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REAL WITCH ~ MISSING~  作者: 山極由磨
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13

 強烈な頭痛で目が覚める。

 まっ先に見えたのは絨毯の毛足と、革靴を履いた何人分もの足先。

 その向こうには、カーテンが引かれた窓を背景に、悠然と高そうな白いソファーに座った男が一人。高山組の若頭、青木だ。今はスーツでは無く、ゆったりとしたトレーニングウェアを着ている。

 背後には気を失う前に見たロン毛の男。やはり目は死んだ魚。

『拉致られた!』真也はすぐに今の状況を理解する。青木の別荘に連れ込まれたのだ。 


「やぁ、小塚真也君、おはようさん」


 青木はそう言いながらさも楽しそうに微笑みつつソファーから立ち上がり真也に近づく。


「まさか、あの麗蘭がこんなチャライホスト君と付き合ってたとは、知らなんだなぁ、俺らもリサーチ不足やったわ、ま、お陰で麗蘭から話が聞けるかもしれんいうこっちゃ」


 床に転がる真也を見下ろしつつ青木、その言葉の中の『麗蘭』という言葉に真也は即効で反応した「な、菜々美はここにおるんか!」

 空かさず「言葉に気ィつけんかい!蛆虫が!」との青木の手下の罵声とセットで強烈な蹴りが真也の腹に。

 爆発するような苦痛に身を折り、胃液を吐き出しながらなんとか身を上げて青木を見る。本当に楽しそうに笑っている。

「ああ、おるで、今から会わせたるわ」そう言って手下に向かって合図を送る。しばらくするとドアの開く音が聞こえ、同時に二人の手下に強引に身を起こされる。

 部屋に入ってきたのは、男一人に脚を掴まれ引きずられている全裸の女。

 スラリと長い脚、贅肉の全くない体、茶色い巻き髪、ぷっくりとした可愛い唇。目はしっかり閉じられているが、間違いなく、菜々美だった。

 ただ、本来はシミ一つない白い肌には何箇所ものアザ、そして綺麗な円錐形の乳房にはいくつもの歯型。

 何が有ったか、何をされたか、明らかだった。

 暴れた、真也はあとさきも考えず暴れた。言葉にならない怒声を張り上げ、芋虫の様に身動きが取れない体で男たちの腕を振りほどき、青木に向かって履い進もうとした。

 それへの返事は無数の足蹴。顔面、鳩尾、股間、内太腿、隈無く徹底的に爪先やかかと、足裏が叩き込まれ、青木が手を叩くまで続けられる。

 腫れ上がった瞼のあいだから見える青木がいう「相馬先生、この兄ちゃんに事情を説明してやってくれるか?」

 ロン毛のローブ男は、ゆっくりと歩きながら床に横たわる菜々美に近づき、尖った革靴のつま先でそのほほあたりを軽く蹴りながら、もがく真也を見下ろし。


「大まかな事情は、お前が雇った小娘から聞いたであろう。この女が『筋』の持ち主で魔術を使い瞬間移動を図ったと、しかし、所詮は生兵法よのう。見事にしくじった様だ」


 そして、今度は真也の元へ歩み寄り、今度は頭を踏みつけながら。


「『常世』を経由した際に、肉体と霊体が分離してしまったようだ、我々が徳島のこの女の実家後に到着した時には、全裸のこの女が建築資材のあいだに横たわっていた。無論、霊体を捉える為の儀式を行ったが、捕まらなかった。この女の意思が弱く、なかなか体に戻れぬのであろう」

「ま、試しに俺らも色々やってみた。しばいてみたり、電気流したり、ウチの若衆のおもちゃにもしてみたが、二三回遊んだらすぐに飽いてしもうたわ、ナイスバディのエエ女でも、マグロやったら興奮せんわなぁ」


 そう言って大笑いした後、青木は再びソファーに戻りゆったりと身を預ける。その後、相馬が続けた。


「しかし、彼女の霊体自体はあたりを浮遊している。体と霊体は細い糸のようなものでつながっているからな、私にはしっかりとそれを感じることができる。そこでだ、君に苦痛を与え、それを止めようと彼女が再び肉体にもどるかどうかを試したいのだよ。なんとしても彼女が誰の命令で立ち聞きなどしたか知りたからな」

