転生の厨二
丘上に建ち並ぶ千草団地は大学が密集する地域から程近く、男は団地が実家で単位の心配をする大学三年生。
皆が就職活動に勤しむこの時期に、連なる団地を繋ぐ広い遊歩道を、厨二と判らせる服装で独り何かを呟き怪しい動きを織り交ぜ闊歩していた。
周囲に視線を感じると、一目置かれる存在とでも思っているのかニヤけた顔を髪で伏せ、そちらへ向けて妙なポーズで手をかざす。
無論、団地街には似つかわぬ怪しい不審者か、或いは嘲笑の対象として見られている訳だが。
「ちょっ……」
団地の遊歩道を抜け、バス停に着いたと同時に走り出したバス。
「ふふん、我が力に恐れをなして逃げおったか……」
目の前で出発したバスを見送り、丘町の急坂を歩き始めた男はスマホを手に取り、何かのイベント開始時間と電車の時刻表を確認しつつ、ながら歩きで坂を下る。
「うわっ! 〇び太が歩いてる」
対向車線側の歩道を登って来る二人の小学生が、反対側の歩道を歩く男を見付け、男が小中で呼ばれていたあだ名を声に、煙たい顔で指をさす。
「やべ、あいつマジ厨二じゃん!」
「アレで大学生なのかよ!」
団地の公園で遊ぶと同級生同士の呼び名も団地に住む他の年代の子供達にまで伝手広がる。
それは世代を超えて呼び継がれ、いつしか団地中に通じてしまう恐ろしき団地あるある。
団地にある本当に恐ろしい話は表に出ないが、敢えて出される話もある。
当たり前だが、噂話には始まりがあり、悪意を持っていじめを仕掛け、目的を持って貶めの噂を流している者がこの世には居る。
仲間同士で本人を目の前にして始まったから知っている。そんな思い込みがあるから態々それを調べる者など居る筈もない。
けれど男は考え、最初は誰なのかを調べようと同級生を見張り、噂の出元を辿ってしまった。
同級生の親が入信しているカルト教団に行き着き、男は悍ましきカルトに怯え諦めたが、既にカルト教団に狙われていたのかもしれない。
それが終わりの始まりになるとも知らず……
「痛っ!」
ながら歩きで左カーブを下る中、不意に背後から来た何者かに左肩を押され、腕にチクリとした痛みが走ってスマホを落とし、よろけた身体は車道へと……
「ぬオオォォォッ!」
――GASSYAAAANN!――
車道の左端を走る自転車はブレーキをかけ、飛び出した男を避けようと車道中央へ、すると後方から来た車が自転車を撥ね飛ばし、自転車に乗っていた男性は十数メートル先の歩道へと吹っ飛ばされて行く。
反対側の歩道でその一部始終を目撃していた二人の小学生は、惨事を目の当たりにして男の方へと指を向け差す。
「〇び太の、……人殺しっ!」
人殺しと言われ焦った男は、弁解しようと歩み出る。
――DUGODOOOONN!――
次の瞬間、男は妙な回転をしながら宙を舞い、不思議な視点で周囲を見回していた。
大破した自転車と吹っ飛んだ人……
自転車を撥ねて尚も走り続ける車……
アホみたいな顔で空を見る二人の小学生……
いつからそこに居たのか白いステップワゴン……
と、歩道で何事も無かったかのように走り去る何者か……
〈あ、肩押して来たの、こいつじゃね?〉
逃げるその何者かが、走りに振り上げた右腕の袖がめくれると、五芒星のようなタトゥーを覗かせるか細い腕。
何処かで見たようなそのタトゥーに、男は回る視界の中で思考を回し記憶の中の答えに行き着く。
〈あ、この女、カルト教団の……〉
――DOGUCHA!――
男は声を上げようとするより先に地上に落下、何とも言えない重い衝撃を感じた所で意識は途絶え、暗闇の中を漂っていた。
「あの、そろそろ目を、目を覚ましていただけませんか?」
透き通るような若い女の声に耳を疑い、男はハッとし目覚めたものの、目の前の情景に頭の混乱が収まらない。
「えと、…………」
病院のベッドであれば看護士さんと理解もするが、妙な椅子に座らされている上、目の前に居るのは厨二が故に憧れ続け、想い焦がれていた神女官。
〈これ、夢、なのか?〉
そうだ、頭を打って朦朧とする意識の中を漂うあまり、憧れ続けた神女官のイメージが脳裏に過ぎっているに違いない。
〈詰まりは未だ、意識不明の状態……なのか?〉
等と男は考えるが、妙な違和感が胸をざわつかせる。あまりにもスッキリとした身体の感覚と普段よりも冴えてる頭が自分ではないように思えて来る。
それこそが意識不明の状態なのかも判らず、普段の厨二らしさの欠片もない自分がもどかしい。
「あの、貴方様はもう、死んでますよ」
好みの顔で涼し気に語る神女官の台詞は、反復されて脳裏に響く。
死んでますよ……
死んでますよ……
