終わりの始まり
いざ旅に出るともなれば、旅の準備をするにも様々な問題が顔を出す、山暮らしとはいえ、今日までして来た山での勝手を十年も住み続けていれば当然だろう。
小屋の維持に家畜の世話や畑の管理は必要ないようにも思えるが、処理した肉や脂の管理に伴う腐敗や火事の危険に加え、生き物としての野生を忘れた家畜を野に放つにも問題はある。
ここは魔獣が現れる事も稀な魔女の帽子、放った家畜が魔の力により魔獣化したなら、棲んだ記憶にここへと戻って来かねない。ともなれば、この草原はあっという間に荒廃してしまう事だろう。
名残り惜しさよりも、人が生活する営みに崩した自然は、回復させるにも人間とは如何に厄介なものかを気付かされる。
けれど、そんな問題全てを解決してしまう“超絶チート”を持ったドラー・エムには、そうした根深い問題の一端すらを理解する事もなく解決出来てしまうのだから、その裏腹な純粋さこそが怖ろしい。
いや、チートとはを言うのであれば、怖ろしいより悍ましいが適当なのかもしれない。
「とりあえず、食料はこの『異次元ポシェット』に入れておけばいつでも取り出せるので、旅の食料として持って行きましょうか……」
そう言って次々とランディが切り分け保存処理した肉や畑の野菜などの数々を『異次元ポシェット』に吸い込ませるかに、ただただ適当に放り込んで行くエム。
質量や保管の常識を覆すその奇妙な光景をランディは呆然として見つめる他になく、仕組みがどうこう以前に理解の域を超え過ぎると、人は何故か理屈を抜きに認めてしまうものらしい。
超絶チートのお陰で名残り惜しさに浸る余裕が生まれたランディは、ここでの生活も最後になるかと思えば、草原に浮かべる記憶に鍛錬の日々が重なり見える。
冬を裾野の洞窟暮らしで乗り切り、この草原を見定め小屋を建てるに短い夏を待っての急ぎの作業。
春の内から木を倒して運ぶに登り、食した獣の骨を集めるなどして用意した資材を一気に組み上げ、タヘルの生活を活かして消石灰でモルタルにと、四年程をかけて少しずつ生活出来る環境へとした。
厳しくも山暮らしの生活が定まる頃には身体も筋力が付いて引き締まり、拳術の鍛錬と共に石をチョーク代わりに文字の勉強や歴史や計算やまで。
帝王学がどうのと言う学びには、心が折れて家畜小屋で過ごすも、寒さに負けて小屋へ戻ったら情けないと追い返された記憶に、ふと、エムに対して怒りが湧いた理由に気付かされるランディ。
“魔女の帽子の魔人”などと云われるまでに成長出来たのもべフォイのお陰だが、当のべフォイは……
「あの、この小屋とかどうします?」
感傷に浸るも暇を与えず、あっという間に肉や野菜以外にも服や武器やの全てを『異次元ポシェット』へと放り込んだエム、問いを向けるその顔からは、まるでこの小屋から何から全てを残して置く事すらも可能であるかに思えて来る。
とはいえ魔獣に荒らされる心配や、以前にも現れたような賊な輩に使われ兼ねない事を考えればと、覚悟を決めたランディ。
「まあ、出て行くからには……」
「いや、別に残しておく事は可能ですけど」
呆気なくも言い放つエムの話しぶりからして、それも“超絶チート”を使うのだろう事を理解し始めているランディではあるが、エムがその手に取り出したるは、想像を遥かに超えるモノだった。
当たり前のように『異次元ポシェット』へ手を突っ込んだエムは、叫びを上げて取り出した何か……ではなく、女性?
「『管理任の強子さん』ーっ!」
ランディにはもう何がなんだか意味が分からない。竹ぼうきを持った女性が和服を乱して肩には彩り眩しい華やかな入れ墨……
エムは女性を隣に置いて説明を始めたが、見えない誰かの話を聴いて真似しているかに、カタコトな説明口調が気持ち悪い。
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説明しよう!
