日付が明日に変わるまで
若干長い駄文だと思います。最後の方は思うように書けなくて少し投げやりだったかもしれません。後半になるにつれ、より一層お見苦しいかもしれません。どうか、広い心で時間を無駄にさせてしまうことをを許してください。
人通りの少ない路地にある古い二階建てのアパート。1ルームの部屋が一階と二階に、それぞれ二部屋ある。
四つの部屋の内、人が住んでいるのは階段を上がった奥の一部屋だけだった。夕日が差し込むその部屋には、眠っている男とその側で手帳を読みながら座る女の子がいる。
男が起きるのを大人しく待っているのに退屈してきたのか手帳をポケットにしまい、男の寝顔の上で手を振って風を当て始めた。
「そろそろ起きませんか?」
ささやく様に呼びかけると眉がピクリと動いたが目は開かなかった。
ため息をついて、実は起きていて寝たフリをしているのではないかという疑わしそうな表情で顔を近づける。
「……」
「……あぁ」
突然目を開けた男と近い距離で目が合うと、小さな驚きと戸惑いの混じった声が漏れた。動揺を隠しつつ座りなおすと。長い黒髪の先を指でいじりだした。
夕日の中、青いワンピースを着て首から懐中時計を提げていて髪をいじる女の子ををしばらく眺めてから男は言った。
「君は誰だい……?」
そう問いかけながら右手を自分の顔に当て起き上がる。頭を少し振ると何かに気づいたように自分の右手を訝しげに眺める。
「わたしは……えっと秘密です」
「……そうか。じゃあ、なぜここにいる?」
「それはですね………………」
答えをもったいぶっている訳ではなく、考えている微妙な沈黙が流れた。
「空き巣?」
「と、とんでもないです! 分かりました、正直に言います。あなたが今日、死ぬのでそれを伝える為にここにいます!」
突拍子も無い答えに頭を掻きながら「俺、寝ぼけてるのかな? 日本人形の幻が見えてる気がするなぁ」と窓の外の夕日を眺めてぼやいた。
「あの、本当なんです。そうだ、ほら! 夕日であなたの影はあるけど私の影は無いでしょ! わたしは人間じゃないんだよ!」
「いや、だから……日本人形の幻が見えるって言ってるんだけど?」
「……最初から幻に声を掛けているつもりだったんですか?」
目を覚まして自分のことを眺めていた時、すでに影が無いことに気づいた上での問いかけだったことに気づく。
「……ところで、俺は今日死ぬのか? 信じていいのかい?」
幻と言っている割に真面目に問いかける。
「はい。あなたは今日、死にました。あっ、いえ、死にますよ」
「言い間違えか? 死を告げるにしては頼りないやつだな……やっぱり寝ぼけてるのかな」
疑いの視線に耐えられず、立ち上がり夕日を背にして両手を広げ自分に影が無いことをアピールする。
「見ての通りわたしに影はありません。けれど、わたしはいます。さらに! さあ、手を出してください!」
まるで手品を披露する前のように仰々しく振舞い、お客に種も仕掛けも無いことを確認させるようなことをする。
男が手を差し出すと無造作にその手を握る。
「ほらね! 影が無くてもわたしはあなたに触れるんだよ! これで信じてくれる?」
上目遣いで懇願するような感じで少しあざとく訴える。
「ただの幻じゃないことは認めるよ。そんなやつが言うのだから死ぬって事も半分くらい信じよう」
繋いだ手を強く握り返しながら答えた。
「人間じゃないけど、わたし女の子なんですよ? 大事に扱ってください!!」
強引に手を振り解きながら忠告をする。少し口を尖らせながら手を握ったり開いたりしながら異常が無いか確かめる。
「確かに、その体の強度は人間並みのようだな。それで、俺が死ぬ理由に君は関わっているのか? 君が俺を殺すのか?」
「人間並みのわたしにあなたが殺せますか? ……どうして死ぬのかはワカラナイです」
「そうか……今日死ぬとして残り時間は約六時間か」
壁に掛かっている時計を見ながら残り時間を確認する。シンプルなデザインのアナログ時計は刻々と時を刻んでいる。
「死なない為には死因を予測しておく必要があるな……」
「やっぱり死にたくないですか?」
目を細めながら女の子を見てため息をついてから答える。
「死にたい理由は無い。むしろ不老不死になりたい……つまり、自殺はありえない」
「不老不死になりたい……あなたならそう言うと思いました。でも、死んじゃうんですよ」
首から提げた懐中時計を撫でながら、何故かしおらしい表情をする。
