ペンタゴンのペット
「ん……んん?」
目を覚ましたランディ、霞む目を擦ろうとするが身体を縛られていて動けない。
ハッとし周囲を確認すると小屋の中、あの眠り転げていた甘えん坊と妙な生き物が暖炉に火を点け何かを作って食べている。
「オイッ! お前ら何してやがる!」
縛られている不利を忘れて声を荒げるランディ、声に気付いた甘えん坊が手を振り何かを言おうとするより早く、妙な生き物が素早くランディに駆け寄り鋭い睨みを向けてマントのような翼を振り上げた。
「あ、ペンタゴン!」
――BATANN!――
呼び止める甘えん坊の声も空しく、マントを被せるかの動きで頭を翼で叩かれたランディは、衝撃は重くグワングワンと頭が回る感覚に意識を失いつつある中、恨みを残そうと何とか目を開け睨みを向ける。
「クェ〜?」
その拍子抜けする程に愛らしい鳴き声は、甘えん坊の声に従じて応えるものと判らせる。
「『時間ハンカチ』ーっ!」
黒と白と黄色しかない謎の生き物に駆け寄って来た甘えん坊は、腰の辺りに携えるポシェットから布切れを取り出すと何かを叫び、ランディの頭からそれを被せる。
〈オレ、死ぬのか……〉
顔に布を被せられ、息も絶え絶えに薄れゆく思考の中で自身の生い立ちを呪っていた。
対峙する魔獣が何であれ、ランディに触れた途端に元の姿へと戻される。野生動物なら家畜として肉として油脂として建材として服として、生活の糧にも出来る事から無敵に思われるかもしれない。
けれど高地の山暮らしに魔獣が現れるのも稀な上、魔獣のように向かって来るなら兎も角、野生動物も逃げるを捕らえるとなれば話は別、俊敏さが物を言うが空気も薄く気温も低く厳しい生活を強いられる。
それでもランディが山暮らしを続けていた理由……
生まれはここより遥か南方の川沿いにある温暖な気候の小さな村、タヘルと呼ばれるその村はマウワー教を崇拝するメヌエ国の支配下にある。
王都メヌエで組む防衛魔法陣の外に位置するタヘル村は独自の防衛魔法を組む必要があり、メヌエ国は村に教会を建てるとマウワー教団より魔法師のサボンヌを守衛として派遣し、村に住まわせ治安維持を約束した。
無論、教会は村の治安維持が目的ではなく、マウワー教にとっては布教活動の拠点であり、メヌエ国は国家に逆らう動きやその手の情報を収集する任を置き、有事の際には村人を先鋒の盾として使う為に先導する役割りが主である。
三つ巴の宗教戦争開戦から数年後、タヘル村で道具屋を営むジェ……
――BASHUT!――
「痛っ!」
走馬灯を巡る最中に叩き起こされたランディ、同じ翼の叩きではあるが今度は軽く、先の叩かれた痛みは既に無い。
いや、扉で叩かれた折の痛みすら無く何が起きたかも判らない様子で、ランディの身体に残っていた筈の傷も見える範囲は全て消えていた。
「あ、ペンタゴンまた……」
何度か聴いたペンタゴンとは目の前に居る黒白黄色の生き物の名と判ったが、甘えん坊の呼び方からしてパートナーより下に見ているのか、子供を相手にするかのようでもある。
それは言葉の通じぬ相手とも言え、ペットのようなものだろうかと考えそれを見るランディ。
「クェッ!」
ランディの目が自身を見下すようで気に入らないのか、上から目線に睨みを利かせ翼を振り上げたペンタゴン。
「駄目だよペンタゴン!」
――BETCHI!――
「え、……?」
何故か甘えん坊の頬を軽く叩いて怒るそれは、まるで「俺に指図するな!」とでも言っているかに、どちらがペットかをも判らせる。
複雑な上下関係は兎も角、甘えん坊が甘えん坊過ぎて話が全く進まない事にランディは苛立ちを隠せない。
「何なんだよお前ら!」
「あ、すみません。私はドラー・エム。東方の島から来た勇者です。それで、このペンギン……て、言っても分かんないか、この鳥に似たのはペンタゴン。私の仲間です」
と、丁寧に自己紹介をされた所で、ランディには何故この状況に至っているのかが分からない。
「クェ!」
それと、縛られているランディに対し、上から目線で勝ち誇るペンタゴンが腹立たしくもあるようで。
「ペンタかゴンタか知らねえけど、勝手に人の飯食いやがって、用が済んだならこの縄解いてとっとと出てけ!」
怒気を強めるランディ、なのにドラー・エムはニヤけた顔で頭に手をやり、応えるでもなく困った様子で煮え切らない。