死んでますよ……
死んでますよ……
死んでますよ……
直近の記憶からも死んでいると理解は出来るが、何か大切な事を忘れているような気がしてならず、男の脳裏にふわっと浮かび上がるスマホの画面。
「て、おいいいいいいいいいっ! イベントが……」
「ああぁ、死んでますので、もう行けないかと」
「いや、そうなんだろうけど、判ってはいても……」
簡単には諦めきれない男の想いを汲み取ることなく、事務的に話を進める神女官。
「〇△教のソ□が〇さかこんな事を引き起こすとは思わず、今回の件は特例として扱う事になりましたので、ご希望通り貴方様を異世界へと転生させていただきます」
最初の辺りは聞き取れずも、降って湧いた話に男は頭の整理が追いつかず、答え探しに視点を変えつつ目をパチクリとして、出そうで出ない言葉が吐き気に変わる。
「……おゔぇっ!」
嗚咽の涙と哀しい涙は鼻水を呼び、男の顔から垂れるものを汚れとして見た神女官。
「キモッ!」
好みの顔にキモい呼ばわりされる不幸が男の希望を打ち砕く。けれど希望はソコじゃない。
「て、転生……?」
そう、憧れていた神女官の先にあるのは異世界への転生だ。(勿論チート・スキル有りきの)
「出来るの? いや、したいです!」
一瞬、神女官の頭に男の台詞が「死体です」の文字で浮かぶも直ぐに理解し、事務処理でもするかに手早く話を進める。
「では、貴方様の異世界ネームを決めてください」
ゲームの開始画面のような決め事にも、男は咄嗟に考えられる程の決断力は無い。
ゲーム毎に世界観を考え、勇者やヒーローやに相応しい主人公の名前を悩み考えるのも楽しみとするタイプ。
けれど行く先も判らぬ異世界ネームを咄嗟に考えられる筈もなく、男は過去のゲームや異世界小説の中からカッコいいと思うものをピックアップしながら云々カンヌン言って悩み続ける。
「アレは魔法が……でも、カイトは漢字ならではだし……キラキラネームっぽいのも何だかな……」
どれほど時間が経ったのか、俯きブツクサ能書きをたれる男に神女官も待つのに疲れて苛立ち始め、きらびやかな椅子で足を組み、肘掛けを人差し指でコツコツ叩く。
「ああ、あのゲームは面白かったけど、原作と装備が違うんだよなあ……」
一気に話を進められると思っていた神女官は、男の決断力の無さにうんざり顔を向けて頬杖をつき、嫌気が差したか狡を考えた。
「あ、残り三十秒です」
機転を利かしたとでも言いたげに、高慢な表情を浮かべて男に迫る神女官。
「……はっ? 秒で考えろとか無理なんですけど!」
「無理でも考えてください」
既に二十分近く考えている男を冷たくあしらう神女官、そもそも神々の審問の場に時の概念があるのかすら判らない。
「な、……」
神女官の表情から真意と読み、男は頭をフル回転させて考え始め、自身の理想を反映させる最適解を求めて過去に思い描いた理想を浮かべる。
けれど理想を浮かべる折には、必ずと言っていい程に邪魔が入るのが常だった男。
中学生の時もカッコいい武器を考えていた中、ノートに描いた絵を見た同級生に「〇び太がひみつ道具描いてるぜ!」とかって笑われ悔しい思いをして来た。
〈いや、アニメ談議で「チートは要らねえ!」とか罵りに言う奴が居るけど、そもそもお前ら最高にチートなアニメを観て育って来たんじゃねえのかよ!〉
と、過去の記憶にまで腹を立てた男は、思わずその名を口走る。
「ドラえm……違う、今のは違うからね!」
口を滑らせた男は慌てて訂正するが、神女官は訂正を許さず、手続きを端折って無理矢理にでも話を進める気満々だ。
最高の笑みを男に向けるも、やる気に血走る目が物を言い、語る話は事務的なのに鬼気迫る物凄い圧は、神女官とは思えない悪意を感じる。
「いいえ、時間切れなので【ドラー・エム】で確定させていだきます。能力その他諸々につきましては、その、ネームから判断してコチラで適t……適切に対応いたしますので、良い異世界生活をお楽しみくださいませ。それでは!」
「ちょ待っ、いや、ドラー・エムて……」
チート・スキルを考えるどころか能力すらも選択出来ず、神女官を目の前にしておきながら訊く事すらも許されずに異世界へと送り出されたドラー・エム。
目を覚ますと、大きな胸が目前に!
それが赤ちゃんからのスタートだと悟ったドラー・エムは、産婆だけに非ず女中の多さや素振りからもそれなりに高貴な家柄である事は理解した。
けれど、己の名をまだ呼ばれてもいないのにふと気付く。
〈ん、ドラー家の息子……〉
男は、“ドラ息子エム”と呼ばれる日々を嘆き泣いていた。
「オギャーオギャーオギャー……」




