騎士の誇りに応える遠吠え
ジャーゴンの左腕に抱えられたランディと魔人兵の左腕に抱えられたランは互いを見合い、ランが心配の顔で大丈夫かを問いかければランディは笑顔で肯いて見せる。
ランディの笑う瞳の奥にある熱に気付いたランは、今、ようやくゼロの母としての自覚に笑みを向けた。
「ムジル、後続部隊に魔人兵は居るか」
ムジル中尉が相手にしていた東方の道では、騎馬隊と歩兵が南方の隊より遅れ、ランディが捕らえられた折に到着したようだが、エボーナは自身が見ている南方の隊列に一つの疑問を抱き、転じる手を考えている。
「いえ、ジャーゴンの護衛二人のみかと……」
ジャーゴンは言っていた『策とは二手三手を打ってこそ』と、それが態々手の内を語っているようなものとも気付かず、勝ち誇るが無能の証とも言えるが、詰まる話に三手目こそが魔人兵と見て間違いない。
安全な王都の一室でしていたような馬鹿の一つ覚えに、駒とし動かすだけの無能の策なら、前線や後陣に魔人兵を含ませ相手の意表を突く策など浮かびもしないのだろう、エボーナはこの戦場に勝機を見た。
現状のランディが出来得るゼロとしての攻撃など、凡そに手の内は知れている。
とはいえ、むざむざ敵に明かす必要はないと思えばこそに、ジャーゴンと隣の魔人兵それに東方側の魔人兵二人、手の内を知った者全てをここで討つ必要性から、エボーナは戦略を練り直し、小声で説く。
「サボンヌ、貴様はここに残り魔人兵を操り王都を欺け」
え? と言う微かな驚きが漏れる程度に自信の無さを覗かせるサボンヌだが、べフォイが敵から見えない所で背中を叩き鼓舞する。
「お前さんなら出来るよ」
無責任にも取れるべフォイの言葉は、これまでタヘルに尽くして来た教会魔法師としての才を買っての言葉でもある事を、ケアが追随して背中を叩き理解させれば、サボンヌも気持ちに押され息を吐き捨て自信を見せる。
「幾年も騙された恨み、やってやりますとも!」
それは、エボーナが舞台の上で考えていた折からの策でもあり、時々に戦況が変わる戦場に立って働く魔法設計師ならではに巡り巡って来たものでもあり、机上の空論に駒を動かす一本やりの戦略では転じるが出来ず好転もない。
「エボーナ様、こちらの後続部隊の中にケーヒルが見えます」
東方の後続部隊の隊列の中に潜み、何かの企てを期待していると見ていいだろう。
「すっとぼけめ。我が方には気狂いが見える。アレを使うが、ハール達の馬にも影響すると思うか」
「些かには……」
ジャーゴンの背後に着いた後続部隊、その騎馬隊の中に勝機を見ていたエボーナは、逃走用にと用立てた馬を気にする素振りを見せたが、ムジル中尉以外の者には何の事だか分からない。
いや、気付ける者は一人居るが、それに気付いていないだけなのだろう。
「何をゴチャゴチャと、もう勝敗は決っした。貴様らに出来る事は何も無い。これがゼロの最期だ」
そう言ってランディの喉元に剣を突き立てるジャーゴンに、ランは叫ぶでもなくコケにする。
「間男の異名を知って尚、私の息子が最期だと思うとは、滑稽ね」
ゼロの母としての目覚めがそれを言わせるのかは分からない、だが確実にジャーゴンの気に障る言葉だったのは間違いないようだ。
怒り顕な眼をギラつかせ、ランディに向けた剣を一度は離して握り手に力を込めるとランに向けようかとするその刹那。
「今こそが騎士道たるは何かの見せ所ではないのか!」
エボーナの叫びに一瞬の戸惑いを見せたジャーゴンは、ランに向けた剣の握り手も留まり震え、何の事だか分からずジャーゴンがエボーナを見たその直後、何処からともなく響き渡る馬の遠吠え?
――HIIIIIHIHIHIHIHIHI!――
呼応するかに騎馬隊の馬が暴れだし、隣に立つ歩兵も慌てふためき蹴られまいとし逃げ惑う。
暴れた馬は道を分け、真ん中に一本の筋が空くと一頭の馬が前脚を上げて立っている。
黒鹿毛の馬に跨る騎士は銀の鎧を纏い、槍を手にして叫びを上げた。
「グウェルガ殿、今こそ礼を返しに参りますぞ! いざ行かん! ドンキー!」
――HIIDORURURURU――
「な、何を?」
――TAKATATAKATATAKATA――
ジャーゴンは自軍の騎士の奇行に戸惑いを見せ、騎士とエボーナを交互に見やり、何かを思い出してエボーナを見る。
「今だ!」
――KABUUUN――
「な、……? 何だ、なん、これは、……んグォ゙!」
エボーナの叫びに反応したランディは、ジャーゴンに抱えられたままだが逆の手で剣を握るが為に緩んだ腕の力の隙を見て、左腕を抜くと隣の魔人兵の腕に触れた。
魔人化が解かれた兵は頭を抑えて悶え苦しみ、抱えるランを落とすと駆け寄るエボーナにジャーゴンは剣を向けるが、馬の蹄の音が背後から近付き慌てて避ける。
――TAKATATAKATATAKATA――
「ジェット婦人、お手を!」
手を伸ばすランを抱えて馬に乗せると、騎士はそのまま走り出す。
――TAKATATAKATATAKATA――
「ランディー!」
ジャーゴンの左腕に抱えられたままのランディは、抜いた左手の親指を立て、馬に乗り遠退く母へと笑みを向けた。
「ロシナンテ、貴様!」
ジャーゴンは騎士の顔を見て思い出したか悔しがり、自身の思惑に命じた者の裏切りに苦虫を噛み潰したような顔となって背後を見るが、後方の部隊は気狂いの馬の遠吠えに惑わされ、未だ収拾つかずの状態だ。
前を向くと既にエボーナは目前と迫っていると気付き、慌てて剣を向けたが振り幅狭く空を切り、エボーナの狙いはジャーゴンの首ではなく左腕。
ジャーゴンの剣をすり抜けると、エボーナは武具の隙間に剣を刺し込み、振り落とすようにしてテコの原理で腕を裂き、腱を断ったか脱力に転がり落ちるランディ。
直ぐ様立ち上がりムジル中尉の方へと加勢に向かい走り出すランディを見送り、エボーナは剣をジャーゴンに向けて問う。
「ジャーゴン、最期に一つ聞かせてくれ、軍の禊は誰の企てか」
「それを知って貴様に何が出来る」
マウワー教会ではネヤフ枢機卿が謀り行っているとサボンヌの話で理解はするも、軍のそれはジャーゴン以外の何処までかを知る為の問い。
だが聞くまでもなく、今の返事にジャーゴン以外にも居ると知れた。
「では、貴様もネヤフ枢機卿からの洗礼か」
一瞬、眉を上げたジャーゴンの何故それを? という反応からも間違いない。
「魔法設計師め如きが手に負えるものではない」
「その顔、ジャーゴン、貴様も知らぬのだな。ならば用はない」
「待てっ!」
――SUPPUUUNN!――
ジャーゴンの首を落としたエボーナは無用とばかりに尻を向け、振り向きに見るムジル中尉とゼロの少年の動きに未来を見ていた。