この竹ぼうきを持ち和服を乱した肩には華やかな入れ墨が眩しい女性型ロボットは、ドラー・エムの授かったチート・スキル【ひみつ魔具】の一つ!
「『管理任の強子さん』ーっ!」
である!
この『管理任の強子さん』は女性型お留守番ロボットで、鋼鉄のボディに加えて歯や爪やには切れ味鋭いセラミックの刃を用い、手にする竹ぼうきはタングステン鋼の短刀にもなり、任侠道に熱を上げては渡世に憧れを抱く不憫な性分にも、仁義に熱く留守を預かる鉄壁の管理人という代物なのだ!
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説明を終えると、エムは少し悶々とした顔をしながら女性の裾に手を差し入れた。
ランディは目を釘付けに息を飲んでそれを見守り、何かの音がしたと同時に女性の眼が開き、エムが手を抜くと『管理任の強子さん』は前のめりに屈み、股を広げて竹ぼうきを持つ手を膝に、もう一方の腕を垂らすと掌を二人に向けて頭を下げつつ睨みを利かせ、口上を述べる。
「どうぞ、お控えなすってー!」
「え、いや、お控えなすって?」
エムにとっては元の世界の話とて、任侠の何たるかなど知る所にない。けれど挨拶を返すようにも聴こえる仁義のそれは、ある意味正しい仁義の挨拶でもある。
「それでは仁義になりやせん。お控えなすってー!」
腕押しの『管理任の強子さん』の気迫に圧倒されて尻をついたエム。それをお控えなすったと見た『管理任の強子さん』は口上を長々と告げた後、急におしとやかになり竹ぼうきを立ててその場に起立した。
エムも度肝を抜かれたのか、任侠道の何たるかは分からずも、とりあえずに起動後の初期動作として見て立ち上がり、ランディに向けては見栄を張ってみせようと、強張る笑みで振り返る。
「これで、気兼ねなく旅に出られますね」
「え、ああ、そうだな……」
直後、またも『管理任の強子さん』は前のめりに屈み、股を広げて一方の手を膝に、もう一方の腕を垂らすと掌を二人に向けて頭を下げつつ睨みを利かせ、口上を述べる
「お兄いさん方、ここはアタクシに任せ、どうぞご心配なく、いってらっしゃいやせーっ!」
エムは目を点にしながら『管理任の強子さん』に肯きを返すと、ランディに向けても肯き、全ての準備が整った所で夜も明けたか、草原の果てから朝陽が昇り、二人の顔を熱く照らして旅立ちの朝を迎えた。
「旅を始めるなら、先ずは北東の村、ザルヴェグからだ!」
「クエッ!」
「いや、何を言っているのかサッパリなんですけど……」
英雄ゼロと超絶チートの転生者ドラー・エムに謎の生物ペンタゴン、二人と一羽の出会いの物語を終え、ここから三つ巴のガゼル大陸を巡る戦いの旅が始まる。
■あとがき
これにて『終わりの始まり』章は幕をおろし、一旦の完結と致します。
▼幕間のご挨拶
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
初となるハイファンタジー・ジャンルの連載に、光栄な事にご感想や評価もいただき、少ないながらも読者が居るという事へ向けた感謝としての頑張りでしたが、毎日投降も積み上がりに十二万文字を超えまして、ランディの過去を追うはじまりの章は凡そ文庫本一冊分となりました。
まさかの事に、七話からはストック無しとなり、空白日を作る事なく三十八日間の連続投降により章の完結まで至れるなどとは、私自身も思っていませんでした。
誤字脱字に幾つか改稿マークを付けるも、書き急ぎにまだ他にも有るかとは思いますので、誤字脱字のご報告をいただければと存じます。
感想や★の評価などもいただけますと、続けていいものかに悩む気持ちを晴らし、上向く気持ちは執筆の力にも繋がります。
次なる章を再会する折にも読者のみなさまと方との再会を願い、またのお越しをお待ちしております。
2026/02/09 11:00
静夏夜