「俺はまだ自分が死ぬと信じてるわけじゃない。君がたとえ死神だとしてもな! ……考えられるのは他殺か事故死だな」
「誰かに恨まれてますか?」
「心当たりは無いが……知らないところで恨まれてる可能性もある」
「そうですね、人間とはそんなものです」
「事故死の可能性が一番高い気がする。とりあえずガスの元栓は閉めておこう!」
立ち上がってガス台の方に向かおうとするが、すぐに元の場所に座る。
「どうしたの?」
「いや……この部屋狭いからさ、立ったら閉まってるの見えたんだよ!」
「狭いですね」
周りを見回して同意の言葉を言う。「でも、二人で過すには悪くないかも」と、とても小さな声でつぶやいた。その声は男の耳に届いていたが何も言わなかった。
「ここは二階だから、車が突っ込んできたりはしない」
「飛行機は落ちてくるかもね!」
「無いだろそれは。とりあえず家から出ないで人にも会わなければ死ぬ理由は見当たらない」
そう結論付けると玄関の鍵を閉め、窓にも鍵をかけてカーテンを引く。
部屋が薄暗くなると、女の子は不安げな声を出した。
「へ、変なことしないでよ? 死ぬ前だからって何でもしていいって訳じゃないし!!」
「死ぬ気は無いって言ってるだろ!!」
「冗談です! あの紐引っ張ると明るくなるんですよね!」
立ち上がり手を伸ばすと電気の紐を「てぇい」と無造作に引っ張る。
「あんまり乱暴に引っ張ると紐が千切れるぞ」
「そうなの? ああ、古いから?」
「……」
無言のままため息を付くと電気のヒモをつまんだままの立っている女の子を眺める。
「何ですか? ひょっとして怒りましたか?」
「蛍光灯の下でも影が無いな」
それを聞くとニヤリと笑った。
日は沈みカーテンの向こうの窓は夜の景色に替わる。蛍光灯の光で照らされる部屋に向かい合って座る男女。
「今日が終わるまで、こんな感じで過すんですか? 退屈しません?」
「幸い家を出る予定は無い。死ぬ可能性の高い外に出るのは控えたほうがいい」
「外に出なくても何か出来ません? 時計の針を、あとどれくらい眺めるつもりですか?」
女の子の後ろの壁に掛けてある時計の針を眺め続けている。
「そうだな……じゃあ、君の正体教えてくれないか」
その提案に目を瞑って眉間に皺を寄せ悩んでいる素振りを見せる。頭をゆっくり上下左右に振ってから答える。
「あなたは死にますし……まぁいいですよ!」
「死ぬってのはいただけないが、聞かせてくれるか?」
目を見つめて真面目な顔をして問い掛ける。
「そんな顔で見つめないでくださいよ! 照れます。……えっと、まず、知っての通りわたしは人間ではありません。ちなみに、あなたはわたしのことが見えてますけど、普通は見えません。基本的にわたしには実体がありませんので……。なので、本来わたしは物を動かすことも出来ません!」
あごに手を当てながら話を興味深く聞いていたが、「物を動かすことも出来ません!」という所で違和感を覚えた。
「……ちょっと待て、俺に触れられるし電気の紐を引っ張ってたぞ? ついでに、手を振って風を起してなかったか?」
「あ! 寝たフリだったって認めましたね? まぁ分かってましたけどねぇぇ!!」
勝ち誇ったような口調で言いながら胸を張る。
「そうか……」
「反応悪いよ! まぁいいけど。どうして風を起したり出来たかといいますとね……あなたがわたしを認識してるからです。簡単に言えば、あなたが側にいない所では、わたしは物に触れることが出来ないということです」
時計の掛かっている壁を左手で軽く叩いて音を出しながら説明する。
「その壁を叩く音は幻聴か?」
「現実ですよ。わたしが見えない人からすれば、怪音? って感じですよきっと!」
楽しそうに叩くペースを上げる。しかし、すぐに疲れて止めてしまう。
「俺が認識している間は、君が死ぬこともあるのか?」
「まさかわたしを道連れにしようとか思ってます? 残念ですけど人間にわたしを殺すことは出来ませんよ。まぁ包丁とかで刺されれば血がドバーと出ますし痛いです。おいしそうな物があればヨダレも出ます。でも”殺せません!” ここ重要です」
「道連れにするつもりはないよ。ただ、俺を殺そうとするなら返り討ちに出来るかなと思ってね」
「そんなにわたしに殺されたいの? でも、わたしの腕力は見た目通りですよ。首を絞めて殺そうとしても逆に痛い目に遭わされそう」
「殺せなくても動けなくすることは出来るということか?」
