ヘルズホルンの青い年
魔女の帽子の草原に響き渡ったランディの咆哮は、家畜小屋のヒヨコを起こしたか、夜に鳴き出せば親鶏までもを騒がせる。
怯える鳴き声か否かに魔獣を呼び寄せる事にも繋がる鳴き声とて、ランディの咆哮で相殺出来たのか、家畜という存在の危うさを判らせるそれは山暮らしの現実を理解させ、想いにふけるも許さず気持ちを冷ます。
嘆きに涙を浮かべて怒りに震え叫んで哀しみ脱力と、疲れる感情ばかりで少し気持ちを落ち着かせてから小屋の中へと戻って来たランディ、その表情は誰の目にも脱力感が残っていると判らせるもの。
何があったかを聞く野暮な質問をする気は無いが、聞かないと次へ進めないような雰囲気を醸し出しているランディのそれは、長い山暮らしでコミュ障を発症していると言ってもいい。
そんなランディにとって、エムは久し振りの話し相手だ。
だがエムもまた、旅を共にする中ではペンタゴンと飼い主がペットにするような一方的な思い込みによる会話しかなく、久しくまともな会話をしていないが為に、元の世界に居た頃のコミュ障が顔を覗かせている。
「クェ゙?」
小屋へ戻って来た悲壮感漂うランディの姿を見ても尚、話をすっ飛ばした問いを向けるエム。
「あの、いつからここに?」
一瞬にして我に返り、応えを考えるランディの表情は明らかに素だ。
当然のように自身に何があったかを訊かれるだろうと考え、ある程度の想定問答を用意していたランディは、想定外なエムからの問いに戸惑いを隠せず素直に応える他にない。
「……十年位、か?」
コミュ障同士がする会話は得てして成立しないかに思われがちだが、それは自身のコミュ障を理解しコミュ障を意識し合う中での話であって、コミュ障同士の話は意外と成立するもの。
なにせ、互いの話を理解するより自分の話をするだけで精一杯なのだから、エムは問うだけマシとも言えるが、それもドラー家の教育方針あっての賜物なのだろう。
「時代は変わるんですよ」
「何だよそれ」
十年と聞いてランディの苦労を思いやるより、過ぎた時間に知り得なかったのだろう外界の進化を考える辺りにエムのコミュ障が見え隠れしている。
恰もに現実主義的な会話に向ける理由は、単にランディの苦労話を受け止められるだけの度量もなく、要点だけを押さえる冷めた会話は、如何にも会話の体を成しているかに思えてしまうそれこそはコミュ障が故。
ヲタク街を歩いていると時折見かける、同じ趣味を持つ者同士が初顔合わせに、やたらと畏まった敬語で社会人を気取った会話をするも一切の近付きを見せないアレと同じだ。
ただ、ランディは知らないかに言って小屋を出たが、エムが話していないその商品名を口にしていただけに、整合性が取れないように思えたエムは一応に訊く。
「あの、ケールを使った事はないんですか?」
「はああ? そんな、使う訳ないだろ!」
ランディの驚きと怒りは当然なもの、エムにとっては商品名だが、ランディにとっては亡くした友の名前であり、友達を使った事は有るかと訊かれて驚かない方が可笑しい。
けれどエムからすれば、ランディの応えに連想されるのも商品であり、単に知っていて尚使わない面倒な人として見えている。
便利なツールも何かの拘りに使わない否定的な考えを持つ人のそれと同列に置かれた訳だが、間の悪い事にエムは“ケール”(商品)を持っていた。
「試しにケール使ってみます?」
「人の大事な、試しに使うって何だ!」
ランディの頭には『亡くした友を試しに使う』と聴こえるそれも、会話文だけを見れば何処にも間違いはない辺りがややこしい。
まさかケールの死を悼む両親が、他の人には同じ過ちを繰り返さないで欲しいとの願いから付けられた商品名とは知る由もない。
それが治癒魔法陣である事に、ケールの両親の想いとは裏腹に、ランディのケールを想う気持ちを逆撫でするエムの会話がいたたまれない。
「だから、その砂にならない治癒魔法陣のケールですよ!」
「待て、……何でお前がケールのそれを知っている」
ランディの気付きは、エムからすれば話を最初に戻されたように感じる事だろう。いや、むしろ話を最初からしなければ堂々巡りになるのは明らかだ。
「知っているというか、書いてありますから」
「……書いて、て何に?」
「そりゃ、ケールにですよ」
指すものを違えた会話は平行線を辿るかに、紛らわしい事にエムの言うケールの商品説明を、ランディはべフォイから真相を聞いて理解に苦しみ泣き腫らした、ケールが身体に魔法陣を刻んでいた話として聞いている。
テム教の治癒魔法陣を身体に刻んだケールにランディ自身が触れたが為に砂として消えた話を、何故にエムが知り気軽に話して来るのかにも、如何なる理由があっての事かと眉をひそめるランディ。
拗らせた会話にも、一応に元は大学生のエムは、『百聞は一見に如かず』が脳裏に過ぎり、『異次元ポシェット』から“ケール”(商品)を取り出す。
「これが治癒に貼る魔法陣のケールですけど、今言った話は全部ここに書いてあります」
「……!?」
エムの言葉にランディは一瞬耳を疑った。エムの手にするそれを見て、何かを違えていたとランディも気が付いたのだろう。黙り考え商品のケールを見つめている。
商品のケールに刻まれる治癒魔法陣はテム教の物ともマウワー教のそれとも違い、貼る事を前提とした魔の力を流す形が刻まれているが、治癒魔法陣自体を見た事がないランディには、違い以前の問題かもしれない。
けれどランディが見つめていたのは、ケールに書かれている取扱説明文の方だった。
「おい、これ……エスナ社って……」
「ああ、ケールを売ってる製薬会……販売業者ですかね」
ランディは流れ出る涙に気付いてもいない様子で笑みを浮かべ、生気が宿るかに晴れた顔をして笑い出した。
意味が分からないエムには気持ち悪さしかない。
けれど、出会ってまだ一日すら経ってもいないのに全てを曝け出すかに、何かから解放されたのだろう事を物語るランディのそれは、エムがランディを信用するに十分過ぎる姿でもある。
「よし、行くか!」
「クエッ!」
唐突に意気込む心の変化に、ランディに浮き沈みの激しい人というイメージを持ったエムは、それを面倒な人とは見ていない。何故なら自身もその一面を持つ厨二が故。
ペンタゴンが意味を理解しているかは知らないが、ランディと意気投合している事に置いてけぼり感を持ったエムは、遅れて一人と一羽のノリに飛び込み腕を挙げた。




