4
黒いコーヒーテーブルを挟んだ向こうでは、慧が立て膝座りでほっそりとした真っ白い脚を惜しげなくさらし、あのスマホをいじりながら真也を薄笑いを浮かべ見つめる。
色んな意味で目のやり場に困った彼は、ダイニングチェアの上に小さくなって座りつつ、椅子に座ってからでも自分の股間の上を占拠する虎鉄を見た。
喉を鳴らしながら何度も擦り付けてくる股間に、見たくもないが目が行く。小さなタマタマが仲良くぶら下がっていた。間違いなくコイツはオスだ。
確か、オスの三毛猫は超レアだと聞いた。そして値段も二千万円は下らないとか。
嫌な緊張がして喉が渇くが、テーブルの上には何も無い。ここはどうやら客には茶も出さない主義らしい。
勢い付のため、生唾を飲み込み、事のいきさつを話そうとした途端、慧は鼻で笑って言った。
「お脳のお弱いホスト風情が、変に経緯を喋りだしたら、要領を得んとちんぷんかんぷんに成るんが関の山や、余計に混乱して訳わからんようになるわ」
「なんやとコラ!このクソガキ!」
と罵声を浴びせると。
「イヤァン、何すんの?」
と気色の悪い声を上げる虎鉄を吹っ飛ばし、椅子を蹴倒して立ち上がる。
ここでふと思い出す。目の前に座っている少女が魔女である事を、そして、なぜ自分が今から経緯を説明しようとしてるのが解ったかと言う疑問もついでに。
慌てて、倒した椅子を立てようとしたその時。
「皇紀二六七一年三月二十一日、午後六時頃『クリスタル・パレス』の黒服(男性従業員)矢田隼人から、同郷のダチであるアンタの元に『麗蘭ちゃんが十八日の午前○時に早退してから今日まで出勤してない。連絡もつかない』との連絡があり、即座にあんたは菜々美の友達や立ち回り先に片っ端から電話して所在を確認するけど行方はしれず、その日の午後七時頃に彼女のマンションに向い、合鍵で部屋をあけて中身を見たら、中はグチャグチャ、本人の姿は無し、更に不安になったアンタは警察に捜索願を出しに行ったけど、身内やないからとけんもほろろ、しゃぁ無く『チャンドラマハ』の店長に彼女を探すから店を休みたいと事情を説明したところ、経営者から花井のおっちゃんを紹介してもろうた。そういう事で間違いないな?」
ダイニングチェアの背もたれを掴んだまま、文字通り凍りついた。
事の大まかな流れは花井には言ったが、菜々美の源氏名や友達の名前までは行った覚えは無い。ましてや隼人から電話をもらった時間や菜々美の部屋に行った時間などは誰にも言っていないし、自分で覚えてもいない。
「なんで、時間まで・・・・・・」そう言いかけたが、慧が遮るように言葉を挟む。
「《太陽の第四の護符》を使うて、アンタの頭の中を覗いたんや、体に触れるか、肌身に付けてたもんや髪の毛何かが手に入れば、相手の脳みその中身が手に取るよう読める。時間まで解ったんはアンタの深層記憶まで遡れたから、頭が悪い言うことは覚えが悪い言う事やないんやで、思い出す能力が無い言うことや」
と、いらぬ悪態までつけて、あの真也から取り上げた貴金属から出来たボールを弄びながらからくりを明かす。
もう怒る気力も覇気も失せて、真也はダイニングチェアに座り直した。
「解った、よう解ったわ、お前がホンマモンの魔女や言うことは。そやから菜々美を探してくれ」
膝に両手を付き、深く頭を下げる。
「探してやれん事はないけど、ダダではいかんで」
そう冷たく言い放つ慧に、あのわずか数十分の相談、それも人を紹介するだけで一万円もふんだくった花井を思い出し、思わずイヤミが口を突く。
「ったく!お前ら魔術師は、なんかちゅうたら金やな」
「当り前やないか!このトロ作!世の中、右のもん左に動かすだけでも銭とるんが普通や、それにな、魔法にも元手が掛かっとんねやで、修行にも時間と金が掛かるし、護符やら紋章やら魔道書もタダや無い、所属してる魔法結社への会費も馬鹿にならんし、そもそも魔法使うにはメチャクチャ体力使うんや、だれがこんなしんどい仕事、タダでするんやボケ!」
最初から一を言えば十は帰ってくるタイプとは思っていたが、口でも叶わないと反論は諦め。
「解ったわ、ほんじゃナンボかかるんや?三四十万やったら即金で払うたるわい」
探偵事務所や興信所で人探しを頼めば二三十万は掛かると聞いていた。このがめつい小娘ならその程度では済まないだろうと真也は判断したのだが、慧は。
「はぁ?三四十万やて??眠たいんか!アンタ!」
「ほんじゃぁナンボやねん!」
半ば自棄糞で聞くと、即座に。
「まぁ、コレだけはもらわんと話にならんな」
とジャンケンのパーを目の前につき出してきた。
「五・・・・・・?五十万?」
恐る恐る聞きなおすと、中指を親指の下に潜り込ませ。
「五百万じゃボケ」
と、跳ね上げた中指で鼻の頭を思い切り弾く。
思わず悲鳴を上げつつ椅子から転げそうになった。
「ご、ゴ、五、五百万!」