「高山の死にぞこないやったらまだエエわい、不味いんはこの女が鯖戸会の指示で動いてる場合や、下手したら管理不行き届き言うことで、俺も高山も消されるかもしれん」


 と、表情を固くした青木。真也は思わず。


「そんなはず無いやろ!菜々美がスパイみたいな真似するやなんて」

「あのなぁ、真也くん、スパイ言うもんは成りとうてなる場合と、成とのうてもなる場合、それに知らず知らずの内に成る場合もあるんや、特に最後のパターンの場合は、しっかりと背後関係を洗わななぁ」


 そんな青木の言葉を、また殴られ蹴られしながら真也は聞く。


「さて、ここまで真也くんがボコられても麗蘭は体に戻る気配は無いなぁ、ええ?先生」


 対して相馬は。


「この程度では足らんのでしょう」

「なるほど、ほな、先ずはバーベキューやな」


 と、青木が言うなり再び真也は引きずり起こされる。目の前にはカセットガスのボンベに取り付けらたバーナー。

 何が起こるかは、アホでもわかる「や、やめろや!やめろぉ!」なんとかその凶器から身を遠ざけようと身をよじるが、四人もの男に掴まれていては身動き以前の問題。


「前菜はソーセージのローストやな、ホストの商売道具、こんがりと焼いてまえ」


 その青木の言葉に、遂に真也の口からこの言葉がほとばしりでた。


「慧!助けてくれ慧!」

「無駄だ、あの小娘は助けに来ない。いいや、来れん。この別荘の周囲には《木星の第四の護符》と《土星の第一の護符》を組み合わせた鉄壁の防御魔法陣を巡らせておる。幾らあの小娘がこの国を滅ぼそうとした大魔術師『タケモトトウヨウ』の娘であろうと、あれを突破することは不可能だ。なにせこの防御魔法陣、東洋自身が考案し、この私に伝授した物だからな」 


 迫る恐怖と、燃え上がりそうな激痛の中で、真也はやっと思い出した。

 中学生の頃、毎日の様にニュースを賑わせた大事件。魔術師たちによる国家転覆テロ計画の摘発。そのテロ組織の大幹部にして最強の魔術師だった『武本東洋』の名前と顔。

 縮れたロン毛、丸めがねの下のタレ目、細い顔、極悪人とは思えない、安物のキリストか殺される前のジョン・レノンみたいな、頭が良さそうな、けど、気の弱そうな男の顔。

 慧が、あの東洋の娘?


「ほな、この兄ちゃんをひん剥いたれや、男の裸なんか見たないけどなぁ」


 青木が命じ、男たちは作業服の襟や裾に手を掛け、強引に引き裂こうと力を込めた。

 その時、胸のポケットから一枚のメダルが転がり出る。絨毯の上に落ち天井のシャンデリアの明かりを浴びたその瞬間、その場が強烈な白い閃光に包まれた。

 太陽の光が直接目に飛び込んだような強烈な輝きに、部屋全体がハレーションを起こし誰もが視界を一瞬失う。そして雷に似たバリバリと言う轟音。

 光と音が消え、顔を伏せていた真也が顔を上げてみると、目の前には裸の女が、奇妙な刺青をした背中を向けて立っている。

 青木が叫んだ。


「け、慧!」


 誰もが凍りついた、一番彼女が現れることを望んでいた真也ですらただ呆然と彼女の白い背中の刺青を眺める。逆三角形を囲む二重の円の図形。何かの護符か?


