第7章 夫を叱咤激励する元乙女
母親似の長男ロイドは、盤上の戦略を練るのが三度の飯より好きで、騎士団に入って参謀になるのが夢だった。
もちろん実技も得意で、毎日の鍛錬も欠かさなかった。
シュリンは、自分より年下の相手と遊んだ経験がなかった。
そのため、自分の息子達に全く手加減せずに本気でゲームや体術、剣などの相手をしていた。
下のカイルは負けても当然だとあっさりしていたが、上のロイドは性格まで母親に似ていて負けん気が強かった。
しかも頭が切れた。
そのために彼はなんとか父に勝とうと、幼いころから必死に秘策を考えるようになったのだ。
容姿だけでなく頭の出来も父親譲りの次男カイルは、幻の植物探しを趣味にしている、学者希望の天才児。
シュリンは決して領地を妻任せにしていたわけではなかった。
休暇を取って帰ってくると、いつもを領内をフィールドワークしていた。
父親大好きっ子だったカイルは、いつもそんなシュリンに付いて行った。
そして物知りな父親から、動植物の名前や生態を色々と教えてもらっているうちに、自然科学に夢中になったのだ。
そして両親の遺伝子を丁度半分ずつもらったような末娘のマイナは、花屋になるのが夢だった。
シュリンは妻の趣向をよく知っていた。
だから花束を贈るときは、可愛い小物を飾ったり、色とりどりの紙やリボンでラッピングして渡していた。
母親に似て可愛いもの、愛らしいものが大好きだったマイナは、それが羨ましくて、自分も同じようなプレゼントを父親にねだるようになった。
マイナにいわく
「お花屋には可愛くて綺麗な花とリボンが溢れていて、妖精さんの国みたい」
なのだそうだ。
しかし、将来妹が花屋を開いたら、そこには弟カイルが採取してきた新種の毒花や食虫植物までもが並べられていそうで怖いわ、と姉のラルラ思っていた。
さて、長女ラルラの学園入学式の翌日、領地から飛んできた妻アイラから離縁を告げられたシュリンは、その場で卒倒した。
彼にとって妻のアイラは何にも代えがたい存在だった。
だから妻との縁が切れたら妻と出逢う前の、夢も希望も無い世界に逆戻りしてしまう。そこは暗闇しかない。
七歳のころ、彼は孤独に耐え切れずに消えてしまいたいと思っていた。
そんな彼を優しくて抱き締めてこの世に引き留めてくれた少女が、妻となったアイラだったからだ。
その後彼女と学園で再会したときは、その奇跡を初めて天とベルクイスト宰相閣下に感謝した。
同級生は皆大人に見え、話は合わず、多くの人間の中にいても、結局彼は一人ぼっちだったからだ。
ところが彼女に話しかけようとしても、いつもスルッと逃げられてしまった。
最初は避けられているのかと悲しくなったが、やがてそうではないことに気が付いた。
彼女は絶えず一定の距離を保ちながら、いつも自分を見守ってくれていることがわかったからだ。
そして卒業して官吏になってからは、彼女と仕事で接触することが多くなったので、シュリンは登城するのが毎日楽しみになった。
そんなある日、両親が仕事先で事故に遭って突然亡くなった。
タウンハウスにひきこもり、仕事場へ行けなくなった。
宰相を始めとして上司や同僚が見舞いに来てくれて、色々と励まされたが、却って辛さが増した。
しかしある日彼は、タウンハウスに毎日のように花が届けられていたことに気が付いた。
た。
そして半月後、その送り主がアイラだということがわかった。初めてその花束に手紙が添えられてあったからだ。
「涙は悲しみも一緒に流してくれるといいます。どうか思い切り泣いてくだい。
そして時間がかかってもかまいません。いつか以前のように眩しく光り輝く貴方の笑顔が見られるようになることを願っています。
私は貴方の笑顔がなによりも大好きなので」
その手紙を読んで、シュリンは両親の死後初めて泣いた。一晩中。そしてようやく家から出られるようになったのだ。
あのときから、アイラはシュリンの生きる希望になったのだ。
それなのに離縁だなんて。
(ホーランド侯爵の馬鹿野郎!