「……女の子を動けなくするって……イヤらしいこと考えてます?」
「いや、君が俺を殺す可能性も否定は出来ないからだよ。故意じゃないとしても」
「お願いするなら殺してあげるよ?」
意地悪そうにニンマリしながら言うと、ため息をついてから天井を見上げる。その首は白くて細い、人間には殺せないとは言っているが簡単に折れそうだった。
「なんだか喋ってたら咽が渇いちゃった……飲み物が欲しい! 確か外にお金を入れるとジュースが出てくる機械があったよね?」
「俺は外出しないぞ? 欲しかったら自分で買って……買えないか」
「わたしは一人じゃお遣いも出来ないよ?」
自分を認識できている人間が側にいないと物に触れないという制限がある。”側にいる”という距離は曖昧だが、ジュースの自販機までの距離はその範囲外だった。
「仕方ないな」
「あっ! 一緒に買いに行ってくれるんですか? でも……あの機械が突然倒れて下敷きになって死んじゃうかもしれないよ?」
男は立ち上がると玄関の方ではなく、台所へ向かう。流しにはコップが一つあり、三角コーナーには生ごみが甘い匂いを放っている。
「冷蔵庫には確か何も無かった……と思うよ?」
「勝手に開けるなよ……」
そう言いながら冷蔵庫を開けるが、女の子の言う通り飲み物のの類は入っていなかった。「わたし、冷蔵庫勝手に開けてないよ」という声が部屋に小さく響く。
「水で我慢するか」
「わたしはね、ジュースってあまり飲んだこと無いの。どうしてか分かる?」
「さぁ?」
「わたしはわたしを認識できる人間がいないとジュースも飲めないの。あなたが死んだら次のチャンスはいつになるの?」
眉間に皺を寄せ懇願するような表情で玄関の方を指差す。
「わかったよ……俺が買い置きしてなかったのが悪いんだよな?」
「ふぅん……じゃあ、そういうことにする?」
「ああ、それでいいさ。俺としても死を恐れて怯えているよりは気が楽だ」
「じゃあ、行きましょう!! そうそう、わたしはお金持ってないからね!」
男はため息を付き、今日はあと何度ため息を付くのだろうと嘆く。けれど、それがあまり嫌ではないと感じてもいた。
玄関には男がごみ出しなどのときに使うサンダルと、水色の低いヒールの靴がある。
「青い色が好きなのか? 服も青だし」
「好きだよ」
「そうか」
平静を装いながらサンダルを履き玄関の扉を開け外に出る。女の子はゆっくり優雅に靴を履き立ち上がろうとする……が、左の足首を捻る。
「……なにか?」
「別に……意図しない殺人か」
二人とも外に出ると、玄関の扉に鍵を掛ける。誰もいない間に何者かが侵入するのを警戒している。
ジュースの自販機までの距離はおよそ20メートル。もっとも危険と思われるのは一階への階段。男が先に下りれば後ろから付いてくる女の子が足を踏み外して運悪く殺される可能性もある。降りきるまで待てと言っても、すねて足を振った拍子に靴が脱げてそれが当たって不幸に見舞われることもありうる。
「階段は先に下りていいぞ」
「? はい」
大人しく従い階段を降り始める。が、半分ほど降りると立ち止まり振り返る。
「わたしの分のお金ありますよね?」
「それぐらいは持ってるよ。最悪、俺の分はいいよ」
「わたしだけ飲むのはヤダよ」
「そんな心配は無い。一緒に飲みたければ急いでくれないか?」
「そうだね! 買ってもあなたが死んじゃったら一緒に飲めないね!」
そう言うと、階段を二段飛ばしで降りていく。降りきったのを見届けてから男も右手で手すりに触れながら慎重に降りた。
左右をしっかり確認してから道路に出て、ジュースの自販機を目指す。女の子はスキップをしながらさっさと目的の場所にたどり着いた。
「誰もいないですよー、早く来てください!!」
女の子はそう呼びかけるが、距離が離れていて男には微かにしか聞こえない。声は空気を伝わって響く……男がそれを認識しているので物理的にその声は聞こえる。女の子が見えない人間には、誰もいないのに声が聞こえるように感じる。
無駄に警戒するのが面倒になり、男は小走りで女の子の元へ向かう。
「本当に俺は今日死ぬのか?」
「さぁ? この機械は重そうですね」
「倒れないだろこれは」
「世の中何があるかわかりませんよ? ……あなたが来るのを待ってる間に見てたんですけど……この林檎の絵の付いたやつがいいです」
小さいペットボトルの林檎ジュースの見本を指差す。
「こっちの方がたくさん入ってるぞ?」
少し値段の高いほうを指差して勧めるが、女の子は首を横に振る。
