時の流れに未来を作る
ランディを捕らえ腕を斬り落とした兵に、どうして川に居たのかを訊ねると、“火付け役”との応えに、エボーナが予想した通り村人を逃さない為の策と知れたが、ゼロの手の内を知る者を野放しには出来ない。
――SUPPUUUNN――
急ぎ川から離れようにも、森から上がる炎に消火を任されたジャーゴンの兵が川へと向かっていると気付き、火で囲う村の北端までは川岸の丘を進み、囲いの先からは森へ入り北の平原に向かい走る中、エボーナはムジル中尉に疑問を向けた。
「ムジル、あの気狂いは何処へ向かった」
「ああ、アレは気狂いが故、あの者の考えを解る者など一人として居りませぬ」
ジェット夫婦の安否に不安を残すも、気狂いが故の予想だにしない動きはメヌエ国の軍幹部が全員ジャーゴンのように駒とし見るなら、捕らえる事は難しいだろう。
頭のキレるタイプが居たとて、気狂いの考えなど見越せるものではないが、厄介なのは、気狂いは時に単純な逆打ちをする事もあり、何事もなく捕らえられてしまう可能性を含んでいる。
エボーナは、メヌエ国の軍は諜報活動の任を与えていたロシナンテを探るだろう事を念頭に入れ、ムジル中尉に散開させる兵の作戦行動にジェット夫婦の情報を探るよう伝え、この先ホール妻子やべフォイの息子夫婦をどう扱うかに悩みつつ走っていると、木々の隙間に馬を見付けた。
――TAKATATAKATATAKATA――
ロシナンテは愛馬ドンキーにランを乗せ、追って横を走るグウェルガと共に教会方向へと向かったその後……
パンサ農園から私財をロバ車に積んで走っているサンチョを見付け、ジェット夫婦はそのロバ車の荷台に乗ると、行き先をサンチョの親戚の家として旅路を共にした。
親戚の家に到着してから三年程して、ロシナンテはサンチョと共に果てしない旅路へと行く事となったが、その後のジェット夫婦の行方は不明である……
「防壁も村人も消え、ジャーゴンも消えた。これよりは教会魔法師サボンヌがここタヘルの指揮を執る! 先ずは消火だ! 森林火災になったらこのタヘルも火に飲まれるぞ!」
エボーナ達が森へと消え去った直後、サボンヌは魔人のフリをして場を制し、消火活動を指示する事で統制を敷き、騎馬隊や歩兵隊に深追いをさせず、順を追って崩れた防壁や防衛魔法陣の処理を指示するなど、どさくさに紛れて信用を置かせた。
村人達も逃げ去り消えたここタヘルに残り、教会魔法師としての立場を変えず魔人として気丈に振る舞うが、サボンヌの言葉に従う十五人程の魔人兵は何が起きたかを知る所にない。
四人の魔人兵とジャーゴン亡き後を継ぐ形でタヘルの教会で教会魔法師として、そして軍幹部との繋ぎ役としての務めに魔人化を装い、軍や教会を欺き上の方の動きを探るサボンヌだが、魔人として振る舞い続けられるのかにも不安は残る所。
だが、兵の中にはケーヒルの姿があった。
メヌエ国軍に潜伏していたケーヒルは、サボンヌから受けた情報を村や町に点々と散らばり潜伏するムジル中尉の兵を伝手とし使い、伝言で村々を越えてエボーナやハールへと情報を流している。
タヘルに残ったファンは、軍の報告からエボーナや双子の弟ハールとの関係に疑われ、王都の教会へと連行されたが背信行為は見当たらず、会計士としての才に認められて釈放となった。
とはいえ当然、監視の目が届く所に置かれているファンではあるが、それを逆手に会計書類の数字から探りを入れ続けている。
「ランディ! 起きろ、ランディ! ……起きるんだ、ゼロ!」
