真偽確認の是非を問う
「で、誰を倒しに行くんだ? 相手によっては手を貸せねえぞ」
暖炉に火を焚べる小屋の中、真面目な顔でエムに訊ねるランディだが、羽織る毛皮ジャケットの中は下まで裸。
マグマ直火温泉たる火口湖で、洗った身体に革の衣類を着ようとランディが持ち上げた瞬間、衣類の匂いをエムが嗅ぎつけ、それも洗えと湯に浸して皮の内側をゴシゴシされて……
小屋へ帰るまでを氷の粒が転がる平原を裸で走り、寒空の下ですっかり湯冷めしたランディは新しい革の衣類を着る前に、毛皮のジャケットを羽織る程度に体温を取り戻すまで火に当たり、震える身体で睨みを向ける。
エムは申し訳なさそうに水浸しの革の衣類を暖炉の前で干そうとするが、どうにも縮んでしまいそうな兆候が見受けられ、気まずさにランディから見えないようにと隠す仕草が怪しさを増す。
言うべき事を後回しにしたツケなのか、今に語るを怖気付く中、ふと、問われた応えに違和を感じて間違い探しの答えを求め、エムは思考を巡らし黙り込む。
「クエ〜」
涼し気に湯上がりを楽しむペンタゴンは、平原に転がる氷の塊を小屋に持ち込み、飴ちゃんの如くにクチバシの中で転がし壁にもたれて寛いでいる。
問うも反応無き事に眉間にシワを寄せるランディだが、不意に後ろめたさを滲ませ苛つきを抑え、煮え切らない態度にも自制するのは何か引け目を感じる理由がありそうだ。
ため息を一つ溢して吹っ切るように諦めにも似た顔を見せるが、息を吐いては寒気に震えが襲い、火に手を翳して暖を取りつつ応えを待つのみ……
「あああっ! あの、ひょっとしてランディさんが産まれたのは、ヘルズホルンではない……とか?」
まだよそよそしくも、ドラー家の教育方針たるが賜物に言葉遣いは丁寧なエム、違和感の答えはランディが森の外の世界を知るかの発言にあった。
“相手によっては”
それは、森の外の世界に知る相手が居るという事であり、知る相手の中には仲の良い者も居るから敵に回すは出来ぬと言う話。
驚いた顔で黙るランディを見て、エムは沈黙の長さを当たりと考えた。
だが、両親が居ない事実にまで頭が回らず、なんて不躾な問いをしたのかと自責の念に駆られ、焦り言い訳を考える。
けれども応えはシンプルで……
「……こんな所で産まれる訳がないだろ!」
呆れて怒るランディの反応は至極当然のようにも思えるだろう。
しかし、後回しにしていたエムの話がランディの問いの応えに繋がるなどとは、ランディには知る由もない。
何故なら……
「ですよね〜。いや、実はここへ辿り着くまでに紆余曲折ありまして……」
語り始めたエムの話を驚愕と納得を織り交ぜたような顔で聞き入るランディだったが、話が終わりに近付くと呆れにも似た疲れた表情へと変わって行く。
エムの話を要約すると……
東方の島からこのガゼル大陸に足を踏み入れたエムが、勇者としてこのヘルズホルンを目指した理由である。
森を囲むようにして、二つの大国と連合国が三つ巴の争いを繰り広げるガゼル大陸の現状を知れば、何故に勇者と云えるのかを問われるのは当たり前。
どの国の者かによっては敵にもなり英雄にもなり得るだろうが、勇者と云うなら何処の誰の為に何処の誰を倒そうと勇み行く者なのか。
「それは、その……私が勇者だから? としか言いようが……」
と、呟いたところで村の子供にさえ石を投げられ泣いて逃げ、倒す相手を求めて大陸中を彷徨い歩き、辺境の村でようやく知ったが“魔女の帽子の魔人”の噂。
聞けば、ヘルズホルンを魔に染めた魔女の帽子の魔人を倒せば、変魔の森に流れる魔の力も消え去り、魔に侵された樹木や草花に虫や獣も元の姿を取り戻し、このガゼル大陸全土の争いも治まる筈だと言う。