「多ければいいって訳じゃないの……これぐらいが手頃でしょ?」
「まぁ、別にいいけど」
お金を入れてボタンを押そうとすると、女の子が先にボタンを押す。
「わたしの楽しみとっちゃダメですよ。はい、お金ちょうだい」
左手を差し出してお金を催促する。お金を入れるところもやりたいとその目は訴えている。
「君は年、いくつなんだよ?」
そういいながらお金を差し出された手の平に置く。
「それは秘密です」
受け取ったお金を入れると、また同じボタンを押す。出てきたのはもちろん同じ物。
「俺はお茶がよかったのに」
「……ごめん。つい押しちゃった」
本当に悪気が無かったので素直に謝る。
「林檎ジュースも嫌いじゃない。気にするな」
「うん」
「なんだか、しおらしいじゃないかどうした?」
「なんでもないです。さあ、帰りましょう」
男は先を歩く女の子が何を考えているのか想像していて玄関までの道のりの間、自分が今日死ぬと言われていたことを忘れていた。
二人で時計を眺めながら林檎ジュースを飲んでいる。最初は向かい合って座っていたが、今は隣り合って座っている。
「なんだかんだで、もうすぐ日付が変わるな」
「そうですね……もうすぐですね」
「俺が死ななかったら君はどうする?」
「……あなたをわたしの下僕にしてあげる。そうだ! あなたが生き延びたらコレをあげる」
そういってワンピースのポケットから小さな林檎のような果実を出した。
「これは?」
「お祝いだよ。コレを食べればあなたはわたしの下僕になるの。日付が変わっても死ななかったら食べてね!」
「なんだか、怪しいな。これは林檎なのか?」
「わたし林檎が好きなんだよね! 一個しか持ってないけどあなたにあげる」
「そりゃどうも」
残りの林檎ジュースを飲み干すと男は”その実”を受け取った。
壁に掛かった時計はあと十回秒針が12を通り越せば日付が変わったことを示す。
「もうすぐ今日は終わるが、どうやら俺は死なないぞ? 注意してれば死ぬことはないんだ!」
「でもあと十分くらいあるよ?」
そう言って首から提げている懐中時計の蓋を開けて時間を確認する。
「十分か……待つには長いな」
「ごめんなさい、もう日付変わってる」
女の子は懐中時計を見せながら頭を掻く。
「そっちの時間の方が正確なのか? あの時計はまだ……」
「わたしの時計であなたの時間を計算してたから……こっちが正確です。おかしいな? 何で死なないの? まあ、いいか。死ななかったお祝いに”その実”を食べてよ!」
男はしげしげと”その実”を眺める。
「毒林檎じゃないよな?」
「ひどいこと言いますね。わたしがあなたを殺すつもりなら、わざわざ今日死にますなんて言わずにサクッと……」
傷ついたような表情を浮かべ、少し目に涙を浮かべている。
「わかったよ、食べるから。泣くなよ……」
”その実”をひとしきり眺めてから一口で口に入れるて数回噛む。
「早く食べちゃってください! はやくぅ!」
嬉しそうにニコニコして見つめてくる。その表情を見ながら男は喉を鳴らし、飲み込んだように見せかけた。
「ん? 飲み込みましたか? 口を開けて見せてください!」
「……」
「ほら! こう、あーんって感じで」
男はニヤリと笑い目の前で無防備に口を開ける女の子に口付けをする。完全に油断していたのでその勢いのまま押される。その間に”その実”は女の子の口の中に移り、倒れた拍子に飲み込んでしまう。
女の子は青ざめていた。”その実”が喉に引っかかった訳ではない。しっかりと食べてしまったことに青ざめているのだ。
「その様子だと、やはり君にも効果はあるようだね」
「……」
「本当のことを言えば、全部覚えてるんだよ。君が今日なんでここにいるかもね」
「……」
「そのポケットに入ってる手帳……俺のだろ? それには悪魔を呼出す黒魔術の呪文が書かれている。その呪文で召喚されたのが君だ。俺は君に不老不死の体をお願いした。だが、それは死というカタチの不老不死。死んでいれば年は取らないし、死んでいるから死ぬことも無い。君は確かに俺に死という不老不死を与えた。そう、確かに今日俺は死んだ」
淡々と語りながら女の子を見る。
「わたしの考えが甘かった」
先ほどまでの余裕は無く、腕をさすったり、髪を触ったり引っ張ったり、唇を指でさすったりしている。
「”死の果実”を食べて死ぬことが俺と君との契約だった。それを不服だというと、何故か君は契約を白紙に戻す条件を提示してきた……確かにそれは君の甘さなのかもしれない」