あんたのとこの長男の名前はランディーでルンディーは次男だろう?
次男のルンディーならそこそこ優秀だと耳にしていた。そして二年早期入学したラルラとは同じ年だから、婿として考えてもいいかな、くらいに思っていただけだ。
長男には幼なじみの恋人がいることくらいわかっていたからな。
そもそも、アイラやラルラに相談せずに勝手に婚約を決めるわけがないだろう!
それなのに勝手に嫡男のランディーと、僕の愛するラルラの婚約が成立したなんて噂を流しやがって。
ランディーとルンディー、上手く発音できないなら、そんなややこしい名前なんて子供に付けるな!)
シュリンは当然、娘のラルラとランディーの婚約など認めてはいなかった。
ただ、ホーランド侯爵が勝手に流していた噂に気付かずに放置してしまったのだ。
妻のアイラをそれを怒っていたのだ。
株投資に失敗して家が傾きかけていたホーランド侯爵は、いずれ財務大臣になることが確実視されていたバーディング伯爵家とどうしても縁を結びたかったのだ。
だから、嫌だとはっきり自己主張できないシュリンの性格を知っていて、噂を流して強引に話しを進めてしまおうと画策したのだろう。
彼がバーディング伯爵に息子の名前を意図的に勘違いさせたのか、たまたまだったのかは結局わからなかったが。
彼にはなまりがあって、普段からランディーとルンディーを正しく発音できなかったらしいので。
しかし、ホーランド侯爵にもっと情報収集能力があったなら、次男のルンディーの方をラルラ嬢に婿入りさせられたかも知れないのに……と周囲の人間は思った。
その後ホーランド侯爵は宰相ベルクイストの逆鱗に触れ、国の監査を受ける羽目になり、国の指導を受けることになった。
その結果侯爵家とは名ばかりになり、国の要職からも降ろされた。
そして嫡男が卒業して幼なじみと結婚すると当主の座を譲って、妻と共に離れに移り済んだ。
これ以上余計なことに手を出さないように禁治産者となって。これは
「ランディー様とルンディー様は親に似ず頑張り屋なの。
これ以上親の尻拭いをさせられ続けては気の毒だわ」
娘ライラのこんな呟きを聞いたアイラの助言によるものだった。彼女も似たような親に苦労させられてきたので。
アイラは夫に離縁を突き付けた後、王妃や宰相、三人の兄達、そして娘ラルラに説得されてようやくそれを撤回した。しかし
「どうせ最初から離縁するつもりなんてなかったでしょう。
あなたの方こそバーディング伯爵なしでいられるわけがないのだから」
こうエメランダ王妃に言われたアイラだったが、それは事実だった。
しかし今度ばかりは、本気で心を鬼にして厳しくしなければと、思ったのだ。
これからだってバーディング伯爵家と縁を結ぼうと狙っている人間が、手ぐすねを引いているのは確かなのだ。
彼らには二人の愛の結晶である、優秀な子供が四人もいるのだから。
(今回はしっかり者の長女ラルラだったから上手く対応できたけれど、下の三人はそうはいかなそうだわ。
厳しく教育しているつもりだけれど、父親に似て世渡りは下手そうだから。
親がしっかりしないと、本物の悪魔や悪役令嬢に取り付かれてしまうわ。
子供達は皆私達二人の宝なのよ。
それなのに、娘自慢をしているうちに、まんまとその術中に嵌ってしまうなんて、本当に旦那様は情けないわ。
まあ、子煩悩なあの人らしいと言えばそれまでだけど。
いえいえ、ここで甘い顔を見せてはいけないわね。
本当は私も旦那様に逢えないのは辛いけど、ここは我慢、我慢よ)
アイラはこう自分を鼓舞して、領地の屋敷の門前で泣きながら「中へ入れてくれ~」と訴える夫を三年も無視し続けたのだった。
続けて投稿します。
次で完結です。




