逆転の逆転は元とは異なる
「こんな辺境の村にゼロの子供が二人も居ようとは、間男の異名通りという事か……」
拍手をして草陰から歩み出て来たジャーゴンと四人の魔人兵、二人は東方の道に立ちはだかり、二人は南方の道を塞ぎ立つと背後にジャーゴンを控えさせて剣を抜く。
いつから見聞きされていたのかが判らず、打つ手に困り下を向くエボーナだが、勝機に見た視線の先でランディはエボーナに肯きを返し、母親の腕から離れると屈むようにして身構えた。
口元を緩めたエボーナは、とても小さな肯きを向けて小声で呟く。
「……敵の大将を取る。皆はその間に後ろの隊と替われ」
ランディとは逆の方へ視線を向けると、奥でムジル中尉が視線を合わせて理解を示すが、隊の手前でエスナ一家の背後に立つサボンヌは立ったまま。
一瞬、〈何を……〉と、眉を引くつかせたエボーナは、まさかの自発的な動きを見せようとするサボンヌの思考を読み解き察して打つ手を計る。
「ジャーゴン様、他の者は私に任せて下さい。教会へ連れ見せしめにしてや」
「黙れ! 貴様如きの猿芝居に騙されるものか!」
ジャーゴンの威圧にたじろぎ後退るサボンヌ。それを見て嘲笑いにニヤけた表情を見せた魔人兵を油断と見るかに、後退るサボンヌに肩を寄せたエスナ一家はそれとなくだが後退の姿勢がとれている。
ジャーゴンはサボンヌの魔人化が解けていると理解するも、猿芝居に騙す騙されるの段階にあると証明したも同然だ。詰まる話がランディがどのようにしてサボンヌの魔人化を解いたのかまでは見ていないという事でもある。
ならば! と、エボーナはランディの勇気に賭けて、皆のタイミングを計り敢えてを発した。
「行け! 逃げろ!」
ランディが森の川側へ向かって駆け出すと、皆は後退してムジル中尉の兵と入れ替わる。
四人の魔人兵は元よりジャーゴンの護衛兵、“二兎追うものは一兎も得ず”を地で行く形に、陣形を崩す事を嫌って追うも出来ずに躊躇いを見せた。
道を塞いだ事で一本道に追い込んだと思い込み、地形図を見て策略を考えるジャーゴンはこの草刈りで出来た道を道として考えていたのだろう。
自分達が忍び隠れていた道脇の森を駆けるなどとは考えもしなかったのか、勝機を逸した事実をすら理解が出来ず、ジャーゴンは魔人兵にゼロの子供を追うよう指示するものの、要人警護の陣形を崩すに誰が抜けるかに迷いが見える。
基より一本道を塞ごうと二分された事で、護衛の魔人兵は尚更に警護の陣形を気にしているようだ。
普段から高みの見物に、王都の一室で地形図を相手に駒を動かすだけのジャーゴンには、戦場の何たるかを知れる筈もないだろうと指摘する。
「ジャーゴン! 戦場を知らぬ貴様には分からんのだろ。護衛兵とは要人警護に働く兵なのだよ!」
自身の護衛兵が他の兵と同じように駒とし動くとの思い込みを、軍属でもない魔法設計師如きとしたエボーナに指摘され、その魔法設計師がたったの一手で形勢逆転をして見せたのだから、軍幹部としてのジャーゴンの権威も誇りもズタボロだ。
そもが魔法設計師とは、防衛を必要とする現地へ足を運び働く中では、ここタヘルのような辺境の村でもない限りは敵との遭遇も多々ある地のみならず、時には戦場の最前線を突き進み、防衛の魔法陣を形成する役目を担う存在なのだと、王都の一室で駒を動かすだけのジャーゴンには、魔法設計師がどのようにして魔法陣を形成するかなど知る所にないのだろう。
戦場を知るエボーナの言葉は、兵には重く伸し掛かる縦型社会の弊害を、軽んじ語る上の者へと向けた下剋上宣言に等しくもあり、それはジャーゴンを警護する魔人兵の中にも少し風通しの良い響きでもあるのか、剣の握り手が緩んだ瞬間。
――ZAZAZAZA――
ジャーゴンより背後の草陰から飛び出した何かがジャーゴンに向けて駆け寄って行く。
――KABUUUN――
「ゼロの子……んグッ!」
触れたと同時に脇の森へと姿を消すランディ。
魔人兵は背後に回られていたとは思わずランディの襲撃を許し、頭に手を当て崩れ膝をつくジャーゴンの様子に、後手を踏んだ事実を理解し周囲を警戒しつつ、目前のエボーナとムジル中尉の兵数人を相手に剣を向ける魔人兵。
ジャーゴンに寄り添い着いた兵の一人が後退を考えたか、何かのサインを東方の兵へと向け送り、エボーナ達と対峙する兵に向けては声をかける。