「おう、殺される前にここに来れたわ、良かったなぁアンタ」  


 そう振り向いて慧、真也をいたずらっぽく見る瞳は、あのガーネットの色。


「な、なるほど、男に《バシンの紋章》を持たせ、我々に拉致させた後《常世》を経由して防御魔法陣を突破したか、さすがだな、武本慧」


 悔しそうな相馬の言葉に慧は鼻で笑って「ま、ここの出来の違いやな」と自分の頭を指差す。


「お前、俺をわざと拉致らせたんか・・・・・・」イモムシ状の真也が、慧の引き締まった可愛い尻を睨みながら唸る「おおきに、ご苦労さん」と、彼女はさらりと受け流す。


「が、しかし、ここは我らが陣中。その上徒手空拳で何をしようというのだ?」


 相馬が優位を取り戻そうと慧に問う。我に返った青木も。


「そ、そうやぞ小娘、これこそ飛んで火に入る夏の虫や」

 

 彼が引き抜いた馬鹿でかい銀色のリボルバーを含め、突きつけられる何丁分もの銃口を平然と眺めた後、慧は青木を指差し。


「おっさん、それ、悪役の死亡フラグやで」


  同時に腹の底にまで響くような地鳴りが床の下から湧いてきたと思うと突然、真也の体が宙に放り出され、床に叩きつけられた。

 一瞬、慧が自分にまた変な魔法でも掛けたのかと思ったが、自分の背後にいたはずの男たちも前のめりに転倒しそうに成っており、青木も相馬も背中から床に叩きつけられていた。

 床が、大きく窓側向かって傾斜し始めたのだ。

 飛び上がった花瓶が窓ガラスを突き破り、開け放たれたカーテンのあいだから闇の中に白く映える遠くの岩礁に打ち寄せる波しぶきが見えた。その景色が徐々に天井方向へ向かって流れてゆく。

 男どもの悲鳴と怒号の中、いつの間にか一足先に天井へジャンプし、シャンデリアに捕まっていた慧が、あの高く澄んだ嘲る笑いを上げる。

 なんとか立ち上がり、激しく揺れ、傾きゆく床の上で必死にバランスを取りつつ青木が、慧に向かって叫ぶ。


「小娘!何しさらしたんじゃ!」


 なかなか体勢を立て直せず、四つん這いで激震に耐える相馬が代わりに応じた。


「慧!貴様《土星の第七の護符》を使ったな!」

「そうや、この別荘ごと地すべりで海に叩き落としてお前ら皆殺しにしたろうおもうてなぁ、紋々見たいに背中に背負って来たんや、いくら鉄壁の防御魔法陣でも中に入り込んでしもうたらオシマイや、おっさんら詰が甘いわぁ」

 

 言い終わるなりよいよ床に付いた傾斜は角度を増し、倒れやすいスタンドやオブジェが窓に向かって転がってゆく。

 堪えきれなくなった男の一人が躓くように倒れ、前転を繰り返しながら床を転がってゆき、悲鳴を上げて窓から外に飛び出した。

 立っていてはマズイと皆わかったのか、青木や相馬、その手下どもは必死に絨毯や柱にしがみつくが、意識の無い菜々美や手足が縛られた真也はそうはいかない。

 よいよ摩擦が限界に達し、二人は絨毯の上を最初を次第に速度を早めながら滑ってゆく。真也は悲鳴を上げるしかない「たっ、助けてくれぇ!」

 自分より先に窓に吸い込まれつつある菜々美と、その行先を思わず見る。と、窓の外には真っ黒い翼を広げた巨大なカラスが、アントニオだ。

 器用に翼をたたんで部屋の中に飛び込んでくると、最初に菜々美、次に真也を鋭い爪で掴み、室内で見事なターンを決め再び窓の外へ。

 それとほぼ同時にドアをぶち破り巨大な三毛猫が部屋の中に乱入する。絨毯の毛足に爪を効かせ傾斜に逆らいながら虎鉄は背中に慧を乗せて、如何にも猫な軽やかな動きで開け放たれたドアに消えてゆく。

 真也と菜々美をぶら下げたアントニオは一旦海に出たあとUターンを決めて陸の方へ進路を取る。

 物凄い轟音が聞こえたので下を見ると、あの別荘が巨大な岩石と大量の土砂に押しつぶされながら、海へと水柱を上げ落ちてゆく最中だった。

 風を切る音とにまぎれアントニオのつぶやきが聞こえた。


「あーあ、あれじゃ助かる奴は居ねぇなぁ」

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