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マンションを出発する時に合流してきた虎鉄も、アントニオと同じ中身の目撃情報を仕入れていた。ヤクザ者三人と『いちびった』黒魔術師一人。菜々美は確実にヤバイ相手に追われている。
西長堀の乗り口から阪神高速神戸線に入り、垂水を経由して明石海峡と鳴門海峡の二本の大橋を通って四国に入るコースを取る。
途中に何箇所もあるオービスや、高速機動隊の覆面パトカーに気を付けつつも可能な限りの全速力で突っ走る。
トロトロ走る枯葉マークのプリウスを追い越しながら、真也はふと、以前菜々美と二人で徳島に帰った事を思い出した。
付き合い始めて一年目の記念行事と言うことで、成り行きで二人の故郷に行ってみようと話になり、なんの計画も無くとりあえず大阪を出た。
二人共何時もの派手な水商売風のファッションは控え、できるだけコンサバティブな服装を心がけ、今日と同じコースで徳島の池田に向かう。
二人が通った中学校や、菜々美の高校、いつも行っていたファミレスなどを回り、その日は鳴門まで戻って一泊四万もするバカ高いホテルで泊まって、翌日大阪に帰ったのだが、今、考えてみればなぜ徳島だったのか?なぜ故郷だったのか解らない小旅行だった。
真也は地方公務員の父親からから半ば勘当されるような形で大阪に来たし、菜々美は実家の鉄工所が黒魔術師が絡んだ詐欺に引っかかり倒産、夜逃げ同然で大阪に流れてきたので、二人共喜んで故郷に帰れるタイプの人間では無いのにもかかわらずだ。
ただ、異様に二人共はしゃいでいたのを覚えている。菜々美は懐かしいポイントに差し掛かるとキャァキャァ騒いでうるさい程だったし、自分自身も何故かハイになって、休憩に立ち寄った吉野川で、地元の子供らと一緒に橋の欄干から川めがけて飛び込んだりと、本当にバカ丸出しの小旅行だった。その分、本当に楽しかった。
『チャンドラマハ』に友達の付き合いで来店した菜々美と、偶然に再会。故郷の話で盛り上がり、二人どちらから言うとでもなく付き合い始めたのは、最初はお互いの寂しさを紛らわすためだったに違いないが、一年もづづく中で、商売上恋愛関係になることが好ましくないと言われる二人なのに。結局は離れがたい仲になってしまった。
「ま、それぞれが捨てなしゃぁ無かった故郷って奴を、お互いの中に見出した言うパターンやな。あーあ、安っぽ!オンデマンド放送で百五十円で見られる韓国か中華民国製のクソおもろない恋愛ドラマみたいな話やな」
垂水のインターを過ぎた頃、突然、あの嘲り笑いとともに慧がそんなことを言い出した。ルームミラーを見ると、あの元ブレスレットやネックレスだった球を手の中で弄んでいる。
しまった!頭の中を覗かれていた。後ろに居るのが魔女だっていうことを、すっかり忘れていた。
後悔と羞恥心で頭が一杯になり、真也は思わず。
「人の頭ん中、勝手に覗くなボケ!それになぁ、人様の人生、勝手に安っぽいなんてぬかすなや、幾ら本物の魔女や言うてもションベン臭いガキやないか、大体何歳やお前!」
「ピチピチの十三歳、中等部の一年や、しゃぁけどなぁ、稼ぎはアンタとは大違いやで。鯖みたいなスーツ着て、安酒バカみたいな値段でアホな女に飲ませて、詐欺みたいな商売で稼いでる割には二百万しか貯金できんノータリンなアンタと違うてな。そんなエエかげんな人生のアンチャンに『ションベン臭いガキ』言われる筋合いは無いわい」
こうなれば売り言葉に買い言葉、頭に血が昇り。
