぁ、補導されそうになる度上手く逃げてましたけど」
何処ぞの不良か野生児か。
「食事は?」
「買うより川で魚捕まえたり、山菜とか頂戴したりが多かったですね。塩とマッチとサバイバルナイフは持ち歩いてたので、夏って事も在ってさして困らなかったですね。後は、農家のお姉さんに頼んで出荷出来ない様なくず野菜分けて貰ったりとか。作業手伝って駄賃代わりに一宿一飯とか。やっぱり夏って言うのが大きかったですね」
どんだけ旅慣れてんだイマドキの中2にして。何処のバックパッカーだ。子供のインドア化とか嘘なんじゃないか?
「まぁ、そんな感じで日本一周に近い事をして家に帰り着いたんですけど、二、三日消えた位じゃ既に心配しなくなってた両親祖父母兄弟も、流石に一週間帰らなかった辺りから凄まじく心配し出したみたいで、捜索願とかも出しちゃってたらしくて」
心配症ですよね、とくすくす笑った陽茉に、否其が普通だからっと内心思い切り突っ込んだ。
「全然見付からないぼくに苛立った祖父が、警官絞めたりなんだりの騒動もあったらしいんですよね。もう祖父の鬼々迫りっぷりは尋常じゃなくて、高校生以上の門下生はもういっそ殺して欲しいと思う程にしごかれたとか」
にこやかな顔で語って良い事ではない気がするのだけど、違うのだろうか。
「まぁそんな感じで祖父は勿論、祖母も両親も兄弟も気が狂いそうな位ぼくを心配してたんですよね。警官も祖父達が恐くて必死で捜索してて、門下生もぼくのせいで飛んでも無い目に遭わされてたのに、怒る処か皆本気で心配してくれてて。そんな所にけろっとぼくが帰って行った訳です」
此は、波乱の予感がする。
「何か家の周囲にぴりぴりした空気が漂っているなと思いながら、ぼくは普通にただいまって家に入ったんですよね。そしたら凄まじい勢いで家族と門下生と警官達が玄関に駆け付けて来て。何か皆鬼々迫る表情だったからぼくも驚いて。どうしたの宿題ならちゃんと終らせたよって」
「其処!?」
「其処です。所詮中2なので」
わたしの突っ込みに陽茉はにっこりと答えた。中2とかそう言う問題じゃない気がする。
「其のぼくの言葉に、祖父がぶるぶる震えながら近付いて来て」
怒鳴られるか殴られるか、兎に角怒られるのだろうとわたしは予想した。
「そうか宿題やってあるのか偉いなぁ。流石陽茉は良い子だなぁって、感動と安堵の涙を流しながら頭を撫でてくれました」
拙いお話を読んで頂き有難うございます
誤字脱字等気になる箇所がございましたら
お教え頂けると助かります