それはもう、中二病を患うエムにとっては待ち焦がれた展開でもあり、魔女の帽子の魔人を魔王的な扱いに考えたエムは、自信を持って勇者を名乗る事が出来、村々を渡り歩いてヘルズホルンを目指す冒険の旅とした。
無論、RPGよろしく村々では教会や村人に魔王を訊ねて勇者を説き、いつかのゲームで見たような作り話を聞かせて怯えさせては、勇者たるに宿代を値切らせる。
村の娘から尊敬の眼差しを受けて独り悦び部屋に籠もってニタニタしては、奥手に声もかけられず格好つけに旅立ちを伝え、好みの娘と別れを繰り返してきた日々を思い返す。
無論、そこはランディに伝えず、語り終えて旅の思い出に浸り懐かしむエム。
「で、オレを殺しに来たと……」
意外にも冷静なランディの反応はエムの予想とは大きく異なるものたが、下を向いていて表情は判らずもその声には影がある。
まるでそれを知っていたかのようでもあるが、殺しに来た相手に対して下を向くのは信頼の証か、それとも……
「ああ、いいえ。私は、ランディ、貴方の退魔の力を信じる事にしました。勿論、最初は倒せるモノなら倒して自慢にその首を持ち帰る……のは、何か気持ち悪いから、魔人の何かを持ち帰って英雄譚として語り継がせようかなとは思っていましたけど……違う! そうでなくて……」
一人の老婦から聞いた噂を、メヌエ国やヴェゼル国に侵略された東の小国や村々で、勇者を説く上で誇張して話していたが、いつからか厨二を拗らせ自分が付け加えた部分も忘れていたようだ。
自分で誇張した話を信じてしまい、ヘルズホルンの頂きに棲む魔人となれば相当な手練れだろうと考え始めていた。
ランディの事を魔王的な者と想像し、退治するつもりでやって来たのは間違いない。
ところが、魔女の帽子の魔人と云われる者の容姿や山暮らしの厳しい生活を知り、遂には魔獣との闘いで“退魔の力”を目の当たりにしたエムは考えを改める。
退魔の力を持つ男を魔人とするのは間違っている。
けれど、散々勇者を説くのに魔王扱いして語り捲った経緯をどうするべきかに、一晩悩み、悩み、悩んでいる内に吹き荒ぶ夜風で身も心も冷えて凍えて……
「ペンタゴンは勝手に何処かへ行っちゃうし、もう助けを求めて戸を叩くしか……」
「クエ?」
そこまでを話して自虐に気付き、苦い顔で上を向くエムに対して、ランディは少し溜飲を下げたような顔を浮かべて口を開いた。
「そっか、でもオレを倒しに来たのは間違いないんだよな? なら、お互い様って事で、いいか?」
何の話かも分からず、うんともすんとも応えていないが一人納得するランディは、晴れた顔でとんでもない懺悔をエムに告げる。
「エム、お前が砂にならなくて良かったよ! 握手した時はまだお前の事を信用していなかったからな! いや、良かった。本当に良かった! なあ、ペンタゴンタ!」
「クエッ!」
ランディが自身を呼ぶ名の違いに気付いたか、振り返りに睨みを利かせるペンタゴン。
“砂にならなくて良かった”
ランディの不穏な言葉に一抹の不安が過ぎるエムは、意味が分からずも問いを返すしかない。
「あの、砂になるならないって、どういう……」
「んん? ああ、お前も知らないのか……」
「何の話ですか?」
少し困った顔を見せると口を尖らせ鼻から息を吐き出し、何処とも言えない所に視線を向けて考え始めるランディ。
だが、数秒程で意を決したかにエムを見詰めると、冷めた顔で静やかに語気を強めた。
「テムの魔法陣には、致命的な欠陥が有る!」




