二皿目
説明回です。
扨、咄嗟の混乱で取り乱してしまったが、落ち着こう。うん。
取り敢えず現状を振り返れ自分。
今は放課後で、此処は、古典文学研究部の部室だ。
古典文学研究部について、少し説明してみようか。うん、現実逃避だ。冷静になろう。
わたしの所属する古典文学研究部は某大学の公式サークルだ。
文化系サークル棟の一角に部室を構える小規模サークルで、主な活動は名前の通り古典文学の研究。部員達は其々各国の古典文学を好き勝手に読み散らかしている。
が、常に真面目かと問われれば答えは否で、喋くったりゲームしたり集団で遊びに行ったり食事したり、わいわいがやがやと其成に楽しい仲良しサークルだ。全員が仲良しで気安いのは、少人数サークルならではの良さだと思う。
思うのだが…時々、付いて行けない事が有る。
「えっと…ドルチェゲームって言うのはぁ」
何其と聞いたわたしに、告白を受けていた少女、一年生部員の春日野陽茉、が頬を掻いた。
「ぼくが提案した遊びで、相手に『甘い』って言わせた方が勝ちと言う、とても単純なゲームです」
陽茉はツインテールにした柔かそうなアッシュブラウンの髪を指で弄びながら説明した。少し釣った大きな目が印象的な色白で愛らしい女の子なのだが、一人称がぼくだったり顔に似合わず毒舌だったり、ちょっと…、否、かなりぶっとんだ子だ。研究対象は漢文で、何時も楽しそうに漢詩や中国古典と睨めっこしている。
「単純だけどー、いがーいに奥が深いですよー。アプローチも色々出来てー、結構楽しい」
黒髪垂れ目の青年、二年生部員の篠原華、がそう言って笑った。
「城戸さんは口説き文句で甘いーて言わせよーとしてましたけどー、お菓子とかー、アロマとかー、言葉以外にも方法が考えられますー」
女に見間違えられる程綺麗な顔をした華が笑うと凄く華やかだ。名は体を表すとは正に此の事で、悔しい事にわたしより華の方が数倍美人。基本的には真面目な常識人なのだが、面白いと思うと何にでも突っ込んで行ってしまう困った一面が在る。研究対象は西洋古典特に戯曲で、シェイクスピアが暗唱出来る程の演劇好きだ。
「くぅ…陽茉君、再戦を希望する!!此じゃあ納得が行かない」
亜麻色髪の王子様然とした青年、三年で副部長の城戸貴咲、が陽茉に詰め寄った。西洋風の見た目に反して研究対象は和歌。恋歌が好きらしく、かなり言動がアレだ。黙っていればモテるだろうに…。
「えー次は私の番でしょ」
壁際の女性、四年で前年度部長の西柳萌莉先輩、が反論する。
「連戦は狡いよ。おんなじ人同士の掛け合いじゃあ見ててつまんないしさ」
黒髪パッツンストレートに銀縁眼鏡と言う、如何にも才女な外見の彼女は、自分が専攻している古代オリエントの文献を研究対象としている。就活の傍らこうして部を見に来てくれる、面倒見の良い先輩だ。
「其ならぼくぶちょとやりたいです。先刻はきどさんが喋っただけで、ぼく何もしてないじゃないですか」
陽茉がちょこちょことわたしに近付いて来た。陽茉はわたし、三年で部長の唐崎杏那、に妙に懐いて居る。
部内で一番容姿も中身も平凡なわたしに、容姿も中身も特異的な陽茉が懐いて居る理由は、正直疑問。七不思議レベルだ。
「否、うん…えっと」
わたしは腕の中の文献を気にしながら曖昧な笑みを浮かべた。今日やっと手に入ったラテン語で書かれた神話だ。読みたい。今直ぐに読みたい。
「今は、ちょっと、遠慮しておこうかな?」
「えー…」
陽茉が唇を尖らせて不満そうな顔をした。こういう我が侭をやっても可愛らしく見えてしまう点、この子は本当に得だと思う。
仕方無いと頷いてしまいたくなる気持に本を読みたい欲求を何とか競り勝たせて、わたしは陽茉に首を振って見せた。
「直ぐ読みたい文献が有るんだ。だから、ね、また今度」
陽茉がつまらなそうにわたしの抱える包みを見て頷いた。
「わかりました。其の為の部ですもんね。また今度、絶対ですよ」
こう言う辺り、陽茉も読書家なんだなと実感する。本が読みたいと主張すれば、大抵折れてくれる。
「ごめんね」
「良いです。ぼくも読書の時間にしますから」
陽茉は本棚に向かうと和装本を取り出して少し離れた椅子に座った。読書する時は広くスペースを取る。サークル内での暗黙のルールだ。研究を目的とするわたし達はどうしても紙やら辞書やら散らかしてしまうから。
「と言う訳で、ぼくとぶちょはゲームから離脱です。後はそっちで好きにやって下さい」
陽茉がにっこりと笑って言った。じゃー俺もーと逃げようとした華を萌莉先輩が捕まえる。
「じゃあ私の相手は華にやって貰おうかな。貴咲、審判よろしく」
言いながら貴咲に電子笛を手渡す。
「扨、華はどんな事をして私を楽しませてくれるのかな?」
拙いお話をお読み頂き有難うございます。
誤字脱字等気を付けているつもりですが、何か気になる点がございましたら、お教え頂けると助かります。