「ガキはガキやないか!義務教育も終わってないガチの未成年の癖しやがって、そもそも、お前の親はどんなやつなんや?こんな性根のねじ曲がった金の亡者の魔女を育てたボンクラは」
次の罵声を浴びせようとした時、慧の細い腕がスルリと伸びてきて首に巻き付いた。そして強烈な締め上げ、息がつまり血流も止まって途端に目がかすみ出す。ハンドルが取られ、後ろを走っていたハイエースが激しくクラクションと鳴らしパッシングをしてくる。
鋭いクラクションの音に紛れながら苦しげに「ボケ!何すんねん!事故るやろ!」
「お父ちゃんとお母ちゃんの悪口言うたら、本気で締め殺すぞ」
そう唸る慧のルームミラーに映るガーネット色の瞳は怒りに震える。
「この先無事で居たいんなら、慧相手に親の悪口を言うべきじぁねぇな、本当にぶっ殺されっぞ、オマエ」
と、羽根を繕いながらアントニオ。
「そおやで、兄ちゃん、慧ちゃんはお父さんとお母さんが大好きなんや、ウチかてトウヨウはんとクラウディアはんには、ホンマ世話になったわ。そやからウチちらの前ではご両親の悪口は禁句や、頼むでぇ」
オカマの猫にまでたしなめられ、二の句を告げられなくなった真也だが、ふと、虎鉄の言った『トウヨウ』という単語が引っかかる。
慧の父親の名前らしい。つまり『タケモトトウヨウ』何処かで聞いた覚えがあるなぁ?
ま、そんなことを思い出せるなら、今頃まともに高校を卒業しているわけで、頭を使うだけムダと割り切り、コレから菜々美を無事見つけるまでは、この魔女っ子の機嫌を損ねないように気を付けようと真也は運転に専念する事にした。
吉野川のハイウェイオアシスで昼食を摂る。
サッサと済ませようと真也は物産センターへ向かうが、慧は勝手にレストランへ。知らないうちに席に着き、知らないうちにウェイトレスを呼んで、一番高い『阿波牛のすき焼き御膳』を注文する。仕方なく彼も同じ席に着き『懐かしのナポリタン・スパゲティ』を注文。
テーブルの半分を占領する『阿波牛のすき焼き御膳』の品数の多さに圧倒されながら、本当に懐かしい鉄板皿の上のナポリタンを啜り、次々と皿や鉢の上の料理に箸を運ぶ慧の姿に正直驚く。しっかし、よう食うなぁこの小娘。
当然の如く真也に支払わせ、おまけに虎鉄とアントニオの為にコロッケやフランクフルトを買わされた後、ハイウェイオアシスを出る。
池田で高速を降り、あとは国道で真也と菜々美の故郷である祖谷を目指す。
慧は「まずは彼女の実家や」と、真也に命じ、おぼろげな記憶を辿り、彼女の父親が経営していた小さな鉄工所を探す。
国道と県道がT型に交わる場所と覚えていたが、今はもう建物は無く資材置き場に成っているはずなので見つけるのが難しい。
ところが、交差点まで来ると、慧が突然「橋を渡らんと国道を直進や、五百メートル程走ったら左手にあるはずや」とナビゲーションし始めた。その指示の的確さ、まるで地元の住民の様だ。
言われた通りに進むと、有った、道路と吉野川のあいだに砂利が撒かれた空き地。足場材や単管などが積み上げられた資材置き場。
ココに昔、菜々美の家と工場が有ったのだ。
路肩に車を寄せると、また勝手に慧が、続いて虎鉄とアントニオが降りてしまう。運転席側に回り込み、ウィンドをノックし下げさせると彼女は言った。
「ウチらはこの辺で菜々美の痕跡を探すから、アンタは彼女の立ち回りそうな場所で聞き込みしてや、親戚、同級生、友達、学校の先生に初恋の相手、記憶のあるところから片っ端にまわりぃや」
そして、猫とカラスを引き連れ、空き地の中に入ってゆく、仕方なく真也は慧の指示通り聞き込みを始めることにした。先ずは小学生時代から仲が良かった友達からだ。