男は壁にかかった時計を見て更に言った。
「あの時計も日付が変わったことを示した。これで完全に契約は無効になったな」
「すでに契約は破棄されてます」
悪魔が言った契約を白紙に戻す条件は”忘却の果実”を口にして、今日という日が終わるまでに、悪魔が食べるように勧める”服従と下僕の果実”を食べなければ全て無かったことにするというものだった。
悪魔が契約を白紙に戻す条件に用意したのは二つの果実。”忘却の果実”は、食べさせたモノのことを忘れさせることが出来る。”服従と下僕の果実”は、食べさせたモノに対し永遠に服従させ下僕として仕えさせることが出来る。
男は”忘却の果実”を口にしたけれど、食べてはいなかった。「甘すぎる」といって流しでコップに水を入れて飲むフリをして口から右手に出し”それ”を三角コーナーに捨てていた。
更に冷蔵庫を開けて「飲み物が無い!」と言って女の子の側に戻ると”忘却の果実”の作用の一つにより倒れて眠ってしまった。
すでに日付は変わっている。”その実”を食べさせられた悪魔は、男の下僕になった。
「そもそも、君のような存在に驚かないほうがおかしいだろ? 平然と受け入れてることに疑いを持たなかったのか?」
「……わたしを召喚するような人だから、こんな事くらいじゃ驚かないんだろうなと思ってました」
頭を横に振るのに疲れたのか、ボンヤリ蛍光灯を眺めながら答える……。
「もっと真面目に、周りを調べれば気づいたんじゃないのか? 俺が”忘却の果実”を口にしただけだったことにも」
この問いには、明らかに目をそらして答える。
「一度わたしはあなたを殺しました。それを忘れて欲しかったんです。でもそれは、ずるいことです。だから、わたしの思い通りにならない可能性を残しました。あなたが覚えているのか忘れているのか知るのが怖かったんです。だから調べなかった」
「契約が無効になる可能性が高くなるじゃないか。殺したことを覚えていたら明らかに君が不利だろ? 」
その問いには、自虐的な笑みを浮かべて答える。
「あなたが死ぬ契約は白紙に戻す条件を提示した時、すでにわたしは破棄してました。あなたの死は撤回さていたんです。わたしはあなたを死なせるつもりはなかったんですよ」
「契約が撤回されたならこの数時間は何の為だ? そもそも何故こんな意味の無いことをする?」
この問いには男の顔をまっすぐ見つめて答える。
「長い間、わたしを召喚するモノは誰もいませんでした。わたしも一人は寂しいんです。触れ合いが欲しかったんです」
「それで”服従と下僕の果実”を食べさせようとした訳か」
悪魔は力なく笑うと言った。
「わたしがあなたに食べさせることが出来たら、あなたはわたしの下僕になったのにね。そうなれば、わたしが死なない限りあなたは死なないし老いることも無かったのに」
「じゃあ……あのまま食べていたら俺の願いは叶ったのか?」
「わたしの下僕としてだけどね? 殺してしまったお詫びが出来なくてごめんね……」
「契約が無効になってるなら俺は死なないんだろ? ならそれでいい。それより君はどうなるんだ?」
「人間のあなたがわたしに食べさせたから、わたしはあなたの下僕として人間になります。これはコレでわたしにとっては……うれしいかもしれない!」
何かに気づいたらしく、急に元の口調に戻った。
「急にどうした?」
「わたしは人間になったんだよ!」
「嬉しいことか? それ」
「寿命が短いことは……なんともいえないけど、あなたもいるしわたしは一人じゃないもの!」
「そういえば、君は俺の下僕だったね。俺を一度殺したけど?」
「わたしはあなたの下僕ですね! あなたはわたしのご主人様です!! 殺したことは……さっきあの契約で死なないならそれでいいって言ってくれたじゃないですか!!! だめですか?」
「死の契約が無効ならそれでいい。だが、ご主人様はやめろ。変な趣味があると思われる」
「じゃあ、あなたの名前教えてよ」
「俺の名は……」
名前を言おうとすると、不意に近づいてきた女の子が自分の飲みかけだった林檎ジュースを足で蹴ってしまいこぼしてしまう。
そして男はまた、ため息をついた。
終わりです。
話の流れをプロット? のようなもので書いてからやってみました。けれど、最後の方は予定と違う感じになってしまいました。
文章を並べる練習としてはよかった気がします。
貴重な時間を読むことに使ってくださった方にありがとうです。