べフォイは呼ぶ声に力をこめてランディの肩を掴む手までも震えたか、頭を揺さぶられて目覚めたランディは、喉に詰まる何かに苦しみ吐き出すと水、目の前には心配するべフォイの顔があった。
魔人兵に殴られ吹き飛ばされて、川へと落ちるも意識無く、溺れていた筈のランディはべフォイに担がれ救われ目覚めるも、身体を起こして辺りを見ても村の一つと見えず、何処まで流されたのかも判らない。
何処かの川の岸に這い上がったとしか判らない状況だが、先ずは救ってくれた感謝にべフォイを見て口を開いたランディ。
「ありがt……」
ランディの目には、べフォイの後ろでこちらを睨み牙を剥き出しにして立つ魔獣が見えていた。
震えるランディに川の水で冷えたかと思い、身体を暖めようかと近付いたべフォイは、ランディの顔を見て震えは怯えから来るものと理解し、後ろに何か居ると察したものの戦える武器は無い。
だが、べフォイは怯えるランディに静かに告げる。
「私の動きを見ていろ……」
意味が分からず問う顔をするランディを少し下がらせ、べフォイは顔を下に向けて背後の敵を確認、魔獣に背丈は無いが牙を持ち、元は猪の類と理解する。
と、右足を蹴り付け背後に向け跳び、間合いを測り右手左手と順じて地に置きブレーキをかけたと同時に右足を折り曲げ畳み、体勢を斜めに左足を対象手前に置くと遠心力を残した右足を伸ばして振り抜き、魔獣の四肢に向けて蹴りつける。
――GUDDOBE!――
魔獣は左の二肢が関節を砕かれたのか横倒しとなり、唸り声を上げて左方へ転がり右の二肢で足掻くが地を這い回るばかりで前へは動けない。
その蹴り技に圧倒されて声を上げるも出来ずに居たランディに向け、背後から迫る危機をべフォイが叫ぶ。
「ゼロ、後ろだ!」
咄嗟に背後に向け左腕を振り上げ防御姿勢をとったランディは目を瞑る、その手に触れた魔獣は元の野生動物へと姿を戻しているのか、恐る恐る目を開け様子を窺うランディ。
目下に角を落として自身に何が起きたか解らず怯える鹿に安堵するも、今度は脇から魔獣が現れ、思わず拾った鹿の角を魔獣に向けると、角に触れた魔獣もまた元の野生動物の姿へと戻り馬になっていた。
「うむ、筋はいいが目は瞑るな!」
べフォイが何故に怒っているのか解らず、馬もまた自身に何が起きたか解らず怯え、ランディは馬と鹿に仲間意識を感じて肩を組み、暫く考えながらに泣いていた。
べフォイは腕を組み倒した魔獣を横に据えて考える。
メヌエ国に追われる立場となっているだろうと思えば、二人が立つここは変魔の森側の岸辺、この森の中ならどの国も手を出す事はない。
このまま森を北西へと進めば、大陸の中心には気高い山のヘルズホルンがある。
「魔女の帽子に行ってみるか……」
あそこならランディを鍛えるにも都合が良く、鍛錬しながら暮らせる場所だろうと思えばこその考えだ。
こうしてランディは数年の後に魔女の帽子の魔物と呼ばれるまでに至ったのである。
そして……
ケアとヒールはべフォイの無事を祈りつつも、西側諸国の商人の町へと移り住み、べフォイの金券を元手にケールへの想いを形にとしてテム教の魔法陣を研究し続け、凡そ四年の歳月を経て、遂には貼るタイプの治癒魔法陣を造る事に成功。
販売を始めるにあたっての知識を求め、ムジル中尉の散開した兵を通じてハールに連絡を取ったところ、散開する兵や密かに育て集めた仲間を使い、三つ巴の三教国の全てに販売網を広げる事となり、エスナ夫婦は西側諸国で成功を収めた。
今やエスナ社はエボーナ達が奔走するゼロの仲間集めの資金源ともなっている。
そのケアとヒールが販売する商品名こそは……
貼る治癒魔法陣【ケール】