「引くぞ!」
だが、妙な事にジャーゴンはエボーナやサボンヌのように記憶の逆流による苦しみを見せる事はなく、体組織の変容に対する痛みのみを感じているだけなのか、魔人化が解けて尚も意識そのものは平然としているようにも見え、それが正しい見方と判らせるかに指示の声を上げた。
「待て、策とは二手三手を打ってこそよ」
ジャーゴンの不敵な笑みに眉を寄せたエボーナは、剣を見合う形に場が静まると、聞こえて来た音が何かに気付き目を見開いた。
――ZUKAZUKAZUKAZUKA――
――DAKADADAKADADAKADA――
――ZUKAZUKAZUKAZUKA――
――DAKADATAKATADAKADA――
――ZUKAZUKAZUKAZUKA――
南方から相当数の兵や馬の足音が近付いて来ると分かり、エボーナは東方に向くムジル中尉を見やるが、東方からも迫っているのか首を横に振る。
「ここは私とムジルで防ぐ、ハール、皆を連れ行け!」
「はい!」
ハールの返事に兵の一人が皆に向け語る。
「ここより北の平原に馬を用意しています。こちらへ!」
教会の通りでヒールが見た兵は、逃走に使う馬を用意しようと教会へ忍び近寄り、三十頭程を少しずつ奪い続けていた折の姿なのだろう。
兵がジェット一家とホール妻子を連れ行こうとするが、ランはランディを待とうとして立ち止まる。
ジャーゴンは既に一人で立ち上がり、二人の護衛兵は近付く自軍の足音に背後のジャーゴンを任せたか、護衛の任を捨て去りエボーナへと向かい襲いかかる。
「行け!」
「でも、ランディが……」
エボーナの言葉にもランディの心配が勝るランの動きはゼロの母ではなく、子供の母親としてのもの。
ランディはゼロとしての動きを見せたが、母ランはまだゼロの母としての自覚には至っていないと分かる。
エボーナとて、元は騎士としての才を買われて護衛の任に就いた魔人兵を相手にしては、一人を相手にするのが精々だ。
グウェルガがランを抱き寄せ走らせるが、出遅れに最後尾を走るランとグウェルガを狙いに定め、もう一人の魔人兵がエボーナをかわして二人を追う。
「しまっ、ええいクソっ!」
元は騎士の剣技がエボーナの動きを封じて足を止め、もう一人の魔人兵の追走を止めるに至らずランを捕らえられたが、当然グウェルガには立ち打ち出来る術はない。
ムジル中尉の方でもヒールが捕まり、ケアとべフォイが抵抗を試みるが剣を持つ魔人兵を相手に何が出来るでもなく、石を投げる程度に動きを自身に向けて場を回らせているだけだ。
――ZAZAZAZA――
――KABUUUN――
「……んグォッ! 何だ? 何が……」
ランディは草陰から飛び出しエボーナと対峙している兵の後ろから足に触れ、そのまま森へと向かおうとした所をジャーゴンに捕らえられてしまった。
ランディに剣を向けるジャーゴンにエボーナは叫ぶ。
「よせっ!」
「ふん、こんな子供にもゼロの力が宿るとはな」
背後でランを捕らえた魔人兵は抱えるランの首に剣を突き立て、エボーナと対峙したまま警戒しつつ後退すると、ジャーゴンの横へと移動したと途端に不敵な笑みを向けた。
直後、背後に迫っていた兵と騎馬隊が到着し、エボーナとムジル中尉はランとヒールとランディを人質にされて動くも出来ずに背を寄せる。
一本道の角に追い込まれて寄り合うサボンヌとケアとべフォイは、グウェルガと共に立ち尽くすのみ。
エボーナはゼロの手の内を見せてしまった事に後悔はせずとも、自身の策の脆さを痛感しつつ、尚もジャーゴンの首を落とす手立てを探り続ける。
「あとはゼロの娘か、それも直に捕らえられよう」
過ぎる自信家の戯言にも思えたが、次の瞬間……
――ZUGUMU――
「んグォゥ゙……ヌ゙ムグッ!」
ジャーゴンは眼下で苦しみ横たわる魔人化が解けた自身の護衛兵の背を剣で突き刺し、まるで魔人化が解けた後を警戒するかに果てさせると、権威を損ない兼ねなかった誤魔化しにか、背後の兵や騎馬隊にそれを見せつけ言葉を付ける。
「これは信仰心に迷いを生じた結果だ。裏切り者には罰死あるのみ!」
――OHOOOOOOOOO!――
ジャーゴンの下らない鼓舞に応じて剣を立てて雄叫びを上げる兵と騎馬隊。
だが、エボーナはその雄叫びを上げる騎馬隊の中に勝機を見て口元を緩めた。