「着手金にまず百万、本体部分が二百万、成功報酬がニ百万。勿論、必要経費別途、超過料金もアリや」広げたしなやかな指を、一本一本折りながら無茶苦茶な内訳を言って聞かす。
「ボッタクリもええかげんにせいよ!このガキゃ!」
ジンジン痛む鼻を抑えつつ、凄みを聞かせて怒鳴って見せるが。
「あ、そう、払えんか?ほな帰って」と冷たく言い放つ慧。ソファーから立ち上がり、黒いレースのネグリジェの裾を翻しクルリと背中を向ける。そして振り向き、斜め下に彼を冷ややかに眺めながら「けど、彼女がどうなっても知らんでぇ」
脅し文句に息を呑む彼に、そのままの姿勢で追い討ちを掛ける。
「もし、アンタの想像通り、その子が魔法なんかつこうて飛んだとしたら、それはメチャクチャヤバイ橋渡ってるいう証拠やないか?」
「ど、どう言う意味や、それ?」
そう聞き返す彼の元に、慧は踵を返し軽いステップで接近し、目の前まで近づくと腰を折り、そのガーネットの瞳で相手の目を見据えながら。
「そもそも魔力も訓練も足らん《トツケン者》が、《太陽の第五の護符》とか《バシンの紋章》で瞬間移動するやなんて真似、かなり無茶なハズや、ある程度魔術をかじってる人間やったらそんな事誰でも知ってる。それでもやらなアカン事情を抱えとった言うんやったら、そりゃ、ただ事やないでぇ、相当ヤバイ奴に追われてる言う事や」
「ヤバイ奴?・・・・・・警察か?そやけど、菜々美はオマワリの世話にならなあかん事なんかするわけないで!」
その答えに慧は。
「この国の何処に人様の家勝手に押し入ってガサ(家宅捜索)かけるオマワリが居るんや?そんなもん中国か満州のガラの悪いオマワリしかせんわい!そこまでやらかす奴ら言うたら、アンタの身の回りにいくらでも居るやろ?ヤクザか半グレのゴロツキや」
「それこそ菜々美には関係無いわい!真面目なアイツが、ヤアコや半グレに追い回されるはずないやろ!」
「自分、相当眠たい奴っちゃなぁ?エエ!その子『クリスタル・パレス』のナンバーワンのホステスやろ?そんな子やったら、いつ何時、裏社会とつながりが出来てまうか解ったもんやないで、闇カジノ、ヤミ金、シャブ、黒魔術、お水の世界に居ったら、どんな危ういもんかアンタにも解るやろ?そもそもあの店、高山組から杯もうたんがオーナーやってるやないの」
『ガキの癖になんでそんな事まで知っとるんや?』と、思いつつも、彼自身夜の世界の人間だから慧の言うことはよく理解できる。
知り合いのホストやホステス、キャバ嬢でも闇カジノに入れあげる奴、挙句の果てヤミ金に手を出す奴、シャブにハマる奴、黒魔術に頼る奴、色んな奴が居た。そしてそいつらの末路は大抵悲惨の極みだ。
思わず生唾を音を立てて飲み込む。
「ま、銭が惜しかったら放っといたらエエやん、どーせホステスとホストのカップルや、コレを期に別れたほうがアンタのタメやで、その代わり、その子、捕まったらただじゃぁ済まんやろなぁ、オメ○ガバガバに成るまで輪姦されて、その後は脳みそとろけるまでシャブ漬けか《金星の第五の護符》あたりで○ンポ無しでは生きれん体にされて、朝から晩まで客とらされる毎日や、まぁ、最後は釜ヶ崎のゲットーか舞洲、夢州の難民キャンプで公衆便所やろな、そもそも、どうせたかだが五百万惜しぃて捨てる女やろ、どうなっても構んのんちゃうん?なぁ?」
年端も行かない美しい少女の色の薄い形の良い唇から、出るわ出るわ品性下劣罵詈雑言。頭が真っ白になり何も言えない真也に対して慧は追い詰める手を緩めない。
「さぁ、どないすんのん?銭を惜しんで菜々美チャンを見捨てるか、男気だして彼女を救うか?アンタの腹一つやで!」
今まで見たことのない程の目力でグッと睨まれ、遂にこの言葉を口にした。
「解った、金は払う。そやから、菜々美を探してくれ」
「ヨッシャ!それでこそ漢や、契約成立やな」
と、明らかな勝ち誇り顔の慧は素早く姿勢をただし、再びネグリジェの裾を翻してソファーに座る。
「所で、自分、貯金くらいしてるやろ?『チャンドラマハ』でアホ女散々騙して貢がせてるんちゃうか?なぁ剣龍星クン?」
言ってもいない源氏名まで言い当てられ、隠し事はできないと腹を括り「二百万ちょぃ」
「はぁ?しけとんなぁ自分!」
と罵ったあと、彼の左腕を指差し。
「それ、フランクミュラーのコンキスタドール・ライジングサンやろ?ウチの知り合いに買い取らせたら四十万で引き取ってくれるわ、それに車、レクサスのISFちゃうん?中古車屋 に売りぃや、三百万は確実やで、本気で彼女を見つけたいんやったら身ぃ切りぃ身ぃ!」
「何や、自分、ヤミ金の取立てかぁ?えげつないなぁ」
との依頼者のブツクサ言を完全無視し、スックと立ち上がって。
「ほな、行くで、まず近所のATM行ってそこで着手金の百万をウチの口座に振替て、それから彼女の部屋の実況見分や、ウチ上で着替えてくるから、アンタそのあいだに車出してココに回して来ぃや」