「いや、タイミング的に、絶対今言う話じゃないとは思うんですけど……」
まどろっこしい言い方が余計に腹立たしく、縛られてなければとっくに小屋から放り出しているだろう。
「クェッ!」
苛つきに縄を解こうと細かに動くランディを睨みつけ、威嚇に黄色いクチバシで小突き牽制するペンタゴン。
――KOTUKOTUKOTU!――
「痛ッ! この、クソッ! 」
ドラー・エムは恥ずかしそうに下を向き、ランディとペンタゴンの喧騒も知らず、まるで告白でもするかに照れながら口を開いた。
「あの、私の仲間として、一緒に冒険の旅をしませんか?」
呆気にとられるランディをクチバシで小突き続けるペンタゴン。
――KOTUKOTUKOTU!――
「……バカなのか?」
ランディの応えは当然に思えるが、ドラー・エムの顔は秘策があるかに確信に満ちていた。
「ふふん、そうでしょうそうでしょう……え?」
ランディの言葉が遅れて脳に届いたドラー・エム、まるで予想外とでもいった顔で驚いている事にランディも困惑の表情を浮かべ、その顔をあしらうかに軽めで叩くペンタゴン。
――BETCHI!――
予想外の応えにズッコケるドラー・エム、直ぐに姿勢を整え格好つけるが、顎に手を当て腕を組む厨二のそれはこの世界で格好良いものかは判らない。
ただ、ドラー・エムの確信に満ちた顔は本物だった。
「ふ、貴方が夕刻に魔獣と闘うを見て、私は確信した。貴方は退魔の力を持つERASERであると!」
決めポーズなのか左手はランディを指差すが、逆を向く額に右手の人差し指を当て、こめかみ脇に親指と中指を沿わせ目を瞑るドラー・エム。
「そりゃあ、見たなら分かるだろ……」
当たってはいるが、ランディの心に響く内容では無い。
しかし、ドラー・エムは自分の世界に浸りランディの方を見る事すらせず、厨二を拗らせニヤけた顔を伏せてゴニョゴニョ語る。
「いや、その力が魔獣に対して有効なのは間違いない。だがしかし、貴方はERASERであるが故、この世界の魔法では貴方自身の怪我を治す事が出来ない! 違いますか?」
だがしかし、から勢いよく振り返って声を高らかにするドラー・エム、その問いに一瞬息を飲んだランディは思考を回す。
だが、考えた所でランディ自身の分析結果を知らされたに過ぎず、ドラー・エムが何を言いたいのかは分からない。
「……で?」
「で、で? ……えと、で? ええ?」
自分の中で成立していた答えは相手に通じず、転生前のコミュ障が露呈した事で慌てふためき固まり言葉を失い点になる目。
――TOKOTOKOTOKO――
ランディが煙たい顔で応えを待つ中、まるで普段からそうであるかに慣れた感じでドラー・エムの下へと世話焼きに向かうペンタゴン。
――BETCHI!――
「あ、そうだ。僕……いや、私は、貴方を救う事が出来る唯一無二の存在なのです!」
頬を叩かれ話すべき事を思い出し、正気に……厨二に戻ったドラー・エム。
流れからすれば馬鹿にする所かもしれないが、ドラー・エムの言葉はランディの心に響いていた。
「……これ、本当にお前が治したのか?」
自身の身体に残っていた古傷までもが消えているのを、縛られながらも見える範囲で確認しつつ、驚きと疑いと不安からの解放とが混ざり合い、笑っているのか泣いているのか怒っているのか。
物凄い形相をしたランディの顔は下を向いていて判らずも、ドラー・エムは凡そに退魔の力による苦労を理解しているのか、問いに応える。
「ええ、臭いのは治せませんけど」
「……ん、んん?」
涙で濡れた鼻をすすり自身の匂いを嗅ぐランディ。
「鼻が曲がりそうです。お風呂に入ってください」
鼻をつまんで話すドラー・エムの態度を見てか、感涙したランディの心に乾いた風が吹き荒び、下を向いたまま何を考えているのかも分からないが、一瞬輝きを見せた瞳には暗い影が覆い被さる。
「そっか、なら、先ずはこの縄を解いてくれないか?」
「あ、そうですね」
まだ仲間になるか否かの応えを聞いてもいないのに、ランディを信じて縄を解きに向かうドラー・エム。
お人好しな性格がどちらに転ぶか判らないと理解しての行動か、ランディの背後へ回るペンタゴン。
脇で縄を解くドラー・エムから顔を伏せ逸らすランディは、ペンタゴンの動きを察知するかに思考を閉じた。




