怒りと哀しみの咆哮
「クェ〜?」
ランディの言う、砂になるならないの話と魔法陣の欠陥に何の関係があるのかは知る所にない。とはいえ先の会話と繋げれば、魔法陣の欠陥によって人が砂になる事は明らかだ。
その致命的な欠陥をランディはエムに試していたという話でもあるが、魔法陣の欠陥により人がどうして砂になるのかも分からなければ文句の言いようもない。
ただ、死ぬ可能性のある話なら、砂にならなくて良かったと安堵に笑っていたランディの態度はあまりにも楽感的で、エムからすれば腑に落ちない。
何もかも分からないアホキャラでも無ければ、全知全能の神過ぎるチートも無いエムは、元の記憶に大学生の思考というよりアニメにツッコむ思考が物を言うのか、自身の危機には敏感だ。
「て、ちょ、僕を殺そうとしたって事?」
だが得てして、見下している対象と自分は違うと思う者程その対象に近いもので、それは緊急時の対応で髄著に現れる。
アニメに見るアホキャラそのものを自身がしている自覚も無く、焦り驚き端的な言葉を発して目を丸く、死んでいた可能性に不安を覗かせランディの応えに安堵を求める。
「ああ。物入りにしたって勝手に入って来ては寝て物食ってをしておいて、オレを縛り付けてる奴等を信用しろって方が無理な話だろ!」
「ああぁ……」
自分達のした事を客観的に考えればランディの言い分に間違いはなく、正論を吐かれては返す言葉もなく猛省に萎縮するエムの顔に表情は無い。
けど、猛省にも答えによっては解せない部分が一つある。それは、殺そうとしたのはランディが仲間になると言った前か後かだ。
無論、前なら許せもするだろう。何せ、勝手に入り込んでランディを縛ったのは自分達だ。だが、仲間になると言った後に殺そうとしたなら、それは裏切りに当たるのかも微妙だが、倫理的には許せない。
「……あの、いつその魔法を?」
「魔法? いやまあ、握手ん時だよ」
「ん、……」
言葉に詰まるのは無理もない。自分が仲間にならないかと問い、それに応えた握手なら、前か後かに許す許さないを考えていたエムにとっては、どっちがどっちだか判らず答えが出ない。
握手をする前に仲間になると言っていたけど、仲間になるのは、ランディが差し出した手をエム自身が手に取り握手した時に初めて認められるものだろう。
なら、握手した瞬間はどちらに属すると言えようか?
――TOKOTOKOTOKO――
「クェ?」
問答に揺れる二人の間をのん気に歩き、戸を開け追加の氷を拾いに出ては夜風の寒さに素早く戻り、元の位置へと向かい壁にもたれて寛ぐペンタゴン。
――BATAAAANN!――
――TOKOTOKOTOKO――
「クエ〜」
ふと、とある事実に気付いたエム。
「あ! 握手しちゃってるよ。え? ちょっと、それ何の魔法よ?」
一度は呼称の件で間を置くも、記憶の中の手の温もりにその後きっちり握手していた事を思い出したエム。
右手を見詰めて不安に駆られ、放心状態のまま走馬灯のように巡る筈の記憶は、元の世界とこの世界とがぐちゃぐちゃに混ざってまとまらなず、口調も中二かそれ以下か。
「魔法?……そうだな、お前の言うところの“退魔の力”ってやつだ!」
焦り怯えるエムの動きは放置するも、問いには真摯に応えるランディ、ようやく体温を取り戻したか暖炉の前から立ち上がるが、毛皮ジャケットの中は下まで裸。
退魔の力と聞いたところでエムが答えに行き着ける筈もなく、呆けた頭に更なる混乱の要素を加えられ、脳の完全停止が近付いているのか軽微な痙攣に頭を震わせる。
「クェ……」
互いの姿に尊厳もなく、恥を晒して真面目に語る二人の会話に飽きたのか、一羽優雅に寛ぎ腹這いで大の字になり、文字通り羽根を伸ばすペンタゴン。
エムの悩みも知らず、ランディは晴れた顔でテムの魔法陣の致命的欠陥を説き始める。
「オレは、魔の力の全てを消してしまうらしい。この力のおかげで今日まで生きて来られた訳だが、ここに来て解った事がある。それは……」
テムの生み出した魔法陣は魔の力の流れを変えるもの。
石や岩に刻む魔法陣で方向や行き先を指示して、受け流したり囲いを造り魔除けとするのが防衛魔法陣。
治癒魔法は、人を含め獣や魚といった生き物の血の流れに魔の力を乗せ細胞組織の活性を促す。
浄化と再生を促す魔法の浄化魔法は、魔の力をエネルギーとして使い、草木花に栄養という形で地中に還元され土壌を変える。
だが、再生を促す魔法は治癒魔法と違いは僅かで、木の幹そのもそのを再生しようとする折には治癒魔法と等しく、血の代わりに幹に流れる水に魔の力を乗せ細胞組織の活性を促している。
ここにランディの言う致命的欠陥が有ると言い、治癒魔法も再生魔法も促す人や幹に直接魔法陣を刻んで魔の力を流す訳だが……
「治癒・再生の最中に魔力の枯渇が起きると、魔法陣を刻まれた人や幹の中に残る魔の力が熱暴走を起こして血や水も枯渇する。つまりは身体をも砂に変えて数時間の後には死ぬ事になる!」
ランディの話すそれは、テムの教えを知る者なら噂程度には聞く事もある話だが、そもそも魔の力が枯渇すること自体が珍しく、検証も立証もしようがない事から陰謀論的に云われていた話でもある。
だが、ランディには魔の力を枯渇させる力があり、検証はし放題だろう。とはいえ、退魔の力を持つが故に肝心な魔法陣を刻み扱う事すら出来ないランディには検証のしようがないのも事実。
ところが、ランディの話を聞いてもエムの反応は薄く、砂になり死ぬ事を何とも思っていないかの如くで、自身に起きるかもしれなかった事実を理解出来ていないのか、呆けた顔で首を傾げている。
言葉に詰まり疑念を抱くランディは、理解する気がないと見たのかエムに対して語気を強める。
「それがどういう事か解っているのか?」
「いや、それって、治癒・再生の魔法陣を直接身体に刻むような原始的というか野蛮というか、時代錯誤の方法を用いる人にしか関与しない話で、既にその欠陥を補うような貼る魔法陣が売ってますけど?」
問いかけたランディに対して間抜けな顔で応えるエムの話は、答えが分かれば怖くないを言うように、冷静になったか事の起こりをおさらいし、欠陥を利用したランディの試しを検証と等しい答えと導き出していた。
どうやらランディの知るテムの教えや魔法陣も、随分と前の情報しかないようで、昨今の魔法技術の発展は山暮らしのランディにまで届いていないと理解したエム。
だが、それ故にランディの恐ろしい過去が露呈する。
「そんな、……なら、奴等はどうして? いや、奴等もオレを殺しに来たんだから自業自得だ。けど、なら、ケールはどうして、どうしてケールが死ななければいけなかったんだ! おいおい、おい。ふざけんなよ……」
誰の何を見て来たと言うのか頭を抱え、苦悩に膝をつき泣き崩れるようにして屈み込んだランディだが、悔しさに天を仰いで恨みを向けると小屋を飛び出し、山の頂に向け怒りと殺意に満ち満ちた咆哮を上げる。
――GRAAAAAAAAAB!――
魔獣に向けるそれとは違い、熱く燃え盛るような怒りの中に哀しみが潜む唸り声、その叫びは悪夢のようにまとわりついて魔獣でさえも近付こうとはしないだろう。




