五皿目
持参のお菓子を皆に配った萌莉先輩は、不意に不適な笑みを浮かべた。
「ならいっそ対全員で勝負ふっかけようかな。よっし、そうしよ。はい、スタートぉ」
「えぇ?」
無茶振りに戸惑いながらも貰ったお菓子を口にして、
「「「あまっ!?」」」
わたしと華と貴咲の声が綺麗に被った。
「そうですか?」
茶道部兼部の為、普段からベタ甘なお菓子を食べ慣れている陽茉が首を傾げた。
「別に其処迄言う程じゃないですよ」
「否、甘過ぎだって此。ちょっと、誰かお茶っ!!お茶入れて」
「ぼくが立てますよ」
陽茉が苦笑して電気ケトルのスイッチを押した。沸騰を待つ間に五人分の茶碗を用意して抹茶を投入する。御趣味に御茶を少々と答えられる腕前を披露してくれる様だ。
「如何したんですかー?此のやーたらあまぁーいお菓子ー…」
見た目は普通のブラウニー的な何かなのに、やたらと甘い、そしてしつこい。ショートケーキサイズの其を、皆一口手を付けたきり放置だ。
「否、妹が作ったブラウニーなんだけどねぇ…。パルスイートを使ったのに砂糖の分量でやっちゃったらしくて。しかも間違えてバターも二倍量使ったって。だから料理する時は私が付き合うから一人でやるなって言ってるのに…」
「またですか…」
萌莉先輩は料理上手で屡々専門店並の品を差入れてくれるのだが、偶にとてつもない失敗作を混ぜて来るから恐いのだ。其等は先輩自身の手作りではなく、先輩の妹さんの手作りで、一つ年下と言う先輩の妹さんの壊滅的料理音痴っぷりは、最早部活内で周知の事実である。
「お菓子なら和菓子から始めると良いですよ」
綺麗な所作で抹茶を立てながら陽茉が言った。
「工程が少し面倒ですが、味自体は比較的単純なものが多いので、塩と砂糖を間違えでもしない限り食べられる味になります。バター等をあまり使わないので油っこさの点でしつこくならないのも有難いですし」
先ず先輩の前に御茶を置いて、其から多分わたしの分を立て始める。序列をはっきりさせるのは、茶道始め伝統的な日本人らしい礼儀作法だと思う。
「あー…美味しい」
陽茉の立てた御茶を飲んで、萌莉先輩が溜め息を吐いた。御茶を御供にブラウニー擬をつついて笑う。
「実は此を期待してたのよねぇ。抹茶の御茶菓子だったら此のやたら甘いブラウニーも何とか食べられるんじゃないかって。読みが当たったわ」
「はい、もえさんも言ったのでゲームはぼくの一人勝ちですね」
わたしに御茶を渡しながら、陽茉が宣言した。また失念していたが、言われてみればゲーム中だった。
「あぁー!!くっそぅ…折角取って置きのネタだったのにぃ…」
萌莉先輩が本気で悔しそうにする。
「詰めが甘いです」
陽茉がにいっと笑う。陽茉の御茶はたっぷりの御湯で薄目に立てられていて、苦いのに優しくさっぱりした、丁度ブラウニー擬に合う感じになっていた。
「あ、美味しい。生き返ったわー」
無意識に漏れた言葉に、貴咲へ御茶を出していた陽茉が嬉しそうな顔をした。
「ぶちょにそう言って貰えると凄く嬉しいです」
「陽茉って本当に杏那好きだよねぇ」
地道にブラウニー擬を撃破しながら萌莉先輩が苦笑する。
「其の愛を少し此方にも回して欲しいわ」
「無理です」
華に御茶を渡し、やっと自分の分を立て始めた陽茉がきっぱりと宣言した。
「ぶちょはぶちょで、もえさんはもえさんですから。同じ扱いにはなりません。ちゃんともえさんへは、もえさんへなりの扱いをしているでしょう」
陽茉は先輩後輩同輩と言った表面的な物にへつらわない。勿論最低限の礼儀は全うするが、其以上の扱いは其の人自身を見て決める。人魚姫みたく飾らない子だ。
「はいはい。私じゃ杏那には及びませんよねぇ」
萌莉先輩が溜め息を吐くと、陽茉はふるふると首を振って否定した。
「ぼくはひとに高低を付けたりしませんよ。及ぶとか及ばないとかじゃなくて、違うんです。皆違って皆良いとか馬鹿げた不干渉主義掲げる気は有りませんけど、でも同じに扱わないから劣るとかそう言うつもりも有りません。ぶちょはぶちょとして、もえさんはもえさんとして好きなんです」
「あっそ」
素直な好きに萌莉先輩が目をそらして呟いた。
「…ありがと。でも、金子みすゞ馬鹿にすんな」
「馬鹿にしてませんよ。みすゞさまは天使ですけど不干渉主義は嫌いです」
何だかんだで萌莉先輩と陽茉は仲が良いと思う。わたしはどちらかと言うと陽茉から一歩引いてしまっているから。
そんなわたしの思考を知ってか知らずか、陽茉がわたしの方を見て微笑んだ。
「扨、ティーブレイク中なら、ぶちょもぼくに付き合ってくれますか?」
拙いお話をお読み頂き有難うございます
誤字脱字等気を付けているつもりですが
何か気になる点がございましたらお教え頂けると助かります。