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本作には過激な暴力表現及び言語表現が登場します。お読みの際は十分にご注意ください。
序
汝の欲する所を為せ、それが法となる。
アレイスター・クロウリー
力が上の相手に為すがままにされる事を『まな板の上のコイ』 と言うが、花井宗山の前にちいちゃくなって座る小塚真也は、イヤラシイまでにテカテカなスーツのお陰で、イワシかサンマにしか見えなかった。
細身のヤツで一応スリーピース。ホストの制服みたいなアレだ。
モリモリの金髪の下の、きっちり整えられた細い眉毛は不安で逆ハの字になり、自慢の目力を持つ青い瞳は自信無げに曇り、普段は酔っ払いのお姉さんおばさん相手に調子のいいこと言ってる口は、事のいきさつを喋ったあと、ぴったりと塞がったまま。
対して、立派な体躯を見ただけで一流品とわかる結城紬の着流しに身を包み、コイーバのジガーを燻らしつつ、この二十三の若造をなんとも哀れみたっぷりに見つめてる御仁は、実に落ち着いたもんで、よく通るテノール・ボイスで。
「彼女さんが行方不明、そりゃ、君、心配やわなぁ」
と、同情の言葉。
でも何故か本気が感じられない。
「心配やってモンや無いっスよ先生!」
それを察したのか真也はイラつき口調でそいう言って。
「菜々美が勤めてる店の黒服が三日も欠勤してるからなんでか知らんかって訊いてきて、俺も心配になったから菜々美の部屋行ったらもう中身はグチャグチャ、真面目なあいつが部屋散らかしたまんまでどっか行くやなんて有り得へん、誰かに拉致られたんか、ヤバなって慌てて飛んだか、そのどっちかしか無いっスよ、なぁ先生助けてくださいよこの通り!」
深々と頭を下げる真也を白髪交じりの眉を潜め眺める宗山。ブワッと甘ったるい香りの煙を吐くと、
「そやけどなぁ、君、なんでこの件が魔法絡みや思うたんや?君んとこの店の社長。君がそない言うからワシを紹介した言うてたけど」
「あいつ、俺とは幼馴染で、その時から不思議な力が使えたんっスよ。無くした玩具がどこに行ったか聞いたらピタッと場所を言い当ててくれたり、トランプ遊びしててもすぐ相手のカード読んでしもうたり、それに大阪来てから魔法の本を読みまくって勉強してた見たいです。先生、魔術師やのうても、魔法使える人間って居るんでしょ?菜々美も多分そうや、そんで、魔法使うてやばい相手から飛んだんに違いないんや」
意気込んでしゃべりまくる真也を、花井はシガーを挟んだ手で「まぁまぁ」と言った具合で制しつつ。
「確かに、魔法を使える血筋、つまり《筋》の者でのうても《トツケン者(突発性顕現者)》いうて魔法を使える者はたまには居る。そやけど魔法言うもんはいくら《筋》の者でもちゃんと修行を積んで訓練してからでないと使えんもやし、持って生まれた《魔力》が弱かったら幾ら修行してもたかが知れてる。わしも一応親からもろうた《筋》を受け継いで、それなりの師匠に着いて修行して《株》をもろうた《白魔術師》やけど使える魔法は少ない、そやから弁護士いう二足のわらじを履いてるんや。いくら本読んで勉強しても《トツケン者》に使える魔法なんて大した事ない、ましてや姿を消す言うたら《太陽の第六の護符》か《バアルの紋章》を使うて透明人間に成るか《太陽の第五の護符》か《バシンの紋章》で瞬間移動して文字通り飛ぶしか無いけど、そんなんワシでもムリや、ましてやちゃんと修行した訳でもない《トツケン者》なんかにはとてもとても」
と、言いつつションボリうなだれる真也を盗み見ながら宗山、シガーを灰皿に置いてポンと小膝を叩き。
「ヨッシャ、解った。相談に乗ろう」
ハッとして宗山を見上げる真也、客として来た魔女に八万円の破格値で青くしてもらった瞳を希望に輝かせたりする。
「ただし、もし君の言うとおりやったらワシのレベルの魔法じゃ心許無い、その代わり強力な助っ人を紹介したるわ。その子の実力は大阪一、つまり日本一、早い話が世界一や」
そう言いつつ、《水星の第三の護符》が蒔絵で描かれた万年筆を取り出し、メモ用紙に何かを書き付けて真也に差し出す。
受け取った彼、マジマジと見つめ「タケモト・・・・・・なんて読むんです?」
「高校くらい出てるやろ君。武本慧や、新世界商店街の入口にあるビルに《庵室》を構えてる。ワシから連絡しとくさかい、今からでも行ったらどないや?」
「有難うございます!」と勢いよく立ち上がる真也「あ、そうそう」と言って片手を出す花井。
「ワシも一応弁護士や、相談料貰わなな、三十分二万円やけど、まぁ、半額にしといたるわ」
キョトン顔の真也「ホレ、一万円」と手を突き出す宗山。渋々、尻ポケットから長財布を引っ張り出した。