炎の壁に被せる老の知恵
――HIIIHIHIHI――
気狂いの馬が上げる遠吠えは、東方の道で隊を成す騎馬隊にも襲いかかり、乱れ暴れる馬に統率は崩れ、隊列を分けて空いた教会の方へと向かう道のど真ん中を、黒鹿毛の馬は槍を手にし銀の鎧を纏う騎士と女を乗せて駆け抜ける。
――TAKATATAKATATAKATA――
馬を追って走る男はグウェルガだ。
先日の競い合った人馬の友情とでも思っているのか、馬の後ろ姿に何処となく共に疾走る歓びを感じているような気配があるが、馬もまた気狂いが故の妄想なのだろう。
気狂いの馬が過ぎて尚も乱れているのは、隊列の中でケーヒルが態と声高に惑わせているせいもある。
ヒールを抱えた魔人兵は背後の隊列を戻そうと声を上げるが、気狂いに触れた馬は恐怖に感じ暴れて騎士をも落として騒ぎ蹴り立ち、指揮の声は届かない。
魔人兵は背後に気を配しつつもべフォイを相手に剣を向けるが、何故だか優勢に進められずその違和感にべフォイの動きを確認すると、自身がいなされぐるぐると回される内に、いつの間にかもう一人の魔人兵との距離を開けていたと気付く。
素人を相手に油断していた訳ではないが分断工作を謀られていた。
魔人兵は迂闊だったと理解した次の瞬間、先までムジル中尉との共闘に間合いを図っていた少年が突然背後の森から飛び出し足に触れてまたも森の中へと消え去った直後。
――KABUUUN――
「……? ふんグァ゙!」
魔人化を解かれ記憶の逆流に苦しみ悶えて倒れ込むと、抱える腕を振り解いたべフォイがヒールを奪還、するとケアにヒールを任せて魔人兵の剣を拾い上げ、ムジル中尉の加勢に向かう。
時同じくして南方の隊列が整いつつある状況に、エボーナも逃走に向けムジル中尉の加勢に向かった。
ムジル中尉は魔人兵の剣をいなし、前方で手を繋ぎ立つケアとヒールに向け、北で待つ皆の方へと向かうよう促し叫び、向かい来る魔人兵の剣を合わせた直後、周囲から近付く二人の姿を察してか、魔人兵は合わせた剣を横へと流し、森を走り川側へと逃げて行く。
それを追って森を走るランディの姿を見た瞬間、エボーナが叫ぶ。
「よせっ! 一人で深追いするな!」
だがゼロに目覚めたばかりの少年にとっては、役目こそに目が行き全体までが見えている筈もない。エボーナの声は届かず森の茂みに消え去って行く。
「ええいクソっ! ムジル、ここはサボンヌに任せ少年を追うぞ」
「はっ!」
茂みを駆け森の奥へと消え去る二人の後を追うようにして見つめたべフォイは、ケアとヒールに別れを告げるかに言葉を紡ぐ。
「二人で前を向いて進め。ケールを忘れるのではなく、ケールと共に生きろ。私は未来を切り拓く!」
そう言い残して森へと走り出したべフォイ、ケアとヒールはかける言葉を持たずに見送ると、覚悟を決めたかに見つめ合い、二人も森へ進み入りハールや兵の待つ北の平原へと足を向けた。
――ZAZAZAZA――
ランディは魔人兵を追う中でゼロとしての妙な自信を持ち始めたが、悦びとして感じるそれは過信であると理解出来る程には成長していない。
子供が故に制御の効かない鉄砲玉と等しく、良くも悪くも進む事だけを考え猪突猛進に追っているだけ。
ゼロの血にグウェルガの血が加わり、足の速さを手に入れた新たなゼロは、触れるを信条に突き進む。
「あの戦い様では自ら剣に飛び込むようなものだ」
「ですが、育ての必要はあれど、あの力を活かすのは剣術とも違うような気が……」
ランディを追うエボーナとムジル中尉は、育て方を考えた折に剣術を教えるべきとはしていたが、実際の動きを目にした上では戦術としてゼロの力を活かそうとするなら剣術ではないように思えていた。
エボーナの知る英雄伝説の中でも、【魔害のゼロ】が戦う逸話に剣技を扱う話はあまりない。剣技を扱うにもその殆どは剣を盾とし使う事に触れ、相手の剣を止める手立てとしてのものばかりだ。
今や剣を止めるだけなら腕や足やに填める軽量な盾の防具があり、それを使えば事足りる。
子供に殺すまでを求めてはいないが、いずれを考えれば仕留める剣術も必要不可欠となる筈。とはいえ、ゼロの力を見れば何かが違うように思えてしまう。
二人の頭を悩ませる少年の育成に、エボーナは一つ気になる男の存在を頭に浮かべていたが、その直後。
――HOOSHUBOWAAAAH――
突然、目前の木々の間を炎が走り抜けると火柱が上がり、凡その幅に一メートル程の炎が壁となって立ちはだかり行く手を阻む。
「してやられたか!」
「これは、チップ状にした木材に油を染み込ませ、防衛魔法陣の囲いに沿わせて撒いてますな」
足止め策に掛かるも、それはエボーナ達を足止めにする為の罠ではなく、魔人化の魔法陣から村人達を逃さぬ為にと仕掛けたものだろう。
防壁は漁業に出入りし易い平原前を固めるのみで、川側全てを囲う訳ではないからこそに北の森も半分程にしていたものだが、川の水を引き込み防壁を崩した事で扉を介さずとも騎馬隊が馬で越えるを可能としたかと思うと、多少苦々しくも感じてしまう。
だが、それを知るからこそに魔人兵は川側へと向かった。
ともすれば、火柱の壁の向こうでは森に潜み魔人兵の隙を狙うランディが炙り出される事になる。
周囲を見渡したエボーナは、煙が川側へ流れていると気付き、焦りを向けた。
「まずいぞ、少年が危ない」
「お任せを、火には火を!」
――KOOONN!――
せり立つ木に向け剣を振るムジル中尉は、燃え盛るチップの上に木を倒し置いて道を作ろうと考えたようだが、時間がかかりそうに思えて他の手を考えていると、べフォイが追いついた。
「何をしている」
ムジル中尉が『木を倒して道を』などと説明するよりも先に、べフォイは剣を土に突き刺しスコップ代わりに使って掘り起こし、その土を火柱の中へと放り込む。
それが何を意するかを理解した二人は、急ぎ自身の剣を土に突き刺し火柱へと放り込む。
剣で放り込める土の量など僅かだが、三人ともなれば木を倒すよりは遥かに速く、道筋が通れば火柱のトンネルも勢いに任せ飛び込むのみ。
「もういいだろ、行くぞ」
躊躇にたじろぎを見せるムジル中尉を置いて先陣を切って飛び込むエボーナ。
べフォイはムジル中尉の怯える顔を覗いて理解したのか『お先に』と、一言告げて飛び込んだ。
迷う間にも被せた土は直ぐに乾いて火柱のトンネルは狭くなる。
自身の弱音を鼓舞するかに腕を震わせ勢いよく飛び込むと、炎のトンネルを抜けたムジル中尉は自身の頭や身体を摩すり、火が“着”いていないかを確認して安堵したのか、二人を追って走り出す。
「今行きますぞ!」




